八番目の席
白い空の下、青海とも言える海原に囲まれた小さな箱庭。
そこから見える景色はあまりにも美し過ぎて、まさしく世界の果てのその先と言っても良いだろう。
あり得ざる光景、あり得ざる場所。
そこは人類が決して辿り着く事のない終着点であり、同時に人類が決して辿り着いてはならない禁則地。
即ち……神界。
『神層領域テオ』
名も忘れられし創造神の世界、全ての始まりの場であり、そして神々が世界を観測し未来に思いを馳せる場所。
まあそんな小難しい理屈とか深い内情とかない。
実の事を言えば、ここは神々にとっては会議場であり、単なるお茶会の場である。
そしてそのお茶会の場に、今日はいつもと違うメンツが一人というか一匹、まるで迷い込むかの様にその場にはもふもふした獣が――。
「待ち望んでいたぞ! 我が友よ!」
クリスを見て、最初に声をかけたのは彼だった。
外見だけで言えば、色白で薄着の少年となるだろう。
随分と顔は幼く、背も小柄。
ネックレスや指輪、ブレスレットと身に着けている装飾品は非常に多いのに、肝心の服装は衣一枚で半裸に近い。
上半身はほぼ露出していて下界で入れば通報されるか虐待が疑われる。
だけど、地上で彼を見かけても誰も声をかけられないだろう。
それは威圧というよりも、もはや覇気。
触れるだけで消し飛びそうと思う程に、彼が無意識に放つ気は力強い物であった。
とは言え、それも当然と言えば当然の事である。
なにせ彼は神々の位において序列一位。
天を示す名を与えられし神であるのだから。
『天空神ユピル』
それが、その少年の様な見た目をした神の名である。
「久しぶりー」
ぱたぱたと短い手を振りクリスは歓迎を示す。
だが……ユピルはその様子に随分と不満そうではあった。
「我の前に現われるには随分とまあ……みょうちくりんな姿であるな。誤魔化しも酷い。流石に友とは言え不敬であるぞ」
ユピルはつまらなそうに呟き、人差し指を空に向けた後、クリスに向け直す。
ただそれだけの動作の後にその指から直線状の雷が放たれ、静かに彼を貫いた。
雷なんて強大な物を操っているというのに音もなく、静かに。
雷が直撃した直後、クリスの姿は豹変した。
正しく言えば、元の姿に……。
神域に流るる神聖不可侵なる清浄さが、一瞬にして犯されきった。
大理石の様な白い足場も、透き通った青空も、見渡すばかりの海原さえも……全てが、黄金色に染まり切った。
彼を示す、黄金に。
「やれやれ、酷い事をする。あの状態とする為我が部下達がどれ程苦労したと思っているのか」
もふもふが居た場所にいる男はそう言葉にして、金色の髪をかき分けた。
それは黄金。
美しく、力強く、そして整った姿が故に、それが彼に最も適した言葉。
背丈は高く、手足は長く。
筋肉質だが太いという印象はなく、美の極致に近いが女性らしくもない。
それは男とか女とか関係なく、存在としての美の極致にあった。
「そんな事は知らぬ! やはり偉大なる我の友はその姿でなくてはな」
そう言ってユピルは偉そうにふんぞり返り笑うと、その姿にクリストフは苦笑してみせた。
「ですが、私の様な恥ずかしがりには少々目に毒な姿である事も確かですわ」
今度はユピルの隣にいる女性がそう口を開き、クリストフの傍に寄って来た。
クリストフの姿は全裸と言う訳ではなく、布で局部は隠れている。
それをいうなら元のもふもふの方が全裸である。
ただ、ユピル程ではないにしろ露出が多いという事に代わりはなく、そしてユピルと違いクリストフの姿は芸術的であると同時に煽情的でもあった。
「失礼。そして感謝を」
彼女から衣服を受け取り、それを彼は見に纏う。
彼女の気遣いからか、受け持った服装はいつも彼が身に纏っていた服装である軍服に近い意匠が凝らしている。
だが本来の色である黒の要素はほとんどなく、青と白なんて少々派手な服装。
それでも、彼の魅力はまるで損なわれていなかったが。
「まあ、想像したよりよく似合っていらっしゃいますわ」
己のパーソナルカラーに身を包むクリストフを満足そうに見ながら彼女、『海洋神エナリス』は微笑んで見せる。
エナリスの容姿はプリンセスというよりクイーンと呼ぶ方が近い。
天真爛漫で無邪気な少女ではなく、美と愛を糧に美しく育った成木。
白を基調としワンポイントに青の入った豪華絢爛なドレスはどことなくウェディングドレスの様……というかウェディング並に派手。
それでも、その派手さに麗しき容姿は決して劣っていなかった。
長い髪を軽く手で梳いて、優雅な微笑を浮かべる。
絵画の様に美しく、娼婦の様に煽情的で、それでいてまるで罠の様に蠱惑的。
まるで女性としてのあらゆる美を兼ね備えているかの様であった。
だからだろう。
美しいと同時に、彼女にはどこか裏がある様だった。
裏というか、もうここまで行くとそちらが地かもしれないが。
このタイミングで自分のパーソナルカラーの服装を渡す行為は裏というよりも、ただのマウント取りでしかない。
確かに神は傲慢だ。
だが彼女の傲慢さは天上に住まう神特有のそれとは、少しばかり異なっている。
「相変わらずエアリスは『欲しがり』よな」
そう言ってユピルは豪快に笑った。
そう、欲しがり。
自分が欲しい物は当然、自分はいらなくても誰かが欲しいと言った物は横から奪いたくなる。
エアリスという神はそういう悪癖とも言える我儘さをも側面に持っていた。
「あら? 至高の芸術を欲しがるのは美の女神として当然では?」
「何が美の女神だ。相変わらず適当ぬかしおる。とは言え、流石数少ない我に並ぶ神。その傲慢不遜さも不快ではない。良く似合っているぞ」
「悪口を似合っているなんて、相変わらずユピル様は女性の扱いがクソザコで御座いますね」
「ははははははは! 貴様を女などと思った事はないわ! まあ、元より女になど興味もないからその言葉も間違いではないだろうがな」
そう、大神同士で語り合う。
この場には後四柱いるというのに、彼らは影さえも霞んでみえていた。
同じ神であるというのに、かたや燃え盛る炎の様で、かたや消えそうな灯。
その位、存在としての格が違い過ぎた。
とは言えそれも仕方がない話でだろう。
世界を作り世界そのものでもある大神と、世界より生まれし小神では文字通り天と地ほどの隔たりがあるのは
地上をあまねく照らす太陽にして世界を覆う嵐である天を司る神。
地上に海というありとあらゆる恵みを与える慈愛であると同時に、時に世界さえも飲み込む洪水を起こす海を司る神。
そしてこの場にはいないが地中と冥界を司り、一切の容赦なく人々に逃れられぬ死をつきつける冥府の神。
この三柱こそが世界であると言っても決して過言ではなかった。
「さて、正しき姿にも成った事であるし、始めようか。神卓議会を!」
ユピルがそう宣言すると、これまで置かれていた、黄金色に犯されたお茶会の様な椅子とテーブルは消え去り真っ白い石材の円卓が用意される。
まるでそれが当然の様に、クリストフは一つだけ特別に豪華な、八つ目の席に着いた。
ありがとうございました。




