エピソード0その2
事前の調査では、この場所は玉座の間のはずだった。
なのに、何故かそこは玉座の間に通じる手前の部屋、客を招く茶会の席となっていた。
来客と談笑する為の雰囲気の良い部屋。
玉座の間の手前に存在する、休憩スペース。
魔王城という事さえも忘れてしまいそうな程雰囲気の良い部屋には、いないはずの彼らが席についていた。
この城に入る為犠牲となったクラリスと、四天王と一騎打ちをしていたアーノルド。
その、置いて来た彼らが、何故か先に……。
「これは……偽物ですか?」
ロイアの言葉にリィンは首を横に振った。
「いいえ。見て頂戴。クラリスちゃんは用心して飲み物に手を付けてないのにアーノルドは全部貪りまくっている。飲み物どころかクッキーまでも! そしてそんな馬鹿に呆れたジト目をクラリスちゃん! これは本物だよ! 間違いない!」
「……そうですね。この馬鹿さ具合は間違いなく本物ですね」
ロイアも納得した辺りで彼らはリィンとロイアの来訪に気付く。
そしてアーノルドは呑気に大きく手を振ってきた。
――おかしい。
アーノルドの元にリィンが向う姿を見ながら、ロイアは静かな違和感を覚える。
何故、今このタイミングで彼らは自分達に気付いた?
さっきリィンは全力かつ乱暴に扉を蹴破った。
巨大な扉であった事も踏まえたら、入って来た事に気付かない訳がない。
なのに、彼らは入った時でなく、先程の会話でこちらに気付いた。
それは一体……。
「それは私が扉の音を消したからですね」
背後から女性の声が聞こえ、ロイアはその場を飛びのき振り向いた。
「失礼。驚かすつもりはなかったのですが……」
そう言葉にし、彼女は深々と頭を下げた。
印象で言えば、知的そう。
高身長でびしっとしたスーツの様な服を身に纏い、まっすぐな背筋に美しい礼儀の所作。
外見から職業を予測すれば百人が百人秘書と呼ぶ位には、彼女は秘書っぽい。
ロイアは彼女の事を知っている。
いや、ロイアだけでなく皆その顔は手配書より確認していた。
そう、知らない訳がないのだ。
魔王の側近を……。
黄金の魔王が最も信頼するとされる副官、『ヒルデ・ノイマン』。
四天王と異なりほとんど表に出ない為その存在さえ怪しまれていた魔王の影。
同時に、世界支配のブレーンとさえ言われている。
だからここで彼女を殺す事が最も正しい選択で……。
「それは悪手でこざいますよ? ロイア様」
ヒルデの言葉はまるで釘を刺す様であった。
「おや、もしかして読心能力持ちですか?」
「いいえまさか。その様な大層な物など御座いません。少々、ロイア様がわかりやすすぎるだけでございます」
「……そうですか。ではそう言う事にしておきましょう」
ロイアのハッタリを交えた嫌味も丁寧に受け流すと、ヒルデは深々と頭を下げた。
「悪手ってさ、どういう事?」
リィンは首を傾げ、ヒルデに尋ねた。
「この場で戦う事は双方にとってあまり好ましくないという話でございます」
「どうして? その為に私達はここに来たのに」
「理由は幾つか御座います。特に……」
「特に?」
「せっかく今日の為にと、ここを歓談用の部屋に改修しましたので。ちなみにですが、争いではなく最後のセーブポイント的な感じで使って頂けたらと我が主からの伝言が……」
「……なるほど。わかった。ここじゃあ争わない。約束する」
「ありがとうございます」
「そのついでにもう一個聞いて良い?」
「はい、幾らでもどうぞ」
「双方って事はさ、この場で戦うとそっちにとっても不利益な事があるんでしょ? それって……何かな?」
「ああ……。単純な話でございます。魔王様のお客様を私が召し上がってしまったら、魔王様が後で悲しんでしまうじゃないですか」
そう言って微笑んだ後、ヒルデは歓迎の為にその場を離れた。
「凄い。聞いた? 彼女一人で私達全員を殺せるってさ」
そう言って、リィンは笑う。
それが冗談ではなく本気であって、そして単なる事実であろうと今の笑顔から理解出来た。
自慢と自尊心とか、ましてや自惚れでもなくただの事実しか口にしていない。
だからこそ、リィンはただ笑う事しか出来なかった。
自分達が相手にするのは、そんな連中であると思い知らされる様に……。
リィンとロイアが席に着いてすぐ、ヒルデは彼女達の分のお茶と茶菓子をテーブルに用意してみせた。
そしてすぐその場を立ち去ろうとして……。
「あ、すまんがお代わり貰えるか? 出来たら沢山」
アーノルドは空になったカップとクラリスの分含め二人分の茶菓子の入っていた器を見せた」
その様子に不満も見せず、ヒルデは微笑んだ。
「もちろん構いませんが、そのご様子ですと軽いお茶菓子程度では全然足りないのでは? サンドイッチ位ならすぐにでも用意出来ますがどう致しますか?」
「良いのかい? じゃあ頼むわ。悪いね」
「いえいえ。構いませんよ。歓迎し甲斐が御座います。では、どうかおくつろぎ下さい」
そう言ってヒルデが立ち去ったその瞬間には、アーノルドの前に山の様に沢山のサンドイッチが用意されていた。
