大悪党で大商人、嘘吐きゲドラン
それは、授業が休みのある休日の事だった。
「じゃ、ちょっとお出かけしてくるんよ」
ちょっとした作戦会議の後リュエルとユーリにそう伝えるクリスの様子は、何時も以上にご機嫌そうだった。
「て、手伝いはいる?」
おどおどおずおず、リュエルは告げる。
暗に『連れて行って』と言う様に。
「だいじょぶなんよ」
リュエルの様子に気付きもせず、クリスはそう言った。
その後に鼻歌を奏でだすクリスの様子は何時も以上におかしく、リュエルとユーリは顔を見つめ合った。
「じゃ、またねー。ふふふーん。あんやくあんやーくー。あんやーくまー。ふふーん」
謎の暗躍ソングを歌いながら、彼は部屋から出て行って……よくわからない、余韻程度の沈黙が流れた。
「恐らくだが……何等かの暗躍ぽい事をするつもりなんだろうけど……あいつ、何しでかす気だ」
困惑した顔でユーリは呟いき、リュエルの方を見る。
リュエルは見事に硬直していた。
まあ、ユーリもここに来たら何となく理解は出来ていた。
リュエルがクリスの事をどう見てるかと、そしてクリスの方はそうでもないと。
ただまあ、わかったからと言って何か気の利いた一言が言える程ユーリも器用じゃあない。
むしろ恋愛に対して自分は相当に不器用であるという自覚さえあった。
だからまあ……ユーリは、小さく溜息を吐いてリュエルに暖かい飲み物を用意する事しか出来なかった。
学園の外に出てそのまま馬車に。
そして魔王城に到着したクリスはドヤ顔をしていた。
どうだ迷わずに辿り着いたぞと言わんばかりに。
迷わず長距離移動出来たのは、これが初めての事だった。
そのまま衛兵に連絡を取ってから城に入り、ヒルデを呼び出して目的を伝える。
『ゲドランさんに会いたいんよ』
ヒルデは何も聞かず了承し、ゲドランの屋敷にアポイントメントという名前の強制監査の王命を下した。
王城から徒歩でも行ける距離にある屋敷に馬車で移動し、その中に。
その屋敷の中は豪華絢爛という言葉に染まり切っており、魔王城さえ霞む程の成金趣味に溢れていた。
豪華なのは良い。
ただ、誰も見てもすぐ酷いと思う位に趣味が悪かった。
絵の額縁や調度品のツボやらは大体金製。
キラッキラでどこもかしこも無意味に黄金だらけ。
そして中に居るのは幼い位少女ばかりで、皆瞳に光はなく笑みはない。
その様子を見て、ヒルデはくすりと微笑んだ。
「相変わらずの様子ですね」
「うぃ。相変わらずなんよ」
そう言って、クリスも笑う。
国一番の商人。
世界中に名の知られた商人。
故に、彼らがゲドランと関わっていない訳がなかった。
そうして、二階の方からそれは現れた。
「ぐふっ。ヒルデ様。ようこそいらっしゃいました。相変わらずお美しい事で」
一際辛そうな目をする美形のメイド少女二人に囲まれた、二人の横幅を超える恰幅を持つ禿げた大男。
太り脂ぎっただけでなく下卑た笑みを浮かべヒルデを見る醜男は、欲望と野心を隠そうとさえしていない。
じゃらじゃらと大量のネックレスをつけ、腕輪をつけ、指輪をつけ、これでもかと金持ちアピールをするがまだ足りないらしい。
「ええ、久しぶりの監査の時間です」
「おやおや。何も出てないのに無駄な事を。ぐふっ。そろそろワシも怒って良いと思いませんかね? 何度も何度も無意味な監査で時間を取られて。ところで、そこのけもの……いや、可愛らしい彼はどちらさんか聞いても? 奴隷の買い取りはしてませんが?」
「その事も含めての話です。『客間』に案内しなさい」
「ええ、喜んで。紅茶で宜しかったですかね? ぐふふふ……」
ねちっとした目を向けた後、ゲドランは先に部屋の方に向かった。
「で、では案内させていただきます」
どこからか、メイドの少女が現れ怯えた様子でそう声をかける。
ヒルデは小さく頷き、彼女の後ろをついて歩いた。
客間に到着し、メイドが客人の彼らにだけお茶を用意した後立ち去り、部屋の戸を閉め防音機能が働いてから、ゲドランは口を開いた。
「それで、我々ゲドラン商会にどの様なお話を持って来て下さったのですかね? 少しは我々商人に実りのある話だと、嬉しいのですがねぇ。ぐふっ。ああ、もちろん金の無心でも構いませんよ?」
ヒルデの全身をねちっこく見つめながら、ゲドランはそんな事を口にする。
