少女の祈りと罪の告白と
小さな海の転移騒動が起きてから数日程時間が経過した。
用事の為に一時帰宅したクリス達。
その間に発生した関連事項は、精々この三つ位だろう。
まず一つ目。
フィライトの女教皇カリーナが一度この小さな海を訪れた……らしい。
一応は宗教施設の視察という名目で、本題はご機嫌伺いと直接許可を出す為に。
その時に幾つものお土産を持って来て少女たちに振舞った辺りで、大分こちらに対し下手に出ている様だった。
少なくとも、女教皇であり女帝である彼女は普段、一施設管理者に対しわざわざ気を使わない。
そしてそのまま視察団はハイドランド王城の方に向かっていった……らしい。
らしいというのは、少女に手紙で聞かされただけでクリス達はその光景を直接見ていないからだ。
カリーナ御一行が訪れたのは、クリス達が小さな海を去ってから二日後の事だった。
フィライトにしか存在し得ない空を舞う馬、ペガサス。
そのペガサスを操る天空神の神官騎士による高速飛翔部隊、つまりペガサスナイトを引き連れ女教皇が現れると最初から知っていれば、クリスが見たがらない訳がなかった。
二つ目として、再び小さな海に訪れる前に、クリスに神託を降ろされた。
まあ神託というよりも、伝言と呼ぶ方が近いだろう。
世に影響を与えず、命令でもない単なるお願い。
そんな、小さな神託を。
そして最後に三つ目として、馬鹿をやった同級生の後始末。
兵士に連れられ、牢屋に贈られ、そうして最後に被害者であるクリスにどうするかが尋ねられた。
担任からの連絡に対しクリスが『好きにして良い』と答えた瞬間、処刑が確定した。
クリスとしてはごめんなさい一つで後はどうでも良いという意味であったのだが、どうやらそうはいかないらしい。
アーティファクトを狙った強盗というのは下手な殺人よりも罪が重たいそうだ。
『今年は例年より粒揃いと思ったが……生徒の減り方はこの数十年で一番酷いな』
そう担任が口にした時の様子は、少しだけ痛々しかった。
そうして小さな海を離れてから五日後……彼らは再びその小さな海に……いや、『エナリスの小さな庭』に訪れようとしていた。
まだそうとは決まっていないが、おそらくそういう名前になるはずだ。
「それで……正直聞くのが怖いんだけどエナリス様の神託は何と? いやその前に本当に神託? 単なる夢とかじゃない?」
リーガの言葉に返す様、クリスは夢ではないという証明である『神託認可証』を手に持ちリーガに見せた。
夢なのか神託なのか分からなくなるという事は高位の神官でさえよくある事であり、その為この様な確認手段が用意されていた。
「私もそれが発行されるところ見てたよ。……ウィード学園長が胃を痛そうにしながら貰って来てた」
「そう……。だったら単なる夢じゃあないね。そう言う事なら改めて、エナリス神様からの神託をお伝え願えるかな? エナリスの信奉者様?」
リーガの気取った言い方にクリスは小さく笑った。
「うぃ。でもそう大した内容じゃないんよ? えっとね……『聖水は止めて』だって」
「……それはもしかして、あの水を利用する事を避けてほしいって意味? だったら計画は一からになるからちょっと大変な事になるんだけど……」
「ううん。むしろじゃんじゃん売って名を広めてほしいって感じだったよ。他の神様があるのに自分は聖水がない事を気にしてるっぽかったし」
「優しい神様ですからね」
単なる見栄と自尊心でしょという言葉を、クリスはそっと飲み込んだ。
「止めて欲しいのは名前の方。聖水って名前は嫌なんだって。だから『エナリスの愛』とかそういうおっしゃれーな名前でお願いって」
「……それ、もしかしてエナリス様が直接おっしゃったの? 『エナリスの愛』って」
「うぃ。言ってたよ。こうしろじゃなくて、そんな感じが良いって位の軽い感じだったよ」
