不良巫女と筋肉神父
それはそれは、クリスにとってとても想定外な場所でありました。
信仰を明らかにする場所と言えば『教会』。
だから生徒達は教会に向かっている。
その予想自体は正しかった。
ただ、その外観は想像通りではなかった。
むしろ想像の真逆。
教会と言えば威風高々と言わんばかり荘厳で、神聖なる空気で満ち、慈愛に溢れた神官達が住んでいるなんてイメージをクリスは持っている。
いや、そういう教会しかクリスは知らなかった。
冒険者学園は多くの設備を内包しているのだから、新入生用の教会の一つ位あるとは最初から思っていた。
思っていたけれど……。
クリスはぽかーんと、それを見て唖然とする。
まあ……こう……はっきり言えば、ボロかった。
飾り気のない木造建築は老朽化の影響が激しくて見てわかる程に歪みが生じ、ひび割れた窓ガラスと苔の生えた玄関は程よい堕落のアクセント。
朝っぱらにも関わらず何故かやたらと暗い室内にカラスの泣き声も合わさって、もはや完全にホラーゲームの導入のそれ。
廃屋出ない事が不思議な程に、その教会はボロい。
流石に一時寮よりはマシだが、それと比べる事が出来る位にボロかった。
「はっはっは。すまんな。くじ引きで負けた!」
担任は生徒達の不満が出る前に、そう開き直って胸を張った。
ブーイングと不満が響く。
気さくというよりもDクラスという不良生徒の悪い部分が出たと言えるだろう。
流れに乗って楽しそうだからとクリスもそれに参加する。
クリスも参加するからリュエルも一緒に参加する。
空気を読んでアルハンブラまで参加して、そして気づけばDクラスの総意となり、思ったよりも煩くて担任は眉間に青筋を立てた。
「シャラップ! うっせぇぞジャリ共! ここが特別ボロいのは認めてやるけど、他所のクラスんとこも大差ないわ! Aクラス以外はこんなんってのが毎年の恒例行事なんだよ。高齢だけにな」
耳をほじりながらの反省の色の見えない発言に更なるブーイングが担任に跳ぶ。
今度は担任は両耳を指で塞ぎ、完全に無視して中に入っていった。
新入生の信仰を授ける教会がボロいのにはちゃんと理由が存在する。
単純に、どの教団の派閥からも援助を受ける事が出来ないからである。
まず、新入生の大部分が冥府神信仰である以上、他の神の派閥は介入するメリットは薄い。
ここにお金を使う位ならば、学内にある自分の神専属の教会に投資する方がよほど信者の為となる。
冥府神派閥もまた、支援する事が出来ない理由があった。
もしも冥府神派閥が支援をしてしまえば教会は完全に冥府神派閥に塗りつぶしてしまい、極稀とか言え他所の神を信仰する機会を奪ってしまう恐れが生じてしまう。
あらゆる神にとって最もして欲しくない行為の一つ。
それは相性の良い者の信仰を妨げる事である。
時折現れるのだ。
やけに神と波長があって、神から大きな力を授かる者が。
そういう相性が良くて、ほっとくだけでも自然に信仰する者に無理やり別の信仰をさせる。
それは数少ない神が激怒する案件であった。
直接怒鳴り声をあげるならまだマシで、当たり前の様に天罰を叩き落とし無関係な者さえも巻き込む。
そういう事も想定して、自由意思を最大限主張出来る様無宗教に等しい教会が信仰決めの時は選出され、無宗教に近いが故に財政難でオンボロとなる。
新入生用の教会はそんな悪循環に陥っていた。
まあ……この教会がボロいのはそれだけが理由ではないが……。
少なくとも、他のクラスが今信仰を受けている教会は貧しいがオンボロではなかった。
「はーい。一列に並んで。さっさと済ますわよー」
中に入った瞬間現れたのは、若い女性。
そして彼女はまた随分とツッコミどころの多い様子だった。
まず、煙草。
外見年齢は十代半ばという新入生に混じっても明らかに若い側に居る様な様子なのに平然と煙草を吹かしている。
ただ、誘導しながらのその仕草はやたらと中年ぽいというか大物感というか、これでもかと堂に入っていた。
担任は恨めしそうにタバコを見ていた。
続いて、彼女の恰好。
彼女の服装は教会とかそういうイメージからはかけ離れている。
赤と白の二色での服装はどの教会の物とも異なる。
というか教会の服装とはまるで無関係。
一応『巫女装束』である事に違いはないのだがそれはこの国の者ではないというかどの国の服装なのか彼女本人さえも知らない。
若い少女が巫女服でタバコを吹かしながら、半目で雑に誘導する。
もうどこがおかしいのかさえわからない状況で、彼女に誰も突っ込めなかった。
クリスはうずうずとしながら、黙ったまま誘導に従う。
