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やりたかった事


 二か月という予定を超過し、封印処置が完了するまでに三か月もの期間を要した。

 クリストフを想定通りの弱体封印に堕とすまでにはそれほどの時間が必要だった。


 それだけクリストフが化物であったという事もそうだが、同時に時間さえあれば何とかなる程度でもあるという見方も出来た。

 完全無欠と言う訳ではなく、その能力にも穴があるかもと。


 そうして再びヒルデとヘルメスは集まって……。


「いやはや……やっぱ大将やべーや。これ何て言えば良いんですかね? スーパーユニークスキル? スペシャルパワー? 大将だったらレジェンダリータレントとか言いそうですけど……」

「カテゴライズで言えば、『起源(オリジン)』ですが」

「それ、納得出来ないなぁ……」

 ヘルメスは口をとがらせぼやく。


起源(オリジン)

 近年発見された能力であるそれを言葉に落とすなら『ユニークパッシブスキル』と呼ぶのが役割的に近いだろう。

 ヒルデ達はそこまで詳しくないからあまり詳しくは知らないが。


 ある一定レベルを超えた人なら誰でも持っている能力で、逆に言えばある一定……所謂英雄と呼ばれる程の存在でない限り持っている者は限りなく少ない。

 極稀に生まれながらに所有する者や突然目覚める者もいるが。


 個人個人で皆異なる能力を持ち、意図的に他者の能力を真似する事が出来ない。

 十人十色違う能力と成る為、人によっては切札となるだろう。

 ただし……はっきり言えば、オリジンの大多数は、そこまで強力な物ではない。

 少しだけ人より剣が得意とか、ほんのちょっと特定属性の魔法が得意とか。

 英雄と呼ばれる存在にちょっとした個性という色を付ける。

 その程度の能力が大多数である。


「俺の『早く動ける』だけのオリジンと同じカテゴリーってさ、ちょいと理不尽過ぎね?」

 ヘルメスの言葉に、ヒルデは無表情であった。

「我が主が規格外である事を否定はしませんが、貴方も割とそちらよりだと思いますよ? 世間で言う『チート』と呼ばれる側の」


『チートオリジン』

 それは強いオリジンに対し呼ばれる言葉だが、正直に言えばただの蔑称である。

 それしか出来ない、それしか取り柄がない。

 基本的にそんな使われ方や意味を為す。

 はっきり言ってしまえば、嫉妬とひがみにより生まれた侮蔑用語だった。


「……俺の、そんな強い? ただ足が速いだけで。それはちょっとヒルデちゃん嫌味が過ぎるんじゃない?」

 飄々とした態度のヘルメスを、ヒルデは冷たく見据える。

 ヒルデは文字通りこの大陸どこでも足で向えるそれを大した事のないという意味が、全ての兵法、兵站の意味を根本から覆すそれを大した事のないと言い切れるそのヘルメスの頭が信じられなくて、ぱかっと開いて中を見てみたかった。

