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胃が裏返った様な音を彼は聞いた


 冒険者なんて言葉でひとくくりにしているがその差は千差万別であり、その業務内容は呆れる程多岐にわたる。

 何でも屋よりも何でもやるのが彼らである。

 戦闘を一切せず、街でのお願い事の様な依頼を聞くだけで大御殿を建てた様な冒険者も過去には存在した。

 むしろ今のご時世では戦闘で金銭を稼ぐ方が難しい位だ。


 そう……今の冒険者に戦闘力の有無は長所の一つには成り得ても決して必須とはならない。

 例え全く戦えない冒険者だって十分に大成する。

 だけど……冒険者が、とりわけ下の方は、肉体労働の割合が非常に多い事は事実である。


 だから、残酷なことを言うべきか彼女は迷った。

 受付業務員として、これまで誰一人贔屓した事がないのが自慢である彼女が。

 学園の規則に逆らった事も、逆らう必要を感じた事もない彼女が、今初めて規則と心を天秤にかけた。


『貴方は、冒険者に向いていない』

 その言葉が本当に、喉から出る寸前であった。


「あの、何か問題? 書き間違え?

 不安そうな顔でクリストフ――いや、クリスはきょとんと首を傾げる。

 ここにいるのは大魔王ではない。

 ただの、ジーク・クリスという名の不思議なふわふわ系魔族である。


 ぶっちゃけ偽装パスポートだけど……発行元が正規パスポートを作ってるところだから広い視野で見れば正規の身分と言えるかもしれない。


「いや、字が汚……いえ、少しとっちらかっ……らんざ……」

「それはもう、本当にごめんなさい」

 ぺこりとクロスは頭を下げる。


 弱体封印の影響で体を使う全ての事にマイナス補正が加わり、こんな単純な文章作成でさえ苦労する事となっていた。

 その所為で、願書はまるで子供の落書きの様だった。

 ……とクリスは思って納得しているがぶっちゃけ字の汚さは元からである。


「えっと、口頭での確認宜しいでしょうか」

「うぃ。お願いします」

「ジーク・クリス様」

「うぃ」

「身長一メートルだけど若干の可変」

「うぃ」

「体重……軽い」

「うぃ」

「年齢――不詳」

「うぃうぃ」

「社会経験、並びに学習書等の経験一切なし」

「うぃ」

 びしっと元気良く手を挙げるクリス。

 彼女は静かに頭を抱えた。


 ぶっちゃけて言えば、冒険者学園の願書である。

 パスポートさえちゃんとしていればこの程度の適当さでも問題はない。

 そう、問題なく受理出来る。

 たけど……読めば読む程、厄介事の香りしかしなかった。

 この程度のふわっとした願書だけなら問題は何もない。

 その不可思議な外見にふわっとした願書の中身それに加えやけに純粋さを感じる性根と妙な自信。

 まるで家出してきたお姫様みたいな純粋さを、彼女は彼から感じていた。

 一つ一つだけなら問題ないが、その全ての要素を兼ね備えている。

 だからだろう。

 長年受付業をやっていたウィンスターは、超ド級の厄介事の香りをビンビンに感じていた。


「失礼しました。概ね問題はありません。ただ、一つだけ、尋ねさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 それは、彼女の最大の譲歩だった。

