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もふもふ元大魔王の成り下がり冒険譚  作者: あらまき


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ブラス・グランド


 地上に出て、世界を偽神は悠々と見つめ、微笑む。

 この見渡す限りの広大な世界は、全て己のためのもの。

 そう思うと、自尊心が満ちていく。


 美しき広大な世界。

 雄々しくも優雅な植物。

 人間などという醜き例外を除いた、愛くるしい生物達。


 これが全て、己の手中。

 なんと素晴らしき供物であろうか。


 そのついでに、暇つぶしのレクリエーションとして『五匹の羽虫』にもほんの僅かにだけ感謝してやることにした。




 ハイドランドの最高戦力。

 それは『ある例外』を除けば、ハイドランド国王代行の『ヒルデ』となる。

 代行と言っても、他の国の王より下というわけではない。


 むしろ、ヒルデの強さの他の為政者や魔王とは色々な意味で異なる。


 ヒルデは元々、大国の王となれる程の才能・資質を持っていた。

 所謂生まれ持っての天才という奴だ。

 しかも多くを看取ってきたほどの長命種でありこの世界で生きて来た齢はこの世界にて五本指に入る。

 それでいて、短命種以上の密度で努力を重ねてきた。

 黄金の従者であることに誇りを持ち、常にたゆまぬ努力を続けてきたこと。

 それが、ヒルデの強さの理由であった。


 ヒルデの持つ能力の数は三つ。

 だが、それらはどれもオリジンのようなタレントスキルではない。

 時間停止のようなあり得ない力だというのに、それすらも才能や能力ではなく単なる技術。

 外付けの努力によって身に付けたものに過ぎなかった。


 ただ強いから強い。


 それがヒルデである。

 ハイドランドの最高戦力と呼ぶよりは、この世界の最高戦力と呼んでも良い。

 三大国の王、魔王十指、それらの頂点よりもヒルデは上に居る。

 だが、ヒルデがどれほど強いのか、その実力を正しく把握している者は『例外以外には』この世界にいない。


 基本裏方という理由もあるにはあるが、一番は誰もヒルデが負けたところを見たことがないからだ。

 それでは実力を測ることなど出来ようはずもない。


 かつて黄金の魔王と戦い敗れたと本人は語っていたが、それがいつのことで、そしてどのような戦いだったのかは本人たち以外には知り得ない。


 ただ、一つだけ言えることはある。

 ヒルデは、まごうことなき特級戦力であるということ。


 そのヒルデと比べても、今回の相手には圧倒的な格上であった。

 己が強者だからこそ、ヒルデは知っている。

 強いというものは努力や才能と類似するが、決してイコールではない。

 真の強者は、『ただ強いから強い』。


 そして相手はその最たる典型例。

 何も考えずただ暴れるだけで誰も止められないパワーを持ち、ありとあらゆる攻撃が通用しない耐久性能と回復力。

 そして無限に等しい魔力。


 その理不尽さはもはや神そのもの。


 だから、業腹であっても彼らを招集したのだ。

 ハイドランド四天王。

 彼らの実力はヒルデより一枚以上劣る。


 だが無用かと言われたらそんなことはない。

 総合力ではヒルデと比べて劣っていても、全員が一級の実力でありながらヒルデを超える一芸を持っているからだ。


 それに何より、彼らは志を共にする同士。

 ずっと昔から連携を想定し活動していた。


 彼らは、いつか必ず五人で肩を並べ戦う日々が来ると確信し、その準備を続けてきた。

 彼らにとってこの戦いは、その『いつか』という予定調和の一つであった。


 いつか、国家間の戦争よりも緊急度の高い厄災が起きた時……。

 その時、黄金の魔王の代わりに戦う為。

 黄金の魔王がおらずとも世界を維持出来ること。

 これはその証明。


 それは五人にとって命より重い忠義。

 だから、彼らとっては今こそが()()()であった。




