第14話 フランは聖女(♂)と家族になりたい
「久しぶりね勇者様。いえ、今はユウと呼んだ方がいいのかしら」
数人の兵士を率いて現れた老女は、あの勇者一行の1人、ヒーラーのアンナだった。記憶にある顔とは大分異なっているけど、人懐っこい垂れがちな目元と穏やかな表情が彼女であることを示している。
「ヒーラー、いや聖母司教様と呼ぶのが正しいのか。聖職者の中で一番偉いんだろう」
「堅苦しいだけの肩書きよ。ヒーラーともアンナとも呼んでくれるのは勇者一行の面子だけで寂しいくらいだわ。それよりあなたよあなた」
ヒーラーは表情を一転させて不満そうにする。まるで子どもを叱る母親のようで、その証拠にユウはピクッと軽く肩を跳ねさせた。
「あなただけ魔力が強すぎて老けないと聞いてたけど本当だったのね。何十年も手紙のやり取りしかしないなんてどういうつもり?」
「そ、それは本当にすまない」
「若い姿のままあっちこっち好き勝手するわ勇者だってバラすわ、そのくせ髪と目だけ一丁前に染めて身を隠してる気になるわ色々めちゃくちゃなのよ。いい加減で抜けてるところは全然変わらないのね」
「あはは……ヒーラーには出会った頃から注意をされていたな」
「笑いごとじゃないわよ。しゃべり方もすっかり戦士みたいになっちゃって」
「そりゃ故郷にいた3倍の時間はこの世界で生きているし……」
まくしたてるように話すヒーラーにユウはタジタジだ。昔からヒーラーはおっとりしているようでしっかりしていて、騎士も魔法使いも彼女の言うことには素直に従っていた。
「大叔母様」
アルベルトが前に出て遠慮がちにヒーラーに声をかける。
ん? 大叔母様……って。
「まさかアルベルトは君の親族なのか?」
ユウの問いにヒーラーは「ええ」と軽い調子で答える。
「姉さんの孫よ。姉は聖職者じゃないんだけど、この子は私に憧れてるみたいでね。本当に可愛らしいわ」
「そんな……私などまだまだです」
恥ずかしそうに頬を赤くするアルベルト。そっか、アルベルトは目元がヒーラーによく似ている。だから聖母のような素敵な女性(男だけど)に見えたのかも。
「素質も向上心も十分よ。だけど……お告げに納得いっていない人がいると耳に挟んでね。様子を見に来たら案の定という感じね」
ヒーラーは冷たい視線を院長に向ける。院長は偉い人を前にしているためか冷や汗を掻いて何もできずにいる。
「男が聖女だとおかしい……という感情は理解できるわ。でも今までは我ら信仰者の象徴たる人物に女性が選ばれていただけ。それを聖女と呼んでいただけで、必ず女性でなくてはならない決まりはないの」
「ですが……聖女の歴史は長い間続いており例外などなかった」
弱々しく反論する院長にヒーラーは大げさにため息をついた。
「つまり王都で行われた選択の儀式に文句をつけると?」
「それは……」
「どちらにせよあなたの言葉を聞く価値はない。愛する同志を傷つけ、町の人を恐怖に突き落とし、アルベルトを陥れようと謀った。証拠は十分にそろっているでしょう。王都であなたに裁きを下します」
ヒーラーが合図をすると、若い兵士はすぐに院長を拘束した。院長は必死に暴れるがやはり力では敵わないようだ。
「ふざけるな! 私は間違ったことはしていない!」
待機していた他の兵士も加わって院長は外へと連行されていく。観察してみるとやはりあの兵士たちは自警団なんだろう。アルベルトを犯人にしようとした本人が連れて行かれるのは何とも愉快な光景だ。ついでに呪術師も一緒に連れて行かれた。
院長の叫び声が遠くなり消えると、ようやく静けさが戻ってくる。といっても野次馬の修道士達は不安そうにざわついている。
それを制するようにヒーラーはゆっくりと話しだした。
「修道士たちよ。改めて言いますが聖女はあくまでも我ら信仰者の象徴たる人物です。そして儀式で選ばれた人物は神の意思によるもの。否定することは選ばれた本人でさえ許されませんよ」
「……」
「それに平和になった現代では聖女も形だけみたいなものだしね。気に入らないだなんだで争うだなんて無駄よ。なのに別の女性を候補者に選んだとか嘘まで出回って……馬鹿みたいだわ」
それはヒーラーが言って良いことなんだろうか。信仰していない俺にはイマイチわからないが、修道士たちには結構衝撃的なんじゃないの。
でも偉い人の言葉には強い力がある。修道士たちは静かに受け入れアルベルトに向かって頭を深く下げた。
「あのっ……その」
その態度にアルベルトは戸惑っているようだ。しかしヒーラーに視線で諭されると覚悟を決めたようにうなずいた。
「今回の件は神が試練をお与えになったと考えましょう。私はあなた方を恨んでおりません。どうかこれからも清らかな心を持ち続けてください」
アルベルトの言葉にヒーラーは満足そうに微笑むと、やっと俺の方に向いた。
あ。そういえば俺、今は闇の魔力がダダ漏れなんだよな。この状況もしかしてマズい? 消される?