正直話を聞きたい。
何ならスカウトもしたい。
その面白具合はクリスが興味を持たない訳がなかった。
だが、リュエルとの約束でパーティーに女性を誘う場合は特定のパートナーが居る者限定としているので、クリスは泣く泣く諦めた。
後ろの方でガラの悪い生徒が彼女にセクハラまがいのちょっかいを出す声が聞こえる。
そしてその直後、思いっ切り反撃したらしく打撃音と衝撃、そして男の声にならない悲鳴が響いた。
「……うーん。彼氏とか居るのかな? 後で聞いてみようかな」
そのクリスの言葉に、リュエルははっと目を見開いた。
「あ、ああいうのが好みなの……?」
リュエルのそれは、震える様な声だった。
「面白そうだよね」
「そ、そうだね」
「だよね。彼氏が居たらパーティーにスカウトしたいけど、どうもそういう相手はいなさそう。残念」
自分の勘違いに気付き、いかにも知ってました感出しながら、リュエルはクールに「そうね」とだけ言って同意を示した。
神の像も何もない、ただ沢山の椅子だけがある教会の奥には、既に神父が待っていた。
いや、神父というか半裸というか不審者というか。
巫女少女とはまた別のベクトルで濃い人がそこに立っていた。
まず、筋肉。
腕の太さは丸太の様で、足に至ってはもう丸太を通り越して森を越え、山とかそんな感じ。
顔はやけにごつくイカつく筋肉でバッキバキなのに満面の全力スマイリー。
極めつけはブーメランパンツ一丁で全身筋肉つるつるてっかてか。
要するに、化物である。
どうしてこの教会がボロいのか、Dクラスの生徒達は良く理解出来た。
こんな場所常人なら誰も来たくない。
そして同時に、何故こんな教会に自分達が送り込まれたのかという謎も追加された。
「良くぞ来た未来ある筋肉達よ! これより神が君達の筋肉に祝福を授けてくれようぞ! おお! おお! ハレルヤ! ハレルヤ!」
天を仰ぎ空を見て……。
天井があるのに若干空が見えるというオンボロ教会の中で、筋肉は一人ボディビル大会かの様にポージングをきめ出した。
「はよせい」
担任のイラついた一言に筋肉達磨はポージングを止める。
不機嫌なのは吸えないタバコを目の前で吸われたからだなと生徒達は理解出来た。
「おおすまない。つい愛に溢れてしまった。それじゃあ、独りずつ前に来たまえ」
そう言って彼は黒い布を羽織り、申し訳程度の神父らしさを演出した。
内容そのものは地味だった。
『おお大いなる〇〇神よこの者に祝福を』
筋肉神父がそう御法を捧げ、それに神が答えぴかっと光ればはい終わり。
たったそれだけの儀式であった。
光の強さで色々変わるらしいが、今のところカメラのフラッシュ程の光も起きていなかった。
あまり面白くない。
だからさっさと終わって退散しようかと思っていると……。
「ね、ちょっと良いかしら」
クリスはそう後ろから声をかけられる。
その声に聞き覚えがあり、クリスは目を輝かせ振り向いた。
ついでにリュエルも慌てた様子で振り向いた。
そこに居たのは先程の不良巫女少女だった。
「なになに? 楽しい話?」
クリスの言葉に少女は苦笑した。
「ただの世間話よ。随分と風変りなのが居るから興味本位で声かけただけ」
そう言って、少女はクリスの頭をぽんぽんとボールの様に叩いてもふもふし、くすくすと笑った。
「なるほどなるほど。こっちからも質問あるんだけど良い?」
「何? 年齢は秘密だけど、コレが違法ではないとだけ言っとくわね」
タバコの箱を見せながら少女はそう言った。
「いやそれはどうでも良い。そうじゃなくて、彼氏とか旦那とかいる?」
「……ナンパ? その外見で?」
少女は目を細め、意外そうな顔を見せる。
クリスの外見はぬいぐるみそのもの。
故にそんな事はないと思っていたからちょっと驚くものの、すぐにクリスはそれを否定する。
「ううん。うちのパーティー既婚者か恋人持ちしか女性入れられないから。だからどっちか当てはまるならスカウトしようかなと」
「あ、そう。……あんたの提案?」
隣のリュエルに少女は尋ね、リュエルはこくりと頷き答えた。
「ふーん。あんたサークラでも喰らったの? あ、別に答えなくて良いわ。人様の古傷抉る趣味ないから。そして残念ながらぴっちぴちの独身恋人なしよ。募集する気もないけど」
そう言ってタバコを取り出し咥える姿はピッチピチどころか堂に入り過ぎてもはや中身がただのおっさんであった。
「そりゃ残念」
「そもそも私学生じゃないから学生パーティーにゃ入れないわよ。というかどうして私を学生と思ったの?」
