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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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ちょっと可哀想だった


 ハイドランド首都リオン、その丁度中心にある王城。

 黄金の魔王が住まうとされる巨城……。

 別名『世界の中央』。

 その城の中、地下のポット内にてクリスは眠っていた。


 水の中をふわふわと浮き、眼を閉じる小さな獣。

 それをヒルデはじっと見つめる。

 再調整の申し出。

 それはヒルデにとっても渡りに船の有難い提案であった。


 これはヒルデの意見ではなく、ヒルデ自身そうは思っていない。

 だが、四天王序列二位アリエスは『黄金の魔王は赤子同然である』という説を立てている。

 万能故に一度も成長する機会がなかった。

 世界を護る事が当たり前であったが故に葛藤もなく、彼にとって世界平和の為の暴力装置と成り続ける事は当たり前の事でしかなかった。


 そんな彼が、今回初めて成長した。

 封印状態で縛られ、その中が足掻き、藻掻き、手を伸ばして……。

 それに釣られ肉体も成長した。

 何千、何万という時の中一切の変化を見せなかった肉体が、初めて成長を見せた。


 だからこそ、ヒルデは封印の確認をしなければならなかった。

 もしもその成長に封印が耐えられない様なら、何か悪影響がある様なら、主にとって非常に望ましくない結果になってしまう。

 それだけは許されない。

 このバカンスは彼が初めて、普通の人に成れた瞬間なのだから。


 そして調査の結果……。

「封印に問題はなし。これならどれ程成長しようと大丈夫そうですね」

 そんならしくもなく独り言を()き、そっと安堵の息を()いた。

 設計思想を行なったのがアリエスだからだろう。

 成長に対しての封印の指数設定は相当強固な物となっていた。


 ポット越しに見る愛しい主。

 その成長した姿を見ていると、ヒルデは胸に何かを感じられた。

 例えるならば我が子を想う母の様な、そんな気持ちだろうか。


 だけど……それだけじゃあない。

 嬉しくないという訳ではないのだが、それでも今のクリスの姿に暗い感情を覚えている自分にもヒルデは気付いていた。

 成長なされる事を心から喜べない。

 そんな自分が、情けなかった。


「……はぁ。役目をはたしてすぐ仕事に戻りましょうか」

 幸か不幸か、気持ちを切り替える為の仕事は幾らでもあった。

 元々ヒルデは死ぬ程忙しいのだが、それに加え最近大きな騒動があった所為で。


 かちりかちりとスイッチを入れ、ヒルデはクリスの望む通りに能力の調整を行っていく。


 オリジンの追加。

 そのチョイスはヒルデとしても悪くないと思えた。

 その選択はきっとクリスがより楽しく、より安全に遊べる様になるだろう。


 彼は世界安泰の為ずっと奉仕し続けて来た。

 悠久とも言える、そんな時間をずっとずっと。

 彼がいなければ人類は己の愚かさを原因とするだけで十度は滅亡している。

 世界はずっとずっと、彼に頼り続けて来た。

 恥も知らずに……。


 故に――次は世界の番。

 世界が我が主の遊び場となる番である。

 少なくとも、ヒルデは本気でそう思っていた。


 魔王代行なんてやっているのは主がそれを望むから。

 ヒルデの感情や個人的心情で言えば、為政者として無能は排除すべきと考えている。

 我が主の願いでなければ強者のみの世界とし弱者を虐げていただろう。


 むしろ我が主には人々を虐殺していく様な趣向に望んで欲しいとさえ思っている位であった。

 そうであったなら、こんな下らない仕事から解放されただろうに。


「オリジンの追加……。『幸運』や『運命変体』……は、上限にかかるのでおそらく選ばれないでしょう。だとしたら……何か技術的なオリジンとなる可能性が高いでしょうか。『金属ワイヤー操作術』などが選ばれたら主の短所を消せるのですが……そう都合良くは行かないでしょう。今の主は運は良い方ですが剛運では御座いませんので」

