四天王序列二位
「それで……貴方が来たのですね」
鋭く、冷たい目で見つめられリーガは身を委縮させる。
リーガを見つめている彼女の名前はヒルデ・ノイマン。
この国の実質的な支配者である。
ヒルデに悪意はない。
むしろ、リーガに対しほとんど関心がないという方が正しいだろう。
彼女に会うと、最初からわかっていた。
だが実際に会うと想像以上であった。
――恐ろしい。
リーガはこれまで数多くの強者に巡り会って来た。
その中には当然、自分では到底太刀打ちできないと思う相手もいた。
だが、彼女はそういった強者ともまた一線を画す。
何もかもが違っていた。
生きている世界というか、生物としての階級が。
勝つとか負けるとかそういう話ではない。
これと戦う事になった時点でもう破滅なのだ。
そういう、単純なる強弱以外の何かをリーガは感じ取っていた。
「えと、僕は獣身、牙の里の――」
「自己紹介は必要ありません。何と呼べば良いだけ教えて頂けたら十分です」
「では、リーガと。こちらは何と?」
「好きに呼んで下さい。ではリーガ。時間がもったいないです。さっそく行きましょう」
そう言ってヒルデはリーガに背を向け歩き出した。
仕事の出来るキャリアウーマン。
そんな外見とイメージ。
だけど、それ以上に彼女は冷たかった。
城の中が氷点下になったと思う程に。
魔王城の中、しかも立ち入り厳禁の中枢地区。
この段階でリーガは緊張から心臓が痛くなっているというのに、冷たすぎるヒルデとの二人での移動。
リーガはウィードがどうして胃に優しいハーブティーを用意したのか、今更になって理解した。
しばらくついて歩き、何度か階段を降りてから城の内装が大分変化してきた。
石レンガの城っぽい感じから、今は工学的な白に。
工場の中……というよりも研究室。
おそらく白衣を着た方が雰囲気に合うだろう。
そんな場所だった。
「リーガ、貴方はこれから会う人についてどの位知ってますか?」
「……え? いえ、ただ彼の能力について詳しいであろうという事位しか……」
ヒルデは頭を抑え、小さく溜息を吐いた。
「はぁ。ウィードは最低限の説明さえしなかったのですか。貴方には同情します」
「え? そんな相手なんですこれから会う人は」
「……おそらく、先入観なく話して欲しかったのでしょう。他に意図は思いつきませんし。その意図を尊重し、私からは二つだけ。最低限話になる様にたった二つだけ事前に彼女について説明しましょう」
「お願いします」
「まず一つ、これから会う彼女はハイドランドで用いる全ての能力をカテゴライズ、命名した人物です。オリジンといった特異能力から、スキルシステムまで全てを」
「スキルシステムの産みの親!?」
「そうなりますね。まあ、あれは我が主の力添えもありましたが。それでも、世に出回った能力の大半は彼女が命名しましたし、世に出回った能力において最も詳しく知っているのも彼女である事も間違いはありません」
「凄い方なんですね」
「そうですね。有能さについては否定しません。そしてもう一つ。むしろこちらの方が重要です」
「それは?」
「我が主が気に入る程度には、変人です。どうかお覚悟を」
「……どうこうしろではなく、覚悟という辺りで相当な難物である事が予想出来ますね」
「実の事を言えば、私と相性が良くありません。なので、貴方には期待しています。我が主と親しくなった貴方なら」
ごごごごごと何かオーラの様な物を感じ、リーガははっとした。
「もしかして、嫉妬されてます?」
「いいえ全く。我が主のなさる事、交友関係に文句など一切ありません。むしろ感謝さえあります。でもそれはそれで同室である事を羨ましいとは思ってますが」