「……いや、神様直々に命名とかかなり強力な箔付けじゃないか。そのまま使わせて貰おう」
「うぃ。神託は以上なんよ」
「そうか。うん、良かった。神様からの否定だけが後は不安だった。それがないなら……うん。後はもう成功した様なものだ」
「そなの? そんなに色々揃ったの?」
「まあね。幸か不幸かとんとん拍子だった」
「不幸って?」
「君と少女が落ちた事が全ての原因だから、それを良かった事とは言えないよ。特に、僕はそれを言ったら駄目だ」
「何ともなかったんだから気にしなくても良いのに……。それに」
「それに?」
「これから何か面白い物を見せてくれるんよね?」
クリスは少し挑発気味に、そうリーガに言った。
少女の依頼を完遂する為に、計画の主軸となる『ある物』の準備。
あっと驚くであろうその準備を見る為に、再びこうしてあの場所に共に向かっていた。
「凄い物なのは断言出来るよ。とは言え、君は色々破天荒だからね。僕にとっては結構な大事だけど君にとっては大した事がない様な事かもしれない」
「うぃ? そんな事はないと思うんよ。先輩が凄いって言うなら期待するんよ」
「あはは。じゃ、期待していて。すぐにわかるから」
そんな会話を終えた直後に、馬車は目的の場所に到着した。
数日ぶりの美しき自然の景色。
それを見る限り、あの日から変わった事は何もない。
兵士らしき姿の女性が三人滞在している事と、ものっそい怪しい姿の十人組が海の傍に待機している事を除いたらだが……。
全身黒づくめでかつ大きなとんがりぼうし。
いかにもな邪教集団っぽい外見なのだが、全員やけにガタイが良かくて服がぱっつぱつになっていた。
晴天の中、美しい景色の中に溶け込むマッチョ黒づくめ。
絵面だけで言えば、この段階でかなり面白い代物だった。
「あれが……先輩の言う……」
クリスは怪し気な十人を指差した。
「そ。何が起きるかはすぐにわかるから見てて」
そう言ってからリーガが合図をすると、彼らの間から膨大な魔力が溢れ出した。
靄の様に見える程可視化された、膨大な魔力。
その魔力はまるで全員を繋げているかの様でさえあった。
その十人の中で一人、明らかに倍以上魔力を溢れせている存在が居た。
その男を中心に全員で詠唱が始まる。
呪文ではなく、呪文をサポートする為の前準備。
強力な魔法を使う為の精神統一の意味も含めた下準備の様な物である。
「おおー」
特に何かある訳でもないが何となく派手だったからクリスはぱちぱちと拍手をした。
そうして、彼らが揃って言葉を放ち、魔法を完成させ――。
「……あれ? 発動しない? 失敗? いや、そもそもこれ魔法?」
何も起きない事にクリスは不思議と首を傾げる。
魔法とは定めた術式を脳内で構築し、最後のキーであるその魔法を表す『呪文』を口にした瞬間に発動される。
その力ある言葉を彼らは放ったはずなのに、何の変化も生じていなかった。
ただ、これは想定内の事らしい。
少なくとも、リーガは特に慌てた様子はなく微笑を浮かべたままとなっていた。
そう思っている中、一際大きな魔力を持っていた男は叫びだした。
「うぉおおおおおお!」
まるで全身に力を入れるかの様に両手を万歳と上げて叫び……そのまま、流れる様に土下座のポーズとなる。
そして、真の力ある言葉を叫んだ。
『〈大規模拠点生成:教会〉!』
言葉の直後、ずごごごごと大きな音と振動が広がっていく。
そして、彼らが先程まで居た位置の下から、まるで筍か何かの様に大きな教会が生えて来た。
下から生じるそれは『生えて来る』以外には表現のしようがなかった。
「わぁーおー」
「えっ。本当にすごっ」
クリスだけでなく、リュエルもつい口を開き驚きの声を見せる。
それ位、それはあり得ざる光景だった。
僅か五分程で出現したのは、大聖堂と呼ぶ程ではないが、かなり豪勢で大きな教会。
