海洋神の愛の祝福(って事にしよう)
「本題に入るその前に、まずはこれを見て欲しい」
少しもったいぶった遠回しな言い方でそう伝えた後、リーガはテーブルの中央にビンを置いた。
酒が入っていそうな透明なビン。
その中には透明な液体が入っていた。
「これは?」
「この海の水を掬った物だよ。これについて説明をするんだけど、少しばかり強引で大分無理の入った話で……」
そう前置きしてから、リーガは自分の考えた『ストーリー』の説明を始めた。
どうしてあの海で転移出来るのか。
どうしてこの場所に海が存在するのか。
それは全て海洋神エナリスの思し召しによる物。
海洋神エナリスは美しい物を愛し大切にする神。
芸術を保護し大切にする慈愛に満ちた優しき大神……。
そんなリーガの説明に少女の父はうんうんと納得し頷く。
クリスは若干納得してなさそうなジト目であったが、それに気づいたのはずっと見ているリュエルだけだった。
「そして一定の信仰ある者だけが転移出来るという事。即ちエナリス神が気に入った物だけを通すのが、ゲートの真実である! ……という事で仮定しておくね」
エリート調査員でさえ出してない結論である以上、それが無理筋であるのはわかっている。
わかっているのだが、そうした方が都合が良かった。
「つまり……どういう事?」
リーガは水の入ったビンを持って、こう言った。
「これはただの海の水じゃあない。エナリス神が愛した水なんだ」
「……それは……また……」
少女の父は少し困った顔を見せる。
この中で唯一、宗教者として活動してきた少女の父だけがリーガの主張の意味を理解出来た。
そして、その屁理屈により何が生じるかも。
つまるところの、宗教的権威。
リーガは屁理屈でこの場所の箔付けをしようとしていた。
「ですがお父さん。実の事を言えば全くの無理筋という訳でもないんですよ」
「と、言うと?」
「昨日調べてて気づいたんだけど、多少海から給水しても水嵩が減らないんですよ。それこそ、数十リットル程度ではまるで影響がなかった。たぶん海と直通で補給されてる」
通行できるのは信仰篤き者だけ。
その理屈で考えるなら、あちから来たとされるこの海水も特別と考えて良い。
エナリスが選び愛した者だけが、この美しき海の中に入る事を許される。
それがリーガの主張だった。
少女の父は考えた。
その理屈が各教団に通用するか、納得させられるか。
そうして結論は……。
「無理……じゃあないね。むしろ成功の可能性は高い」
少女の父はそう言葉にする。
単なる屁理屈ならどうしようもない。
だが、ここにあるのはこの世界に存在しない技術レベルの転移ゲートである。
それを神の愛とするのは宗教施設である以上当然であり、そして海に関するエナリス神由来であるのなら美や愛と絡めるのは極めて自然的な考えである。
むしろこのゲートを商売や戦争の用途に絡める方が天罰が下りそうであった。
「だから『エナリスの聖水』として売ろうというのが僕の考えです。何か疑問か不安なところはありますか?」
リーガは皆に……ではなく、どう見ても少女の父に尋ねていた。
聖水そのものは存在するが、エナリス神の聖水は今のところ存在が確認されていない。
だからこそ、エナリスの聖水として認められたらそれは極めて大きな意味を持っていた。
「どの位持って行っても大丈夫か目途は?」
「流石に工業用パイプを使ってとかならどうなるか保証出来ませんが、一人二人がビンに詰めるだけならどれだけ取っても大丈夫ですね。水嵩の減少範囲と此度の調査員の結果から見て」
「なら問題ない。むしろ取る量はもっと制限して希少性を高めた方が良い。権威付けに転移の方は利用しないのかい?」
「国内の問題ならともかく、フィライトとハイドランド間をというのならあまりにも危険過ぎる。ヒルデ様は交渉すると言ってましたが、正直フィライトが通行の許可を出すとは思えない。国の内側から敵兵が出るなんて状況許可を出す訳が……」
「多分出るよ」
クリスは話に割り込みそう口にする。
一瞬会話が途切れる。
曖昧な思いつきじゃなく、はっきりとした否定だったからこそリーガは次の言葉を忘れる位に沈黙した。
その位、クリスははっきりと断言していた。
「……理由は?」
「うぃ。フィライトは切羽詰まってるから」
「大国の中で最も経済が伸びている国が? それはないよ」
「ううん。フィライトの状況は……というか教皇カリーナの状況が不味いんよ」
「……ふむ。もう少し詳しく聞いても良い」
「うぃ! えっと……まず、かり……教皇カリーナは今フィライトとサウスドーンの二大国による戦争に苦しんでいるの。年単位で続く戦争で、しかもフィライトが仕掛けた側ってはっきりしちゃったもんだから」
「……聞いた事はあるけど、あまり詳しくはないな」
そう言ってリーガは少女の父を見る。
少女の父も詳しくは知らないと首を横に振った。
「簡単に言えば、フィライト内で教皇カリーナが戦争責任をとれーって声が増えているの。赤字垂れ流しだから。サウスドーンはそれを見越して戦争終わらせるつもりはないの。遅延すればするだけフィライト側にダメージが行くから」
「なるほど。それで?」
「当然だけど、カリーナとしては早く戦争を終わらせたいの。国力が戦争に取られるのもそうだけど、自分に対しての国内の声が痛いから。しかも戦争仕掛けたってはっきりしちゃったから勝ったとしても大した旨味もない。続くだけ損。そこで関わって来るのがハイドランドとの関係性なの」
「どうして?」
「サウスドーン国王ウォドンとハイドランド副官ヒルデは強い同盟関係にあるんよ。つまり……」
「ハイドランドを戦争終結の交渉のテーブルにあげる為、多少の不利益は譲るというか譲歩する姿勢が揃っているという事だね」
「……うぃ? たぶんそんな感じ」
「ありがとう。理解出来たよ。だとしたらサブプランとして転移が利用出来る可能性も考慮した方が良いね。例えば……エナリス神への信仰を試す高僧の為の場とかで」
「いや、それならもう少し条件を厳しくして……」
そうして再び、リーガと少女の父は二人だけの世界に入る。
まるで殴り合いの様に成る事も多いが、それでも二人ともどこか楽しそうだった。
「えっと……その、もしかしてクリス君って、国同士とかそういうの詳しいの?」
あっけにとられながらリュエルは尋ねた。
正直言えば、もっとクリスは何も知らない無知だと思っていた。
自分と同じ様に。
だが、さっきの様子だとそれは違うと理解する。
クリスは、日常の事は何もわからないが、遠い世界の事はまるで見て来たかの様に詳しいとリュエルは思った。
「ううん。実はあんまーり。詳しいのはどっちかと言えば魔王十指についてかな?」
「そうなんだ。……だったら、聞きたい魔王が居たら教えてくれる?」
クリスは一瞬ぴたっと止まった後、微笑を浮かべた。
「もちろん構わないよ。誰について?」
何となくだが……リュエルは初めて、クリスが怖いと感じた。
ただ怖いのではなく、それを聞いたら取返しが付かない事になる様な、そんな気がして……誤魔化した。
他の何でもなく、己の勇気を。
「ううん。またにする」
「そか。わかった! また聞いてね」
そう言って、先程の顔が嘘だったかの様に、子供らしい満面の笑みをクリスは見せた。
あろがとうございました。




