昼食前の面倒事
少しずつだが、学園内の空気が変わって来ていた。
いや、正しく言うなら変わったのは学園内の空気ではなく、クリス達の周りの空気。
新入生活動区域の空気と呼ぶ方がきっと正しい。
学園内では同じ様なタイプの生徒で活動区域で重なりやすい様になっている。
新入生なら新入生が、剣士なら剣士が、ダンジョンメインならダンジョンメインが。
実力やスタンス、主義主張。
何なあ宗教エリアの様な分類だってある。
つまるところ、同族同士で活動して欲しいから広い学園はその様に分けられていた。
三か月一期さえも超えていないクリス達だって、何時までもお上りさんの様な新入生でいられる訳ではない。
同期の新入生達も少しずつだが学生気分が抜けていき、冒険者としての自覚が芽生えだす。
だからこそ、空気が変わってきて、そしてその変化は如実であった。
具体的に言えば、Dクラスについて。
貴族中心のAクラス。
優秀揃いのBクラス。
平々凡々なCクラス。
そして……問題児だらけのDクラス。
詐欺や恐喝、乱暴狼藉といったチンピラ的行動を行う者は大体どのクラスにも居る。
だがDクラスの場合はその割合が非常に多く、小銭目当てなんて下らないレベルでさえ恐喝する。
EやFクラスの様に分けられておらず区域はCとほぼ同じ。
だからこそ、彼らの悪行は目立つ。
そして悪評は事実でない悪い噂もひっさげ、それが悪循環となり距離を取られていく。
これがあるからこそ、Dクラスの担任は少しでも早く事前にパーティーを組む様に忠告していた。
能力的にも落ちこぼれ一歩手前のDクラスなのに、これからどんどんと立場が悪くなっていく。
ある程度時間が経てば改善されるのだが、そのある程度の間パーティーが組めないというのは冒険者として致命的である。
悪評まとわりつく中でも周りと交流を持ち、生き延びる為にはどうすれば良いか。
それがDクラスの課題であった。
ただし……これらは全てクリス達には全く関係のない話だが。
むしろクリスの場合は逆の方が問題となっている。
外ではなく、中。
つまり、Dクラス内での孤立。
『無能な癖に勇者を独占した』
そういった類の陰口が広まり、Dクラス内でクリスを敵対視する目が明らかに増えてきている。
クリスに対しての態度から勘違いをしてリュエルに声をかけて撃沈した男達の事情もまた憎しみを生む原因となり、彼らはDクラスの大半から妬みや憎しみを受けている。
反面別クラスからのクリス達の評判は悪くない。
特に一部の生徒、具体的に言えば神官志望や神官と冒険者兼業志望の宗教関係者からの評判はすこぶる高かった。
勇者を相棒に持ち、信奉者という神に直接仕える立場にある。
これの意味がわかる生徒であったのなら、どこのクラスかとかそんな細かい事程度で評判が下がる訳がなかった。
「あ、あれじゃない。噂の……」
「えっ!? あ、ほんとだ。あの外見間違いない。確かに……もふもふしてる……かわい……」
女生徒達は通り過ぎるクリスの方を見ながらひそひそと話し合う。
『新入生の勇者候補はやたらと可愛いもふもふした不思議な生徒と一緒に居る』
彼女達が知っているのはその程度の噂話だが、そんな噂話がどの学園にも聞こえる程度には話題となりつつあった。
最近ではただ学園内を歩くだけでこういうリュエルにとって居心地の悪い時間が増えて来た。
自分が見られるのは何時もの事だったが、隣の誰かが好奇の目に晒されるというのはあまり経験がない。
とうの本人であるクリスがあまり気にしていない事は救いだが、それでもやはり座りが悪く、少々腹立たしかった。
「お昼どうしよっか?」
周りの雑音など気にもせず、クリスはリュエルにそう尋ねる。
リュエルの気遣いは無用のものであり、魔王であった過去を持つクリスがこの程度の注目を気にする訳がなかった。
クリスもリュエルも食べ物に拘りのある方ではない。
