拝啓、牢屋の中で
寝起きと共に、痛みがクレインを襲った。
「っ! な、何が……」
傷みに顔を顰めながら、クレインは痛みの原因である自分の頭部に触れようとする。
だけど、触れない。
手が動かない。
いや、手どころか腕も足も、何も動かせなかった。
「良かった。目が覚めたね」
少し離れた場所からクリスの声が聞こえた。
「く、クリスか! そうか、俺はお前と戦って――負けたのか……」
「ううん。負けてないよ。第三者、というか黒幕の不意打ちで倒れたんよ。ちょっと待ってて」
ごそごそという音と共に体をまさぐられ、そしてクレインの拘束は解かれる。
当たり前の様に拘束が外れ、クレインは困惑を覚えた。
「ふぅ。良かった。何とか外せた」
ほっとクリスは安堵の息を吐いた。
「すまない。状況が全く飲み込めないんだが……」
「うぃ。私も勘違いしてたからしょうがないんよ。まあ、とても簡単な事なんよね。先輩はさ、私がゾンビの首謀者って勘違いしたんでしょ」
「――ああ。そうだ」
そう、あそこに居る事は何よりの証拠。
あんな場所に来る理由がないクリスが居たというのが……。
「そうか。……同じなのか」
その可能性にクレインも思い当たる。
クリスは同意を示す為、頷いた。
「うぃ。私もそう思ったんよ。あそこに先輩がいるから、先輩が黒幕だって。つまり……」
「俺達は同じ立場だったって事か」
そう呟いてから、クレインは盛大に、落胆の溜息を吐いてみせた。
とは言え、ちょっと安心した部分もあるが。
「うぃ! なんで先輩の事情とか聞かせて貰えない? 情報交換しましょう」
びしっと手を上げ元気良く。
あの時の悍ましさなど気のせいだったかの様にクリスは子供みたいな顔だった。
「ああ。良いとも。お詫びも兼ねて全てを話すよ」
どこか諦めた口調で、クレインは苦笑いを浮かべる。
疑心という気持ちに踊らされた自分の馬鹿さ加減に呆れかえっていた。
クレインの行動の理由、それは二つの占いによる予知が原因だった。
クレインの仲間に優秀な占星術の使い手がいる。
的中率は七割程度。
だけどそれは文章の難解さによるものであり、事象の的中率そのものは十割に届いている。
その占いにて、クリスについてが記述された。
『金の獣が降り立った。かの物は悪を望む者。災いの中に降り立つ者。かの者を葬るべし。正しき正義を持って、かの者と対峙せよ。ただし、ゆめゆめ忘れるなかれ。正しき者でない限り、悪を滅ぼす事は出来ぬ』
内容を直接考えるならば『クリスという悪党が厄災を招く。故に勇者として倒せ』と読めるだろう。
だけど彼女の占いはそんな簡単だった事はなく、何時だって一癖も二癖もある。
故にクレインはクリスに対しよそよそしいというか、特別扱いをしていた。
クリスの情報を探りながら、『悪党か?』という疑いを持ち接していた。
そしてしばらくしてから、もう一つの占いが下る。
それは、ゾンビ騒動の解決についての占いであった。
「あそこに行けば、ゾンビ騒動の犯人に会える。そう出てから君に会って……恥ずかしい事に君が犯人であると思い込んで今に至る。と、いう感じで良いかな? 気になるところがあれば答えるけど」
「うぃ。幾つかあるから後で聞くけど、その前にこっちの話もしとくね」
そうしてクリスは自分もまた予知にて行動したと告げた。
ちょっとした縁のある同級生が行方不明になった。
パーティーメンバーはそれに心を痛め助けたいとして情報屋より予知を受け取って来た。
そしてそこでクレインと出会い、恥ずかしい事にクレインを黒幕と思い込んだと――。
「って事で、つまり……」
「同じ行動を取って、同じ事になったと――はぁ。そりゃそうか。同じ様な予知をすればそうなる事もあり得るか。すまない。浅はかさで君に斬りかかってしまった」
「良いんよ。こっちも正直疑いまくってたから。んで情報交換も終わって一つ聞きたいんだけど良い?」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「うぃ。占いでさ、ああ二つ目の方ね。ここに来れば犯人に出会うって出たの?」
「へ? ――いや、それは……ああそうか。俺がそう思っただけか。占いの内容は『事件が解決出来る』という様なニュアンスだったはず」
「うぃ。こっちもそんな感じだった。つまり……」
「ああ。この状況は俺達にとって想定通り……という事だな」
クレインの言葉にクリスも頷く。
彼らの間にあるのは、その情報を伝えた者への信頼であった。