あれを建てるのに通常の手段なら魔法使いを用いた高速施工であっても半年はかかるだろう。
それを、ほぼ一瞬で。
文字通りの奇跡の様な魔法だった。
「という訳でご依頼通りのお仕事終わりましたぜ、先輩。まあ、今回は外装だけですがね」
そのお揃い黒装束の男の一人はリーガにそう声をかけた。
「ああ。無理を言ったね」
「俺とリーガさんの仲じゃないっすか。んで、そっちの二人が……」
クリスとリュエルはぺこりと彼らに頭を下げた。
「ははっ。ま、あんま固く並んでくれよ、後輩」
そう、男は二人に笑いかけた。
部屋に籠って年がら年中魔法を研究してそうな変な恰好ではあるが、顔つきは端正で筋肉質で、そして若干日焼けしてなんてやけに健康的な感じだった。
「後輩って事は……」
「ああ。冒険者学園に居たんだよ。まあ、ドロップアウト組だけどな。才能なくって」
男は照れ臭そうに呟いた。
「才能ない様にはとても見えなかったけど?」
クリスの言葉はお世辞でも何でもなく、むしろ嫌味かとクリスが考える位にあり得ない言葉であった。
というか教会一つ一瞬で建てられる魔法使いが非才であったら世の魔法使いのほぼ十割が才能なしになってしまうだろう。
「マジで才能なかったんだよ。だから土魔法なんて地味なもんに俺達は特化せざるを得なかった。というかそうしろってアドバイスくれた恩人がリーガさんなんだ」
「いや、得意な物を伸ばした方が得だよというアドバイスだけで、君達が成功したのは言葉通りの実力だよ。それにドロップアウトって言ってもこうして建築事務所を開いている訳だからむしろ足を洗ったといった方が正しいんじゃないかな?」
「いやいや! そんな発想なかった俺達にそう教えてくれたリーガさんにゃマジで感謝してるんですよ。あ、そうそう。今更だけど俺の名前はマトン。牛なのにマトンって覚えてくれや後輩!」
そう言ってからとんがり帽子とフードを取って見せ、男は自分の角を見せた。
それはそれは闘牛の様な、立派な角だった。
後ついでに帽子inフードの下には、爆発したようなアフロも隠されていた。
まあ、それはそう難しい話じゃあない。
冒険者として微妙であった彼らを見かねて、諦める様にリーガは勧めた。
少なくとも、彼らの思い描く『冒険して成りあがるタイプの冒険者』になれる程彼らに才能はなかった。
そして諦めた後、彼らは伸びた。
たった一つだけの魔法……いや、『魔術』にて、彼らはこの業界においての最速の名を手にした。
「というのが俺達マトン建築事業部って奴だ。ちなみに他の部署はない」
「じゃあ、どうして事業部なの?」
クリスは尋ね、マトンは答える。
「何となく」
「そか、何となくならしょうがない」
「だろ」
そうして二人で納得し合い頷く。
つまり、こういう事。
マトン建築の事業部ではなく、『マトン建築事業部』という名前の建築会社という事である。
理由は本当に意味はない。
というかそこまで理解出来る頭がなかったから彼らは冒険者に成ろうとしていた。
マトン達は割と直感だけで生きていた。
「なるほど。一芸で成りあがったタイプ……これは尊敬出来る。先程も何してるかわからなかったし」
そう、クリスの目を持ってしても先程彼らが何をしたのかクリスは読み取れなかった。
真剣に見ていなかったというのもあるが、それでもながら見で魔法を掌握するクリスの目が理解を拒む程度では彼らは複雑な事をしていた。
「ん? 気になるのか?」
「うぃ。でも飯の種を聞き出そうなんてルール違反する気はないから安心して欲しいんよ」
「いや、別に聞きたいなら教えるぞ? リーガさんにゃ教えてるし」
「良いの? 飯の種だし、一芸って事は生きる上での全てとか誇りとかじゃあ……」
「いや別にそんな大層なもんじゃない。そもそも後輩が遠慮すんなって。ただなあ……入ったばっかの新入生なんだよな? どこまで魔法について知ってる?」