 悠々と、世界を自分の物のように不遜な態度で偽神は近づいて来る。

 こちらを舐めているというのが、ありありと見て取れた。


「本当に……あれが我らが主の前身なんです?」

 そう口にしたのは『リシィ』。

 彼女の表情は『怪訝』という言葉がよく似合うものだった。


「可能性は高いかと」

 ヒルデはそう返した。

「確かに、魔力波長は紋域も含め同一体ですね。一卵性兄弟でもここまでは似ないです」

 本来見えるはずのない部分まで監査し、『ウィード』はそう告げた。


「だったらさ、あいつぶっ殺せば我らが主への反逆達成になるんじゃね? ぶっちゃけあれなら何とかなりそうだし」

 気軽な口調の『ヘルメス』に、『アリエス』は眉を顰めた。

「おいおい。何を温いことを言っているのだね君は」

「おやぁ? あれを倒せる自信がないのですかい?」

「いやアレはどうでも良い。そっちじゃなくて、過去を消した程度で黄金の魔王が消えるわけないということだ。その程度で消えているなら君が既に百以上は主を殺せている」

「ま、そりゃそうだわな。そんな都合良くねーか」

 そんな会話を、四天王とヒルデはしていく。


 黄金の魔王()の従者ヒルデ。

 四天王序列一位リシィ。

 四天王序列二位アリエス。

 四天王序列三位ウィード。

 四天王序列四位ヘルメス。


 並び立つ彼らに緊張の色は見えない。

 緊張するわけがない。

 彼らは皆、黄金の魔王の配下である。

 圧倒的強者程度に怯えを見せることなど許されるはずもなかった。


「ふむ、どうやら耳が良いらしいね」

 アリエスはどうでも良さそうにそんなことを口にした。

「どうしてですか?」

 ヒルデは尋ねた。

「表情」

 端的にそうとだけ答える。


 偽神の表情は、ドヤ顔の中にも強く不満が示されている。

 どうやらこちらの会話を聞いていたらしい。

「陰口のつもりはなかったんだけど……気にしちゃったみたいだねぇ」

 リシィは困った顔で微笑む。

 例え敵であろうとも、故意に誰かを傷つけることを嫌うリシィ。


 だって、そんなことをする人は可愛くないから。

 逆に言えば、その程度しか他者に関心がないとも言える。


「じゃ、俺ちょっと謝って来ますね」

 ヘルメスはそう言って、凄く良い笑顔で飛び出した。

 当然、誰も本気で謝罪するつもりなどないとわかっている。


 その顔は、謝るという殊勝な行動のそれとはかけ離れていた。




「ちっす神様。ちょっと聞かせて欲しいんだけどさ、神様お名前なんてーのー?」

 友達だってそんなフランクに話さんぞという態度のヘルメスに、神様は不機嫌オーラ全開に見せる。

 正直目障りでさっさと排除してしまいたい。

 今までの羽虫の五倍くらいはウザい。


 それでも、言葉の中に気になるものがあった。


「名前、だと。それは必要なのか? 我は神であるぞ?」

 比較すべき対象などいないオンリーワン、完全なる唯一無二。

 であるならば、名前など不要だろう。

 そう、彼は思っていた。


「でもさ、既存の神様みんな名前あるじゃん?」

「……確かにそうだな。我の知識にもある。ユピル、エナリス、クトゥー。矮小な奴らにも名はあるな。ふむ……」

 偽神は少し考え込む。

 その間も、まるでゴマをするような感じでヘルメスはその時間を待つ。

 そして……。


「うむ、決めた。我が元となった男、そいつの使われなくなった名を変え、我が名を『ブラス』とする。我は『真なる神:ブラス・グランド』だ!」

 高らかに宣言すると、ヘルメスは目を丸くしわざとらしく驚いた。

「ほほー。ブラス様と、なんともらしい名前ですな」

「うむ、まあ、悪くはない名であろう」

「いえいえ、ぴったりな名前ですとも」

「ふっ。そうか?」

「はい。黄金(ゴールド)の紛い物である貴方様が真鍮(ブラス)を名乗るなんて……ぶふっ!」

「……は?」

「いえいえお構いなく。ちょっと我慢できず噴き出しただけですので。なあなあ皆。こういうのってなんて言うんだっけ? 何かあっただろ? ブラス様を表す良い言葉。井戸とかカエルとかのさー」

