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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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黄昏の時間


 目的が観光地の改善、またはがっかり観光地なんて馬鹿にされない場所に変える事ならば、それを実行する前に彼らは二か所から許可を取らなければならない。


 一つは、宗教教団。

 そこそこ地位のある海洋神教団でも良いし、それより上の創造神を筆頭とする纏めの教団でも良い。

 教団と名の付く組織は横の繋がりが深く、権限がどこか一つに集中しない様になっている為許可を求める先は割とどこでも良い。

 管理直属の教団は出世レースの云々があるから色々面倒だが、別にそこに拘る必要はなかった。


 もう一つは、ハイドランド王国そのもの。

 ハイドランドの土地で観光地であるのだから当然と言える。


 そして、その二つから許可を得る事自体は実のところそう難しい事ではなく、問題にカウントさえされない。

 恐らくだが、どちらも即日で許可が下りるだろう。

 言ったらなんだが、その位この場所はどうでも良い存在と既に成り果てていた。


『改善したい? まあ良いけど、好きにすれば?』


 その程度の話に過ぎなかった。

 ただし、当然だが両者共に条件は付けられる。

 具体的な物を言えば、宗教教団なら『海洋神信仰の場としての維持』であり、ハイドランドなら『観光地としての価値の維持』。

 つまり教会関係のまま、今程度の収益が維持出来るなら好きに変更しても良いという事である。


 これ以外にも幾つも簡単なルールが設けられるだろうが、その二つだけは確定事項であるとリーガと少女の両親は予測していた。


 つまり、ルールの範囲内のままどうにかして観光地としての格か宗教場としての格を上げる事。

 それが少女の依頼を叶える具体的な内容となる。


 そして、この目的の達成を阻む最大最悪の障害となるルールが存在していた。

 それはとても単純で、誰もがそれに苦しみ、誰もがその理不尽を経験する。

 つまり……『資産』。


 教団側もハイドランドも許可は出すが資金を出すつもりはない。

 そこまでの価値を彼らはここに感じていない。

 少女の両親も蓄えがないとは言わないが大事業を行う程も裕福ではない。


 既にがっかりとして出来上がったこの場所をどうにかする為には膨大な予算をかけてのゼロからの大規模再開発が必要なのは考えるまでもない。

 そう……始まりの段階で詰んでいるからここはがっかり観光地となっている。

 現状維持出来ている程度には悪い方向に固定されていた。


 直轄管理の海洋神教団はこの場がどうしようもない僻所であり、ここからの逆転は不可能であると判断したから、少女の父親の左遷先に選んだ。

 政争の末路に選ばれる程度には、この場所は詰んでいた。


 とは言え……その難問を考えるのは少女の両親とリーガであって、クリスにはあまり関係のない話であった。

 そもそもそこまでクリスは理解出来ていない。


 今のクリスがやるべき事は、依頼人の傍に寄りそう事。

 クリスの知る冒険者の漫画では、主人公はそうしていた。

 だからクリスもそうする事に決めていた。


 依頼である以上解決する事が大切なのはわかっている。

 だけど、それだけじゃあないはずだ。


 正しいとか、解決策とか、そういう事ではなくて……『結果』でなくその『過程』にも意味があるとクリスは信じたかった。

 結果しかない自分だったからこそ、誰よりも過程に夢を見ていた。




 クリスが少女を見つけた時、少女は体育座りで見下ろす様にがっかり観光地を見ていた。

