第17話 ユウはフランに意地悪されて悲しい
海と呼ばれる水溜まりは見渡す限り広がっていてとにかくデカい。
しかも話で聞いた通り陸に向かってザブザブ波が立っている。何で?
ユウに聞いてみたけど「俺もよく知らない」と困った顔をされてしまった。
さらにやたら人が多い。森の湖のように静かで神秘的なイメージを抱いていたが、あっちこっち色んな人が砂場やら海の中やらにいた。
「あの人たちなんで下着姿ではしゃいでんの? 恥じらいはないの?」
「下着じゃなくて水着だな。海に入るための装備だぞ」
「あんな薄布で動き回るなんて……世界は広いですね」
俺もアルベルトもその珍妙な光景に先ほどまでの感動はどっかに行った。ほぼ裸同然の格好であんなにはしゃぐだなんて。商人や旅人が使う大浴場を混浴にして広げたようなイメージだろうか。
「2人とも初めてきたんだし、せっかくなら海で泳いでみたらいい」
「うーん」
ユウはそう言うけど、この賑やかさの中に混じるのはちょっと抵抗感がある。
「海に入るのはそのミズギってやつが必要なの?」
「そうだな。あの店に置いてありそうだから行ってみよう」
ユウが指差す方向には木造の建物があった。少し立派な小屋くらいの大きさで入り口には売り物と思われる品物が並べられている。看板やら旗やらも立ててあって、そこにも裸同然人間達がちらほらといた。
「何だか別世界のようですね」
「だな」
ユウの説明だとこういった海を楽しむ場所をビーチとかリゾートとかいうらしく、ここ10年くらいで平民にも普及したのだとか。確かに魔族とバチバチやりあってるときはどこも危険だったし、気軽に遊べるところは少なかったと思う。
ユウに連れられて来た小屋……ユウいわく『海の家』に入ると、見慣れない物や先ほどの裸同然人間達が着ていた海用下着が目に入った。
「いらっしゃ〜い」
パンツ一丁の男……いや、これも水着なのか。店員と思われる若い男が笑顔でこっちに来る。
アルベルトも慣れてないせいか相手を見て一瞬ギョッとしていた。もう異文化体験と思った方が良さそうだ。
「こんにちは! ほらフラン、ご挨拶」
ユウは笑顔で挨拶すると、俺の背中を押して促してくる。
「んえ? こんにちは」
「おーん、俺の息子はなんて良い子なんだ!」
何言ってるんだコイツ。
「店員さん、親馬鹿を治す薬は置いてる?」
「ないねー。なに、水着を見にきたのか?」
俺がうなずくと店員はいくつか俺に合いそうな水着を持ってきてくれた。黒っぽいのや青色、派手な柄など様々。実際に触ってみると薄くてサラサラしている。これなら濡れてもすぐに乾きそうだし、確かに便利なんだと思う。
「ねえママ。どれが良いと思う?」
「ん〜悩みますね」
「お、お母さんも水着はどうだい。女性用の水着は最近流行りのブランドを仕入れたんだよ」
「や、アルベルトは男性だから着れないぞ」
ユウの指摘に店員は「何言ってるんだコイツ」という顔をする。何も間違ったことは言ってないんだけどな。
俺がママって言っちゃったのも悪いけど、やはりアルベルトは誰が見ても性別を混同してしまうようだ。アルベルトも慣れているのか特に動じていない。
「私はあまり肌を出せないので、性別関係なく着れそうなもので布地の多い水着はありませんか?」
アルベルトが説明すると、店員は「ああ」と納得したように呟き、再び笑顔を作って案内をしてくれた。
「ごめんね。俺がママって呼んだせいだ」
「大丈夫ですよ。それに私はフランさんの母に変わりはありませんから」
結局俺たち3人分水着を購入して、小屋に併設されている着替え場所(ユウが言うにはコウイシツ?)で着替えた。
俺は無難に紺色の半ズボンみたいな水着に、水色のパーカーを上に着ることにした。やっぱり公衆の面前で上半身を見せるのは恥ずかしいんだもん!