「うぃ。授業は全く取ってないけど多少は知ってるよ。他の人達が魔法を発動させたのに発動しなかった事と、最後のは明らかに『大規模魔術』だった事は理解出来たの」
「ほほー。大したもんだ。新入生でそれなら本当にすげぇよ。魔法使い志望か?」
「ううん。知ってるだけ。才能ないから魔法使いは無理かな」
「あの……ごめんなさい。話の腰を折るけど、魔法と魔術って、違うの?」
リュエルはそう申し訳なさそうに口を開いた。
「えっとね、雑に言うと、『魔術』は『オリジナル魔法』の事なの。類似のない感じ」
「なるほど。ありがとうクリス君。先輩も、話の腰を追ってごめんなさい」
「いいや構わねぇよ。んで俺達のした事だけどな、実はそう難しい事じゃあない。だけどさ、悪いんだが上手に説明出来る程俺の頭は良くないんだ。という訳で雑な例え話になるけど良いか?」
「うぃ」
リュエルもこくりと頷いた。
「あんがとよ。まず、魔法をケーキと思ってくれ。ケーキを作るだろ? そんで、その作ったケーキを材料にして、新しいケーキを作る。それが俺のした事だ」
マトンの説明にリーガは苦笑する。
リュエルはさっぱりわからず頭に疑問符を浮かべ続ける。
クリスだけは、何となくだが理解出来ていた。
高等魔法とか合成魔法とか儀式魔法の類の技術だがそれらとも類似しない。
文字通りのオリジナル技法で技能。
おそらくだが、直感型の魔法使いでかつこの十人の仲が相当良いから出来る様な奇跡的な代物であり、これを真似する事はほぼほぼ無理だろう。
「ほほー。つまり、元の魔法も土属性の創造系かな?」
「やっぱりわかるのか。伊達にもふもふじゃねーな」
「えへん」
「お察しの通り元の魔法は『大規模建築』だ。それを九人で同時に唱え材料にしてる」
「おおー。でもやっぱり才能ないってのは間違いじゃない? 『五文字級』の上級魔法が使える魔法使いが才能ないって事はないと思うんだけど……」
「そうだな。一つ先輩らしく授業をしてやろう。リーガさんに俺達が教わった事をそのまま伝えるだけなんだが、まあ先輩風を吹かさせてくれや」
そう言ってマトンはゲラゲラと笑った。
リーガは少し申し訳なさそうに苦笑を見せる。
それが正しい事だったとはいえ、冒険者としての彼らを殺したのは他の誰でもなく自分であったからだ。
これから彼らが言う、その理屈によって。
「とりあえず、あんたらも魔法使いを仲間にする時にこれを覚えておいた方が良い。上級魔法が使えるのと『戦闘で上級魔法が使える』ってのは天と地ほどの差がある。魔法使いの才能って奴は、戦闘で魔法が使える才能とは決してイコールじゃないんだ」
そう、マトンは言葉にした。
「そうなの? あんまり変わらないと思うけど……」
リュエルはそう口にする。
「あんたは剣士だな。確かに、剣士の理屈だとそう思うだろう。肉体を使って覚えた技能って奴は、少なくとも五割は実戦で発揮出来るからな。だけど、魔法ってのはそういう物と違って、頭の中で構築するもんなんだ。複雑な暗算をするのに似ている。たっぷり時間があって、ゆっくり集中出来るなら暗算もそう難しくない。だけど、走ったり跳んだりしながら、ましてや敵に襲われながら暗算出来るか?」
「……なるほど。理屈は理解した……しました」
「おう。まあ、確かに俺達も最初はそう思っていた。魔法使いとして成長すれば絶対強くなるって。俺達が四文字を使える時に、周りは三文字をようやくとかだぜ? それなのにそいつらの方が評価される。今考えたら当然なんだけどな。そいつら実戦で三文字使ってたんだから」
それはもう本当に悪循環だった。
座学を中心して高難易度の魔法を習得するがそれは背伸びで習得した物で、実戦では発動さえ出来ない。
それが悔しくて嫌で余計読書や研究という座学にのめり込んで、そうして実戦の実力と魔法使いとしての力量の差が広がって。