感した気持ちはそんなピンク色の可愛い物ではなかったが、リーガは空気を読み沈黙を貫いた。
そんな時……。
「きぃぃぃぃひひひひひひ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃふぃやっはー!」
どこからか、明らかに尋常じゃあない奇声が聞こえた。
人とは思えない様な奇怪な声。
これが人であるのなら、そいつはそうとうイカレた人物だろう。
ふと一瞬、嫌な予感がリーガによぎった。
頼む。
頼むから、これから会う相手があの声の主ではない事を……。
「これから会うのはあの声の主です」
ヒルデの冷酷なる宣言により、リーガの希望は潰えた。
猿の集団ヒステリーの様な奇声は、ヒルデが扉を開いた瞬間に消え去った。
「失礼します」
そうヒルデが言うと酷く冷たい……というか退屈そうな目で彼女はヒルデの方を見ていた。
彼女の容姿は人に近いが、おそらく擬態だろう。
何となくだが、リーガはそう理解出来た。
たぶんだが……同類だ。
ただし、こちらは獣であるのに対しあちらは鳥類だが。
頭部にある耳飾りの様な特徴的な羽に加え、逆間接に近い形状の脚に四本指の鳥足。
そこまで特徴的な様子を考える事を踏まえると、おそらく本来の腕は翼の形状をしている。
今は普通の人の腕だが。
もしくは、完全に鳥ベースの姿かもしれない。
あまり服に頓着しないのか、白衣の下は下着に近く目の向け先が難しかった。
「何か用かね?」
モニター用の眼鏡を外し、うっとおしそうに彼女は尋ねて来た。
「ええまあ。少し話がありまして」
「そうかね。だがこちらにはない。仕事は既に終わっている。後はもう自由の時間のはずだが?」
「え? もう終わったのですか?」
「ああ。先に言っておくが、追加の仕事なんて言い出したら私はここを出て行くぞ!」
「それは契約ですから言いませんが……」
ヒルデは少し口を濁す。
見ていてわかる。
彼女達の相性はすこぶる悪い。
それはもう性根の部分に等しい。
「えっと、少し良いでしょうか?」
助け船を出そうとリーガが口を開くと……。
「彼は誰だい?」
呟き、彼は初めて彼女に見られる。
たったそれだけなのに、蛇に睨まれた蛙の如くリーガは動けなくなった。
ぞっとするような冷たさと、無関心の瞳。
だというのに、まるで心の奥まで覗かれた様な気分に陥った。
「彼はリーガ。我が主の……一応は友となるでしょうか?」
そうヒルデが言った瞬間……。
「そうか! 友か! ならば良いだろう歓迎しようではないか!」
彼女はあからさまな露骨に、ころっと手の平を返した。
リーガはヒルデの方に目を向ける。
これは一体どういう事かと。
ヒルデはそっと首を横に振った。
私にもわかりませんと言う様に。
「さあさあだったらまずは聞かせて貰おう。自己紹介は大切だからな!」
「あ、はい。僕の名前は――」
「さあ、君は一体どんなゲームが好きなのかね!?」
「――へ?」
「……彼の友なのだろう? だったら君もゲームは好きなのではないのかね? 魔導電脳遊戯が」
「いえ……その……経験ありません」
とたんに、彼女の表情がすんとなった。
「なんだつまらん。だったら話す事はない。そこの彼女を連れ帰りたまえ。私は忙しいんだ」
彼女の言葉を聞き、ヒルデは両手を開き諦めのポーズ。
何時もこうである。
有能である事は間違いないのだが、仕事の熱はほとんどなし。
そして基本会話にならない。
故にヒルデは彼女が苦手であった。
ただ……リーガにしてみれば、むしろ逆だった。
とっつきにくい?
