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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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復帰初日から問題発生


 早朝、クリスは広い自室の隅の方で素振りを繰り返す。

 早朝トレーニングというよりも、ただの日課。

 習った事を繰り替えし上達する事が、とても楽しかった。


 ぶんっぶんっと、均一なリズムを重ねていく。

 限りなく同じテンポで、それでいて指先まで神経全てを集中して。

 全身の筋肉に一ミリたりとも誤差のないイメージを送り届ける様に。


 あくまでただの素振りでしかないが、それでもそこそこ形になってきた様にクリスは感じている。

 とても実戦で使える様な代物ではないが、それでも素振りにさえなっていなかった頃に比べたら大分マシだろう。

 プラスチックの玩具だけど、包帯でぐるぐる巻きにしなくても持てる位には筋力もついた。

 もう少し頑張れば短い木の棒位なら持てそうである。


 一歩ずつ、ちょっとずつ。

 鈍足としか言えない成長だが、それでも、クリスはその過程が楽しかった。

 ゲームのレベリング位でしか成長の経験がない彼にとってこの訓練の時間は、なにものにも代えがたい時間であった。


「我が主。そろそろ支度をしなければ遅れるかと」

 タオルを持ったヒルデに声をかけられ、クリスははっと我に返り時計を見る。

「……まだ時間は沢山あるんよ?」

「朝食、シャワー、お手入れの時間を考えますとトレーニングは切り上げた方が良いかと」

「……シャワーとかお手入れとかいるかな? どうせすぐ汚れるし……」

「身だしなみに気を付けない冒険者は……」

「うぃ。朝ごはん前に行きます……」

 流石のクリスもそれには反論出来なかった。


 汚らしい姿の冒険者なんて盗賊崩れの悪者でしかない。

 それはそれで悪くないけれど、今は勇者とパーティーを組んでいる。

 彼女の名誉の為にも、身だしなみはちゃんとしないと。

 そうクリスが考える事をヒルデは読んでの言葉だった。


 まあ、実際は多少クリスが汚れたところで誰も気にもしないが。

 マスコットがちょっと汚れた位で気にする人などいる訳がなかった。


「了解しました。……差し出がましい事かもしれませんが……」

「うん?」

「その首輪、不快であるのなら外しましょうか?」

 そう言って、青と白の二色の螺旋カラーで出来た金属製の首輪をヒルデは見据えた。

 金属製だけど冷たくなくて、むしろほのかに暖かくてついでにとても軽い。

 そんな不思議首輪。

 我が主を首輪付きとするなんて神であろうとも不遜であるぞとばかりにヒルデは不快そうであった。

「問題ないんよ。外そうと思えば外せるし」

 そう言ってクリスはぽんと首輪を外してみせた。

 そこもまた不思議な構造だった。

 どこが輪郭なのかわからないクリスの体の首にぴたっとフィットして動いても外れず、外そうと思えば持ち上げるだけで外せる。

 むしろその部分が一番の不思議部分であるとも言えた。


「……構わないと?」

「うぃ。今は魔王じゃないから良いと思うの。その位はね」

「……本当に差し出がましい事でした。ご容赦を」

「気持ちは嬉しいんよ」

「シャワーの用意は出来ておりますので、どうぞそのまま」

「ありがとう。……あ、一個聞いて良い?」

「何なりと」

 クリスは首輪を持ちながら尋ねた。

「これさ、汚れたらちゃんと洗濯しろって言われたけど、面倒だから体洗うついでにごしごしすれば良いかな?」

「金属製で丈夫で自動修復ですからね、どうとでも良いと思いますよ? 汚れが目立ったら私に預けて頂けたらなんとかしますし、何でしたらこれから共にお風呂場に向かい洗いましょうか? ついでに我が主も」