成長に伴い実戦の苦手意識が強くなって、緊張がより悪い結果を生んで更に実戦から離れていって……。
そうしてその果てに待っているのが破滅であったはずだから、彼らは自分達がリーガに救われたとちゃんと理解していた。
五年先まで依頼でびっしりなのに、強引に時間をあけてこうやってリーガの依頼を受ける位には。
「だからまあ、ドロップアウトした俺達がどの口と思うかもしれないが、お前ら後輩も頑張れや。出来たら俺達の分までもな。今度会った時には飯位はおごってやるから、冒険話、聞かせてくれや」
そう言って、マトンとその仲間達はクリスの方にどこか寂し気な笑みを向けた。
それは体躯の良い彼らには似合わない程どこまでも優しくて、慈愛に満ちた目であったが……それでも、やはり寂しそうだった。
これで、一応は依頼は完遂という形となるだろう。
新しい教会が出来て、特別な事情が生まれて、ついでに兵士まで常に滞在して。
今までの様ながっかり観光地ではなく文字通りのエナリス信仰の聖地。
これを馬鹿にすれば文字通り信者の拳がとんで来る。
むしろこれまでと同じ様にいかない程度には忙しくなるだろう。
だからこれでクリスの初めての依頼は終わり。
ほんのり程度のお金を受け取り、それをリュエル、リーガと三分割して、そして何なら最後に依頼達成のパーティーでも開いて。
まあぶっちゃけ、馬車代の分大赤字だけど。
それでもお金に拘りはないからこれで万事含めてぜーんぶ終わり! ……という訳にはいかなかった。
帰りの馬車の時間の前に、クリスはリーガに呼び出される。
リュエル抜きで、二人だけで話そうと……。
その面持ちは何時ものリーガのそれではなく、やけに重苦しいものだった。
「それで、何のご用事?」
小さな海から離れた場所でのクリスの質問に対し、リーガは逆に尋ねた。
「むしろさ、僕に聞きたい事ない? 今なら何でも答えるよ?」
「じゃあ、一個だけ聞きたかった事あるんだけど良い?」
「何でもどうぞ」
「あのさ、教会設立の分のお金、どうしてリーガが出したの?」
全く見当違いの質問に、リーガは少し困った顔を見せた。
「……質問それで良いの?」
「うぃ。気になるじゃん。リーガが出す必要ないのにどして?」
「……償いもあったんだよ。君と、それとあの子にも」
「償い? どして?」
偶然ではあるが、本題の流れに。
だからリーガはまず、自白の前に謝罪から入った。
「……今更だけど、ごめん。僕は知ってたんだ。君が馬鹿に狙われてるって。だけど、僕はあえてそれを放置した。その結果君とあの子は危険な目に遭った。結果的に上手くいったけど、それは結果論。君達を危ない目に遭わせた事に違いはない。だから……許される事ではないとしても、その謝罪をしたかったんだ」
もちろん、謝罪の言葉はちゃんと別で口にする。
だけど、誠意とはただ口先だけで済ませて良い物ではない。
それ相応の賠償と現状復帰。
それが謝罪を口にする最低上限である。
そう考えるリーガだからこそ、自分が一番割を食う形にした。
教会の設立費を立て替えるという方法で。
確かに、日数は一日どころか数分だ。
だけど予算は通常の工事と大して変わらない。
大規模魔術の準備に予算がかかるというのもあるが、何より他の職人を追い詰めない為。
だからリーガは、普通に教会が設立される位に、町が予算を出さないと駄目な位の金額を吐き出していた。
リーガは学園の中でも恵まれた環境にいる。
それでも、リーガのほぼ全財産が今回に溶けた。
それをどうにも思わない程度には、リーガは今回の事を悔いていた。
「別に気にしなくても良いよ。ミスなんて誰でもあるんだし」
「いいや、ミスじゃない。故意だ。僕は君が危ない目に遭う事を理解して放置したんだ」
「どうして?」
