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学園の秘密の授業(前編)


 冒険者だと学園が納得出来る程度の功績を残すこと。

 借金なく、一年分の授業料を事前に先払いし尚生活に余裕があること。

 個人ではなくチーム単位としての活動記録があり、その全員が同席していること。

 そしてその上で、『基礎体力』『冒険者スキル認定』『文明史』の三つの前提授業を全て()()()()()で取得すること。


 それが、これからクリス達が受ける授業の条件であった。


 ちなみに『基礎体力』の授業は単純な体力テストで、ある程度真面目な冒険者だったら誰でも熟せる程度のレベルの走り込みだった。


 冒険者スキル認定はスキルシステムに対しての一定の理解度と、一定数の技能スキル認定。


 そして文明史が先程の授業で、最後まで受けることが最終的な条件となっていた。


 だから、クリス達はこれで全ての条件をクリアし、その秘匿情報を学べる授業に参加出来るのだが……。


「ぶっちゃけるけどね、ユーリ以外はそんな意味ないと思うんよ」

 とことこ歩きながら、クリスはそう呟いた。

「……わかってたことではあるが、やっぱり何があるか知ってんだな」

「うぃ」

「何を知ってるのか聞いても」

「大体全部」

「だったら、わざわざこんな手間をかけずとも教えてくれたら良かったのに」

 ユーリは恨めしそうにぼやいた。


 町長業に加え、DDなどのトラブル。

 忙しいことは明確な事実である。


 その合間に四人勢ぞろいでこうして長時間学業に拘束されていることを考えたら、ユーリの恨み事も決して間違いではない。

 だが、クリスとしても話す訳にはいかなかった。

 特別扱いをするのもされるのも嫌いという理由もあるにはある。


 だが一番の理由は単純で、そうでなければ意味がないからだった。


「過程も重要なんよ。これまでの過程も、これからの過程も」

「割と無駄にしか思えないんだけど?」

「ユーリらしくない言葉なんよ」

「僕らしくって何だよ」

「情報の大切さを誰よりも知ってること。回り道は無駄じゃないんよ?」

「……ああ、そうだな。それしか僕にはなかったな。……クリスが意味もなく黙ってるわけがないってことは仲間の僕が一番知ってる。無意味に責めて悪かった」

「気にしてないんよ」

 そう言ってクリスはぱたぱたと手を動かすと、今度はユーリを押しのけ隣にナーシャが。

「もふもふちゃんもふもふちゃん。知ってるなら話せることを話して頂戴。重要なことじゃなくても良いのよ。どうしてこんな形なのかとか、どういうことをこれから教えて貰えるのかとか」