 その言葉を聞いて、アリエスが呟いた。

「もしかして、『井の中の蛙大海を知らず』かい?」

 ヘルメスはぱちんと指を弾いた。

「そうそうそれそれ! いやー、ぴったりだろ? 続きも含めてさ。『されど空の深さを知る』ってさ。知った気になって自分のものと思っているあたりカエル以下だけどな」

 ゲラゲラと笑いながら、ヘルメスは両手をパンパンと叩く。


 知識はあれど生まれて時間が経過していないブラスには、ヘルメスの行動理由がわからなかった。

 だけど、流石にここまで来ればわからないわけがない。

 ようやく、ブラスはヘルメスが馬鹿にしているだけだと気付いた。


 今までも、怒りそのものは覚えていた。

 自分は最高の存在だからこそ、思い通りにならないことがそのまま怒りに繋がっていたからだ。


 だが、今まで感じていた怒りなんてのは紛い物で、ただの苛立ちに過ぎなかった。

 視界が真っ赤に染まり、身体が震える。

 これが本当の怒りであると、ブラスは学習する。

 記録では知っていたが、体験したのは初めてのことだった。


「矮小なゴミの分際で、よくぞ吼えたものだ。褒めてやろう」

「あんたみたいなメッキ崩れに褒められてもねぇ」

「ふっ。もはや本性を隠そうともしないか」

「え? 隠した? 何言ってんだ? あんたみたいな滑稽な存在に取り繕ってもねぇ……」

「楽には殺してやらんぞ」

「能書きはいいからやってみろよ。ほれほれ」

 人差し指をくいっくいっと動かし、挑発するヘルメス。


 それを見て、ブラスは無表情で手の平を差し向け、光を放つ。

 収縮された光の光線がヘルメスを無慈悲に襲う。


 その光の本質は無限熱量。

 燃やすなんて甘いものじゃあない。

 あらゆる物を昇華する。

 だが……ヘルメスは、眉を顰め「はぁ? 頭大丈夫か?」と言いながら怪訝な表情で挑発を続行していた。


 光の光線は、ヘルメスのすぐ隣を通過し消えていた。


 即座に次弾を放ち、それに止まらず連射するブラス。

 それでも、一度たりともヘルメスに光は当たらない。


 残像さえも映さぬほど素早く、更におちょくるような動作を混ぜながら、ヘルメスは光を軽々と回避する。

 ただ、あまりにも動きが少ないため避けたように見えず、まるで光の方が外れたようになっていた。


「ノーコン過ぎんよ。ジュニアリーグのへぼピッチャーだってもう少し当てられるぜ? あ、そうか、ゼロ歳児だったね。ごめんばぶー。赤ちゃんに無理言ったばぶー。べろべろばー」

 ブラスの表情は真顔そのもの。

 だけど、その怒りは先よりも深い。


 それは、怒りを通り越した顔。

 激怒より更に上になると、表情がすっと、消えていた。

 淡々とした無表情。

 だけど、漆黒の殺意が混じったような凄みがその顔からは感じられた。


「認めよう。貴様の回避能力は大したものだ。だから、次は『必中の概念』を付与し放つ。残された時間を悔い、苦しみ抜け」

 先よりも巨大な光の奔流が巻き起こり、光の柱が放たれる。

 光は更にねじ曲がり、ヘルメスにホーミングする。

 そして光は爆散し、ブラスは高笑いを見せた。


「ふははははははは! ただ足が速いだけで神に立ち向かうとは愚かな! 羽虫の分際で粋がるなど、笑止千万、愚か愚か愚か! はははははは!」

 すっきりした表情で高笑いを見せるブラス。


 だから、ヘルメスの仲間達が全く動いていない理由に、彼は気付いていなかった。


「楽しいことがあったのかい? そりゃよかったねぇ」

 煙の向こうで、聞きたくもない声をブラスは耳にする。

「……は?」

「良いことを教えてあげよう。概念の付与ってのは確かに強力だ。それを驚く程気軽に付与できるあんたは確かに世界一かもしれんな。だけどさ、それは無敵の力じゃないんだわ」

 そう言って、煙の向こうからヘルメスが姿を見せる。


「な、何故。どうやって……」

「別に大したことはしちゃいねーよ。概念に対抗する手段はそれなりにあるからな。今回の場合は、一番簡単な奴だ。あんたの元になった奴に、概念についての知識はないのかい?」

「オリジンによる……いや、最も簡単な()()に対抗する手段は、()()……」

「そゆこと。この程度俺達レベルどころかもっと下の奴らだって当たり前のようにやってるぜ? だから言ったろ。井の中の蛙だってさ」

 そう言って、ヘルメスは笑う。


 今度は、ブラスは笑わない。

 神たる自分が、ただの雑魚に翻弄されたという事実。

 それが衝撃となり、自分の持つ絶対の自信を揺らがしていた。


 ヘルメスはさっと皆の元に戻り、一言呟いた。


「ありゃ俺には無理だ。ヘルプヘルプ」

 やりたいことをやりきってから、ヘルメスは答えを示す。


 相手の知性が低く、行動が単調過ぎる上にこちらに一々付き合ってくれるから、おちょくることは容易い。

 だが、逆に言えば出来ることはおちょくることだけ。

 実力が違い過ぎて戦いにさえならなかった。


 幾つか欠点は見えた。

 素体となった男の情報が知識ではなく記憶として保管されているためうまく引き出せていないこと。

 感情面が不安定であること。

 同時にわかりやすく素直な性格であること。


 だがそれは生まれてすぐであり無知であるがゆえの欠点。

 だから、時間はあちらの味方であると言えた。

 ゼロ歳児であるあいつの成長速度は、早いと思って間違いない。


「情報収集お疲れさま」

 リシィの言葉にヘルメスは苦笑いを見せる。

「おちょくりたかっただけさ」

 その言葉が照れ隠しなのか本音なのか、誰にもわからなかった。


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