緊急事態
最初はただの惰性で、しょうがなくという気持ちが強かった。
だけど、今は違う。
リュエルは静かに、だけど己の意思で、彼らの様子を見守っていた。
集中して、真剣に。
今までの様な雑に護っているという姿勢ではなく、護っている事さえ忘れる程彼らの様子に夢中になっていた。
精霊から出て来たドロップアイテムの小さな欠片。
どう見ても大した物じゃないそれを三人は宝物の様に輝かせて見つめ、そしてハイタッチ。
うきうきとご機嫌なその様子こそが、クリスの理想の世界だと気付いたからだ。
何故クリスは冒険について楽しそうにしているのか、どうして大した事でもないのに楽しめるのか。
その答えが、ここにあった。
ずきっと、胸が痛んだ。
理解した。
ああ……理解した。
クリスが何をしたいのか、何となくだが知る事が出来た。
故に気付いてしまう。
自分では、駄目だという事に。
どうしてクリスが自分をパーティーに受け入れる時あまり楽しそうにしなかったのか。
簡単な話だ。
一緒に楽しむには、自分は足りていない物が多すぎる。
冒険を心から楽しむ事は……自分には……。
人として本来あるべき物が、自分には欠けている。
感情の欠落、興味の喪失。
そうあれと育ったからか、人工的な生まれ故の特性か。
わからないが、自分に彼らと同じ事は出来ない。
自分とクリスでは、彼らの様な事にはなれない。
ずきり、ずきりと心が痛む。
今まで、欠陥である事に悔いた事はなかった。
それはただ知らないだけだった。
だからこそ、彼らの事をじっと見つめていた。
自分の生み出せないからこそ、その世界が尊い物なのだと思えたから――。
「何か、今度は思いつめた表情してるな?」
めんどそうに、ため息交じりに。
そんなユーリを見て、リュエルはすっとぼけた。
「何の事?」
「あんたさ、自分が無表情だと思ってるかもしれないけどかなり表情出てるからな。……何かを考えたか知らんが、思いつめる前に相談しな」
「……ありがとう」
上っ面だけの感謝だからユーリも気づいた。
こいつは相談する気が全くないと。
だからまあ仕返しに、ちょっとした罠をしかけた。
「相談とか、そういう事した方が彼も喜ぶぞ。あいつはそういうのが好きなタイプだからな」
リュエルはぴくんと体を揺らした。
「……考えてみる」
たったそれだけの答え。
だけど、その受け答えや唐突な考え方の変更、そして答えるまでの間と雰囲気には言葉以上に多くの情報が詰まっていた。
ユーリがリュエルの好意に気付くに十分な位に。
「……あんたも中々難儀なこった。僕よりはマシだけどさ」
「……僕?」
「いや、忘れてくれ」
ユーリは小さく呟き苦笑する。
つい油断すると昔の一人称が出てしまう。
あの日、あの逃走劇の後から強くなろうと捨てた過去が。
「あのーお二人さーん。先進んで良いですかー?」
レストの言葉にユーリは答えた。
「好きにしな。こっちは気にするな。これでもそれなりの実力はある」
「あいさー」
レストはそう答えスキップしそうな足取りで前に。
完全にご機嫌で、完全に調子に乗っていた。
普通のダンジョンだったら間違いなく死ぬ様な行動である。
とは言え、それを咎める事はしない。
それは依頼外の事であるし、何よりその役目をユーリが行う必要がないからだ。
ご機嫌な様子のレストを見て、呆れ顔のグラディスと苦笑するルーク。
彼らは人間関係的にも上手くバランスが取れていた。
二度目の土の精霊が現れた事を除けば、リュエルがクリスと潜った時と大して変化はなかった。
時折道が変わるというらしいがその傾向もない。
二度目の精霊討伐は種が割れている為あっさりであった。
これなら子供だって倒せる。
そう感じる事こそが、情報の正しい価値を知ってもらう事こそが、ダンジョン初回攻略の目的であった。
そうして、彼らは奥に到達する。
行き止まりであると同時に足元に見える少量の薬草群。
到達したら一つ取って良いと言われたそれがゴールの証。
彼らは両手を挙げて攻略達成を喜んだ。
彼ら……というより男二人が。
二人が喜ぶ中ルークは少し困った様な表情を浮かべ……そして口を開いた。
「二人に一つ、提案があります。聞いてもらえますか?」
「ん? ああ。何だ一体。ああ、あれか。帰るまでがダンジョン攻略だから油断するなか。それはさっき叱られたからわかって――」