だが食事を軽視している訳でもない。
クリスの方は好奇心という形で食事に強い関心があり、リュエルの方はクリスと共にする時間に価値を感じるからだ。
まあこれは二人ならではのスタンスだろう。
新入生でありながら金銭に困る事がない彼らは少々以上に特殊な感性を持っていた。
「どこでも良いけど……」
「人が少ない方が良いかな?」
リュエルは小さく頷いた。
そう提案させてしまった事を申し訳なさそうにしながら。
「うぃ。ごめんね私の所為で」
「クリス君が謝る事じゃないよ」
「迷惑かけちゃってるからね。という訳でどこでも良いから静かな場所探そか。出来たら小切手使える場所」
クリスのとんでも発言に一瞬驚き、その後リュエルは苦笑した。
「クリス君の小切手で釣り合う食事は学園にないよ」
「お、お釣りなくても良いから」
「それ渡して釣りはいらないって言ったら、多分腰抜かすよお店の人。気にしないで。私が出す」
「……いつもお世話になって申し訳ない」
クリスはぺこりと頭を下げた。
「大丈夫。仲間だから」
そう言うと、クリスは嬉しそうに微笑む。
その顔が好きだから、リュエルは仲間である事を何時も強調していた。
本当はもっと先に進みたくても――。
「話に入ってすまない。少し良いだろうか」
そんな風に、彼は前と同じ感じで二人に声をかけた。
リュエルはうんざりした気持ちとなる。
あまり顔に出ない方のリュエルでも、一瞬不快が顔に現われる程に。
クリスきゅんと二人っきりラブタイムが邪魔された事も不快だが、それ以上にこの男が現れると周りが余計騒がしくなる。
彼が現れるだけで響き渡る、けたたましいサイレンの様な歓声がリュエルは嫌いだった。
彼――クレインは勇者候補生であり、学園生としては先輩でもある。
おそらく学園内で最も有名な人物であるだろうこの男は、割と非の打ちどころがない。
銀の髪に白銀の鎧。
いかにもな勇者的ルックスで面まで良くて、そしていつも愛想が良く面倒見も良い。
冒険者としても既に幾つもの偉業wお成し遂げ、勇者候補関係なく確固たる地位を確立。
生徒達からは当然先生方からの評判も良く、文字通り誰からも慕われている。
勇者というのはこんなのだろうと、大して興味のないリュエルが思う位には優れた男であった。
いつも黄色い悲鳴が聞こえて煩いのと、クリスとの仲を邪魔するから好きか嫌いかで言えば嫌い寄りだが。
ついでに言えば……。
『私の敵でも味方でも、どっちでも良いんだ。きっと楽しいから』
クリスがかつてクレインに対し、こう評価していた事をリュエルは思い出す。
彼の変わった感性と考え方は置いておいて、その前段階の部分。
つまり、クリスは彼に疑わしい部分があり、敵である可能性もあると考えているという事。
だからリュエルは、彼に若干の警戒を見せていた。
「何か、用?」
敵意とさえ感じる程の拒絶の感情を向けて来るリュエルに対し、クレインは困った顔を見せる。
周囲の女性達からのブーイングも巻き起きているが、リュエルは気にもしていなかった。
「……お邪魔だった?」
「別に。それで、用事は何?」
「ああ……うん。食事に困ってるみたいだから君達を食事に誘いたくてね。どうかな。当然奢るから」
周囲から「良いなー!」「うらやましい!」「私も誘って―!」という悲鳴に近い絶叫が聞こえる中、リュエルは小さく溜息を吐く。
「んー私は受けても良いけどリュエルちゃんが迷惑そうだからなぁ……」
「出来たらお願いしたいな。静かで良い店を知っているんだ。……少し内密な話もあるし」
「内密な?」
「ああ……うん。そう大した事じゃないんだけどね」
そう言って、クレインはちらっとリュエルの方に目を向けた。
その様子はどこか困っている様子であるのと同時に、どこか同情しているかの様だった。
「だってリュエルちゃん。どうしたい?」
選択権を投げられたリュエルはしょうがなさそうにクレインの方に目を向ける。