「……良く食べられるわね……敵の用意した物を」
クラリスの冷たい目を見てアーノルドは笑った。
「そんなの今更だな! というか罠なんかしかけねぇよここの奴らは」
「何でそんな事がわかるのよ」
「戦ったからわかる!」
「……はぁ。本当あんたは……」
クラリスの呆れ顔と共に、リィンとロイアも苦笑いを浮かべる。
本当に単純馬鹿で、後先考えずで……。
だけど、アーノルドは戦いに関した事で間違えた事はない。
それだけは、間違いのない事実であった。
「つか、ぶっちゃけマジで食った方が良いぞ? 特にクラリスは」
「……は? なんでよ?」
「いやこれ、飲むと魔力回復するぞ? だから俺がぶ飲みしてる訳だし」
そう言ってアーノルドは紅茶を指差した。
「……いや、そんな馬鹿な……ほんとだ……」
毒を飲む様に一口だけ含み、枯渇しかけていた魔力ががっつりと回復したのを感じ目を丸くする。
自分達が飲む魔力回復ポーションよりも遥かに効率的で、そして即効性があった。
「あ、ほんとだ。疲れも消えてくー」
のほほんとした顔でクッキーを食べ、リィンは笑った。
「……だからアーノルドさんは負傷が見当たらなかったのですね」
治癒を施そうとしていたロイアの言葉にアーノルドは頷いた。
「おう! 喰えば喰うだけ回復していくぞ! お前も食え!」
「私は結構です」
ロイアは胡散臭い笑みでそうとだけ答え、自分だけでもと周囲の警戒を。
例え無駄であろうとも、意味がなかろうとも、警戒しない理由にはならない。
能天気でお気楽馬鹿なアーノルドとリィン。
そいつらよりは多少ましだけど性善説を信じてる言わんばかりに騙されやすい甘ちゃんクラリス。
そんな奴らと一緒にいる理由はきっと、こういう時に最後まで悪党であり続けられるから。
そう思い続けているから、ロイアは何があっても動ける様常に警戒態勢で居続けた。
「……ご理解して頂ける様、こちらの意図をちゃんと示すべきでしたね。申し訳ありませんでした」
唐突に現われ、ヒルデはロイアに深く頭を下げる。
恐ろしい事に、彼女は何もしていない。
魔法もスキルも使ってなければマスタースキルの様ななにか特異な能力を発動させた形跡もない。
その手の能力はわかりやすい程に痕跡が残る物である。
にもかかわらず何の痕跡もなく、彼女は音もなく現れ消える。
それが能力頼りじゃなく純粋な技術に物であると、多少その手の心得があるからロイアには想像出来た。
出来たからこそ、ロイアは恐ろしかった。
むしろそういう能力であってほしかったと思う位に。
「意図というのはどういう事でしょうか?」
怯えを隠し、いつもの胡散臭い微笑みのままロイアは尋ねた。
「そのままの意味です。どうして皆様を歓談しているのか。その意図を」
「ああ、やはり何か企んでいたと?」
「いえ、企みなどありませんよ。ただ、その様に命じられているだけで」
「誰に……と聞くのは無意味ですね」
「ええ。私に命令を下せる方はあのお方ただ一人ですので」
「では、どの様な命令かお尋ねしても?」
「もちろんです。――貴方がたの万全を。ただそれだけ。ええ、本当にそれだけなのですよ」
「――は?」
あっけにとられるロイアに対し、ヒルデは微笑を浮かべる。
そう、本当にこの歓談には何の意図もなかった。
合流させたのは皆揃って戦う方が強いから。
魔力や体力を回復する食事を用意したのは万全な状態となっていて欲しいから。
そして憩いの場であるのは精神や気力を十分に回復させてほしいから。
信頼するヒルデをメイド扱いしているのは、あらゆる要望を叶えさせるその為に。
「つまるところ、ここはボス戦前? とやらのラスコミュ時間? というのでございます」
まるでメモを見ながらの様な言葉にロイアは椅子からずっこけそうになった。
「ず、随分とまあ……世俗的な例えをするのですね」
「ええ。その方が伝わりやすいらしいのと……まあ、我が主の趣味でございます」
「はぁ。随分と趣味のおよろしい事で」
「私には高尚過ぎて難しい例えですが、伝わったのでしたら何よりです。ですのでええ……ご十分なまでの準備をお願いします。作戦会議も含めてしっかりと……我が主を殺すおつもりで」
そう言葉にしてから、ヒルデは再び姿を消した。
「……今、本気だった。本気で殺して欲しい様な……ううん。何でもない。考えても意味がない事だよね」
リィンは気にしない事にした。
本気の目で、本気で縋る様な声で、それでも……きっと自分達には何も関係のない話だから。
「それでゆーしゃ様。作戦はどうするの?」
クラリスの言葉にリィンは微笑んだ。
「いつも通りよ。私達皆揃ってるんだから。ねえそうでしょ?」
そう言ってから、リィンは席を立った。
「ま、六分目位だけど良いだろう。腹ごなしの運動と行こうか」
アーノルドも合わせ席を立つ。
「全く二人共能天気なんだから……」
やれやれという顔でクラリスも席を立ち……ロイアもそっと席を立つ。
そして皆の視線はある一点に注がれた。
部屋の奥にずっと見えていた、玉座の間に通じるその扉に。
ありがとうございました。




