がちゃがちゃ
「とりあえず、強化候補の三つを話すんよ」
「ああ……もう理解は諦めた。そういう物だって思って後は状況で判断するからそうしてくれ」
ユーリは眉を顰めながらそう口にした。
「うぃ。まず、『腕の筋力強化』。力持ちになるとかは無理だけど普通に武器が持てる様になるんよ」
「……ふむ。まあ、無難だが悪くないな」
ユーリは納得した様にそう呟く。
だがそれにリュエルは反論した。
「いや、クリス君が武器持てる様になるって相当だよ?」
「そうは思えないのだが……」
「ううん。元々将来性は高いと思っていたし、それが即席で現れるのは相当の強化になるよ」
ユーリの目から見てクリスは指揮能力のあるすばしっこい置物である。
だがリュエルは剣士として活躍出来ると考えているらしい。
ユーリは自分とリュエルどちらが才能あるかを考え、リュエルの考え方が正しいと仮定する事にした。
「どの位になると考えている?」
「将来的に?」
「ああ。剣士としての意見を忌憚なく」
「最低でも、私以上。最高だと、世界最高の剣士」
「……本気か?」
「うん。本気」
「……わかった。これを受ける受けない別にして、別個で腕力強化の方法を考えておこう。クリス、次を頼む」
「うぃ。次は『魔法を扱える様に』なんよ。だけどこれ相当の博打になるんよね」
「どうしてだ? クリスは内蔵魔力ぶち抜けて高いんだから正直これ一択だと思うんだが……」
「魔法って才能の世界なんよ」
「だから、魔力溢れている訳だろ? 才能あるじゃないか」
「ううん。他の才能がないからそううまくいかないの。たぶん強化した上で頑張っても手の平から水出すとかが精々になる感じ」
そう、魔法を使える才能を得たところで出来る事はほとんど増えない。
覚えるのも行使するのも才能だし、その魔力を消費するのも才能。
確かに、しっかり努力すれば多少使い物になるかもしれない。
だが同じ時間で別の事をした方が絶対に伸びる。
魔法というのはそういう努力と才能という二つのリソースをどの位使えるかを競う世界である。
だから今回の中で焦点となるのは『武具に魔力が乗せられるかどうか』という一点のみ。
クリスの暴力的な魔力を、ほんの僅かな残照でも乗せられたらクリスは一流の仲間入りである。
今のクリス程度でも十分な武器となるだろう。
問題は、その可能性があまり高くないないという事だが。
「どの位の可能性と見ている?」
「うぃ。ぶっちゃけ三割? 贔屓目に見ても」
「……博打するには悪くない数字だが、正直前者と比べたら見劣りするな。それで、最後三つ目は何だ?」
「うぃ。最後の候補は『ガチャ』なんよ!」
キラキラした目で叫ぶクリスを見ながら、ユーリは顔を顰めた。
良くわからない。
だが、とても嫌な予感がする言葉だった。
「……具体的に言えば?」
「オリジンが増える」
「はぁ!? 本気で言ってるのか!?」
『オリジン』
それは魂が身に着ける固有能力であり、極地と呼ばれる境地の一つでもある。
魂に刻まれた何かが表の世界に現われ己の肉体や能力に変化を与える。
鍛え上げた末の境地の一つなのは確かだがそれなりに個人差があり、生まれた瞬間から発現している者も極稀にいる。
理論上は全ての人間が目覚める可能性のある力であり、高名な冒険者なら発現している事はそう珍しい事ではない。
逆に言えば、高名な冒険者でようやく一つ持っている程度には珍しい能力でもある。
それをクリスは現時点で二つ所有している。
更にそれを一つ増やすというのは正直狂っているとしか言えない。
デュアルオリジンの時点でもう特異個体と呼べる状態であり、そこから更にもう一つと云えば魔王十指とかもうそっち側の住む世界が違う存在が比較対象になるんじゃないだろうか。
少なくとも凡人であるユーリには遠い世界の話としか思えない様な内容だった。
実際の話をすれば、元々クリスのオリジンは無数の効果を持っている一つだけ。
今保有する二つもその一つから漏れ出した物に過ぎないから厳密なデュアルオリジンとは異なり、それ故にちょちょいと封印をいじればオリジンがもう一つ表に出る事もそう難しい事ではなかった。
「とは言え、問題はあるんよ」
「例えば?」
「どんなオリジンが出てくるかわからない」
そもそもの話だが、オリジンという代物は本来『個性』と言い換えても良い程その人の特徴が色濃く出る。
その人の生き様や願望がそのまま形になった物と言っても良い。
更に言えば、オリジン持ちの内少なくとも七割はオリジンをあまり使えない力と感じている。
効果が微量だったり望んだ形じゃなかったりする場合もあればリスクがあって不便な事も。
そういった事情を踏まえた上で、今回はかつて使えたオリジンの弱体版をランダムに一つ呼び覚まそうとしてる。
それが頼りになるかどうか全く見通しが立たない。
だからこそ、クリスはガチャと表現した。
それでも、ユーリはその選択肢が魅力的である事を認めていた。
オリジンとは上級冒険者の持つ憧れの力という側面もあった。
男の子の憧れと言い換えても良いだろう。
「そんで、次短所ね」