 かつての主の持つ能力を思い浮かべながら、何が選ばれるのかを考える。

 それはそれで楽しい気持ちになれて、これが主の言う『ガチャの魔力』とやらかとヒルデは気付いた。


「……どの様な力でも構いません。どうかまた、我が主が世界を楽しく感じられます様に……」

 それだけが、ヒルデの心からの願い。

 祈る様気持ちを込め、彼の目覚めのスイッチを入れた。




「何と言うか……相変わらず申し訳ないんよ」

 クリスは彼女と手を繋ぎながらてくてくと歩いていた。 

 無礼な事に、手を繋ぐ相手の名前は知らない。

 何度も世話になっているというのに。

 わかっているのは、彼女がぬいぐるみなどを売っているファンシーショップの店長であるという事だけだった。


 それだけの相手なのに、城付近から冒険者学園まで馬車を経由しての道を案内してくれた。

 長い長い距離を隣でついてきてくれた。


 つまり……クリスはまた、迷子になっていた。


「別に良いのよ。学園の方には用事があったから」

 そう言って彼女はニコニコと愛想よく。

 その言葉に嘘はない。

 クリスというぬいぐるみ系冒険者と縁を繋ぐという用事が、彼女にはあった。


 悪意や害意はない。

 邪な感情も一切ない。

 そこにあるのは自分の店に働いて欲しいという気持ちのみ。


 だけど彼女は間違いなく、クリスのストーカーであった。


「はえー。やっぱり店長さんだと違うなぁ。これだけお世話になったんだし今度はお店に買いに行かないと」

 きゅぴーんと、眼を輝かせる。

 何時もならば遠慮を見せる彼女だが、このチャンスは見逃せなかった。

「来てくれるなら歓迎するわよ! ええ!」

「うぃ。でも今小切手しかないから……」

「こぎっ!? べ、別に遊びに来てくれるだけでも嬉しいよ? もしくはアルバイトとか」

「うぃ……でも今狩猟祭に向けて忙しいから……」

 その行事は彼女も(ストーカーついでに)知っていた。


 定期的に行われるイベントの一つで獣を狩る腕を競う試験。

 普通の獣だったり魔獣だったり偽物だったりと内容は変わるが、共通する点が一つある。

 腕を見る為に、多くの著名人が観察に来る事。

 若者に唾を付けに来るという奴なのだろう。


 ここで活躍すれば軍や大手の商会にスカウトされたり、有名冒険者のチームに引っ張られたりする事もある。

 無理に大活躍せずとも有能ささえ示せれば色々な相手と顔繋ぎも出来る。

 狩猟祭の結果から社交界デビューし貴族令嬢となった女性だって居た位だ。


 そしてそうでなくともこれは試験の一種。

 学生である以上集中しなければならない課題である事に違いはないだろう。


「ああ、じゃあ試験が終わったらでどう? 何なら依頼で出しておこうか? アルバイトのお願い」

「それなら良いんよ。お世話になってるしお手伝いはするんよ」

「ええ、楽しみにしてるわ」

 微笑を浮かべお姉さんモードだが、その内心はガッツポーズを取り雄たけびを上げていた。


 そうして学園の傍まで来ると……。

「クリス君!?」

 少女が叫び、こちらに飛び出して来た。


「リュエルちゃん。どしたの?」

「いや、クリス君が来るの遅いから心配になって……」

「ありゃ。ごめんね。迷っちゃった。それでこの親切なお姉さんに……」

 リュエルと彼女は、そっと見つめ合う。


 ぶっちゃけ顔見知りであった。

 それもかなり親しい部類の。


 この女性は王城付近のファンシーショップの店長で、そしてその店はその手の物好きにとってはカリスマ的と言える程有名な店。

 対してリュエルはぬいぐるみヘビーユーザー。

 知らない仲どころか常連とお得意様の関係。

 お互いの趣味を完全に把握している程度には親しかった。


 とは言え、それを表に出す事はない。

 お店の店長としてプライバシーは護る義務があるからだ。

 そんなのはカリスマとか可愛い物好きとか以前に人として当然の事でしかない。


「保護者さんが来たかな。それとも彼女さん?」