「実力と経験から新入生かなって」
「……ふぅん。……嘘もない。つー事はあんた実力判断系の能力持ちか。答えなくても良いわ。脅したい訳でもないしそもそもそこまで興味もないし」
「そっちは真偽判定の能力持ちだね。あ、答えなくても良いよ。女の子はミステリアスな方が素敵だから」
少女は唖然としながら、つい火をのついたタバコを床に落としかけた。
「っとあぶなっ! ちょっと想像してない返しが来て驚いちゃった。……ふぅん。やるじゃん。ただもふもふしてるだけじゃないのね」
「いえ、今現在はただもふもふしてるだけです」
「ああそう。まあアレよ。私生徒じゃなくて学校に雇われている立場なの。もっと言えば養父のアレの付き添い」
そう言って、奥の筋肉男を少女は指差した。
「そか。残念」
「それで、どうして私をスカウトしたいと思ったの? もしかして本当にタイプだった?」
揶揄う様に、楽しそうに少女は尋ねる。
リュエルは内心むっとして若干威嚇してみたが、元々無表情の為誰にも気づかれなかった。
「ううん。面白そうだったから」
「そんだけ?」
「うぃ、そんだけ」
「そ、まあ悪くない答えね。そういう意味じゃあ私達気が合うかも。楽しいって事は大切な事だから」
「うぃ。まあどっちにしても条件に合致しなかったけど」
「残念でした。ま、あんたらの顔位は覚えといてあげる。次出会う事があったら何かサービスしてね」
「サービスするじゃなくてしてって辺りが逞しい」
「アレの面倒みてるもの。逞しくもなるわよ」
そう言って少女は苦笑いを浮かべた。
軽い談笑だけで終わらせたつもりだったが、気づけば祝福を受けていない生徒は二人だけとなっていた。
よほどオンボロ教会が嫌だったのか筋肉が嫌だったのか、不良の割には真面目にかつスムーズに儀式を遂行されていた。
「リュエルちゃん。行ってらっしゃい」
「うん。行ってくるね」
頷き、立ち上がり、筋肉の前に。
「信仰する神は決まってますかな?」
「冥府神で」
「承りました。おお! 冥府神クトゥーよ、この者に祝福を!」
叫び、天を仰いだ瞬間小さな光がぴかっと一つ。
ここまでは、他の人と何も変わらない。
だが、リュエルの場合はその直後に、花が降って来た。
小さな白い花が、一凛だけ。
「……何これ?」
リュエルは首を傾げ、その花を手に取った。
「失礼」
呟き、筋肉は手で触れぬ様じっとリュエルの手にある花を見つめた。
そして……。
「これは白の神ホワイトアイ様の物ですね。信仰外の神からの贈り物というのは随分と珍しい事が……」
「……何で?」
「さて、神の思惑など思慮する事さえ不敬でしょう。ただまあ、貴女に対し思う事があったのかと思いますよ。花を贈って下さった辺りで悪意ではないはずです。単純に喜んで、後は気にしないのが一番です。我々には神の考えなどわかりませんから」
「そう。……ありがとう」
ぺこりと頭を下げて、リュエルはクリスの元に戻った。
「見てた?」
「うん。おめでとう。良い感じのイベントだったね」
「そう? ところで、これいる?」
白い花をひらひらさせながらリュエルは尋ねた。
別に神からの授かり物を蔑ろにしている訳ではなく、特別な物を贈ったら少しは意識してくれるかと思ったからの提案だった。
「ううん。それはリュエルちゃんが大切にしておくべきだと思うよ。特に何か力がある訳じゃあないから、単純に気持ちの問題で」
「そう。……あまり趣味じゃないけど、そうする。押し花にして日持ちさせた方が良いかな」
「その辺りは私にはわからないかな。っと、私も行ってくるね」
「いってらっしゃい」
リュエルの言葉に微笑み頷き、クリスはとことこと短い足で進む。
「講壇の上に立っても構いませんよ?」
筋肉はそう言って、クリスを抱きかかえて持ち上げ講壇の上に乗せた
「ありがとう。でも失礼じゃない?」
「汚れについては、もう今更ですから」
確かに、とは思ったが失礼だからクリスはそっとお口にチャックした。
「それでは、信仰する神は決まっておりますか?」
「うぃ、冥府神で。冒険者ですから!」
「ふふ、そうですか。では、おお! 冥府神クトゥーよ! この者に祝福よ!」
高らかに叫び、空を仰ぎ。
こうして、契約の求めはなり神はその祝福を信者の元に……。
のはずなのに、クリスが光り輝く兆しは来ずただ時間だけが過ぎていく。
気付けば神父が仰々しいポーズで硬直したまま一分以上の時間が経って……巫女少女はゲラゲラと椅子を叩きながら盛大に笑い、担任は盛大に、眉を顰めながら溜息を吐いた。
ありがとうございました。