ヒルデはじっとゲドランを見つめた後、クリスの方に目を向けた。
「構わないんよ」
主のお許しが出て、ヒルデは口を開いた。
「演技はしなくても構いません。ゲドラン。こちらにいらっしゃる方は我らが主、大魔王ジークフリート様です」
「うぃ。久しぶりなんよ。だから無理しなくても良いんよ」
そうクリスが言って手をあげた後……ゲドランは一度咳払いをして……。
「ほ、本当ですか!? な、なんとお可愛い姿に……。ああ抱きしめたい。ですが私の様な者が抱いたら穢れて……ああでもでも……」
そう言って、もじもじとするゲドラン。
顔は醜男そのものなのだがその態度は女性のもので、そして声もまた女性特有の美しい声であった。
「構わないんよ? いつも迷惑かけてるしその位お安い御用なんよね」
「じゃあ失礼して……ああ。本当に普段はこの姿なんですね。初めて見ましたけど本当に愛くるしい……」
そう言ってゲドランはクリスを膝の上に乗せ、優しく撫でまわす。
その手つきは慈愛に満ち、技術では及ばずながら心の深さよりヒルデに匹敵する撫で力であった。
「……我が主。とりあえずお話の方を……」
「うぃ。ゲドランさん。ちょっとご相談がありまして……」
大商人ゲドラン。
彼女が何なのかと言えば……一言で言えば慈愛の女神である。
本当の神という訳ではなく、もう神と例える位しか彼女を示す言葉がないだけ。
その位、彼女は慈愛と自己犠牲に満ちた存在であった。
彼女は徹底的に、誰かの為に生きている。
誰かの為にしか、彼女は生きられない。
例えば、その酷く醜い容姿は元々ではなく整形である。
極悪非道の悪徳商人のフリをする為に、彼女は魔法による擬態ではなく不可逆の手術を行った。
聖母の如く美しき容姿を、彼女は己の手で捨てた。
全ては『悪徳商人』という存在に偽装する為。
本当に困った人を少しでも多く助ける為、彼女にはその悪名と身分が必要だった。
悪にさえ縋りに来る力なき人を一人でも多く助ける為に、犠牲となる子供達を一人でも多く笑わせる為に。
彼女は悪による犠牲を一人でも多く救済する為、己を全て犠牲にして生きている。
彼女の中にあるのは誰かを救うという気持ちと使命のみ。
その為に彼女は偽りの悪となり、人々の恨みを己に集めた。
彼女は徹底していた。
この屋敷にいる少女達は皆笑わない訓練と怯える演技の訓練を受けている。
その事に罪悪感を抱き『笑っちゃ駄目賞与』『怖がらせた手当』という特別ボーナスを加算している。
それも相当な金額を。
この屋敷にいる少女達全員が戦争孤児であり、明日生きる事も出来なかった。
だけど今、少女達は仕事中以外は常に笑顔を浮かべている。
自分達の幸運を噛みしめ、涙を流す程少女達は幸せになれていた。
そんなだから、ゲドランのメイドはほぼ全員が主の為ならば大魔王さえも殺してやるという位のガンギマリ勢である。
そして、それはこの屋敷のメイドだけではない。
活躍中の冒険者の中にも彼女に救われた人がいて、そういう人が彼女の為に裏で銭を回しているというのが大商人ゲドランの真実である。
だからまあつまるところ……ユーリの人生をかけた大博打が、最悪の失敗を迎える可能性だけは最初からなかったという事である。
アナスタシアと愛を育めるかは別だが、彼女がどん底に落ちる事だけはあり得なかった。
大商人ゲドランが彼女を救おうと動いている以上。
「と言う訳で、そっちにお世話になってるアナスタシアを嫁にしたいから頑張ってる子がいるから協力して欲しいんだけど良いかな?」
「まあまあまあまあ! 素敵なアオハルですわ。ええもちろんです! でも……協力するからには結末も教えて下さいよ? もちろん、告白が上手く行くのが一番良いのですが」
「うぃうぃ。と言う訳でそっちもアナスタシア周りの情報を教えてくれる? 当たり前だけど、結婚するつもりはないんよね?」
「もちろんです。そんな可哀想な事しませんよ。とは言え……彼女の場合欲しい物が欲しい物なのであげちゃうことも出来ず、実は私もちょっと困ってまして……」
そうゲドランは口にする。
出来得る限り相手の願いを叶える事、もしくは願いを叶える力を身に付けさせる事。
それがゲドランの救いの方針。
だから救われた人の大多数は己がゲドランに救われたという事実さえも知らない。
ゲドランに利用されている内に救われた、もしくは自分で自分を救えたと勘違いしている。