 そう言ってニコニコしながら彼女はクリスをリュエルの元に戻すと同時にリュエルにアイコンタクトを送る。

「か、彼女なんてそんな……。お姉さんもありがとうございます。今度『お礼』に行きますね」

 そう言って、リュエルはちらっと彼女にアイコンタクト。

「気にしなくても良いけど、そうね……正直来てくれたら嬉しいわ」

 彼女も納得した様に頷き、そして二人は握手をした。


 ちなみにアイコンタクトの内容は……。

『このもふもふちゃんのうちの店員姿見て観たくない?』

『超見たいから連れて行く』

 という物だった。


 その後、彼女はにこやかな顔で手を振り彼らを見送った。

 その顔は何時も以上に晴れやかな物であった……。




 クリスの心は期待に満ち溢れていた。

 一年未満のDクラス全てが集合し、教室の場所も代わったなんて新しいクラス。

 退院開け初日という事もあって、何もかも心機一転である。


 そんな期待と希望に満ち溢れていたのだが……教室に入って見た光景は、今までと大した違いはなかった。

 教室の質も広さも同じで、何なら数もそう大差ない。


 若干多いかなとは思うがその程度。

 生徒の質は格段に向上しているのだろうが、ガラの悪さは今まで何ら違いはない。

 つまり、真新しさはないという事である。

 むしろスキンヘッド釘バッドとかの極端な外見のチンピラがいなくなって若干まともに寄ってつまらなくなっていた。


「クリス君。あっちに座ろう」

 リュエルはそう言って隅の方を指差した。

「ん? 真ん中じゃないの?」

「良い席は先輩達に譲らないと」

「なるほど。わかった」

 素直にクリスは従い、部屋の隅の方に二人で座る。

 リュエルは事前に考えていた言い訳をクリスが素直に聞いてくれそっと安堵の息を吐いた。




 予想は付いていたが……部屋の中でクリスに向けられる目は相当嫌な物であった。

 クリス自身が気づいていない事が僥倖である。


 そうリュエルは思っているが、実際は気付いている。

 ただ、気にもしていないだけだった。


 クラスメイトの大体三割近く。

 その位の数の生徒が、クリスに対し随分と邪な目を向けている。

『利用してやろう』

『食い物にしてやろう』

『媚びを売っておべっかを使って取り立てよう』

『あいつは恵まれているから、施すのは義務のはずだ』

『義務を果たさないなんてなんと酷い奴なのだろうか』

『その名声は、金は俺の者だったはずなのに』

『返せ、いや、もう奪ってしまえ』

 そう言った、利用する事しか考えていない道具を見る目。

 勇者候補として活動していたリュエルもずっと経験してきたその不快な目が、クリスに集中していた。


 その理由は先の事件等で中途半端にクリスが有名になった事にある。

 信奉者という宗教的権威であり、神より携わったアーティファクトを持ち、先のゾンビ騒動で勇者候補クレインと共に解決に走った。

 そういう名声に加え、クリスの戦闘力が各段に低い事も面白半分で広まっている。


 つまり……『有名税』に加え『舐められている』事が問題となっている。

 二つが最悪なマリアージュを相乗的に果たしたその結果、クリスに対し何もしても良いという空気が醸し出されている。


 とは言え、実の事を言えばこの三割弱の目はまだマシな方である。

 三割とは違う目、このクラスのおおよそ五割が、クリスに対し明確な敵意を向けているのだから。


 こちらの理由はもっと単純で『妬み』や『嫉妬』である。

 外見と能力の貧弱さがマイナス効果となり、成功者に対しより深い嫉妬を生んでいた。

 これが真っ当な実力者であればこうはならない。

 つまりクリスの功績は宝くじの様な偶然なのだと皆が考えていた。


『雑魚で運だけの癖に』

『どうしてあんな奴が』


 泥の底から見ている様な、そんな執念深い目。

 隙あれば引きずりおろそうとする足引きの呪い。

 仲良くしたいと願っているクリスにはとても話せない状況だな……なんてリュエルは心を痛めていた。


