真なる邪悪が二匹
何時からだろう。
自分は他の人と何かが違うと感づいたのは。
普通の家庭に生まれ、普通に暮らしていたというのに、違和感だらけだった。
だけど、その違いが何なのかはまだわからなかった。
その違和感が一体どういう類の代物で、そしてどういう意味となるかを。
しばらくしてから、自分と他人の『認識』が異なる事を理解した。
感情の欠落。
最初は、そんな程度の事かと自己分析していた。
要するに、単なる精神異常者だっただけだと。
それが違うと気付いたのは、魔導に堕ちてから。
魔法という存在を知った瞬間、彼の心は光に満ちた。
知識欲を満たす事は、楽しかった。
どんな快楽よりも、どんな事よりも。
『共感性の欠如』
それが、ルークという男の他者との違いであった。
わかりやすく言えば、ルークは周りの存在を人間だと思えなかった。
だけどその頃には、そんな事はもうどうでも良い事となっていた。
のめり込む様に、魔法という道を、いや魔という未知を喰らった。
そうしてある日、ふと思ったのだ。
目的が欲しい。
知識欲を満たすのは確かに何よりも楽しい。
だがそれだけの人生は流石にマンネリしてくる。
それにどうせならその過程で何かを作りたい。
何かを研究したい。
そして出来るならば、誰も成し遂げた事がない事を成し遂げたい。
初雪を踏み荒らす様に、誰も到達した事のない領域に到達したという証明が欲しい。
そういう欲望は、珍しく普通に持っていた。
そして、ルークは目標を定めた。
『完全を生み出す』
そう目標を決めた瞬間、ルークの中に新しい感情が宿った。
それは期待であり、希望。
この時初めて、自分以外の誰かに心を開いた。
例えそれがまだ存在していない単なる想像物であっても、それでも、生命体に対し心を許したのはそれが初めて。
他者を人と認識したのはそれが最初であり、そしてそれが恋の始まりでもあった。
「だから、私は最愛の彼女を『作ろう』と決めました。今はその為の素材集めですね。誰よりも優れた存在だから、人々の優れた部品を集め掛け合わせる。そう珍しくない考え方だと思いません?」
「うぃ。そうね。でもだったらさ、どうして四天王とか狙わないの?」
クリスは純粋な疑問でそう尋ねた。
「それはですね……そこまでの能力が私にないからです。そりゃあ、欲しいですよ? 魔王十指が最終目標ですし。でも今の状態ですとあまりにも厳しい。そういう訳で戦力補給とパーツ集めの為この冒険者学園を使わせていただきました」
「なるほど。それで戦力増強とか出来たの?」
「そうですね……。まあ、多少は増強出来ましたよ? でも大幅に赤字ですねぇ。お二人が暴れた分だけ」
「あー。ドラゴン倒しちゃったしね。ごめんね」
「いえいえ。敵同士ですから。ええ、質問がなければ私の話はここまでですが、どうです?」
「うーん……そうだねぇ。ああ、全然関係ない話しだけど私をどうするつもりか聞いても良い?」
「特に考えてませんよ? 強いて言えば目玉を抉りたいですが……そのオリジンって目玉取れば奪えたりしません?」
「たぶん無理だねぇ」
「じゃあどうでも良いです。流石の私もオリジンは奪えませんから」
当然だが、気絶している内にルークはクリスについて調べた。
少なくとも、調べたつもりにはなった。
結果は想像の斜め下。
良くもまあこの低能力で戦っていたなと逆に感心してしまった位である。
そうしてクリスの肉体への興味は失われ、その異常性にだけ興味が残った。
「では、私から貴方に質問しても宜しいでしょうか?」
「うぃ。どうぞどうぞなんよ」
「ありがとうございます。貴方は、私を嫌悪してませんね?」
「うぃ? まあ、そりゃ。怒ってはいるけど」
「怒っているのは何故です?」
「ゾンビが臭かったりしたから。ゾンビドッグに食われた時は吐きそうにもなったからなんよ」