占星術や予知による結果は単純な物ばかりではなく、ひと悶着ある場合も十分多い。
が、それでも、最終的には予知通りの結果に導かれる。
そう大した被害を受けずに。
ただ一つ……問題があった。
それは運命力についてだ。
例えば、英雄の名を欲しいままにする勇者候補クレイン。
彼の運命力は凄まじく高い。
予知通り行動すれば大した不幸もなく望んだ結果を得る事が出来るだろう。
彼の性根はまっすぐで、運命もまた彼に相応しい結果をもたらす。
一方クリスの運命力は……ぶっちゃけ濁流である。
圧倒的暴威でありながら濁流。
誰にも支配出来ず誰にも制御出来ず。
なにせ神さえも匙を投げる。
そんな男の運命は普通な訳がない。
まあ何が言いたいのかと言えば弱体化したとはいえ極めて狂った運命力を持つクリスの影響がない訳がなく――。
「えっとね、クレイン。一つ、とても残念な知らせがあって――」
そう言って、クリスは確保していた彼の相棒、聖剣を両手で抱え持って来た。
その――見事な程に真ん中でぽっきりと折れた聖剣を。
「お、俺の剣がぁあああああ!」
クレインは折れた聖剣を持ちながら、慟哭する様に叫んだ。
クリスが強引に剣の軌道を変え、しかも中途半端に止めた事により大きなダメージを受け、その上で抜き身のままでゾンビにずるずる引きずられ続けたが故の、悲しい結果であった。
「なんか、ごめんなんよ」
謝る意味はないけれど、それでもクリスはついその言葉を口にした。
一通り叫んで落ち着いてから、もう少し詳しく情報を交換し合う。
お互いに目的が同じであると確信出来たからこそ、それが可能となっていた。
おそらくだが、これが予知の本当の目的だろう。
疑っていたクレインと敵対する事を楽しんでいたクリスが手を結ぶきっかけとなった事。
それこそが、事態解決に導くと言わんばかりの状況であった。
「んで、ゾンビにロープで引きずられて、どこか地下に行って、転移陣っぽいのに乗ってこの牢屋の中に来たんよ」
「ふむ。……一緒で、しかも武装も一切取らずに。……それだけ自信があるって事か」
「うぃ。ちょっと見た目通りじゃないっぽいんよね。この牢屋」
あまり見たくないけどそうはいかず、クリスは牢屋の構成を読み上げようとした。
だけど、見えなかった。
弱い部分も、歪みも、魔力の流れも、なにもかも。
鉄格子だけでなく床も天井も、まるで全てが繋がり封鎖する箱の様にさえ感じられる。
また同時に、その原理に思い当たりはするのにそれが何なのか特定出来ない。
今の知識と知性では、そう簡単に破る事が出来ない強固な牢屋という事しか認識出来ずにいた。
「ふむ……そんな言い方してるって事は強行突破の方針で良いという事だよな?」
「うぃ。時間をかけたくないんよ。うちのメンバーは救出が目的だから」
「なるほど。俺も無辜の民……ではないが冒険者が無駄に犠牲になるのも好まない。方針は一致している。だけど……どう出る?」
そこが問題であった。
「んー……私を信じて体を預けてくれるなら、一応手はあるけど……」
それは大分無茶でるとクリスも理解している。
あちらは勇者候補で上級生で、そしてこれまで数多くの英雄譚となってきた男。
一方こちらはもふもふな事位しか話題になっていない新入生……一応宗教的権威者ではあるが、この場ではそれほど重要な事ではない。
だが……。
「この牢を破れる自信があるのなら、構わないよ。その体を預けるの意味次第だけど」
「……良いの?」
「ああ。というよりも、俺は君の実力をおそらくこの学園で誰よりも高く評価している。なにせ君は俺の初撃をあっさり受け流したのだからね」
「そう言ってもらえるのは助かるんよ」
「とは言え、腕を切り落とせとか本当に体を奪うとかは拒否するぞ?」
「問題ないんよ。お願いしたいのはアドバイスを聞いてくれるとか命令を受けてくれるとか、そういう部下的な事だから。つまりクレインを臨時パーティーに入れるって感じ」
「ああ……そういえば指揮能力が高くてかつ特別な観察眼があるんだっけ」
「よくご存じで」
「君を疑って調べていたからね。じゃ、さっそく頼むよ。俺は何をすれば良い?」
まずクリスはその目でクレインを見て、そして剣技のフォームの指摘から始めた。
ただ効率良く最大火力を叩きだす為に、一切の無駄を省きロスを最小限にするフォーム。
その習熟は、覚えの早いクレインであると事を踏まえても、異常な程の速度だった。
ありがとうございました。