「いえ、そうではなく……報酬の薬草を諦めて貰う事は叶わないでしょうか? その分私が金銭で補填しますから」
「へ? いや、理由は?」
「喜んでいる所に水を差す事はわかっています。申し訳ないとも思ってますが……」
「それより理由を教えてくれルーク」
「薬草の質が悪くなってます。量も。相当踏み荒らされたのでしょう。目先しか見ていない愚かな先人達に……。ルールを守って一チーム一度の採取ならこうはならない。なのに……」
呟き、地面の様子を見る。
下手くそが採取したからあちこちに薬草の残骸が散らばし、薬草そのものを踏みしめた足跡さえ残っている
それは余りにも、情けなく醜い姿であった。
「あー、つまり薬草が可哀想だからという事かルーク」
「いえ、愚か者になりたくないだけです。私の矜持と言いますか……」
「ほーん。まあ、問題ないよなグラの字?」
「ん? おう、レストが良いなら俺も別に構わん」
「という訳で問題ないぞルーク。補填も要らん。なんで仲間の意見聞くのに補填とかいるんだよ。そんな野暮な事する位ならこの後飯奢ってくれ」
「俺肉な」
そう言って二人はケラケラと笑った。
「……良いでしょう。二人の価値観を壊す様な高級店にご招待しましょうか」
「ちょまっ! 驕りとかも冗談だからやめてくれ。申し訳ない気持ちになるわ!」
レストは慌て声を大にした。
「露店の肉串一本で十分だって!」
グラディスも怯えた様子でそう呟く。
そんな二人を見て、ルークも微笑んだ。
「ええ、私も冗談ですからご安心を。まあ、ささやかな祝杯とパーティー位は持たせて貰いましょうか。常識的な範囲で」
「こいつ……普段冗談言わないから焦ったじゃねぇか。このやろっこのやろっ」
レストはルークの肩を拳でぺしぺしと殴りだした。
そんな彼らの様子を、リュエルは『まだかな』と思いながら退屈そうに待った。
彼らの観察は楽しいが、正直ちょっと飽きていた。
そうして帰り道となって、緊張がなくなり楽になったのか彼らは依頼相手のユーリやリュエルも会話の中に混ぜて来た。
「それで結局、お二人ってどういう関係なんです?」
レストの一言でぴりっとした空気が流れる。
慌てて会話を止めようとするユーリだが、それより早くグラディスが動いた。
「恋人とかには見えないなぁ。上司と部下とかか?」
リュエルの心から棘がすっと抜けた。
「ううん。ただのパーティー仲間。リーダーが今いないから」
「あ、そうなんすね」
レストは状況に気付きもせず呑気にそう答えた。
「敬語とか無理しなくても良いよ。同期らしいから」
「あ、そうなのか。じゃそうさせて貰うわ」
レストとリュエルの会話の裏で、ユーリはグラディスにこっそり親指を立てグッジョブを贈る。
グラディスも自分の行動が正解であった事を示してくれたユーリに親指を立て返した。
リュエルの事を知っていた訳ではないが、グラディスはちょっとだけ女性の心の変化に敏感であった。
今は亡き母親が女帝の様な性格であったが為に。
「ところで、今日来てないリーダーってどんな人なんです?」
レストはそう呟いた。
「もふもふ?」
「ああ。あの噂の……。えっ。って事はもしかして貴女は……」
レストはわなわなと震えだし、リュエルの方を見つめ出した。
「……何?」
「いえその、勇者候補とかいうお方では御座いません?」
「一応そうだけど? まだ」
レストとグラディスは互いの顔を見つめ合う。
そして、へへーとその場で頭を下げ跪いた。
「……何?」
「無礼な態度取ってすんませんっした!」
「勇者様とは露知らず……重ね重ね申し訳!」
「……どうでも良いから、普通にして」
二人はすっと立ち上がり、そして声を揃え叫んだ。
「「サイン下さい!」」
「めんどうだから嫌」
「「ええー」」
二人は露骨に嫌そうな顔を見せた。
「……あれ、大丈夫なんです?」
敬うなとは言えあれはちょっと無礼では。
そう感じたルークは困った顔でユーリに尋ねる。
ユーリは苦笑しながらも首を横に振った。
「大丈夫。あいつはそこまで他人に興味がない。ところで俺からも君に一つ良いかな?」
「ええ。どうぞ」
「ありがとう。その服は故郷の物に似て――」
すぐ、ユーリは言葉を止め警戒の姿勢に入った。
ユーリの突然の変化を見て全員が警戒態勢となり、外側に意識を向ける。
自分達の外、つまりダンジョンの方に。
直後に、自分達とは違う道から二人分の人影が見えて来た。