ぷんぷんと怒るクリスを見て、ルークは苦笑する。
「……ええ、それです。貴方は本気でそう言っています。怒っていると言ってもその程度で、他の人の様に許せないという程ではない。私の本質を知っても尚。……何故、貴方は私に義憤を覚えないのですか?」
クリスは首を傾げる。
「えと、ごめん。言っている意味が良くわからないかな」
「……ふっ……ふふ、あーあはははは! でしょうね! 最初はこう思ったんです。私と同類だって。でも違う。貴方は私よりももっと終わっている。精神異常者ですらない! 貴方は怪物だ! 何故! 何故そんな虚弱な肉体でそんな化物みたいな精神を持った! どういう状況が貴方を生んだ!? ああ、気になる! とても気になる!」
「何かテンション高すぎて怖い」
「ああ、すいません。つい舞い上がってしまって。ですが貴方が悪いんですよ。まさか私よりも壊れた人間が存在するなんて思ってもいなかったのですから」
「まあ、それは否定しないんよ。それと、私が君に義憤とかを覚えない理由は、まあ一つ心当たりがあるよ」
「それは良いですね。是非教えて貰いたいのですが大丈夫です?」
「うぃ。秘密を守ってくれるなら良いんよ」
「ええ、話し相手もいませんし約束しましょう。心の底から本気で、私の愛するこれから生まれる女神に誓って」
「簡単な話なんよ。私も悪だから。むしろ私の方がより邪悪だから。ただそれだけ」
ルークはきょとんとした顔をする。
意味がわからなかった。
この善良で、何の法も犯してないの可愛らしい獣は自分を邪悪と呼んだ。
しかも口先だけの言葉ではなく、心から確信し、そう告げている。
意味がわからない。
だけど、ワクワクとした。
そうだったらきっと楽しいだろう……なんて未知なのだろう。
「では、何人位殺しました?」
「さあ? でも、君の万倍、いや億倍は殺したかな」
「……馬鹿馬鹿しいと言いたいですが、信じましょう。ではもう一つ、殺した中で最も大きな存在は?」
「……言えない。それは答えになっちゃうから」
「ああ。まだ謎があるんですね。本当、素敵ですね貴方は。ええ、良いでしょう。無理に聞かないでおきます。同じ悪であるというのなら、私は貴方を友と考えますから」
「彼らの様に?」
「……どうしてそこで彼らが出るかわかりません」
「じゃあそういう事で」
「ええ、私と友なのは、貴方だけですよ」
「そだね。お互いが破滅するまでの間仲良くしようか」
にこりと微笑みそう一言。
それは嫌味ではない。
クリスは本気でそう信じていた。
『悪が栄える道はなく、いずれ悪は滅ぼされる』
それが彼の世界にとって必然で真実。
故に、滅んでない己を彼は悪と断じ、正義である勇者に焦がれて――。
「滅ぶのは正義でも悪でもありません。負けた者が滅ぶだけです。少なくとも、私は滅びるつもりはありませんよ? 世界に飽きるまでは」
「うぃ。そう思うもまた自由なんよ」
「ああ……少しだけ理解しました。貴方、王様か何かだったでしょう?」
「部分的には肯定なんよ。何も出来ない無能で役立たずだったから」
「いえそんな事はありませんよ。貴方は誰よりも公明正大な王だったはずです。なにせ――善悪さえも等しく等価値なのですから」
そう言ってルークは微笑んだ。
ようやく、クリスという存在について理解出来た。
こいつの異常性は、全てを平等に捉えている事にある。
善悪も、男女も、能力も、世界全てが平等で対等。
女を犯す為だけに嬲り殺した男と見目だけでなく心まで綺麗な女性、両者を見比べフラットな目線を向けられる。
故に彼は誰よりも狂っている。
どんな世界が見えているのか、本当に興味がある。
頭をかっさばきその中身を見て世界が知れるのなら迷わずそうする。
だけどそうじゃないから、ルークは本当に残念そうに、ただ苦笑だけを見せた。
会話が終わって、ルークはあっさり立ち去った。
もう一度ここに戻って来るかどうかも定かではない。