短所の方は単純でヒルデが微強化した部分を取っ払う。
ある意味元の形になると言っても良いかもしれない。
「ああ。まずは?」
「長所と同じく『腕中心の筋力』。そしてこれぶっちゃけ現状ではそんな変わらない」
「どうしてだ?」
「元々弱いから。弱い部分をより弱くしてもそんな影響ないでしょ?」
「ああ。だけど……将来的に見たらどうだ?」
「うぃ。何時も以上に筋トレする事になるんよ」
ユーリはクリスの言葉がアテにならないと感じリュエルの方を見た。
「狩猟祭までの範囲という意味じゃあ影響ないと思う。けど、クリス君の人生考えたらかなり大きいはず。個人的にオススメしたくない」
リュエルの言葉にユーリも頷く。
クリスの腕力関連の弱体化というのは『成長の鈍化』と同意義であり、それはクリスの未来を奪う行為に等しいと感じられた。
その位リュエルはクリスの剣技を買っているからだ。
「そうでなくとも許容したくないけどな。今以上に力が弱くなれば介護がなければ生きていけなくなるかもしれん」
その言葉にリュエルはぴくっと耳を動かす。
そしていけない妄想をした後、ぶんぶんと首を動かし自分の邪念を払った。
「次は『治癒力』なんよ。風邪とか引きやすくなるとか怪我が治りにくくなるとかそんな感じ。正直これは……」
「ん、これはパーティーメンバーとして否定する。これを選ぶ位なら強化はなしで良い」
ユーリが何か言う前にリュエルはそう断言する。
ユーリも同意見であり、リュエルの言葉を否定するつもりはなさそうだった。
「確かにまあ選ぶメリットは薄いけど、一応戦闘力に全く影響ないから候補に残しといて」
「ん、それで最後は?」
「最後は『理性』なんよ。正直良くわからないけどほんのちょっと我慢が効かなくなるっぽい感じ?」
リュエルとユーリは困った表情で顔を見合わせた。
「クリス君、それってクリス君がクリス君でなくなるって事?」
「んーん。違うんよ。どっちかと言えば戻るって感じ。今までが補正かかってた感じ。ちょっと幼稚になるかもしれないけどそれが元々の私なんよ」
これ以上? という言葉をユーリはそっと飲み込んだ。
「……なら理性で良いと思う」
リュエルの言葉にユーリは目を丸くした。
「そ、それは勇者の直感か?」
「違う、クリス君を見ていた仲間としての感想。クリス君の性根は善悪以前にとても純粋。我慢が効かなくなっても悪事を働くって感じじゃあない。精々夜更かししてお菓子を食べるとか。だからデメリットはそう多くない。それに……」
「それに、何だ?」
「私が責任を取れる。クリス君が駄目になる様なら、私が傍に居て支えられる」
「……強いな、あんたは」
「違う。弱いから支えられるんだよ」
言葉の意味がユーリにはわからない。
だが、今のリュエルには任せておけば安心出来るという頼もしさがあった。
夜中のお菓子辺りが図星過ぎてクリスはそっと耳を塞ぎ誤魔化していた。
そう、リュエルはそれだけの覚悟がある。
クリスに全てを捧げる事など覚悟の内にも入らない。
クリスを支えるというその言葉にも嘘はない。
だけど、それらはリュエルの理由にとって生前に半分に過ぎない。
クリスの性根が悪でないから欲望に飲まれても大した問題にならず、そして何かやらかす様なら自分が傍についていればいい。
リュエルは本気でそう思っている。
だけど、それだけじゃあない。
クリスの理性がなくなる。
つまり獣ではなくケダモノになる。
その瞬間自分が傍に居れば自分がターゲットになる。
イコール大勝利。
それがリュエルの方程式。
可能性は低い。
だが、理性を失ったクリスきゅんに獣の様に襲われるその瞬間を想像するだけで胸がときめいた。
貴方になら何をされてもーなんて頭の悪い妄想に浸る程度に。
頬を赤らめ恍惚となるリュエルに対し、ユーリは『早まったかな』なんて思いながら怪しむ様な目を向けた。
「短所の方はまあ任せよう。長所の方だが、リュエル、あんた魔法学ぶ予定はあるか?」
ユーリに思わぬ事を言われリュエルは首を傾げた。
「何の話?」
「バランスの話だ。ここであんたが魔法を学ぶならクリスはそれ以外の選択をした方が良い。逆にあんたが魔法を学ぶ予定がないならクリスは学んだ方が良いだろう。対して役に立たないとしても、魔法が使える奴がいるかどうかは結構大きい」
「……クリス君はどっちが良い?」
「リュエルちゃんのしたい様に」
「じゃあ、剣術に次いで程度だけど魔法も覚えていくよ。一応才能はあるらしいし。剣士としての私はちょっと落ちるから」
「あんたが落ちるなんて俺の様な凡人じゃあわからない世界の話だな。とは言え了解した。だったら……はぁ。わかってる。好きにしろ」
ユーリは呆れた口調でクリスにそう告げる。
ユーリの希望としては腕力強化だが、ぶっちゃけ言っても無駄な事はわかっている。
そしてもし自分が同じ状況だとしても、きっと同じ選択をするだろう。
「ガチャのお時間なんよ! 退院までに準備はしておくから乞うご期待で!」
そう口にするクリスの目がやたらとキラキラしていて、ユーリは不安な気持ちにしかならなかった。
ありがとうございました。