 夕方位というまだ人が消えるには早い時間なのに、もう誰もいなくなったその湖の様な海を。

 山という程険しくないが小さな斜面が続きそこそこ標高の高い場所。

 そこから見下ろす様に全貌が見えるこの風景が、少女は好きだった。

「私ね……ここをがっかりって言う人の気持ちがわからない……。こんなに綺麗な景色なんだよ?」


 人の手が触れていない美しき自然溢れるなんて言葉があるが、実際人の手にかかっていない自然は美しいからは程遠く、どこまでも野性的となる。

 人が自然に対し美しいと思えるのは、それは人の手が入っているからに過ぎない。

 丁寧に整えられた人工的自然。

 そんな芸術的風景が目の前に広がっていた。


 確かに、海と言われたら納得し辛い。

 だが湖として見れば景色におかしい事はなにもない。

 少なくとも、笑いにはならないはず。

 だから、少女にはそれが何よりも悔しかった。


 父は必死に研究し、海洋神に捧げる場としての自然美を研究した。

 絵画等の自然的美術を学び、自然のコーディネートを学び、植物配置術を学び、それらを活用しながらもその上でナチュラルテイストな景色を作り出した。

 森に成り切っていない隙間の多い木々と花などの植物はその小さな海を引き立てる為だけに存在する。

 この場所そのものが、父のキャンバスだった。


 母はそんな父に協力し、毎日植物の手入れを行った。

 父と違ってただそれだけに、ずっと植物とだけ向き合い続けていたから、今では父以上どころか下手な植物学者よりも詳しくなっている。


 そんな両親が、自分と同じ位愛し大切に育てた存在がこの場所で、この景色。

 この『海』であった。


 それが馬鹿にされる事は、家族を馬鹿にされる事と同じである。

 この場は、少女にとっては弟同然であった。

 少女よりずっと前からいるから兄に当たるのだが、少女にとっては大切な、『護るべき弟』であった。


 クリスは静かに、少女の隣に座った。

「昔ね、学校で風景画の宿題があって……私ここからの風景を描いたの」

「うん。それで、どうだったの?」

「とても褒められたの。最初は」

「最初は?」

「うん。良く描けてる。綺麗だね、凄いねって。だけど……それがここだってわかると、生徒も先生も皆で大爆笑。挙句の果てに『笑いを取ろうとしないで、今度はまともなモチーフで描こうね』って注意された。……私、それが本当に悔しかった。笑われた事もそうだけど……冗談だと思われた事が、本当に……」

「なるほど。……君はここが本当に好きなんだね」

「うん。私はこの場所が、家族が好き。だからね……ごめんなさい」

 少女はクリスに深く頭を下げた。

「どうして謝るの?」

「だって、悪い事したってわかってるもの。貴方を利用した。ううん、貴方の身分を利用した。本当はこんな気軽にこれる立場じゃないんでしょ?」

「そんな事はないよ。私は単なる冒険者。私も、リュエルちゃんもね。でしょ?」

 後ろにいるリュエルは小さくこくりと頷く。

「それでも……お金、全然足りなかったし……何なら帰りの場所代出して貰ったし……。そんななのに来てくれた。それはたぶん、貴方達がとっても良い人だから。私は、きっと子供である身分を傘にして貴方達の善意に付け込んで間接的脅迫状態にしてしまった……期限ある若者の冒険者としての労働的価値を搾取しちゃったの……」

「ず、随分と難しい言い回しを使うんだね」

 リュエルは困った顔でそう呟いた。

「これでも人生経験豊富ですから。だからね……ごめんなさいなの」

 少女の謝罪に対し、クリスはニコニコとした顔で首を横に振った。

「気にしないで良いよ。……まあ、私は違うけど後ろのリュエルちゃんは凄く良い子だから、きっと君の予想通りだけど」

 びくっと体を震わせた後、そっと誤魔化す様に目を反らすリュエル。

 