クリスは檻の中放置されていた。
檻から出る事も出来ないからどうでも良いと思ったのか、それとも口先だけでなく本当に友情を感じたから見逃してくれたのか。
ただ……一つだけ、ルークはクリスについて勘違いをしていた。
自分と会話が出来る程度にクリスが賢いと思っている点である。
普段のお馬鹿具合は擬態であるなんて勘違いはもはや思い上がりとさえ言っても良いだろう。
実際は擬態なんて出来る程ではなく、ただの馬鹿。
それも平然と、後先も考えず無茶をするただの大馬鹿であった。
クリスは檻と檻と隙間に体を密着させ、通り抜けようとする。
普通の状態では絶対に通る事は叶わない。
普通の状態では……。
みしり、みしりと音をたて、体が変形していく。
本来骨が動かない場所も、内蔵が邪魔をしている場所も関係ない。
まるで猫か何かかの様に、細い隙間をクリスは潜り抜けた。
それは今クリスの内側がパイルバンカーのダメージでボロボロであったからこそ出来る事だった。
今のクリスは内蔵はぐずぐずで骨も砕け、完全なる重症状態である。
痛みで気を失い痛みで目覚めるという最悪のループさえ経験している。
だからこそルークは放置したのだが……クリスにとっちゃ知った事ではなかった。
後先なんて考えられる程クリスの頭は良くなかった。
檻を出て、テーブルの上から落ち、べしゃりと地面に落下する。
全身痛くない場所なんてない。
繋がりかけた骨もこれで再び崩れ、もう立つ事さえも出来ない。
それでも足を止めるつもりはなかった。
カランと音を立て、クリスの首輪が空から降って来た。
おそらくルークが取り上げていたのだろう物が契約者の元に戻って来た……んだと思う、たぶん。
クリスは首輪をつけ、匍匐前進の様に這いながら進んだ。
クリスが部屋を出るまでにかかった時間はおおよそ一時間。
クリスとしては全力を出してはいるが檻から出るのに三十分と、全身砕けた状態で痛みに耐えながら進むので三十分。
そしてこれだけ時間が経っても戻ってこない事からルークはもうここに戻って来ないのだろうと確信した。
「いそが……なきゃ」
ずるり、ずるりと大量の血を床に零しながら床を這いずり進む。
まるでナメクジにでもなった気分だった。
もたりもたりと進んで次の部屋の扉を体で開けて、そこが先の見えない廊下であったから小さく溜息を吐いた。
それでもずるずると這いずり進む、部屋の外を目指して――。
「居たぞ! こっちだ!」
そんな声がどこからか聞こえる。
その声はユーリの声だった。
直後、クリスは抱きかかえられた。
「酷い……誰がこんな事を……」
血まみれのクリスをリュエルはそっと抱きかかえ、涙を流した。
「じ、自分……」
クリスの一言に、リュエルと傍に来たユーリはぽかんと目を丸くした。
「自分で、やりました……ご、ごめんなさい……」
謝るつもりはなかった。
なかったのだが、二人の冷たい目にクリスは負けた。
「内蔵の治療はどうしようもない。そっちはどうだ?」
「私も無理」
「聖水飲ませるのは?」
「エナリスの愛は口頭接種には向いてない」
「ちっ! この馬鹿が! 何したがしらんが死んだらどうする!? 実際どうすれば良い? どこに連れて行く? 学園は今どこもそれどころじゃねーぞ」
「あんまり首都は詳しくない。ユーリはどこか知らない?」
「俺も詳しくないな。クリス! どこに連れて行けば治療出来る!?」
その言葉にはっとクリスは我に返った。
「私は後で良い! 急いで!」
「は? ど、どうした? いや後に出来る訳が――」
「二時間! 大体二時間前にルークが消えた! 急がないと逃げられる! お願い急いで!」
正直言えば、二人はもうクリスを助ける事しか考えていなかった。
それでも、クリスの想像以上の剣幕に負け、ルークを追いかける為の移動を始めた。
ありがとうございました。




