そこに居る事の意味
早朝の時間学園に二年程在籍する生徒が多く集まるから、二年エリアと言われた場所をクリスは歩いていた。
「随分人通りが少ないなー」
普段クリスがいる場所から徒歩十数分という近場にも関わらず、そこにいる生徒の数はクリスが良くいる場所の十分の一にも満たない。
理由はきっと、複合的な物。
単純に生徒の数が少ない事。
真っ当でない冒険者は一年未満で途中退学するし、真っ当な冒険者も半数以上一年で卒業していく。
残るのは極小数のみ。
よほどの上澄みか、よほどの変人か、もしくは両方。
同時に、騒動の対処要員として学園に駆り出されている事。
使えそうな人材を寝かせておくほどの余裕は今の学園にはない。
またその反対に、二年も在籍している以上危機管理能力は高く、自分の身を護る為学園にこない生徒も多い。
故にほとんど人通りはなく、この辺りには何か起きるだけの土壌が揃っていた。
誰もいないというのだから、そこに居るはずのない人物がいるとしたら……。
ユーリにこの話を聞いた時、クリスはリュエルこそが行くべきだと思った。
彼女が勇者として成長する良いイベントになると。
だが、そんなクリスの思惑とは別にユーリはクリスに向かう事を頼んで来た。
こういう時は運命力が高い奴が行くべき。
そして運命力という分野において言えば、勇者をメンバーにしてリーダーとなったクリスこそが相応しいと。
正直に言えば、クリスが遠慮したかった。
リュエルが云々とかではなく、自分が関わると占いや予知という事柄は崩れやすくなるからだ。
おそらくそれがユーリの言う運命力という物であり、そして自分はそれが強すぎる。
他者の運命を容易に捻じ曲げ、都合の良い世界を生み出す。
故に彼は大魔王であった。
故に彼は――。
「ま、しょうがないね」
そう一言。
それでクリスは気持ちを切り替える。
今の自分が予知を変える程の力があるとも思えないし、予知の結果が毎回おかしくなるとも限らない。
冒険者仲間を助ける為に動く事も嫌じゃあない。
あのパーティーメンバーとして地味に馴染んでいないユーリが頼んで来てくれたのだ。
クリスが、嫌と思う訳がなかった。
迷いやすいと言ったクリスの為に作られた、ユーリお手製の周辺地図を見ながら……それでも若干迷って。
きょろきょろと広いエリアを動き回り、絶対近づくなとユーリに言われた爆発物等の可能性がある危険地帯を避け、うろうろする事一時間。
クリスはその目的の公園に辿り着いた。
それは名目上は大型公園だが、どこの街にもある普通の公園である。
ちょっと大きな噴水と花壇があって、大道芸人やアイス等の露店販売がありそうな、そんな普通な。
逆に言えば学園にあるべく公園として見れば大型と言えるだろう。
その公園の中に一歩足を踏み入れた瞬間……クリスは『殺気』に襲われた。
ピリピリとした緊張に近い敵意と己が手で処断するという強い覚悟。
それらが十分に乗っかった、優れた殺気。
強敵と思うに十分な物であり、クリスの中にあるスイッチが日常から戦場に切り替わる。
かつての経験のあるクリスが敵と認めるだけの力を相手は持っていた。
クリスは隠れる事もなく、堂々と敵の元に向かう。
事ここに来ればもう隠れる理由もない。
ただ敵と遭遇し、そして討ち滅ぼすのみ。
まあ、今のクリスにそれが出来るかどうかは別の話でありそういう気概でしかないが。
そうしてクリスはベンチに座っている……一人の男を目にした。
銀の鎧に銀の髪……それはクリスも知っている男だった。
クレイン。
勇者候補であり先輩である彼。
そんな馬鹿なという気持ちはある。
勇者候補というのは勇者の卵と同様。
正しき彼がそんな事をする訳がないと。
それと同時に、どことなく納得した様な気持ちもあった。
クレインのここ最近の態度は怪しい物であった。
クレインはベンチからゆっくりと立ち上がり、剣を鞘から抜く。
次の瞬間には、クレインはクリスの目の前で剣を振り上げていた。
飛びのいて間合いから離れるのは、もう無理だ。
この距離だと絶対に間に合わない。
自分のこの防護をクレインが抜けるとは正直思えない。
だが、もしも抜かれたら……。
今の自分の耐久力はこのオリジンによる物のみ。
これ以外の自分の耐久力は、おそらく子犬よりも低い。
であるなら……。
クリスは右半身を前に出す格闘家の様な『構え』を取り、振り下ろされる剣を横なら撫でる様に触って受け流した。
クレインは即座に後ろに下がって、再び剣を構えた。
「……やはり、手を隠していたか」
クレインの言葉にクリスは何も返さない。
相手に情報を与えない為に。
実際の事を言えば、隠していたのではなく無理やり引っ張りだしたという方が近かった。
かつての経験は全て封印されている。