「まあ、貴方がそういうのでしたらそう言う事で構いません。それで、どうするのですか?」

「……へ? どうって何が?」

「今ならば、我が主はそのチートも使えなくなっておりますよ。しっかり封印に成功し、意識もまだ目覚めておりませんが」

「あの……何が言いたいの?」

「前の続きです。……今ならきっと、容易く殺せるかもしれませんよ?」

 無表情のまま、ヒルデはどうぞと言わんばかりにそう告げる。

 ヘルメスは一瞬びくっと体を震わせた。


 敬愛すべき我が主、偉大なる黄金の魔王。

 彼から漏れ出す力はかつてのそれではなく、もはやただの雑魚。

 確かに今なら、全力を出せば殺せるかもしれない……いや、確実に殺せるという確信があった。

 だが……。


「それ、やる意味ある?」

 困った顔でヘルメスは呟いた。

「まあ、ないでしょうね」

「じゃあなんで言ったのよ」

「何となく、ですかね」

 ヘルメスはヒルデの嫌がらせに苦笑で返した。


 確かに、ヘルメスは裏切りを許可されている。

 もっと言えば、面白く裏切る事を魔王より期待されている。

 だからこの場で殺すのは、それはそれできっと面白い事となるだろう。


 問題なのは……殺した程度では意味がないという事である。


 正直に言えば、ヘルメスは本気を出せば大魔王を殺せるという確信があった。

 例え今の様に封印されおらずともだ。

 これは自惚れでもなければ妄言でもなく、純粋な事実である。

 では何故実現してないのかと言えば……それは『たった一度殺した位』では何の意味もないという事であって……。 


 つまるところ、殺した程度で素直に死んでくれるのなら黄金の魔王なんて呼ばれていない。

 むしろ殺した瞬間に全封印が解除され、全力状態かつ絶好調ご機嫌の大魔王が顕現される事が目に見えている。

 その姿を想像する事は、とても容易い。


 楽しそうに笑って、殺した事を褒めて、そしてこう言い放つのだ。

『さあ、次はどうやって私を殺してくれるのだ?』


 全くもって馬鹿馬鹿しい。

 殺せる準備程度であれと戦うなんてまっぴらごめんだ。

 あれはもう、そういった理不尽そのものなのだから。


「では、殺さないのでしたら目覚めさせて宜しいでしょうか?」

 ヘルメスは了承を示す様、ひらひらと手を振った。

 ヒルダはそれを見てから頷き、コンソールを操作して魔力供給をカット。

 培養液が排出され、ポッドが音を立てて開き……煙の中静かに魔王は目を覚ました。


 魔王は一歩足を踏み出しポッドから出て、そしてぺたんとその場で横になり……。

「めっちゃ体重いし痛いしだるい!」

 全身びちょびちょのまま、クリストフはそう叫んで、けほけほむせた。

「まあ、制限封印されまくった上に長期間眠り続けてましたからねぇ……そりゃそうなりますわ」

 苦笑するヘルメスを横に、ヒルデはクリストフにタオルをかけ体を拭く。

 クリストフはぶんぶんと首を振って水気を飛ばし、それがタオルを持つヒルデに直撃した。


「あ、ごめん」

「構いません」

 ずぶぬれになる事もヒルデは気にせず、タオルでクリストフをわっしゃわっしゃ。

 そしてある程度綺麗な状態になったら風の魔法を使いその毛並みをふわっとさせ、手櫛である程度整えたら満足そうな顔でクリストフから離れた。


「はい、そんで大将。こっからどうするかい?」

 適当に、そしてやけにめんどうにヘルメスは尋ねた。

「うぃ。どうするって?」

「これで晴れて追放までの準備は揃いましたとさ。という訳で、どこに追放されたい? というか、大将は外で何がしたいかい?」

「え? 木の棒と小銭持たせて追放されるんじゃないの!?」

 それは良くあるゲームの話だが、ヒルデはそれが理解出来ず首を傾げた。

 逆にヘルメスは即座にそれがクリストフの好きなゲームの話だと理解した。

「それをされるのは勇者じゃない?」

「確かに! 私は倒される方だ!」

「倒されるって、大将二百年前に勇者倒してしまったじゃないですか」

「そだったね。つまり……世界に平和は訪れない!」

 きりっとした顔でクリストフがそう叫んで……ヘルメスとクリストフはゲラゲラと笑い出した。


「……ヘルメス。話の続きを」

「へいへーい。ヒルデちゃんは真面目だねぇ。そんで大将。何かしたい事はないかい? せっかくの追放人生だ。楽しまないと損じゃないか」

「そうだねぇ……。そう言われても……私に許される事だと――」

「差し出がましい事ですが、口を挟めせて頂きます」

 割り込む様に、少し声を強めにヒルデはクリストフの言葉を途中で区切った。

「ん? 何?」

「我が主よ。今の貴方は何も特別ではありません。十二分というまで力を封印させて頂きましたので。ですので……我々に遠慮などせずとも構いません。どう今だけは、ひと時の夢現とし享楽をご堪能下さいませ」

 そう言って、ヒルデは深々と頭を下げた。

 そこには、計り知れない深い忠誠心が感じられる。

 だが……。

「……えっと……うん。ありがとう。だけど……」

「何でしょうか? 何か御心配事が?」

「ううん。言い回しが難しくて、ちょっと意味が分かり辛かったです」

 ヒルデが困惑した顔となった瞬間、我慢出来ずヘルメスはゲラゲラと大きな声で笑った。


「えっと……無礼な言い回しとなりますが宜しいでしょうか」

「うぃ。どうぞどうぞ」

「今の貴方様はとっても弱いので、お好きに生きて構わないんですよ? と言いたかったのです」

「なるほど! そんなに弱いの?」

「はい。想定通りでしたら、普通の兵士にも勝てない位かと」

「なるほど! だったらやりたい事あるよ!」

「それは?」

「強くなりたい!」

 きりっとした顔で、クリストフはそう言葉にする。


 ヒルデとヘルメスは予想外の返事にあっけにとられたというか、純粋にドン引いた。

 あれだけ力を得て持て余して、ようやく失ったというのにまた欲しいのかと……。




ありがとうございました。

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