苛烈な試験?
髪はぼさぼさで服もしわくちゃ。
だらしらない中年という表現しか出来ないその男は、訝し気な表情でその部屋の前に立ち止まる。
緊急要件として学園長に呼ばれた。
その事実を前に男が真っ先に思った事は『とうとうクビか』であった。
正直言えばその自覚はあった。
だけど、違った。
『急な事ですが、試験官の担当をお願いします』
部屋の中で学園長にそう言われた男は、呆れた顔で尋ねた。
「正気です?」
失礼極まりない言葉だが、正直これでも相当気を使っている。
本音を言えば『馬鹿じゃねーの』って言いたかった。
なにせ男の目の前にいる受験者は、手足が短すぎて椅子に座っているのかのっかっているのかわからない、まるまるとしたナマモノである。
文句が出ない訳がなかった
「ええ。好きにやって良いですよ」
「いや、好きにって……。つーか、俺試験担当禁止に出てるんですけど?」
そう、ナマモノとか以前に、男が一番おかしいと思う部分はそこだった。
男はこの学園の教師……というよりも戦闘指南役の一人である。
ただ、男は冒険者を教えるとしても少々以上に厳し過ぎ、入学試験は元より新入生への指導も禁止されていた。
いや、はっきり言おう。
入学試験で受験者を壊す様な男だったから、学園で冷遇されていた。
そんな男だからこそ、学園長は呼んだのだった。
「だから良いんです」
学園長の言葉に、男は片眉を上げ不愉快さを示した。
「いやまあ、そうしろと言われたらしますけど……どの位の力でやりますかい?」
「君の普段通りで構わないですよ」
「いや、その普段通りでお叱り喰らった訳なんですが?」
「ふむ……そうだな。だったらあれだ。君が思うこれは無理って位の厳しさでやって欲しい」
まさかの手加減ではなく、逆方向への要望。
流石に男も学園長の正気を疑った。
「……ああ。もしかして試験という建前で社会的に抹殺したいとか、そういう事ですかい?」
学園長は苦笑した。
「実際に殺さなければ好きにして良いです」
どうやらそういう『処分』的な意図でも『追い出したい』という訳でもないらしい。
「……意図が見えずに不気味だけど……まあ良いか。上司の命令にゃ逆らえん。とは言え……この会話でびびってなければだけど……」
男はちらっと、どことなく加虐的かつ同情的な目をその獣に向けながらその表情を見る。
けものはきらっきらした目を男に向けていた。
「なんで嬉しそうなんだよ……」
緊張や怯えとは対照的な、わくわくと期待に胸をはずませるその顔に、男は苦い苦い、溜息を吐いた。
「つー訳でだ、急遽あんたの試験を担当する事になったラーファだ。短い間だろうけどまあよろしく」
「よろしくお願いします!」
嫌味に気づきもしないクリスの様子をラーファは顔を歪ませた。
「……まあ、あんたにゃ悪いが俺が担当官になった以上ぶっちゃけ落ちる。というかさ、あんたもあんま痛い思いしたくないだろ? とっととリタイアしても良いぞ? 俺もその方が楽だ」
「頑張ります!」
びしっと片手をあげ、まるで選手宣誓の様に。
ラーファはただただジト目だった。
「骨折位は初歩の初歩だ。比喩表現じゃなくてガチでな。血尿でその自慢の体毛汚したくないだろ?」
「手足切断されてでも受かる気持ちです!」
男は馬鹿にするように笑った。
「はっ! 口ではどうとでも言える! いや、そうだな。気概を馬鹿にするのは良くなかった。だからこう言い直そう。ガチで腕切り落としてやるよ。吐いた唾はもう飲めねぇぞ?」
ラーファは殺意と敵意を叩きつけ、挑発的に笑った。
脅しと実演。
ラーファはこれで過去自分の受け持った新入生十人中十人を失格にした事があった。
これがただの度胸試しの脅しならそれで良し。
だけど、ラーファは実際にやる。
この学園の治療スタッフの優秀さを理由に、口で言った以上の事を実際にやってしまう。
だからラーファは十年も前から、学園で一年以上経過した生徒以外とは関わる事を禁じられていた。
故にその恫喝には脅し以上の恐怖が宿るのだが……クリスはけろっとした様子だった。
「ふむ? 鈍い……という訳でもないのか?」
クリスの態度と目線を見て、ラーファは少しだけ疑問を覚える。
怒りや敵意、加虐の意思を理解出来ぬ程鈍い訳でも、我慢し隠している訳でもない。
だからといってこれがどういう態度なのかはちょっとわからなかった。
後ろで学園長が笑っている様な気がした。
「……まあ良い。ジーク・クリス。あんたが英雄の卵だろうがドン・キホーテだろうが、どうでも良い。俺は俺の仕事をするだけだ」