「ヒルデと一緒にお風呂入るとやたらと洗うの時間かけるから駄目なんよ。それは時間がある時に」

「……残念です。では、朝食の用意をして待っていますね」

「うぃ。ありがとね」

 そう言って、クリスはヒルデに手を振りシャワー室の方に向かっていった。


 最後のお別れかの様に丁寧なブラッシングをヒルデから受けた後に、当社比二割増しなもふもふ具合でクリスは学園に登校した。

 相変わらず迷子になってまた相変わらず偶然出会ったファンシーショップ店長に案内してもらって、そして相変わらず学園内でその奇抜な容姿で目立って。

 そして廊下にてDクラスの担任である老年の女性と出会う。

 担任は、その目の前に現れた彼の変化に苦悩を見せた。

「……まあ、アレだ。事情説明は無理ならしなくても良い。いや、嫌なら黙っていても良いんだぞ? 律儀に何があったのかとかいう必要はないからな? な?」

 もう誰が見てもわかる程『聞きたくないオーラ』を放っていた。


 廊下で突然であって、笑顔で近づいて来るナマモノ。

 そのナマモノの首輪は、見る者が見れば一目でわかる物が巻かれていた。


『アーティファクト』

 現人類が製造する事の叶わない遺物の事をそう呼称する。

 クリスの身に着ける首輪はどう見てもその『遺物(アーティファクト)』であり、しかも『聖遺物』と呼ばれる様な神気を帯びているなんて厄介過ぎる代物である。


 とは言え、実の事を言えば遺物も聖遺物も珍しくはあるが特別ではない。

 宝石よりも希少だが伝説の剣とか大いなる魔導書とかよりは格が下がる。


 なにせ遺物は便利な物や強い物ばかりではない。

 むしろその大半は役に立たない代物ばかりだからである。


 オークションに行けば目が飛び出る値段ではあるが、ほぼ毎日オークションに遺物は出品される。

 コレクターにとって価値があるのは確かだが、『当たり』のアーティファクトでない限り特別な力はなく、まあ気にする必要もない。


 だから問題なのは聖遺物そのものではなく、聖遺物を新入り冒険者が身に着けているという事の方であった。

 オークションで取引される様な代物を、何の冒険の知識も持たない素人が持っている。

 いや、素人ならばまだ良い。

 素人以下で人でない姿で舐められまくっているもふもふが、多額の金銭と引き換えられる代物を持ってしまっている。

 馬鹿が現れる要因が完全に揃ってしまっている。

 純度百パーセント混じりっけなしの厄介事であった。


 神気がぷんっぷんに満たされた首輪をニコニコ顔でつけているクリスは担任に爆弾と同意義。


 何も言わなくても良い。

 何の説明も要らない。

 代わりに巻き込むな。


 そんな拒絶オーラに、彼は気付きもしなかった。


「ううん。先生にはちゃんと話すんよ。特別休暇にしてもらったのに説明しないのは良くない」

 きりっとした顔で、真面目ちゃんな返事。

 外見はともかく、クリスはやる気のある真面目な生徒である。

 不真面目だらけのDクラスの中では非常に珍しい、当たりの生徒と言えるだろう。

 真面目で善良ならば、ほぼ確実に成功する。

 Dクラスに選ばれる一芸持ちというのはそういう能力を持つ者だけが選ばれているのだから。


 だから……担任に逃げ道はなかった。


「オーライオーライ。聞きましょうかね。……タバコ吸って良い?」

「別に良いけど私の前じゃ無理に演技する必要ないよ? それ偽物ってわかってるし」

 タバコを箱から取り出し咥えようとした瞬間に言われるクリスの一言に、担任は一瞬動きを止める。

 そして……静かに、タバコに見える薬草を仕舞い直した。


「いつから気づいてた?」

「最初から。香りが全然違うんよ」

「伊達にケダモノの姿はしてねぇか」

「というか、見たら誰でもわかると思うんよ。先生がとても良い先生だって事位は」

「……ああそうかい。こっちはあんたがどんどん厄介だと気付いて頭を抱えてるよ。こんな場所に足踏みせずさっさと上に行ってくれ」

「私まだ何も知らないぺーぺーですから」

「……訳がわからねぇ」

 担任は盛大に溜息を一つ吐いた。


 大した事はわからないが、担任は一つだけ気がついた。

 こいつのキラキラした金色の目は、ゾッとする程に深い。

 深淵そのものであり、こちらの内情まで全て見透かされている様な気分になってくる。

 他は何も知らんが、『互いに嘘吐き』である事だけは彼女は確信が持ててしまった。




 当然の事だが、あった事をそのまま話す事は出来ない。

 いやクリス的には全部話すのも構わないと思っているのだがヒルデがストップをかけた。

『神様に直接会って来てドラフト会議でエナリスに選ばれ首輪を付けられた』

 そんなの聞いた日には胃が確実にブレイクする。


 そんな訳でまるっきり嘘ではなく、尚且つ劣化クリスでも覚えられる程度の簡単なカバーストーリーが構築された。


 はるか昔に滅んだエナリス信仰大聖堂を管理する一族、クリスはその末端であり唯一の生き残り。

 その為薄いけれどその血を引き継いでいた。

 一族ずっと信仰を継承し神に捧げていたが故に、その血に神秘は宿ってしまう。