だからこれはかつての記憶を、それも朧気となった物を再現し、尚且つこの短い手足で再現出来そうな物だけを取り込んだ。
元々は格闘技、拳法と呼ぶ様な技だったが大きくダウングレードした今そう呼ぶ程の力はない。
だからもしこの技能を言葉にするなら『体術』となるだろう。
立ち回りと体捌きだけの、すっかすかな体術。
それでも、クリスの眼と速度を持ってすれば一つの武器程度にはなった。
静かに、クリスはすり足で横に移動する。
出来るだけ音を立てず、体を動かさずに。
それは相手からの攻撃を防ぐ為、軸を合わさせない為に。
その様な小手先の行動を取らなければならない程度には、相手との戦力差は大きな物であった。
じりっと、クレインは一歩近づく。
構えは剣を肩に担いだ様な、乱暴かつ力任せの一撃の為の物。
背丈の低いクリスにとって非常に有用な一手と言えるだろう。
クリスは半歩下がりながら、再びこっそり軸ずらし。
考える。
どうすれば、この状況で逆転出来るか。
正直言えば、敗北は濃厚である。
相手の力量は想像よりも高く、そして先の一撃はまだ本気ではない。
何故なら勇者という生物は、剣だけでないからだ。
「白の神よ。我に加護を与えたまえ……」
小さく祈りを捧げ、魔力を剣に宿す。
これが勇者という職業の真骨頂。
剣士特化寄りの魔法剣士というのが勇者の基本的なあり方であった。
考える。
最大の問題点は、クレインを倒す為の方法がない事。
なにせクリスには純粋に攻撃手段がない。
非常に高い防御を持つこの肉体は、同時に自分の攻撃さえも無効化する。
そしておそらく、白の魔力を宿したクレインの全力の一撃はこの防護を抜く。
そんな状態であるならば、自分の攻撃を無効化するデメリットでしかなかった。
考える……考える……考える。
追い詰められて、追い込まれて……。
そしてクリスは――嗤った。
愉しかった。
嬉しかった。
愛しかった。
ああ、だから……だから……。
クリスは、クレインに心からの感謝を覚えた。
クレインは突然、ぞわりとした恐怖に襲われた。
何かわからない、理解出来ない未知があった。
可愛らしい獣だった。
そうだと思っていた。
だけど、今眼の前にいる獣の表情は、そんなちゃちな物ではない。
表情だけで、悍ましさが溢れている。
クレインにはもう、それは理外の怪物にしか見えなかった。
クレインは己の恐怖を振り払う為、今すぐ逃げたいという気持ちを押し殺す為に、全力で剣を振り抜いた。
クリスはクレインの剣をしっかりと見つめる。
一つだけ、今のクリスがクレインを殺す事の出来る手が存在する。
クリスは一切攻撃が出来ない。
だから……相手にさせれば良い。
受け流し、返す。
つまり相手の斬撃をそのまま相手に喰らわせれば良い。
体術があるとは言えクレインの技量相手にそれは相当の無理である事は間違いない。
糸を通す様なか細い道で、可能性は万に一つ程度だろう。
それでも、が今クリスの出来る唯一の勝機だった。
全力を出して尚勝率が半分に届かない。
その事実に驚きながら、クリスはより楽しい気持ちとなっていた。
「この――化物め! この学園を貴様の好きになどさせない!」
振り下ろされる剣を見ながら、クリスは受け流しの体制に入った。
剣の内側に入ってからクレインの腕を取り、力に逆らわない様投げる様に回す。
そのまま剣を半回転余分に回し、力の向きを六十度程変えれば良いのだが――クリスは、小さな違和感を覚えていた。
何となく、このままクレインを殺したら取返しが付かないんじゃないかと。
そうしてそこまで考えて……とても基本的な事に、思い至る。
というよりも、馬鹿馬鹿しい程簡単な答えに気付いてしまったのだ。
お互い、勘違いしただけだと。
クリスは即座にクレインの腕から離れ、距離を取ってそして手を上げた。
「待った! 違う! 私じゃない! 私はここに――」
その言葉は、そしてその彼の背後にある気配に気づくのは、本当にほんの少しだけ遅かった。
疑いを持ち、恐怖に飲まれ、クレインはクリスだけに意識を向けていた。
だからクレインは、背後からの一撃に対処出来ずそのまま倒れてしまった。
クレインの背後には、あの時のゾンビが立っていた。
前の時よりも腐敗は少なく、そして大柄のゾンビが――。
「――降参なんよ」
クレインが意識を失っただけと判断したクリスは犯人が聞いている事を祈りながら両手を挙げそんな事を口にする。
クレインが狂乱状態になったのは半分以上自分の所為。
だからクリスは、クレインを見捨てる事が出来なかった。
そして聞いてくれたのか最初からその予定だったのか、もう一匹ゾンビが現れクリスとクレインをロープでぐるぐるに縛り上げそのまま引きずる様にしてどこかに連れていった。
ありがとうございました。