ラーファは奥から大きな箱を持って来て、その箱をクリスの前で開いて見せる。
中には様々な近接武器が入っていた。
刃こそ潰してあるものの、どれも金属製のちゃんとした人を殺せる武器だった。
「好きなの選びな」
だけど、クリスは首を横に振った。
「ううん」
「あん? 何が不満だ?」
クリスはしょんぼりとした顔を見せた。
「使える武器ない……」
「おいおい流石にそんな嘘は……」
そう言って笑おうとして、ラーファはある事実に気付く。
クリスの体のサイズは成人男性半分位で、手足はもはやコッペパンであると。
「ちょ、ちょっとこれ持ってみろ」
ラーファは片手用の、それも盾と併用するナイフに毛が生えた程度の長さのショートソードを手渡した。
それは女子供でも片手で持てる程の物で……。
からんからんと、床に転がり落ちた。
「じゃ、じゃあこれは……」
サブウェポンでも使われる、最小サイズの短い槍。
しかも穂先は砕けやすい石製でその重量は軽く両手で保持出来るから扱いやすいなんて代物。
流石にそれは持てるのだが……両手で抱えるのが精々であった。
必死に持とうとしているが、抱きかかえるその仕草はまるで旗を立てている様にしか見えない。
少なくとも、突くという動作が可能には見えなかった。
槍を抱えるクリスと、その様子を見つめるラーファ。
二人の間に、悲しい沈黙が流れた。
「学園長。これ、無理ですって」
ラーファのそれは、もはやギブアップに等しかった。
厳しい事に定評があり、最近のガキは軟弱と思っているラーファだが、流石に武器も持てない相手を試験するというのは想定外過ぎた。
乏しい罪悪感がチクチクとその胸を痛めつける位に。
だけど、学園長は笑っているだけだった。
「構わない。やるだけやって下さい。というか、やるだけやらないと終われない」
「そんなの権力使って……いえ、無粋ですね。失礼」
学園長の困惑と諦めの表情で、ラーファは悲しい現実を理解した。
つまり、このもふもふナマモノは学園長でかつ四天王であるウィードの権力でさえどうしようもない後ろ盾があるという事だ。
そう悟ったラーファはわざとらしく溜息を吐いた。
「それと、このままだと少し不利過ぎますから少しだけ忠告を。ラーファ、手を抜くな。相手を舐めるな。本気で行け」
「――えっ? 不利過ぎるって俺の方ですか?」
「ええ。外見と内面に油断して足元救われそうでしたから」
「外見と内面って全部じゃないですか」
「あはは。かもしれませんね」
「そんな思わせぶりな事言ってますけどこれですよ?」
ラーファはクリスの方に目を向ける。
クリスは獣人用の両手クロ―を装備し、起き上がれなくなってうつぶせで足をぱたぱたさせていた。
「それでも、これは命令です。油断せずにいけ」
そう言いたい事だけ言って、ウィードは壁にもたれかかって何も言う気はないと見学の姿勢に入った。
「はいはい。わかりましたよ……。流石に気が引けるけど、お給料の為と。おい、武器はもう良い。試験内容を言うぞ」
クリスははっとした顔になり、キラキラした目を向けていた。
その顔を絶望に染めようと、男は邪悪な笑みを浮かべた。
「一分間、この部屋の中で逃げ回ってギブアップせずに堪えられたら合格だ。わかりやすいし、これなら武器がなくても良いだろ?」
「捕まったら駄目って事?」
「いいや、一分過ぎるまで意識があって、ギブアップしなかったら何度捕まっても良いよ」
「余裕過ぎない?」
「ただし、捕まえる度にペナルティとして痛めつける。後で治療出来る範囲にはするが……不幸な事にうちの治癒能力者は優秀でね……。骨を砕き、爪を抉り、肉を穿ち、言葉通り、手足を切り落とす」
たっぷりしっかり脅しつけてみるが、やはり変化がない。
それを見て、男はさっさと終わらせようと決めた。
今回は、流石に無理に痛めつける必要はない。
意識を刈り取ればそれで終わる。
流石にこいつは、向いてなさすぎる。
それは、苛烈とも言える性格をしたラーファらしからぬ慈悲であった。
「それじゃ、よーい……スタート! っと」
ラーファは躊躇う事なく手に持つ剣を振り抜いた。
だが、それを予測していたかの様にクリスはさっと横に避けその斬撃を躱す。
思ったよりも、しっかりと避けられラーファは感心を覚えた。
「意外と早いな。だが雑だ。足運びも、動きの組み立ても、体の使い方も、何もかも。完全な素人だなあんた。無様過ぎる……って、何で嬉しそうなんだよ」
「何でもないんよ」