「ただの同業者か。とは言え密猟狙いや盗賊も否定は出来ないから油断はするな」
ユーリの小声に緊張感が走る。
それが気にし過ぎであるという事は誰もが理解している。
それでも、その言葉には説得力があった。
逃亡生活の中、数多くの騙し合いを経験し命を奪い続け生き残ったユーリだからこその説得力が。
ゆったりゆったりと、暗闇の中から影が近づく。
あちらも警戒している……というよりもむしろあちらの方が警戒しているだろう。
なにせこちらは五人いる。
パーティーとしてならフルメンバーと言っても良い。
そんな五人相手に近づいて来るのだから、それは逆に怪しくない事を示している。
悪党だったり何かしでかすつもりならまず間違いなく逃げるシチュエーションだ。
相手が近づく事に、皆の緊張は緩和されていく。
そもそもユーリだって一般論で叱っただけであり、すれ違っただけの相手である可能性が濃厚。
むしろ騒いで失礼だったというマナー的な部分の方が多い位だ。
レストやグラディスもユーリと似た様な事を考えていた。
ただ一人……リュエルだけは違った。
リュエルはあまり器用ではない。
頭が良い訳でもなければ知識もない。
知識を得る必要さえ感じていない、虚無の人生であった。
だから、これまでずっと困った事があれば相手を斬って解決してきた。
悪い大人に命じられ、勇者ごっことして悪党を斬り続けて事だけがリュエルの全てだった。
逆に言えば、リュエルはこれまでずっと、目の前の問題を切り伏せ続けて来たという意味でもある。
そんなリュエルは、ずっとおかしな感覚に囚われていた。
この前のドート・ウルフの時と感覚は近いだろう。
ピリピリとした緊張感、張り詰めた空気。
だけど、あの時とは違う。
野生動物に睨まれた様な感覚ではなく、狼の時よりもその気配が強い。
そしてこの感覚が……自分の恐怖と死の気配だと気付いた瞬間――リュエルは二つの影にとびかかった。
それは……二つの影が彼らを襲うのと全く同じタイミングだった。
そうして影から、その正体が姿を現す。
それは人だった。
人であった者だった。
体は腐敗し、骨が露見し、腐敗臭を漂わせる人であった物。
どうして接近するまでその腐敗臭に気付かなかったという程、それは濃厚な物であった。
ゾンビと呼ぶべきであろう何かの接近を、リュエルは剣を盾の様にして防いでいた。
「ユーリ!」
リュエルの叫びにユーリは一瞬の油断を取り戻すべく腕時計の緊急アラートを押し、三人を押しのけた。
「お前ら逃げろ!」
「で、でも……」
レストは剣を持ち自分もと意思を見せる。
それに対しユーリの答えは、怒りと怒声であった。
「邪魔なんだよ!」
ただその事実だけを、ユーリは叫んだ。
確かに、この場の全員は一年も学園に滞在しておらず学園生としての差は少ない。
だけど、その実力と経験の差は段違いであった。
「……すぐ人を呼びます!」
ルークはそう言って、二人を連れ来た道を走る。
彼が一番、この中で冷静であった。
ユーリはバッグから何か棒の様な物を取り出す。
棒を繋げ合わせた、ヌンチャク……いや数的に三節棍の方が近い、そんな形状の道具。
その道具をぶんっ! と振って形を変形させる。
それの正体は槍だった。
組み立て式である為普通の槍よりも脆い弱い。
それでも、リーチが長いというメリットは大きかった。
「リュエル、状況は?」
剣一本で二匹のゾンビを拘束するリュエルに尋ねる。
リュエルはただ一言、答えた。
「不味い」
複雑な状況ではない。
単純に、力負けしていた。
一切の技量を持たず素手でのごり押しでありながら、剣を持つリュエルではどうしようもない状況。
単純に、こいつらは怪力であった。
「なら引くぞ! 僕達も逃げる!」
「ううん。逃げたら不味い! 足止めがいる!」
それは単なる直感。
だけど、間違ってない確信があった。
ここでこいつらから逃げたら、もっと不味い状況に陥る。
そういう確信が。
「……っ! ええいもう! 一匹は任せろ! それで無理なら強引でも撤退する!」
「わかった! 力だけは気を付けて」
リュエルはそう答え、ゾンビの片割れを剣の拘束から外す。
すぐにカバーに向かい、ユーリは槍でゾンビを貫いた。
貫いてみたところで、効いている様にはまるで見えない。
ユーリは武器の選択をミスった事に気付きさっかく後悔しだした。
ありがとうございました。