表情と雰囲気と勘で、何となく話の内容が理解出来ていた。
「構わない」
「そ、そうかい? ありがとう。それじゃあ俺に着いて来て……」
「違う。私の話なら、ここで話しても構わないという意味。勇者候補とかそういう話なら」
クレインは一瞬驚いた表情の後、困った顔を浮かべた。
「……そんなに俺との食事は嫌かい?」
「二人だけの方が気楽なだけ」
「……本当に、話しても良いの? あまり愉快じゃない……というかかなり辛い話になるけど?」
「剥奪されるだけなのに?」
ケロッとした顔で当たり前の様に言うリュエルを見て、クレインは心底困惑する。
彼にとってそれは死刑宣告に等しい事なのだが、どうやら彼女にとってはそうじゃないらしい。
「君と俺の価値観が違う事だけは理解出来たよ」
「じゃあ、ここで話して」
クレインは諦めた様な溜息を一つ吐いた。
「……俺の方に相談が入って来た。たぶん俺だけじゃなくて、関係者の大勢に回っている。えっと……君の所属が……」
「私の所属していた組織が犯罪結社で、バレて潰れたとかいう話なら気にしなくても良いよ。リークしたの私だし」
「なにそれ! そんな面白そうな事あったの!?」
キラキラした目でクリスは尋ねる。
クレインはクリスのまるで空気の読めない発言に完全に呆れ顔となっていた。
彼女にとってはどれだけ悪くとも親元であり、それを彼女が潰したというのはそれ相応の覚悟によるもので……。
「え? ご、ごめん。次同じ機会があったら誘うから一緒に潰そうね」
リュエルの更に空気の読めない発言にクレインは完全に硬直した。
自分がずっと生きていた組織が酷い組織であったというだけでトラウマものなのに、その親元を正義の為に裏切ったなんてのは想像さえ出来ない苦痛であっただろう。
だというのにこの軽さ。
彼らは完全に常識が違うのだとクレインはわからされていた。
「……まあ、うん。そういう訳で君の背後組織そのものがアレで、功績もまた怪しまれていて……いや、どうでも良いよねこういうのは。単刀直入に聞くよ」
「どうぞ」
「どうして欲しい? たぶん、この案件は俺の一言でどうとでもなる。逆に言えば俺が動かなければ……」
「どうぞお好きに」
リュエルから帰って来たのは、それだけだった。
どうでも良かった。
勇者候補なんて名前に価値を感じない。
むしろそれがあるから一緒のパーティーはちょっと……と言われたあの日からリュエルはその名前が嫌いにさえなっている。
「ク、クリス! 君からも何か言ってくれ。この名前の重さは、その価値は……」
「んー。でもリュエルちゃんの事だから。我がパーティーは個人の意思を尊重してますなんよ」
きりっとした顔のクリスにぱちぱちと拍手を送るリュエル。
まるでお遊びの様で、二人とも真剣みがまるでなかった。
「俺なら何とか出来る! そう難しい事じゃあないんだ!」
「でも、貴方から恩を着せられたくない」
リュエルはぶっちゃける。
むしろ、恩を着る方が嫌な位だった。
「そんな事はしない! ただ、この名を得る為にどれだけ苦労したか知っているだけだ! だから……」
「そう。でも、私は苦労した覚えもないしその名前に価値を感じた事もない」
「な、何を……じゃあ、どうして――」
「そうしろって言われたから」
「……えと、こんな時に脇道に反れるのもアレなんだが……一つ尋ねたい。クリス、どうして君はやたらと嬉しそうなんだい?」
クリスは何故か知らないが急にニコニコご機嫌な様子となっていた。
「名前に拘らないのは、ポイント高いんよ」
言葉の意味がわからず、クレインはリュエルの方に目を向ける。
リュエルもその意味はわからず、首を横に振った。
真の勇者はその名に拘らず、己の正しいと思う行いをし続ける。
故に先程の問答ではリュエルの方が勇者らしく感じられた。
クリスは勇者ポイント三十点分位贈与したかった。