 三割の邪な目に五割の妬み。

 更にもう一つ事情を付け足すならば、この悪意悪化のタイミングでバランサーが消失した事も問題であるとリュエルは考えている。

 ロロウィ・アルハンブラ。

 Dクラスに居た時彼はクリスに対しての敵意や悪意を散らし、彼が居やすい環境を整えていた。

 今の状況になってからリュエルは見ていないところでも相当苦心していたのだろうと推測出来た。

 それが居なくなったが故という事情は決して軽くない。


 彼が居ない状況でこれだけの悪化。

 しかもクラスメイトだけでこの有様。

 他クラスからの悪意はもっと凄まじいと予測出来た。

 プライドの高いAでも商売敵に厳しいBでも、クリスはきっと悪口を言われている。


 これは、放置して良い状況ではないだろう。

 故にリュエルは、後でユーリに相談しようと考えた。




 しばらくしてから、時間通りに教師が入って来る。

 元々クリス達が見ていた老年の女性で、彼女はどこか疲れた……というより落ち込んだ様子だった。


「……随分と減っちまったもんだ。辞めずに残ったあんたら馬鹿共にババアからの忠告だよ。冒険者ってのは引き際が肝心だ。ヤバいと思うより前に退きな。……それが出来たら冒険者なんてやってないだろうけどな」

 そう言ってから、彼女は自嘲めいた笑みを浮かべた。


「ま、ババアの小言なんて鼻くそより役に立たない話題は捨てて、喜べお前ら、()()()が増えるぞ。本来ならそいつは昨日付けの入学で新入生の立場なんだが……高い能力やらお上の言いつけやら何やらと私も知らん諸々の事情でこのクラスに編入扱いとなるってさ。……そういう特別扱いが許される程度には出来る奴って事だな。ちょいと見た目が奇抜だけど、まあ仲良くやりな。損はしないだろう。さ、入っといで」

 そう老婆が口にしてからしばらくしてから……あの時の『白猫』がもじもじとした態度で入って来た。

 金属の様な強い光沢を持つホワイトパールカラーの美しき猫。

 四肢が長くすらっとしたその猫は、それはそれは随分と恥ずかしそうな態度だった。


「ありゃ、あの時の」

「クリス君知り合い?」

「んー……微妙な感じ。ギリ顔見知りな感じ?」

「なるほど。……完全な動物型って珍しいね」

 リュエルはそう口にする。


 魔族の中にはそういう特殊な存在も居るのはリュエルも知っている。

 だけど、ハイドランド首都の中でそれを見るのは初めてであった。




 教師が去ってから、クリスはおいでおいでと白猫を手招きする。

 猫は心底嫌そうな顔のまま、彼らの元に向かった。


「奇遇だね。どしたん? あ、奇遇って事で良かった?」

「う、煩い! こんなはずじゃなかったのよ!」

「出会って次は転校生ネタとか暗躍の黒幕どころかヒロインポジの行動なんよ」

「ヒ、ヒロッ!? あんたの恋人役(ヒロイン)なんて死んでもごめんよ!」

「私主人公属性ないから私じゃないかな」

「ええそうでしょうね! あんたは勇者(主人公)からは程遠いでしょうね!」

「うぃ、それで、どしたん本当に? 相談位なら乗るんよ」

「優しくするな! その方が困るのよ! それに色々あったのよ! そういう命令とか色々不本意な事がね!」

 開き直った様に、猫は叫んだ。


 クリスは考える。

 つまり白猫ちゃんは黒幕ではなく、その雇われ。

 もっと言えば倒した後で『私は結局操り人形なだけ……貴方の苦難はまだ続く』みたいなポジションに居たんだろうと想像出来た。

 それ以外にも考察出来そうだが、流石に可哀想だからやめておいた。

 色々ボロが出やすい子だなと思ったけど、その言葉を控える程度にはクリスにもデリカシーがあった。


「とりあえず、仲良くやる?」

「やらにゃい……」

 そう言って、白猫はするっとすり抜け窓から教室の外に出て行った。


ありがとうございました。

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