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お掃除の為


「流石にさ、今ならふっつーに殺せそうじゃね?」

 ヘルメスの言葉にヒルダは冷たい目で返す。

 例え冗談であっても、その言葉には嫌悪感しか覚えなかった。

 とは言え、どうでも良い事だ。

 その言葉が本気でも冗談でも、彼女にとってはどうでも……。

 どうであれその答えは――。

「不可能ですよ」

 ヒルダがそう答えるのを聞いて、ヘルメスはつまんなさそうに口を尖らせた。


 培養液に満ちた大きなポッドの中に入る、敬愛すべき主クリストフ。

 確かに、今目の前の彼はその意識が完全に堕ちている状態だ。


 完全に機械の管理下にあって、肉体も黄金の肉体ではなくふわもふの方で、その上で契約書による支配強化。

 確かに今の状態は何も出来ないだろう。

 だけど、それは彼が悪意に触れていないからに過ぎない。


 ぬいぐるみの様な愛くるしい容姿。

 子供の様な純粋さ。

 そして、何も出来ないという無能っぷり。


 それに嘘はない。

 だけど、それでも彼が弱いという事とイコールにはならない。

 究極的な事を言うならば……彼はどの様な姿であって、そしてどんな状態であっても敵を殺す事が出来る。


 もしもヘルメスが今この場で先程の戯言を実行しようとしていたら……『本気で』クリストフを殺そうとしていれば、今頃ポッドの彼は目を覚ましヘルメスを八つ裂きにしていただろう。