「……困ったな。……いや、本当に善意をかぶせるつもりじゃあなかったんだ。知人の危機だと思ったから相談に来ただけで……」
そう言ってクレインは後頭部を掻く。
相談というよりも最終確認のつもりだった。
「私はどうでも良いから」
「そうか。だけど……うーん。どうしたら良いだろう……」
再び困った顔になるクレイン。
リュエルは小さく溜息を吐く。
根が良い奴なのは、理解出来た。
ただ、いい加減うざくなって来た。
少しお腹も空いてきた事もあり若干イライラしだしていた。
「リュエルちゃん。私関係ないけど提案して良い?」
「クリス君の意見なら全面的に従う」
「ありがとう。という訳で先輩、提案良いですか?」
「ああ、助かるよ。それで、どうして欲しい?」
「先輩が好きな様に!」
びしっと言い切ったクリスを見て、クレインはどこか絶望した様な顔を見せた。
「えと、それで困っていると……」
「いや、そうじゃなくてさ、先輩から見てリュエルちゃんが勇者に相応しいかどうかって事」
「え?」
「私はね、リュエルちゃんは勇者に相応しいからいつか勇者になるって信じてる。勇者候補なんて過程があろうとなかろうと関係なくね。正直どっちも良いの。何故なら結果は後から着いて来る物だから! だから、先輩から見たリュエルちゃんの素直な評価で行動してほしいんよ」
クレインは目を丸くししばらく押し黙った後、そっと口を開いた。
「正直、君を侮っていたよクリス。君は物事の本質が見えているらしい。……まったくもってその通りだ。俺も未だ勇者という頂を目指す過程に過ぎないという当たり前な事を忘れていたよ」
「うぃ。それで、どうするか結果だけ教えてくれる?」
「ああ。とは言え、俺はそこまで彼女の事を知らない。だから評価する立場じゃないのだが……勇者候補剥奪を阻止する方向に動こうと思う」
「ふむふむ。どうして? リュエルちゃんが勇者っぽいから」
「いや、それなら俺の方がぽいでしょ?」
そう言ってクレインは笑いながら鎧をコンと叩いた。
「うちの子の方がぽいよ」
「そう、私の方が勇者っぽい」
クリスを援護する為、リュエルはそう言ってドヤ顔になった。
「くっ……あはははははは! 良いね。それでこそだ!」
「それでこそ?」
「ああ、クリス、以前君は俺に向かってライバルだと言ってくれたね」
「うぃ」
「そのライバルが同じ勇者候補じゃないというのは少し寂しい。だから俺は俺の為に彼女の候補剥奪を止める。それだけだ。まあつまり……先輩として、そしてより勇者に近い者として塩を贈りたいって事だね。これから共に競い合う為に。真なる勇者と成る為に!」
この発言は他人の感情に興味のないリュエルでさえ、その意図が理解出来る程露骨だった。
若干の……いや、本気の挑発。
リュエルは少しむっとなり、クリスはにっこりと嬉しそうに。
「良いね良いね! 勇者ポイント十点分位のかっこよさだね」
「ありがとう。何点集まったらクリスは俺を勇者として認めてくれる?」
「残念。うちのリュエルちゃん以外に認める気はない」
「そりゃあ残念だ。だったら実際に勇者の称号を得てから黙らせるしかないか」
そう言ってニヤッと笑うと、クリスも対抗してニヤッと笑った。
クリスに褒めて貰えて嬉しい。
その気持ちはあるが、どちらかと言えば悔しいという気持ちの方が強かった。
クリスとクレイン。
両者は完全に、友の様になっている。
喧嘩しているかの様に挑発的な笑みを浮かべ、明らかに競い合っているのにその顔は心底楽しそう。
リュエルにはわからない、男の世界がそこにあった。
「失礼、何やら面白そうなお話をしてるわね。私も話に入れて貰えないかしら」
横からどこか楽し気な女性の声が聞こえ、三者はそちらの方に向く。
そこには白いドレスを着てメイドを連れた令嬢なんて、酷く場違いな存在が居た。
ありがとうございました。
来年もまたよろしくお願いします(__)