 そうして、クリスは知らず知らずの内に神秘の血を宿し信奉者としての地位を夢の中で会得してしまっていた。


 そういう話を、クリスは担任に説明した。


「と言う訳で私は偉い人の血が入っているからエナリスの『信奉者』でしたと言う事」

「お、おう。だったら……こう……大変じゃなかったか? 色々と」

 信奉者というのは信仰を示すものとしての階級は三番目であり、かなり高い地位であった。

 他の信奉者は大聖堂の司祭だったり宗教教団のナンバーツーだったりという地位に着いている。

 冒険者で言えば国の支援を受ける「黄金級」に相当する。


 その上で神秘の染まった血を持ち、大聖堂を引き継ぐ資格を持ち、神より聖遺物を授けられる身というのは、ちょっとばかし『単なる入学生』という身分には重すぎる。

 ここまであわされば『亡国の姫君』とどっこいどっこいな位の厄介な身分と言っても良いだろう。

『色々と大変だった』

 その言葉にクリスは大きく頷いた。

「うぃ。挨拶やら何やら割と面倒だった」

 これは嘘ではない。


 元々ハイドランドは内地である為海が少なく、それ故にエナリス信仰は非常に薄い。

 その為か、

 どこから聞いたのか外国含め既に二十を超えるエナリス信者やエナリス教会の関係者から一方的な挨拶とスカウトを受けた。

 魔王城に居たにも関わらずで、しかも僅か一日でこれだから、少しだけクリスも面倒に感じていた。


「と言う訳でこれそんな挨拶周りの彼らから贈り物で貰った干物です。おしゃけの魚にどうぞなんよ」

「おっ。良いのかい? かなりの上物じゃないか」

「皆同じ様なお土産持って来たから、消費しきれないんよ……。これからリュエルちゃんや先輩やら友達やらに配るつもりなんよ」

「購買の方に声をかけてやろうか? そこそこの値段で引き取ってもらえる様に」

「どうしても消費出来そうになかったらお願いするんよ。でも出来たら配ったり食べたりしたい。貰い物を売るのはちょっと……」

「そうだな。ま、事情は把握した。ただ、一つだけ聞きたい事がある」

「うぃ、何?」

「それ、盗まれたらどうなるんだ?」

 担任はその首輪を指差した。


 アーティファクトは確かに大した力のある物は少ない。

 だが、アーティファクトであるというだけで一定以上の価値は示されている。

 例えがらくたとして見積もっても、同質量の黄金よりは貴重となる。

 故に、教師として心配すべきは盗難の一点であった。

 特に、クリスはガラの悪いDクラスの中にいる。

 絶対にわかっていない馬鹿が出る。

 これはもう火を見るより明らかな結果だ。


 というかむしろ逆にわかっている奴は絶対に盗まない。

 神からの授かり物であり、遺物を盗むという事の意味を考え実行するのは、よほどの馬鹿か正気じゃない馬鹿の二択しかないだろう。


「たぶん、大丈夫。……だと思う」

「思うって……どういう事だよ」

「最終的に手元に戻ってくると思うんよ。だけど……その過程がどうなるか」

「もう少し詳しく話せ」

 クリスは頷き、自分の推測を説明する。


 海洋神エナリスは欲しがりの神である。

 一度欲しいと思うとそれを手にする為あらゆる策略を以て入手を試みる。

 強奪なんて安直な事はしない。

 奪うのではなく、合法的に手にする。

 奪うなんて仮定が混じれば宝物の価値が下がってしまうからだ。

 要するに、誰かの物を欲しがる神様が、奪われる事を許容するかという話で……。


「つまり、エナリス様って、窃盗が嫌いな神様なんよ。自分の物を盗まれたら、もしくは自分の贈り物を盗まれたら……こう……」

「相手の心配か……」

「うぃ。たぶんちょっとばかし重い天罰が……」

「まあそう言う事なら良い。盗んだ馬鹿の事まで考えるな。だけど、何かあったら早めに言えよ。私が担任の内はある程度何とかしてやるから」

「うぃ。真面目で良い先生が担任になってくれて嬉しいんよ」

「ああそうかい。あたしゃ不真面目だって思われたかったんだけどね」

「融通の利かない生徒でごめんなさい」

「ま、そう思うんならとっとと巣立っちまいな。たぶんあんたは早い方だろうし」

「出来るだけ長くもらと……なんたら期間を味わう為学園に寄生したい所存です」

「ああそうかい」

 担任は楽しそうに苦笑してみせた。


「み、見つけた! あんたよね! エナリス様の信奉者ってのは!」

 そんな叫び声が聞こえ、クリスと担任はその方向に顔を向ける。


 そして、担任はこれでもかと露骨に顔を顰めた。

 そこにいたのは年齢で言えば八歳程度の小さな女の子だった。

 しかも外見と内面が違うタイプではなく、同一タイプの種族。

 年齢制限がある為この学園の生徒である可能性はなくなって、そして今日は見学もなければ来賓客の予定もない。

 更に言えば、服装は極めて一般的な庶民のそれで、学園に来賓客として来るような身分には見えない。


 その女の子は、限りなく侵入者である可能性が濃厚であった。


ありがとうございました。

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