 リュエルとしてみれば少女も依頼もこの場所もどうでも良くて、クリスきゅんとお出かけやったー程度にしか考えていなかった。


「……お詫びじゃないけどさ、私が一番好きな物を見せてあげる!」

 少女は笑顔でそう言った。

「この景色じゃなくて?」

「ちっちっち。違うのだよ! あ、でもあと一時間位はかかるかなー」

「……ふむふむ。つまりここで一時間待つ感じ?」

「うん。二人が良かったら。駄目?」

 子供らしさ全開の、あざとい仕草で少女は二人に尋ねて来た。

 さっきの態度を見ればそれが演技であるとわかるが、それでも騙されても良いやと思うのは、きっと少女がまだ子供だからだろう。


「クリス、どう思う……って、答えは聞くまでもないよね」

 リュエルの言葉にクリスは手を上げ答えた。

「うぃ! 好奇心がそこにあるのなら!」

「了解。リーダーがそう言うなら。だったら、時間のついでにここに野営用のテントを張るのはどう? ……ここだと傾斜的に良くないから……あの辺りに」

 比較的なだらかな辺りを指差してリュエルはそう言……。

「あの辺り平坦だもんね」

 少女がそう言葉にすると。

「なだらか」

 リュエルの口調は淡々とした物である。

 だけど、まるで脅していると感じる程に強い圧があった。

「……え?」

「訂正。なだらか。おーけー?」

「お、おーけー、なだらかな場所」

「よろしい。せっかくだからテントを建てて、何か食べながら見ましょう。……あんまり料理は得意じゃないから、簡単な物になるけど」

 リュエルは少し恥ずかしそうに呟いた。

「大丈夫! 私も全く出来ないから!」

 クリスは手を挙げ元気良く言った。

「自慢になってないから」

「うぃ、だから一緒に覚えようね」

「……うん。一緒に」

 こくりと頷き、リュエルとクリスは見つめ合う。

 少女はやっぱりパーティーだと仲が良いんだなーなんて事を思いながら、二人の会話が区切られるのを静かに待った。




 そうしてテントが張られ何か口にする物の用意を……と言う事なのだが、その準備の大半は少女がやった。

 王宮育ちのクリスと、人間兵器であったリュエル。

 彼らに足りないのは料理スキル以前に常識の話であって、彼らに火を使わせる事は危険であると少女が判断した位に酷かった。


「はい。お待たせ。と言ってもお夕飯まだだからこれだけだけどね」

 そう言って少女は二人にあつあつのココアとマシュマロの乗ったお皿を用意した。


 目が覚める程甘くもほろ苦いあつあつのココアにふわふわのマシュマロを溶かす。

 少し肌寒い気候の中でこれ以上の物はないんじゃないかという程の贅沢な時間であった。


「あまーい。もふもふー」

 もふもふけもののご機嫌な一言。

 リュエルもまた、非常にご機嫌な様子であった。

 もふもふクリスきゅんがマシュマロを堪能するその様子は、彼女の中の脳内ベストショット第三位にランクインする位に良い物であった。


「ありがとう……それしかない……」

 満足そうに、ココアを片手に飲みもせずじっとクリスを見つめるリュエルの様子は、少女から見ても少しだけ狂気に感じる様な物だった。


「あ、そ、そろそろだよ!」

 空気を変える意味も兼ね、少女は叫びそれを指差す。


 場所自体は、先程までと同じ。

 

 自然豊かな光景の中に調和する小さな海。

 だけど、今はあの頃と違う。


 黄昏が、少女の望む時間であった。


 穏やかな時間、終わりの時間。

 夕焼けが空を飲み、夜の来訪を予感させる。


「これは……」

 リュエルは思わず息を飲む。

 それは、少女の贔屓関係なく本当に美しい物であった。


 先程までは、泉の様な海は周囲の自然を映すだけで、いわば引き立て役であった。

 だが今はそうじゃない。


 乱反射から茜色に煌めく小さな海は、いわば影の太陽。

 まるで宝石の様に輝き、周囲を淡く優しく照らしている。

 空から降りた夕焼けの様に美しく、景色の主役と確信出来る程に存在感を放っていた。


 いや、難しい言い回しなんて必要ない。

 ここまで来れば陳腐な言葉こそが正解になる。


 その海は、世界で一番美しかった。


「この時間がね、一番海が綺麗に輝くの。私だけの内緒の時間。私だけの宝物……。だからね、私はこの場所が大好きなの!」

 そう言葉にする少女の笑顔は、景色にも決してひけを取らない満面のひまわりとなっていた。






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