ユウは全然気にしていないようでパンツ一丁みたいな格好だ。小屋の外で待ってると「着替え終わったか?」と元気よくやって来たが「お前が終わってないだろ」とツッコんでしまった。
「アルベルトがまだか。様子を見に行ってみるか?」
「やめろ。ママの着替え姿は見ちゃいけないって俺の魂が言っている」
「字面だけならその通りなんだが……同性なのに」
「ユウが気にしなさすぎなんだよ」
数分経つとアルベルトが照れた様子でやってきた。
俺と同じように白いパーカーと青色の半ズボン型の水着を着ていて、さらに下に長袖でぴっちりした黒シャツや、足を被うタイツみたいなものが見える。
「なるほど。裸が嫌な人はそういうの着るんだ」
正直ユウと同じようにパンツ一丁で出てきたら、どう反応すれば良いのかわからなくなって困るから助かる。解釈一致というやつだ。
長い髪はうなじで一本にまとめているし、いつもと雰囲気が違って新鮮。そして普段の服よりは体のラインは見えるもののやはり性別は曖昧だ。
「……私もユウさんみたいに鍛えたら逆三角形の体型になれるんでしょうか」
アルベルトはユウと自分の体を見比べて自信なさそうに笑っていた。
「そのままのママでいてね」
ありのままが1番だよ。
荷物は海の家で預かってもらえるらしいのでそのまま店員さんにお任せして、俺とアルベルトは手を繋いだままおずおずと海の中に入った。腰のあたりまで浸かると案外冷たく感じる。
それよりも…。
「うわぁ、水面が動いてるよ!」
「わわっ……何か変な感じです。下を見てるとフワフワ揺れてる錯覚が」
「わぷっ、しょっぱい! 口の中に水入ったぁ!」
ずーっと動揺している俺たちにユウはさっきからニヤニヤしたままだ。相手が余裕ないところを見て面白がるなんて意地が悪い!
「今日はユウが意地悪だから嫌い」
「ええっ⁉︎」
わざと拗ねたフリをしてアルベルトに抱きつくと、ユウから間抜けな驚き声が出てくる。
「あらら。じゃあフランさん、私のことはどうですか?」
「ママめっちゃ好き」
「ふふっ私も大好きです」
「フラン……俺は?」
「ノーコメント」
「差……!」
ついでにバシャバシャ水をかけてやった。ユウは「反抗期だ〜」と半べそをかいているが構わずかけ続けてやる。
「アルベルト〜。フランが俺にだけ冷たいぞぉ」
「ユウさんのことを信頼して慕っている証拠ですよ」
「そうだろうかぁ」
アルベルトに慰められてもめそめそして落ち込んでいるユウ。そろそろご機嫌をとるタイミングだな。
「でも俺泳いだことないからユウが教えてほしい」
「いいぞ!」
ご機嫌とり成功。ユウは表情を途端に輝かせて俺を抱き上げる。
「何から教えようか。平泳ぎか? それともバタフライ?」
「え、なに。ひら? バタ? 蝶々になるの?」
「先ずはけのびからだな! その前に潜る練習から……」
よくわからない単語がポンポン出てくる時は、大概やつの故郷の言葉だったりする。62年前のことでも結構覚えているんだろう。
それに懐かしいのか話す時は嬉しそうにするのだ。
そういえばユウはもう元の世界に帰ることをあきらめたのだろうか。
てっきり魔王を倒したらどうにか方法を探すものだと思ってたけど……。
「ユウさん、フランさん。あれ……!」
突然アルベルトが指差したかと思うと、沖の方から黒い大きな影が迫ってくるのが見えた。
「海坊主だ」
「なんて?」
ユウのよくわからん故郷語録を聞き返してしまい、俺の危機感はどこかに行った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
ストックが切れたので明日明後日はお休みです。




