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「という訳でかくかくしかじかっと」
クリスの一言にヒルデに小さく頷いた。
二人だけの食事の時間。
ホテルのディナーも真っ青な豪華な食事は全てヒルデの手作り。
この数日まともな物を食べてない主の為を思って作った、贅の限りを尽くした嗜好品。
愛情というには少し重すぎる何かの込められた料理を、クリスはしっかりと楽しんでいた。
偉大なる我が主の言葉を聞き、ヒルデはしかと頷いてみせた。
そして……。
「何時か言いたいと言っておりましたものね。かくかくしかじか」
「うぃ。ちょっと満足」
「なるほど。では、伝わったという事にしましょうか?」
「ううん。時間はあるしちゃんと説明するんよ」
そう言ってから、クリスは今度はちゃんと事情の説明を始めた。
前と違って食事のマナーが随分と酷く、特に口周りはその毛の問題もあり汚れまくっている。
それでもヘルメスは何も言わない。
それが封印の影響であるのだから、何か言える訳がなかった。
能力低下による不器用化と忘却の頻度上昇。
前者は想定通りだが、後者は想定以上。
そのおかげで、異常なる知識の蓄積である大魔王時代の記憶も薄れ、クリスは彼自身の望み通り普通に近づいていた。
それが良い事なのか悪い事なのか、実行した四天王とヒルデにさえ判断は付かないが……。
事情はそう難しい事ではない。
『神の祝福が貰えなかった』
ただそれだけ。
だけどそのそれだけが結構な問題であり、そしてその原因は賢人とさえ呼ばれるヒルデでさえ把握出来なかった。
あの場に居た誰もがクリスが神に祝福されなかったとは思っていない。
筋肉神父も不良巫女も、大した事がないと軽い気持ちでいる。
ただ何かしらの事情があってのトラブルだとは思っているが。
だから、それが家庭の事情であると考え、こうして調査の為学園はクリスの一時帰宅を了承した。
そう、あり得ないのだ。
神に祝福されないという事は。
神は祝福される者を選ぶ。
それに間違いはない。
だが、神は人が思う程人を見ていない。
それもまた真実である。
わかりやすく言えば、己が子をただ道具として使い潰す外道の男でも、己の欲望の為に幾分もの男を破滅させる悪女であっても、神は信者として受け入れる。
例えどれほどの屑であったとしても、一柱位はその鬼畜に気に入った面を見出すのが神である。
だから、どの神にも祝福を受けないというのはあり得ない。
例え冥府神がクリスを気に入らずとも、別の神が信仰を冥府神より受け継ぎ代行する。
それさえないという事は、どの神にも受け入れられないという事は、クリスが外道の屑以下という事になる。
そして、クリスがそんな奴だとは誰一人信じていなかった。
逆説的に言えば、どの神にも信仰されないという事はその位重々しく考える内容であり、仮にそれが真実であるのだとすれば……それはもう退学どころの騒ぎではなくなる。
全ての神に見放された者。
それは、死刑になっていないとおかしいという程の悪党の証明である。
「なるほど。かくかくしかじかですね」
クリスのノリに合わせ、事情を聞いたヒルデはそう言葉にする。
クリスはこくりと頷いた。
「うぃ。かくかくしかじか。という事でヒルデ。どうしたら良いかな?」
「あいにく私にはどうも出来ませぬ。ですので……詳しく事情を語れる方にご相談しましょう」
「そんな人いるのん?」
「ええ。いますとも。我が主も良く知っていらっしゃる方です。まあ、その為には準備が必要ですが」
「あんまり長い時間空けられないよ?」
「ご安心を。トリミングのお時間を多く取り、何時もより念入りに行うだけですから」
そう、ヒルデは言葉にし微笑む。
その言葉通り、ヒルデはクリスをより丸く、よりもふもふに、美しく輝く金色のまりもの様にする事に二時間もの時間をかけた。
もふもふ成分何時もの二割増しにしてから、クリスはヒルデによりそこに送り届けられる。
転移にて移動した先の部屋は、随分と薄暗かった。
壁や柱の彫り物といった部屋の内装から調度品から、非常に格式高い部屋であるという事は推測出来る。
だがそれ以上に、その部屋は陰気臭かった。
ランプはどこかぼやってしていて、全体的に薄暗く埃っぽい。