そう言って裏でこっそり多大な助力をして笑顔を増やしてきたゲドランだが、流石に『国を興す』というのは彼女にとってもそう容易い事ではなかった。
『ゲドランの愛妾となり子を残しその子を正当なメイデンスノーの後継者とする事』
どうしてその様な滅茶苦茶な条件をゲドランが用意したのかと言えば、彼女を救うのが間に合うかどうか本当にギリギリであったからだ。
国を壊され、家族を殺され、その上命からがらでの逃避行。
当時のアナスタシアの精神は本当にギリギリであった。
追い詰められ、その上亡国の姫という重すぎる荷物に強い強迫観念があったからだろう。
彼女は本当の悪徳商人に自分を身売りしようとしていた。
しかも国を興すという明確な約束なんてなく、多大な金額で己を売るという内容、つまり売春という方法で。
もしも一日、いや半日でもゲドランの捕捉が遅ければ彼女は取返しの付かない事になっていただろう。
しかもそれだけの事をしていても、彼女の元に金が入る可能性は低かった。
彼女に莫大な金額を払うよりも、しらばっくれるなり彼女自身を消すなりした方がよほどコストが低いからだ。
非合法な契約なんて守って貰えると思う方が甘い。
そんな事ナーシャなら考えたらすぐわかるだろうに、それさえ出来ない程彼女は追い込まれていた。
とは言えその時のナーシャに『あいつは払う気ありません』とか『自分の身体を大切にしなさい』とか正論言って聞く様な状態ではなかった。
だからゲドランに出来たのは、悪徳商人よりも上手い条件を見せつけ、アナスタシアとの契約を横からかっさらい、馬鹿をやらない様見張る事だけだった。
「当然だけど、その悪徳商人はきっちり潰しておいたわ。私の可愛い子供達がね」
そう言ってゲドランは自慢げに微笑を浮かべる。
彼女に出産した記録はない。
ただ、彼女は自分の慕ってくれた孤児全員を自分の子とし、愛している。
普段ゲドランは悪徳商人のフリをしないといけないから、その関係性を見せる事が誰にも出来ない。
だからこうして事情を知る人は皆、親馬鹿となり子供の自慢をするゲドランに付き合う事を強制される。
しかも割と自慢話は長い。
まあ、彼女の献身を考えたらその程度安い代償でしかないが。
「っと。ごめんなさい話がズレちゃったわ。と言う訳で子供を作ってあげる事は当然出来ないし、何より……今のメイデンスノーってもう騎士国に取り込まれてるから取り戻す事さえ難しいのよね。だからハイドランドの領地を買い取ってそこをメイデンスノーにしようかなとは思っているけど……」
「ほほー。ああ、でもごめんなさい。今の私能力封印してるから難しい話わからないんよ」
「封印ですか?」
「うぃ! 追放されたから!」
「追放?」
訝し気な目で、ゲドランはヒルデを見た。
「……後で、事情を説明させて下さい」
「いえ、大丈夫です。その反応で何となくわかりましたので」
そう言ってゲドランは微笑む。
ヒルデの魔王への敬意と今の情勢と、城が大忙しで『お掃除』をしている事。
それらを考えたら答えを導ける程度にはゲドランは政治に理解があった。
「まあとりあえずで良いので、ナーシャに一年位は様子見するって言っといてくれる? 手を出さないみたいな感じで」
「そうですわね。だったら手を出せないと憎々し気な感じで言っておきますわ。その男性の方が頑張って守ってるって感じを出す為に」
「それ良いね。という訳で暗躍のお時間なんよ。何か裏でこうしてこそこそするのって楽しい感じ」
「わかりますわかります。私もこういう事してますので。公園が出来て皆が喜んでるのを見て、あれは本当は私と私の子供が建てたんだって思うと誇らしくなりますもん」
そう言ってきゃっきゃと言いあう二人を、ヒルデは見つめる。
何となくわかっていたが、彼らは性根の部分が善性ゆえに気が合うのだろう。
彼らの暗躍というのは『自分の処遇だと知らないまま誰が喜ぶ行為』であり、それはヒルデの考える暗躍とはむしろ真逆の意味であった。
しばらく二人は良い事を暗躍と呼びながら話し合い、いかにしてユーリナーシャの関係を縮めるかを相談する。
そしてしばらくして、おやつの時間になってその微笑ましい暗躍は中断された。
「じゃ、二人は他の子達へのおやつの準備お願いね」