 どれだけ強力な麻酔がかかろうと、どれだけ強制力の高い契約を結ぼうと、全ては無意味。

 クリストフという存在そのものが、勝利とイコールであるのだから。


 だからこそ……この様な封印処置を施しでもしない限り、クリストフを世に解き放つ事は叶わない。

 例え彼が『路上の蟻』に気を使う程慎重に生きてたとしても、その意思関係なく彼は世界を破壊する。

 背伸びをする程度の気軽な行動で街を壊し、気合一つ入れれば大国が滅び、そしてもし仮に癇癪一つでも起こそう物なら、大陸一つが地に沈む。

 大魔王ジークフリートという存在は、大怪獣の群れをきゅっと圧縮した様な物なのだから。

 少々誇張はあるが、その位彼は強すぎた。


 だからこそ、徹底的にその力を封じる必要がある。

 他の誰もでなく、クリストフ自身の為に。

 隔離された存在とは言え、彼の性根は善良である。

 だから……これまでずっと彼は破壊者ではなく大魔王であり続けられた。

 誰も知らない頃からずっと、世界を護りながら。


『封印処置』


 それはクリストフを無害なる存在にするその為だけに作られた儀式装置。

 魔王城から彼をそのまま放流する事により生じる大惨事を回避する為の専用特別装置である。


 本来の姿を封印するのはもう大前提。

 あの姿は良好な家族を破壊する程美しくあると同時に見るだけで人が死ぬ程の力を秘めている。

 昔の様な争いが当たり前の時代ならいざ知れず、今平和な世に解放して良い物ではない。


 そして、ただもう一つの姿を封印するだけにヒルデは留めるつもりはなかった。


「そんでヒールデちゃーん。どの位まで下げんのー?」

「徹底的にです」

「……へ?」

「ですから。徹底的にです。全ての項目を、設定できる限りの下限まで」

 そう言いながら、ヒルデは文字通りコンソールを操作して有限実行とばかりに最下限設定を入力し続けた。


 まず、『魔力』。

 魔族にとって生きる上で必要なエネルギーであり、戦闘力の要。


 彼の不可能なき膨大な魔力を物理的に吸い尽くし、故意的に枯渇させそこで固定する。

 その後に制限をかけ、魔法を扱う能力、詠唱する為の能力、魔力生成量、その他魔法を扱う力その全てを無能にまで落とし込む。

 当然、そういった処置とは別にこれまで使える呪文は全て封印指定する。

 わかりやすく言えば、全ての魔法を忘れてもらう。


 続いて『身体能力』。

 これは元々の獣状態の時点で大多数が弱体化している。

 それでも尚、容赦なく力だろうと筋力だろうと、何なら精神力さえも下げきる。

 当然覚えている技術も徹底的に。

 剣技、弓術、歩法、そういった技能まるごとすべてひっくるめて、封印。

 彼が覚えているのは世界を救ったという事実だけで、その内容は全て記憶からも記録からも抹消されるだろう。


 もちろん、『知略』に関わる者も忘れずに。

 知的遊戯でさえその道のプロにも負けない知略は外では使わせない。

 誰よりも、答えを知る世界の退屈さを誰よりも感じている彼の為に。

 むしろ指揮官になれば確実に部隊が全滅する程馬鹿に代える。 

 戦時以外の無能という言葉から戦時を外す程に。


 ここまでやったらもう十分であるのだが、念には念を入れて根本さえも封印を試みる。

 つまり……黄金の魔王を支える根本の力『戦いの才能』。

 それは分類上オリジンと呼ばれる魂に結び付く能力である為無効化するのは難しいのだが、今回の場合は問題ない。

 なにせクリストフ自身が封印に同意を示したのだから。

 あの同意書は契約の儀式を用いた物である為、逆らう事はクリストフでさえ難しい。

 契約の力は対象となる両者の総数となるからだ。

 つまり、精神肉体に加え、魂さえもが拘束状態に入ったという事。

 ここまでやっても尚、ヒルデはその手を止めずにまだ何か出来ないかと設定メニューとにらめっこしていた。


「……これ、流石にやりすぎじゃね? 逆の意味で世に出せない程になってない? 何? ペットにして飼う予定なの?」

「それを我が主がお望みでしたら、私は喜んで飼い主になりますけど」

「……おどれーた。ヒルデちゃんジョーク言えたんだね?」

「いえ、本気ですけど?」

「ひぇっ」

「にしてもヘルメス。貴方、普段あれだけたわけた事を発言するのに、実際行うと土壇場でひよるんですね」

「いやいやいやいや。それとこれは違うって。やり過ぎで無能オブ無能になっちゃうじゃん。流石に生きる為の最低限位……」

「私は……これでもまだ足りないと思っているのですが?」

「いや。もう全身無能に改造されちまってるじゃねーか。あと残ったのは毛並み位だぞ。魔法少女のマスコットに転職しろってか?」

「面白い冗談ですね。死にますか?」

 明らかな殺意を向けられ、ヘルメスは両手を上げて降参を示した。

「あんたの怒りの沸点が全くわからんのだが!?」

「……『0.001%』」

「はい」

「徹底的に、これだけ封印したと仮定し、その上で予測される我が主の漏れ出す才気です。どう思いますか?」

 黄金の魔王の、根本である戦いの才能。

 それのたったの『0.001%』。

 力もなく魔力もなく、そこいらの子供にさえ負けそうな相手にその力が加わったと仮定して……。

 それでも尚……ヘルメスは、全く勝てる気がしなかった。


「ああ、うん。そか。そりゃ……確かに足りないかもなぁ」

 彼らはその力を、絶望を、理不尽を知っている。

 故に、理解する。

 漏れ出す僅かな片鱗でさえ、己が辿り着く事のない頂であると。


「ご理解いただけましたか?」

「まね。確かに、これは足りないわ。ヒルデちゃんがどしてそこまでしてるかよーくわかったよ」

「ご理解、感謝します。そんな訳で更なる下降封印処置が必要ですので、このまま二か月の儀式遂行にて問題ありませんね?」

「あの……本来は三時間で終わる予定だったのですが……」

「何か問題が?」

「いえ、何でもありません……」

 ヒルデはにっこりと微笑んだ。

「ご理解いただけて何よりです。という訳ですので、絶対に起こさないで下さいよ? 起きたら全部台無しになるんですから」

 封印が進行しているのは、意識が完全にないから。

 もし意識が目覚めたらその瞬間、全ての封印がぱきーんと壊れ、元の木阿弥となってしまう。

 だから、クリストフはずっとポッドの中で眠り続けなければならなかった。


「起こさねーよ。俺がどれだけ材料集めに苦労したと思ってるんだ……」

 そう、この封印装置を作る為に彼らは文字通り年単位の時間を使った。

 三、四年程世界中を駆け回って、この装置の素材を集め続け続けた。

 そしてこれらの準備は四天王、ヒルダ皆で協力した物ではある事に違いはないがこと素材収集には、近場で取れない希少性の高い物、つまり金銭で解決出来ない問題は大体ヘルメスが用意した。


 東に魔封じの宝玉がある谷があれば一人で乗り込み谷底で探し。

 南にクリスタルドラゴンの巣があると聞くとその鱗をトン単位で交渉し。

 そうして文字通り世界中から希少な素材を集めた。

 現在この世界で最も高価な物はこの封印装置なんじゃないかと思う程に。

 本当の意味で。ヘルメスは足でそれらを稼いで来た。

 ヘルメスでなければ、世界中を走って駆けまわるなんて出来なかっただろう。


「では、二か月後ここで再び合流しましょう。これにて本日は解散です」

「あいよー。んじゃヒルダちゃんデートしよデート。この後暇でしょ?」

「冗談は顔だけにしてください」

 そう言って、ヒルダは振り向きもせず早足ですたすたと部屋を出て行った。

「ちぇー。振られちゃったー」

 ニコニコしながら手を振り、その背を静かに見送る。


 そしてヒルダが去っていってから……静かに椅子に座り、ポッドの中に浮かぶ主の姿を見る。

 ヘルメスのその目はさっきまでのおちゃらけた物と異なって、まるで憎んでいるかの様に冷ややかな物だった。




 どうして追放アンド封印(こんな事)をしなければならない状況になったのかと言えば、まあ極めて複雑な政治的理由が複合的に絡み合った結果である為、とても言葉では語り切れない。