そして部屋の主もまた、そんな部屋が似合う程暗い男であった。
部屋の主は病的としか言えない程不健康に肌白く、同時に病的なまでに細い眼鏡の男だった。
まるで生涯一度も寝た事がないかと言わんばかりの酷い隈まで揃っている。
だがそんな様子が見苦しくない位に男は美形で、逆にそういったマイナス面が個性にも見栄、オペラか何かでそういう役をやっているかの様であった。
とは言え、男は役者でもなければ俳優でもなく顔色の悪さはただの地。
役職にて一番近い所で言えば、事務員となるだろうか。
少しばかり偉いけれど、その分仕事量の多い。
彼は、やけに大きな机の前でただただ何かを書き続けていた。
かりかりとペンが走る男と、紙がこすれる音。
インク香る部屋の中で、それだけがこの部屋の生活音であった。
そんな部屋に、異物が一つ……。
彼はぴくりと眉を動かすが、ただそれだけ。
部屋の主は若干猫背的な姿勢のまま、一ミリたりとも書類から目を離していなかった。
「アポイントメントは受けていませんが?」
彼はそうとだけ呟いた。
そうして侵入者であるクリスは、特に悪びれもせず手を上げ挨拶した。
「事前に言えば通してくれたのん?」
「まさか。通す訳ないでしょう」
「うぃ。だから勝手に来たの」
「全く厄介な『違反者』だ。それで、要件は?」
「聞いてくれるの?」
「聞きたくないですが、どうせ言っても帰ってくれないでしょうから。聞くだけは聞いてみます。それに応えるかどうかは別の話ですが。こんな無駄な問答はいりません。一秒の時間さえ私はロス出来ないのですから」
仕事へのポリシーなのか、それともブラック業務故のやさぐれか。
随分とひねくれた様子で、彼はそうとだけ呟く。
そう、本来ならこの部屋にクリスは入る資格はない。
故に彼はクリスを違反者と呼ぶ。
本来のルールである『死が訪れた者のみがこの部屋に訪れられる』というルールを破り、この部屋に平然と居続けられるなんて神のルールさえ打ち破るこの化物に対して……。
そう……この部屋は彼を除いて死者以外入れない様になっている。
それに逆らう事は、何人にも出来ないはずだった……。
彼の名前はクトゥー。
この世界において、冥府神と呼ばれる存在、即ちクリスが契約を申し込もうとした神そのものであった。
「それで、えっと用事は……」
あたふたとしながら何か説明しようとして、クトゥーはクリスの様子がおかしい事に気付く。
クトゥーの知っているクリスというのはクリストフであった頃。
即ち、大魔王ジークフリートと呼ばれた化物の頃である。
それと比べたら今の様子は、あまりにも無能が過ぎる。
とは言え、些細な変化ではあるが。
体や中身が多少変化したところで一々クトゥーは気にしない。
どんな変化があろうとも、化物は化物でしかないのだから。
「今の貴方から話を聞くのは面倒そうですので、何も言わなくても良いです。こちらで調べますので」
男は一旦ペンを止め、白紙の紙を取り出す。
そして一つ呪文を念じ、クリスがここに来るまでの流れをその紙に記載していった。
それは過去視と呼ばれる権能であった。
ただし、一旦書類という形にしなければ発動しないが。
「なるほど。私の加護が受けられなかったから困っていると……」
「うぃ。どうしたら良いかな?」
「ふむ……そうですね……。まずの感想を言うなら、何を無駄な事をしているのですかという感じですかね」
「無駄?」
「ええ。何ですその体たらくは。能力しか取り柄のない貴方が能力失ったら何が残るというのですか?」
「耳が痛いんよ」
「まあ、良いでしょう。理不尽が無駄な事をしているとだけ認識し考えずにおきましょう。そしてその上で言わせていただきますが」
「ますが?」
「当たり前でしょう。私の加護を貴方が受けられないのは」
「そんなに嫌われていたのん?」
「嫌っているのは当然ですが、私は公私混同などしません。もっと根本的な問題です」
「根本的?」
「加護ですよ? 加護? 言葉の意味わかりますか? 私より強い貴方が私の加護をどうやって受けるというのですか」
その時クトゥーは初めて顔を上げ、クリスの方を見る。
クトゥーの顔は、これはもう見事な程嫌悪に染まった呆れ顔であった。
ありがとうございました。