いいやまさか――。
ヒルデの様な真面目でわかりにくい相手よりもむしろ……。
「あーそうですね。そう言えばクリスの為にもゲームを買おうか思っていたところです。少し話を聞かせて貰っても良いでしょうか? どうやら相当お詳しい様子ですので」
ぴくっと、耳と耳飾りが動いた。
「ふ、ふぅん。そう。だけど私は忙しいからなぁ」
「そこを何とかお願いします! 他にこういうの詳しい人はいませんから!」
「ま、まあそう言う事なら少しだけ話に付き合ってあげても良いだろう! 少し席に着いて待ちたまえ! 今から飲み物を用意するから!」
そう言ってせかせかと、彼女はその場を離れていった。
「……信じられない。彼女が誰かの為に飲み物を用意するなんて……」
「ああ、そこなんですね。先に言っておきます。あの人がもしヒルデ様の前に飲み物を用意しなくても不機嫌にならないで下さいね?」
「わかりました。彼女の扱いは貴方に任せた方が良さそうですね。私は静かに隣に座ってます」
「上手く話を方向転換出来なかったらごめんなさい」
「構いません。彼女が自主的に会話をしようとした。その時点で私より貴方の方が適任です」
そう言ってから、ヒルデは隅の方に座った。
魔導電脳遊戯。
それは最強の娯楽。
あらゆる娯楽を超越し、出来ぬ事のない理想の世界を生み出す。
平面の世界を真実に変えるそれは、リアルさえも置き去りに。
「そのゲームの最新ハードである『UDD-200X』の生みの親で、そして同時に超! 大! 天才のゲームクリエイター! それこそがこの私! 『アリエス・アートラリー』である! 崇め給え! 敬い給え! ふぅーははははは!」
彼女、アリエスはとても楽しそうに高笑いをしていた。
その間に、アリエスに見えない様ヒルデはリーガの背中に指で文字を描く。
リーガの能力なら完璧に読み取れると信じて。
『ちなみにゲームクリエイターとしては天才とは呼べないそうです。我が主曰く』
クリス曰く『コンスタントに四十点のゲームを作るけど時折とんでもないくそげーを作るタイプ』だそうだ。
「さあ! 君はどんなゲームに興味がある! この大天才が初心者向けかつ彼と話せる様な、そんなベストチョイスな選択を見せてあげよう。ああ、それとも超! 大! 天才である私が作るゲームを所望するか? それも良いだろう! 待ちたまえ、いま私の作品達を……」
「いえ、それはまたの機会で。まずは初心者向けのを幾つか見繕って頂けたら……」
「そうか。だがそうだな。先に名作と呼ばれる物をプレイした後こそ、超! 大! 天才である我が作品の価値にも築けるという物だ!」
「ありがとうございます。ところで、先程までは何をしていたのか聞いても宜しいですか?」
「うむ! まあ良いだろう。本来ならば部外秘だが、彼の友であるのならば。今は新作の開発を行っていたところだ! 次は凄いぞ! 超大作かつ名作の予感が既にビンビン来ている」
びくんびくんと体を震わせ自らの体を抱くその様は、まあ控えめに言って不気味で怖かった。
「ど、どんな物で?」
「うむ! まずはここではない世界アルシュトラムでの中。ギリウムという未知の物質によりラウドリッヒ現象が引き起こされクルシュリとイルクシュリの間を……」
淡々と語るアリエスを横に、静かにリーガは理解する。
彼女の感性は、一般人に理解する事は出来ない。
『黙らせる事は出来ませんか?』
指でヒルデはそう頼む。
理解出来ないだけでなく、聞いているだけで頭痛がする様な内容だった。
自分も若干頭が痛くなってきたのでリーガは少し考え……クリスの言葉を借りる事にした。
「あ、えっとネタバレは良くないので、これ以上は……」
「む、確かにそうだ。失礼。クリエイターとして好ましくない事をしてしまった」
そう言ってアリエスはすっと黙り込んだ。
『凄いですね。貴方を彼女専用にしたい位です』
「勘弁してください……」
「む? どうかしたかね?」
「いえ、何でもないです。ところでゲームというのは……」
「ふむ。良い着眼点だ。それならこっちの方が……」
何となく気が合う感じで話が出来ているのを感心した様子でヒルデは見つめる。
ウィードの言う『優秀な学園生を雇って欲しい』という言葉もようやく理解出来た気がする。
確かにこのクラスがゴロゴロいてくれるなら喜んで百や二百は雇いたい。
というかリーガをこのまま自分の部下にしたい位である。
そうしてリーガにアリエス係を任せる事一時間。
彼は何とか話の方向性をゲームから彼の能力に移し替える事に成功した。
ありがとうございました。