ゲドランは自ら客人と自分にお茶を入れ、おやつを用意して、困っているメイド二人にそう告げた。
「で、ですが護衛が。何かあったら……」
「大丈夫よ」
「せめて片方……」
「そうもいかないわ。貴女達にはこの屋敷の全員が、おやつを食べれる環境にするという重大な使命があるもの。だから、お願いね?」
そう言ってにこりと笑われると、彼女達は何も言えない。
美しい少女であるメイド二人は、クリスとヒルデに深く頭を下げた。
「お客様にお願いするのも変な話なのですが、ゲドラン様の事をお願いします。目を離すと何をしでかすのか……」
まあ、その日の内に美貌を捨て、髪を切り落とし、汚い声の練習を始める位の気合の入りっぷりの彼女である。
子供達が心配するというその心境は痛い程理解出来た。
「努力します」
この国を統べるヒルデを持ってしてもそうとしか言えない事が、ゲドランの異常さを如実に表していた。
メイド二人が去ってから、自分の用意したお茶をずずーっと音を立てて飲み、ゲドランは呟いた。
「あの子達、姉妹なのよ。だから出来るだけ一緒にご飯を食べて欲しくてね」
そう言ってウィンクをする。
彼女本来の女性らしい魅力が逆補正となり見た目が酷い事になっているが、それを気にする人はここにはいない。
「ゲドランさんが護衛にするって事は、彼女達は優秀な感じ?」
クリスは尋ねた。
「そうね。……まあ、自慢じゃないけどとても優秀な子達よ。でもあまり言いたくないわね」
「どうして?」
「ヒルデちゃんに取られるから」
「取りませんよ」
苦笑しながらヒルデは呟いた。
「いえ、たぶん無理やりでも持って行きたくなるわ。その位は優秀よ。でもとっちゃ駄目よ」
「……そう言われると興味は湧きますが……」
「内政が出来て礼儀作法の指導も出来て、計算高く二人共個人で商会持てる程度に商いも得意で二人で連携すれば四天王レベルの戦闘力だけど取っちゃ駄目だからね」
子供自慢を我慢出来なかったのか、隠してた内容をゲドランはドヤ顔で暴露する。
ヒルデは顔を顰めた。
それは、今の情勢では死ぬ程欲しい人材である。
ゲドランお抱えの子供達。
その時点で『絶対裏切らない傭兵』という特性が付いて来る。
その上でそれだけの能力である。
ナンパしてくる割に仕事しないヘルメスをクビにしてでも引き入れたい魅力があった。
それでも、ヒルデはぐっとその気持ちを我慢した。
「……取り……ません! 貴女を敵に回す程ではありませんから。ですが代わりに……」
「ええもちろん。成り上がりたくて尚且つ能力がある子供が出来たら、何時もの様に優先的に貴女に回すわ」
ヒルデはぺこりと頭を下げる。
「さ、難しい話はここまでにして一緒におやつを食べましょう。今日は私とあの二人で一緒に作った焼き立てフォンダンショコラよ」
クリスは小さく可愛らしいカップケーキの形になったチョコレート菓子を見つめた。
確かに、美味しそうである。
クリスはそっとフォークで切り崩すと、中から濃厚なチョコレートがとろりとあふれ出す。
切り分けたフォンダンショコラをフォークに刺し、ちょんちょんとチョコをつけ、一口ぱくり。
「美味しい!」
クリスは叫ぶ。
心の綺麗な人だからお菓子作りも上手いのか、それともその真心がお菓子作りを上手くするのか、もしくは単なる野生の天才か。
彼女が自分の子供達の為に作るお菓子は、贅沢の限りの経験がある上に馬鹿舌という面倒なクリスでさえも『最高の美食』と感じる程の出来だった。
魔王城に居た時の贅の限りを尽くした物よりも、ヒルデが魔王の為だけに全てを尽くし作り上げた物よりも、そのスイーツは上質。
だからだろう。
何時もゲドランスイーツを食べる時のヒルデの顔は、幸せそうな恍惚さに加え悔しさが身染み出ていた。
「そう言えばチョコレートで思い出した。そろそろバレンタインですね」
「ばれん……たいん?」
クリスは首を傾げた。
「ええ。大切な人達にありがとうって気持ちを捧げ、チョコレートとかお花とかを贈る、そんな素敵で可愛い日の事ですわ。まだそれほどメジャーな風習ではないですが、若い女性の間でちょっとしたプチブームになってますわ」
何かを思いついたらしく、クリスの耳はぴんと立ちその目はキラキラと輝く。
イベント事大好きなクリスとして、その話を聞き逃す訳にはいかなかった。
ありがとうございました。