「それは……依頼と、好奇心で……」
リーガは今日ようやく、本当の事情を白状出来た。
それがウィードの依頼である事。
何かまではわからないが学園長が直々に依頼を出す程クリスが特別である事。
依頼の中に『殺意を向けるな』というのがあった事。
それが気になって、殺意を向ける馬鹿を放置した事。
全てをリーガは吐き出した。
クリスが敢えて尋ねてくれなかったその善意を踏みにじる事になったとしても、全てを……。
「というのが、僕の事情なんだ」
そう、重苦しい感じでリーガは口にする。
対してクリスは……正直どうでも良い事だった。
むしろその程度の事でそんな悲しそうな顔をしないで欲しいという位であった。
「そか。別に気にしなくても良いのに……」
「……ごめんね。ここまで来て、それで失敗したというのに、僕という存在は愚かだったらしい。それでも尚気になるから直接聞くよ。君に殺意を向けるとどうなるの?」
「…………え? いや……ごめんなさい。わかりません。どうしてウィードは私に殺意を向けるなとか言ってたんだろ?」
そう呟き、クリスは首を大きく傾けた。
「本当に、心当たりない?」
「ない! まーったくない」
「……そか。わからないか。……はぁ。こんなどうでも良い事に僕は拘って……馬鹿みたいだ」
「えっと、うん。まあ、気にしなくても良いよ。うん、本当に……」
「そうする。でも、ごめんね? もう隠し事はないから」
「別に隠し事があっても良いの。読書友達でいてくれたら十分」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
そう呟くリーガは、酷く疲れた顔をしていた。
「ああ……もう一つだけ、伝えたい事があった。悪い事をした立場なのにどの口でと思ってたから最後まで黙ってようと思ったけど……」
「それが読書仲間で友達として、そんで先輩と後輩という立場で聞く事なら聞きたいかな」
「ありがとう。じゃあ、もう一つだけ僕の事情を聞いてくれるかな。友達として」
「うぃ。喜んで。それで、どんな事情?」
「どうして僕がここまで依頼に熱心に取り組んで、最終的には自費で教会まで建てた理由。それは君への興味と罪悪感というのもあった。だけどさ、それだけじゃなかったんだよ」
そう言って、彼は自分の袖をめくり腕を見せる。
別に毛皮でもなければ傷もない、単なる人間の腕。
だけどその腕には、毛糸か何かで編み込み作られたお守りがつけられていた。
青と白のツートンカラーの。
つまり……クリスの首輪と同系色の。
「……ん? あ、もしかして!」
最初はピンとこなかったけど、すぐその理由を理解した。
「そ。実は僕海洋神信仰なんだよね。それも結構熱心な」
「お揃いだー! 仲間仲間ー。でもどうしてわざわざ?」
嬉しそうにはしゃいだ後、クリスは尋ねる。
失礼な言い方だが、間違ってはいない。
信者の数は少なく、海がないから恩恵も乏しい。
完全なる陸地で海洋神信仰なんてのは絶滅危惧種にも等しかった。
「海が好きだから。それだけ」
「そか。それならしょうがないね」
「うん。しょうがないでしょ」
そう言って、二人は仲直りの儀式の様に手を取り合い、小さく微笑んだ。
後日……少女からお礼の手紙が届いた。
おかげで立派になった。
毎日が忙しくなって、宗教関連の勉強の日々になって、偉い人が良く来て。
それでも、皆がこの場所を崇める様に敬う様になった。
誰も馬鹿にしなくなった。
だから、ありがとう。
そんなお礼が丁寧に書かれた中、最後に少女は手紙にてクリスに対して不満を綴っていた
『でも、最後まで私の名前を聞かなかった事は許せない。だから近い内に、ちゃんと私の名前を聞きに来てよね』
そんな言葉の後、『名無しの少女より』という嫌味の言葉で手紙は〆られていた。
ありがとうございました。