「ずいぶんと強い闇属性の魔力ね。きっと苦労したでしょう……この子はユウの連れかしら」
「ああ。俺の息子でフランというんだ」
「フラン?」
ヒーラーは俺に近づくとその両手で俺の頬を包み込む。思いのほか優しい手つきと眼差しに俺は思わず見とれてしまった。
すごく温かくて柔らかい。なるほど、大勢の人が彼女に惹かれて救いを求めてしまうわけだ。そしてヒーラーはその期待に応え続けた。
すごいな。俺とは全然違う。
「あなた……」
少し経つとヒーラーは表情を驚きの色に変え、困惑や戸惑いに移ろい、そして困ったように眉を下げて口に笑みを浮かべる。
「そう。ユウは想い続けた願いを叶えたのね」
「え……?」
願い? ユウの願いって何だ。俺に関わることなのか。
まさかヒーラーは俺が魔族のフランと同一人物だと気づいてしまったのだろうか。
ユウの方をちらりと見ると思いのほか奴は落ち着いていて、ヒーラーにニッコリ笑顔を見せる。
「あの困った人をお願いね」
細いため息の後にそう言って両手が離される。
「え……いいの?」
「何がです」
「だって、俺は闇の魔力を持ってるから。悪い奴ってことになるんだろう」
俺の疑問にヒーラーはふるふると首を横に振る。
「魔力の属性はただの個性。そして光があるからこそ闇があり、欠けてはならないものです。まだ地方では古い考えが残っているようで、それを改めさせるために私は各地を巡礼しています」
なるほど……。今は色々変わり始めているんだな。
もし俺が故郷を追われる前にヒーラーが来ていたら、今も生みの親と一緒に暮らしていたんだろうか。
まあ、過ぎたことだしいいや。
固定概念で子どもを拒絶してしまうような人達なんだし、どこかで価値観のズレが出ていずれ別れていたかもしれないし。
「ありがとう、ヒーラー」
俺が礼を伝えるとヒーラーは少しおかしそうに笑った。
57年前に見た笑顔にそっくりだった。
◆◆◆
その日は事件の後始末に追われ、ユウと近くの宿で一夜を明かした。
結局事件の全体はこう。
アルベルトが聖女に選ばれて気に入らない院長が、修道院の下にある古い地下道に呪術師を呼び込んで魔物を放出させた。
アルベルトの部屋から出たことで、彼が禁術を使って魔物を召喚したとでっちあげて聖女の座から引きずり下ろし始末しようとしたのだ。くっだらね!
夜ご飯はヒーラーと一緒にとり、ユウは昔話に花を咲かせていた。俺はまだちょっと気まずいので聞くだけにして、自ら何か話すことはしなかった。
ユウもヒーラーも特に言及しないでくれたから安心だ。
翌日の昼頃にユウと「次はどこに行くか」って話しながらうろついていると、あの花壇の前にアルベルトが立っていた。
「アルベルト!」
「フランさん、ユウ様、こんにちは。改めて昨日はありがとうございました」
「そんなに頭を下げる必要はない。アルベルトが酷い目に遭わなくて良かった」
ユウの気遣いにアルベルトは少し眉尻を下げる。なんだか思うところがあるみたいだ。
「アルベルト、修道院はどう。もう嫌なこと言ってくる奴はいない?」
もしかしてまだアルベルトを孤立させる奴がいるんだろうか。
「いえ、ですが……。もう他の修道士とは前のような親しさは無く、変わってしまったのだと思いまして」
アルベルトは同じ修道院にいる仲間が本当に好きだったんだろう。でも聖女として選ばれて、孤立して、院長に拒絶されて。できてしまった隔たりは綺麗さっぱり無くすなんてできない。
「居心地が悪いんだ?」
「そうですね。少しだけ」
力無く笑うアルベルトに何かできないかと考える。
俺には何ができるんだ? どうすれば心から笑ってくれるんだろう。
「あ、そうだ!」
「え?」
「アルベルト、もし今の所が嫌なら俺の母さんになって一緒に旅をしよう」
途端にユウが激しく咳き込んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次で第2章は終わります。




