どうしようもない位にもふもふ過ぎた
別に外に出た事が初めてという訳ではない。
とは言え外出が数十年ぶりであるという事は間違いなかった。
兵器として以外の外出は物心ついた時から数えても初めての事で、更に言えば何時も外に出ていた時とは一メートル以上目線が異なっている。
だからだろうか。
あれだけ狭く感じた世界が、とても広く感じた。
巨大で雄々しい城を見上げ、そしてクリストフはふっとニヒルな(つもりの)笑みを浮かべた。
「もう、ここは私の居場所じゃないんだね……」
信じていた仲間に裏切られ、全てを失った。
そんなカバーストーリーに、彼は酔いしれる。
ついさっきヒルダにはバイバイと手を振って、ヘルメスと再会を願うハイタッチをして、その上また近い内に会う予定だってあるというのに、気分だけは一匹狼。
別に帰る事が出来ない訳じゃないし何なら裏口の鍵も貰っている。
というか、自分の部屋はいつ帰っても良い様にヒルデが掃除して待ってくれている事を考えたら、現状はプチ家出よりも浅い。
子供の初めてのお使いの方がまだ緊張感がある位の物だった。
そうして気分良くきゅむっと一歩踏み出し、クリストフは外の世界に出て……。
「え? ぬいぐるみ?」
「こらっ。失礼でしょ。でも……まあ……」
「えっ。すごっ。歩いてる……」
城門からほんの一歩。
それだけなのに、彼は不自然な程に注目を集めまくった。
芸能人だってここまで見つめられないだろうという位、彼は通りかかる皆に見られた。
あまり感じの悪くないひそひそ声を耳にしながらぽてぽてとことこ歩みを進める。
だが、進めど勧めどひそひそ声は消えず。
こればかりは、経験してみなければわからない事だった。
今の自分の姿が、これほどまでに目立つなんてのは……。
ハイドランド王国。
この大陸にある大国三つと隣接し、全てに囲わるなんて緩衝地帯に存在する四番目、最後の大国。
その特性故に最も領土は小さく、同時に三つの大国全てを相手にしても戦う事の出来る軍事力を持つ。
三つ全てと対等な上に、そのトップは大魔王ジークフリート。
その知名度は既に夢現の如く忘れられ、神話という名の伝説となりつつある。
それでも……実際の十指とし数えられる魔王達は、各国の王は知っている。
神話は全て本当の事で、そしてその神話でさえもまだ彼を過小評価していると。
だから、この国は緩衝地帯という最悪の立地にありながら、世界で最も戦争の遠い国となっていた。
そんな我が国、ハイドランド王国の首都『リオン』は思った以上に人型が多かった。
数字上で見ればそんな事はない。
割合で言えば、旧人類二割に人型に限りなく近い魔族が四割、そして残り四割が異形とも言える人型からかけ離れた種族である。
かなりアバウトだが、数百年程は世界中のどの国もこの割合に近い状態となっている。
ただ、実数値の割にハイドランド首都では異形の姿をみかけない。
小さな角とかほんのちょっとの鱗とか耳の形が違うとか、その程度の差異を持つヒトガタばかり。
その所為で、このクリストフのぬいぐるみスタイルがこれでもかと目立っていた。
とは言えそれは非人形態であるクリストフを見下す様な差別的な物ではなく、可愛いを中心とした概ね好意的な目線ではあった。
要するに、物珍しさによる注目である。
それもそのはず。
彼の実質的世話役である副官ヒルデは、超一流のトリマーでもあった。
魔王への忠義が彼女をそうさせた。
ヒルデは高級店も真っ青になる程一切の財貨を惜しまず、ありとあらゆる手段を用いて己の敬愛を注ぎこみ続けた。
故に、その姿は美形ならぬ美犬。
毛並みに乱れはなく、既製品のぬいぐるみの様にふわもこな黄金色ぼでー。
そのもふもふ具合は尋常ならざるものであり、モデル犬だってこうはならないだろう。
まあ、美犬と呼びには少しばかり姿はディフォルメされすぎているが。
立てばもふもふ座れば団子。
歩く姿はメルヘンアニメ。
だからこそまあ、クリストフはやたらと注目を集めるのは当然の事であるとも言えた。
動くぬいぐるみなんて種族、誰も見た事も聞いた事もないのだから。
そんな綺麗な毛並みのぬいぐるみに対し、近寄る影が一つ……。
「あの、ちょっと良いかな?」
綺麗なお姉さんに声をかけられ、クリストフは足を止め見上げた。
「私です?」
「そうそう! えっとね、あれが私のお店なの。それで良かったらさ、ちょっとうちの店で働いてみない? 君にぴったりだと思うんだ!」
そう言って、女性は自分の店であるぬいぐるみショップを指差した。
そのピンクを中心にした店構えは、これでもかとファンシーが詰まっていた。
店内もまるで別世界のゲートを抜けた先だと感じる程で、その女性の制服さえもあざとい位に可愛くて。
一分の隙がない程可愛さだけを追求しているかの様だった。
そんな店を開いた店長だからこそ、その女性はどうしても彼をスカウトしたかった。
まるでぬいぐるみと間違える程の愛くるしさを持つこの姿。
彼以上の逸材は、過去未来現在全ての次元において存在しないとまで確信出来るた。
「ごめんなさい。やる事があるので」
そう言って、クリストフは小さな体を折りたたみぺこりと頭を下げる。
女性は、雷に打たれたかの様なショックを受けていた。
「……や、やる事って!?」
クリストフはコッペパンみたいな短い手? 前足? らしき部位でびしっと遠くを示す。
だけど、目線が違い過ぎて彼がどこを指差しているのか女性にはわからなかった。
「えっと……どこ? かな?」
「冒険者学園!」
「……へ?」
「冒険者に成る為の学校!」
「……わ、悪い事は言わないから止めておきましょう!? ほら、住み込みで働いて良いから! 週七でも良いから!」
「まるで妥協している様な口ぶりで要求上がってるんよ」
「ほら、安全って大切だし、ね?」
クリストフが興味を持っていない事がわかるからこそ、彼女は必死に引き止めようとする。
別に彼女は冒険者に悪い印象を持っている訳ではない。
むしろこの街で冒険者に悪印象を持っている人は少なく、大人なら誰もが一度は冒険者の世話になっている。
彼女だけでなくこの街に住む皆にとって冒険者というのは困った時に助けてくれる何でも屋に近い職業であった。
ただ……だからこそ、彼女はクリストフに冒険者が務まるとは思えなかった。
一番安全な街勤めの冒険者でさえ、その仕事の大半はそこそこ過酷な肉体労働である。
子供よりも小さな体で短く愛くるしい四肢。
それで力仕事中心というのは、控えめに言って無謀としか言えなかった。
「それでも、私はそれしかないの。だから、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、クリストフは先に進んだ。
それは、もう決めた事であった。
女性はその愛くるしい後ろ姿を見て……決意を決め、すぐさま店に戻って部下に仕事を任せ、私服に着替えた。
女性の作戦はシンプルな物だった。
引き止めておいてアレだが、あのもふもふが学園に合格出来る未来が想像出来ない。
というかぶっちゃけ間違いなく落ちる。
そして落ち込んだところを慰めどさくさにまぎれ従業員契約を結ぶ。
そんな甘すぎるバラ色の未来を未来を計画しながら、女性はどこからか取り出したサングラスをかけストーキングを開始した。
ありがとうございました。