 ただ、きっかけやら理由そのものやらは、割と単純でわかりやすい。


『大魔王ジークフリートを知る者が大分減ってしまったから』

 それが今発生しているハイドランド最悪の病の根本原因である。


 近年にてその名を馳せたのは最後の勇者を倒した時。

 人類と魔族との最後の戦いで、そして最後の戦争。

 つまりもう二百年も昔の事である。


 いや、その二百年前の戦争でさえ、人類と魔族との最終決戦なんて派手派手しい物ではなかった。

 ぶっちゃけて言えば一部の魔族嫌悪主義並びに人間至上主義の暴走、反乱の様な物に過ぎなかったからだ。

 二百年の時点で融和は進み、人類と魔族その境目は限りなく薄い物となっていた。


 そんななんちゃって人魔戦争の後に訪れた平和な時代が二百年。

 しかも、安定と平穏なる時代には優秀な副官と四天王がいて、魔王が直々に手を下す必要はほとんどなかった。

 最後に黄金の魔王が地上にその姿を見せたのはおおよそ五十年前。

 外国にて、邪教を信仰する狂信者達のテロによって生み出された十数メートル規模の肉塊の化物を処理した時。


 五十年。

 人間ならば一、二世代変わる様な長い年月である。

 純粋な魔族だって、兵士レベルならの実力なら人間とそう寿命は変わらない。

 だから、その時の事を知っている者は非常に少ない。

 そもそも、五十年前の騒動そのものが外国であった事な上即日解決なんてあっさり処理され過ぎた為、ぶっちゃけあまり知られていない。


 だからまあ……ほぼほぼ二百年、魔王の姿はほとんど見られていないという事になる。


 実際に魔王としての業務を行うのは、側近のヒルデであった。

 姿の見えない魔王。

 仕事をしない魔王。


 そうなればどの様な事になるのかと言えば……まあ当然そうなる。

 語られる強さがあまりにも常識離れしているから疑いに拍車がかかるのもしょうがない事であった。

 そうして気づけば、黄金の魔王という存在は嘘偽りのプロバガンダであるという噂が出て、そしてあり得ない速度で広まった。

 外ではなく、魔王城で広まるのだからもうよっぽどの事態である。


 大魔王ジークフリートの事が忘れられる事そのものは悪い事じゃあないのだが、プロパガンダ扱いされ舐められるというのは正直政治状況に宜しい事じゃあない。

 というか単純にムカつく。


 これまでは、四天王やヒルデといった実情を知る直接の臣下が噂やら噂を広める馬鹿やらをぷちぷちと潰していたのだが……最近ではもうそれじゃあきりがない状況にあった。

 具体的に言えば、四天王全員が結構昔からこの国を守る気が失せて来ている。

 働き方が惰性的となって、やりたい仕事か魔王に直接命じられた事だけをやって、後はもう適当。

 拗ねていると言っても良いかもしれない。


 四天王もヒルダも、別に国の為に働いている訳ではなく、黄金の魔王に対しての忠義の為、このハイドランドに住んでいるに過ぎなかった。


 そうは見えないヘルメス含め全員が、魔王に絶対なる忠義を捧げその為だけに生きている。

 だから最近の、黄金の魔王を舐め腐ったハイドランド王国には若干というか大分というめちゃくちゃ憎しみを覚えていた。


 こういう諸事情が組み合わさって、国内外問わずに馬鹿をやろうとする存在が増えて来たというのが、現状である。

 そんな訳で、彼らは決めた。

 一端膿を全て出し切って、状況をリセットしようと。


 つまるところ、家主のいない間に魔王城の中を徹底的にお掃除する。

 それが、今回の彼らが立てた計画の本筋であった。

 そして同時に、普段は引き籠る事しか出来ない主様に、この王国内で自由にバカンスでも過ごして貰う事。


 分かりやすく言うなら……『おうちが汚れたからお掃除しないといけないわね。その間ちょっとお外で遊んできてくれるかしら?』。

 こんな単純な内容ではなく相当の複雑な事象もあり、更に四天王とヒルダ、全員の思惑や意見は全く一致していない。

 彼らは共に魔王に忠義を持つ者であり、協力関係にある事に違いはない。

 だが彼らの腹の底が全く一緒とは言い切れず、むしろ皆が大小あれど腹の底に何かを隠している。


 それでも、概要を簡単に説明すればそれ以外に言葉はなかった。



ありがとうございました。

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