 私的な会話が禁止である事と、入学希望者に差をつける事。

 その二つの学園の規則をギリギリに破らず、同時に受付嬢としての矜持と人としての尊厳を護る、その譲歩。

「うぃうぃ。どうぞ、レディ」

「貴方はどうして、この冒険者学園に?」

 微笑みながら、何でもないかの様に、だけど内心はナイフを突き出す気持ちでウィンスターは尋ね……。

「そこにやりたい事が沢山あるから」

 クリスの答えは、決まっていた。


 そこには、興味がある事が無数に転がっている。

 皆がやってきて自分が出来なかった事が沢山あるから。 

 ゲームやアニメ、漫画やラノベの様な経験をしてみたいから。

 そしてなりより……強くなりたいから。


 ありとあらゆる手段を持って己を強くする。

 その経験は、クリスにとって何よりも心が躍る物であった。


「……願書の受付完了しました。どうぞ左手の通路を進み、突き当りの部屋にてお待ち下さい」

「あれ? あっちの列に並ぶんじゃないの?」

「はい。あちらの方に」

「はーい。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げ、とことこ歩き素直に進むクリス。

 その後ろ姿を、彼女は見送る。


 遠くでクリスに熱視線を送っていた女性からがーんという擬音と共に絶望を浮かべる表情をしていたが、気にしない事にした。


 願書を通すべきか、止めるべきか。

 結局――ウィンスターに決断する事は出来なかった。


 心情的な問題を除いたとしても、尚彼は冒険者としての適性は乏しくその出自も怪しい。

 だから彼女は、彼の評価そのものを上に丸投げした。




 やたらと豪勢な部屋で客間にて、椅子の上にちょこんと載って正座っぽい姿勢をし、ワクワクしながら待つ事数十分。

 その男は姿を現した。


 年齢は三十代後半位で、どこか疲れた表情をしている眼鏡の男性。

 細身で端正、実直そうな顔立ちではあるもののやたらと苦労が滲み出ており、眉間辺りには深い皺が入っている。



 男の名前はウィード。

 ウィード・フィラルド。

 元々はラストネームを持っていなかった為、この立場となる時わかりやすくその名を与えられた。

 つまり、この王立冒険者養成学園フィラルドの現学園長である。


 そんな彼は目の前にいるふわふわわたがし系ナマモノを見て……酷く、疲れた顔になった。

「何をやっているのでしょうか……我が君……」

 その男、四天王序列第三位のウィードはか細い声で呟いた。


「久しぶりー。どうしてここに?」

「どうしても何も、魔王様とヒルデの命令でしょうが……。冒険者学園を引き継ぎ育成に力を入れろは……」

「そだったね。ごめんごめん」

「それで、我が君は一体全体何があって、こんな場所に単身で何用で? というか良く外出許可が出ましたね」

「うん。えっとね、私追放されちゃってねー」

 困った風な態度だけど、とても嬉しそうかつ自慢げにクリスは行った。


 その瞬間、部屋の温度は一気に急降下。

 実際に変化はないが、クリスはそう感じていた。

 その位、その殺意は強い物だった。


 この部屋の周囲に居た人達はそれに巻き込まれ、理由に気付く事さえなく十数名程巻き込まれて失神した。

 ただの受付もいた。

 一流の冒険者もいた。

 だけどそんな事関係なく、全員何があったかも理解せず己が意識を手放した事さえもまだ気づかず。

 四天王の殺気を浴びるという事は、そういう事であった。


「どこのどいつが、そんな事を?」

 ウィードは震える手を押さえつけながら、ゆっくり静かに眼鏡をかけ直した。

「ヒルデとヘルメス!」

「まさかそんな……。ヘルメスの馬鹿ならともかくヒルデまでもそんな事を……。ああ、本当に困った。ヒルデまで殺さないといけないのか……厄介な」

 ヒルデが己よりも格上だと知り困りながらも、その殺意を秘めようともしない。


 彼にとって、いや彼らにとって黄金の魔王とは絶対たる存在である。

 王の命令は全てより優先され、王に仇名す者が存在する事さえ我慢ならない。


 四天王の誰でも、ヒルデでさえも同じ立場となれば同じ反応をしただろう。

「あ、それで、彼らからお手紙預かってるよ」

「手紙? 我が君を追放して? ……いや、そもそも追放がおかしいと言いますか……ああ、そういう事ですか。では、手紙を失礼します」

 ふと思い当たるフシ……というか計画の事を思い出し、ウィードは殺意を霧散させ、クリスより手紙を受け取り事実を確認する。


 予想通り、魔王の座を空席とし、我が君にあだ名す馬鹿共と無知蒙昧を魔王城から排除し、我が君の座を永劫足る物にする計画の一つだった。


 封印処置を施し自由となった魔王様がしたい事は『強くなる事』でその為に冒険者学園を望んだ。

 一番優れている上に首都にあり、しかも直接のサポートが出来るそちらに送る事となった。

 こちらへの助力は不要であるから、魔王様の補助を任せる。


 書かれている内容は概ねその様な物だった。

 簡単に言えば『空気読みながらバレない様魔王様のサポートしろよ』と言う事である。


 眉間の皺が更に深くなった。

「どうして……私ばかりが貧乏くじを……」

「え? どうしたの? 何か困ってる?」

「いいえ、何でもありません。我が君」

 ウィードは静かに気持ちを切り替える。


 厄介事である事は否定しない。

 だけど、今回の場合は冒険者学園を任された時と異なって今回は恩恵もある。

 魔王の傍にいられるという最大の恩恵を。

 実際、ヒルデ辺りは手紙を書きながらも内心は血涙を流していただろう。

 今まで毎日お世話を焼いていた魔王様にしばらくは会う事さえ出来ないのだから。

 そう考えたら、まあ厄介事も悪くないと思えた。


「では入学手続きはこちらで済ませておきます。部屋は私の部屋の隣を開けましょう。貴方様の為のお屋敷を立てるまではそちらをお使い下さい。それと……」

「あ、特別扱いはいらないんよ」

「……え?」

「他の学園生と同じ様な扱いを所望するんよ! もちろん、試験も含めて」


 ぎゅるんっと、凄く不思議かつ気持ち悪い音が鳴る。

 それが自分の胃の悲鳴だとウィードが気付いたのは、音の後に痛みに襲われてからだった。


「……偉大なる我が君、黄金の魔王たる我が主ジークフリート陛下よ」

「うぃ。今はただのクリスだけど」

「えっと……試験管を蹂躙するおつもりで?」

「ううん。今の私能力はほとんど使えないし身体能力もめっちゃ弱くなってるよ。ほら見て見て」

 クリスは椅子の上で短い足を前に伸ばし、指を差した。

「はい。見てますが?

 何を伝えないのかわからず、ウィードは首を傾げる。

 悲しい事に、もふもふで伝えたい事が何もわからなかった。


「あのね、今すっごい震えてる。城から馬車に乗って、近場で降りて全力疾走。それだけで疲れて足がぷるぷるしてるの」

「――失礼します。あ、本当だ」

 短い足に触れ、小刻みに震えるのを確認した後ゆっくりと丁寧にもみほぐしだした。


「だったら尚の事試験など受ける必要はありません。私の裁量でその位」

「でも……それはつまんないよ」


『つまらない』


 その一言に、ウィードの動きは止まった。

「つまらない……ですか」

「うん。だって、浪漫がないもの。せっかく色々な事が経験出来るのに。だからさ、普通が良いの。特別扱いもなく、普通に。お願い」

 楽しそうに、嬉しそうに、クリスは両手を合わせ頼んで来た。

 それに逆らう事など、四天王ウィードが出来る訳なかった。


「……では、一時間後に試験を行います。面接の方は学園長権限で私が合格を出します。これは特別扱いではなく、身分もわかっておりますし目的も不純ではありませんので。ただし……書類に不明な点が多い事に加え戦闘力に疑問が残るので、面接免除の少し厳しめに試験を行います。よろしいですね? ジーク君」

「うぃ。ありがとう。ウィード」

 激励の言葉に返事をしない。


 その命令通り、ウィードは王と従者ではなくただの入学希望者と学園長としての立場を優先した。

ありがとうございました。

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