何故か知らないが、その罵倒にクリスはご機嫌そうであった。
男はちらっと背後にいる学園長に意識を向ける。
険しい顔で、だけど何だか感動し泣きそうな様子で、学園長はクリスを見ていた。
――隠し子? それとも親戚? まあ、何でも良いか」
男はぶんぶんと大振りで剣を振る。
それは斬撃を行う剣の動きではなく、打撃武器のそれ。
鉄パイプを振り回す喧嘩殺法と何も変わらない低俗な戦い方だった。
だから、クリスも難なく躱せる。
小柄な上に素早いクリスにとって大振りな攻撃など止まっている様な物だった。
そしてそれ故に、罠にはまる。
避けやすい攻撃なんて何か企んでいますと言っている様な物なのに、クリスはそこまで考えない。
今のクリスだって、ちょっと考えたらその動きが怪しいなんてわかるはずなのに。
ラーファが誘導していたのだと気づいたのは、部屋の隅に追い詰められ逃げ場を失ってからだった。
「尋ねるのは、これが最後。文字通りのラストチャンスだ。ギブアップするかい?」
クリスは迷わず、首を横に振った。
これだけ脅しつけて、追い詰めれて、それでも尚変わらない。
それはもう普通の範疇を逸脱している。
時折現れるのだ。
こういう、常識離れした奴が。
度を越えた才能を持つ英雄の卵か……はたまた超ド級の大馬鹿野郎か。
とは言え、どちらであろうとラーファのやる事に代わりはない。
心をへし折り、二度と冒険者になろうと思わせない事。
それに耐えられぬ様では、早々に辞めた方が本人の為だ。
だからかつてからそうした様に、そしてかつて以上に厳しく。
男は膝を落とし、クリスの腰辺りに狙いを定め、体を捻り剣を横薙ぎに振り抜く。
さっきまでの喧嘩殺法とは違う、本当の剣術。
刃を潰したとは言え十分殺傷出来そうなその一撃は避ける事が叶わず――。
ふわっ。
「……ふわっ?」
謎の手応えに、ラーファは困惑した。
全力で、少なくとも骨折程度は起きる程度の力は入れて振り抜いたはず。
だが帰って来た感触は、高級ホテルのベッドにダイブした様な柔らか―な物だった。
「あれ? 痛くない?」
「なんでてめぇが困惑してんだよ……」
男は再度剣を振る。
今度はもっと切断を意識し、そして機動力を奪う為と毛量が少ない足を狙って――。
ふんわり。
毛量とか、毛が薄いとか、そんなの関係がない。
その鋭き斬撃は、ふわっとした感触に包まれるだけだった。
「柔軟剤でも使ってんのかよ」
嫌味や皮肉のつもりだったのに、何か変な事を口走る。
言った言葉のわけわからん具合で、想像以上に自分も困惑しているとラーファは気付けた。
学園長は後ろで笑うのを堪えていた。
「じゃ、今度はこっちの番だね!」
「――は?」
ラーファは、完全に油断していた。
舐め腐っている状況で困惑。
完璧に、虚を突かれた形であった。
左半身で腰を落とし、しっかり大地を踏みしめて。
クリスは、ちんまりころころした獣とは思えない位堂に入った構えを取っていた。
「てめぇまさか素手専か!?」
ラーファは自分の間抜けさに苛立ちを覚える。
学園長が事前に油断するなと言っていた。
それを考えたら、こいつが武器を使えないのは身体能力ではなく何等かの制約であると想像出来る。
つまり、素手で戦う事に特化したタイプ。
今までの様子はこの一瞬の、絶好のチャンスを作る為のブラフ!
そこまでラーファは考えた。
全部ただの考え過ぎだが。
とは言え危機である事に違いはなく、ラーファは武器を持ち代える時間もないと考え剣で攻撃を防ごうとする。
悪手中の悪手だが、相手が一撃を狙っている以上それ以外に選択肢はなかった。
だが、ラーファの剣で防ぐ動作よりもクリスの行動は素早かった。
たんっと、地面を叩く様に蹴って、小柄な事を生かした一瞬でのゼロ距離密着。
ガードさえも許さない、完璧なタイミングでの一撃が、クリスの拳が男の腹部に直撃した。
ふわっ。
そのの感触は、柔らかいふわふわタオルだった。
「……あるぇー?」
クリスは首を傾げた。
「あれー?」
ラーファも首を傾げた。
学園長は堪えきれず膝を床に着いた。
めっちゃ震えていた。
「決められないのかよ!」
剣で思いっ切りホームランスイング。
ふわんとした感触と共にぽよんぽよんと部屋の隅にクリスは跳んでいく。
だが、それでもやっぱり無傷で当たり前の様にクリスは起き上がる。
それから数分、どちらの攻撃も完全に無効化され、攻撃そのものが無意味と化して……。
無駄な攻撃を互いに繰り返すだけで、ただぐだぐだした時間が過ぎるだけだった。
ありがとうございました。