「どして?」

「気になるから!」

 ナーシャははっきり断言する。

 ナーシャのこの行動に合理的な意味はない。

 純粋に、単なる野次馬根性であった。


「ナーシャらし過ぎるんよ。えっとね、ぶっちゃけて言えばこれ裏ハ〇ター試験みたいなもん」

 クリスの言葉にナーシャも、ユーリも、ついでにリュエルもきょとんとした顔を見せる。

 クリスとしては完璧なアンサーのつもりだったのだが、当然その漫画を知らない彼らには伝わらない。


 リュエルに至ってはクリスと一緒にいる時その漫画を読んでいるけれど、それでもまるで意図が通じていなかった。


「……ま、後は行けばわかるよ、たぶん」

 沈黙の空気を切り替えるため、リュエルはそう口にする。

 その数分後に、彼らは次の教室に辿り着いた。


 秘匿情報を伝える授業――その内容は『簡単に強くなるための三つの方法』。

 強くなる方法を広める学園が、教える対象を絞り、尚知っている人にもある程度の口止めをしている、本当の意味での秘匿情報を扱う授業だった。




 教室の中に入った瞬間、部屋が真っ暗になった。


 ぼうっと、蝋燭の灯る音と共に周囲に明かりが生まれ、今この場が顕わになる。

 教室の中などではなく、狭い個室の中に変わっていった。


「ここ、どこだ?」

 ユーリは外を見ながら呟いた。

「あらぁ。絶景ねぇ」

 楽しそうに、ナーシャは呟く。

 窓から見える景色は、全ての建物が遥か低くに見えていた。

 塔のような建造物の、それも頂点に近い場所からの景色と思われる。


 ただ、学園周辺の景色ではない。

 それどころか、足元に見える建物は彼らにとって全く見覚えのないものだった。


 赤いレンガの屋根と風車が見える牧歌的な街並み。

 この発展した農村地帯は、ハイドランド首都のそれとは趣が異なる。


「ここは私の研究所よ」

 背後から声が聞こえ、四人は後ろを向く。

 そこには、あまりにもらしすぎる『魔女』の女性がいた。


 水晶玉を前にした、とんがり帽子で黒ずくめ。

 もう魔女以外の何ものにも見えないほど、彼女は魔女っぽかった。


 クリスは臨時職員である彼女を知っているけれど、知らないフリをする。

 そして彼女も空気を読み、クリスをただの冒険者として扱うことにした。


「どうしてここに、とか、なぜ、とか、そういう質問は一切受け付けないわ。重要なのは、あなた達の講師は私であるということ。それだけ。問題ないわよね?」

 有無を言わさぬ態度で彼女はそう告げてきた。

「ええ、問題ないわ。その代わり名前を聞いても? せめてどう呼べばいいかだけでも教えて下されば嬉しいわ」

 ナーシャの言葉に彼女は少し考え込んだ。

「……そうね。ならここでは『グレー』と呼んで頂戴」

 ナーシャは黒ずくめな女性の姿を、上から下まで一瞥する。

灰色(グレー)? 黒色(ブラック)じゃなくて?」

「質問は受け付けないわ。時間がもったいないからね。さっそく講義を始めたいのだけど、良いかしら?」

 あいかわらず、グレーと名乗った彼女は押し付けるような物言いを重ねる。

 反論がないと気付いてから、グレーは彼らに席に着くよう促した。




 不思議なことに、クリスの椅子は彼のサイズに合っており、椅子に隠れるというようなことにならず、全員席に着いたままテーブル越しに見つめ合えるようになっていた。

 グレーは一つ、咳払いをする。

 その瞬間、全員の前に赤い液体の入ったカップとクッキーが配られた。


 香りから紅茶であるとすぐにわかるが、その色は鮮やかなほどに赤であった。

 ご丁寧に中央には角砂糖の入ったポットとミルクピッチャーも用意されていた。


「好きなタイミングで飲食をして良いわ。さて、おめでとう。あなた達は容易く強者となる資格を手に入れた。……まあ、容易くと言っても誰でもすぐというものじゃないけどね。相応の準備は必要よ。それでも……強くなる手段を渇望しているあなた達にとっては魅惑的すぎる提案になるでしょうけどね」

 そうグレーは告げ、紅茶のカップを傾ける。

 その後に、再度皆の顔を見渡すと、少し空気に違和感を覚えた。


「……あら? もしかしてそこまで強くなりたくない感じ?」

「ううん。そんなことないんよ。ただ……」

 クリスは困った口調で呟いた。

「ある程度相談にも乗るために、講義はチーム単位で受けられるようになってるわ。だから何かあるなら教えてくださ……聞かせて頂戴」

「うぃ。皆、ある程度自分達の状況、主に実力についてを先生に話しても良い?」


 冒険者の戦闘力や技能というものは商売道具であり、見せ札。

 素直に全部教えるなんてこと本来はすべきでない。

 だが、それがこの場で行えるという選択肢を生徒側に残すため、この秘匿授業はチーム一組に教師一人と贅沢な使用となっていた。

 逆に言えば、チーム内で実力を語り合える程度には懐を開いていることに加え、目の前の相手が圧倒的格上で隠す意味もないということに気付けないようでは、この授業にたどり着くべきではないということになる。


 皆が頷いたのを見て、クリスは簡潔に事情を説明する。

「ナーシャはそれに頼る必要ないくらい、まだまだ自分の実力出し切れてない。伸びしろだらけなんよ。特に魔法関連。ぶっちゃけ魔法の勉強するだけで強くなれるくらいにスッカスカなんよ」

「ふふ、私の才能が怖いわ。ついでに不真面目さも」

 なぜかナーシャは誇らしげだった。


「リュエちゃんは、たぶんこの授業そのものが要らないタイプ。まだまだ潜在はあるし、最近急激に伸びてる。付け足すなら、自力でたどり着けるタイプでもあるかな」

「ジー君が言うならそうなんだと思う。私の一番の師匠はジー君だから」

「弟子より弱い師匠で恥ずかしい限りなんよ。んで私もぶっちゃけ不要。だけど……」

 そう言って、クリスはユーリの方に目を向ける。


 席に着いてから、ユーリは一言も口を開いていない。

 だが、その目は誰よりも雄弁に語っていた。

 自分がどれほど、力に飢えているかを。


「……辿り着くべき人が辿り着いた。ということね」

 グレーの言葉にクリスは頷く。

 この場は彼のためのものであり、三人はただの付き添いに過ぎなかった。

「資料によると、ユーリィ・クーラ、だったかしらね。そういう事情なら、ここの主役はそんな目をする貴方よ。私の言葉は一文字たりとも聞き逃さないで頂戴」

「もちろん、最初からそのつもりです」

 淡々とした口調だが、妙に圧がある。

 普段のユーリからは想像もできないほどぎらついた、まるで狼のような目をしていた。


 自分のことだから、ユーリは誰よりも理解できていた。

 真っ当な道だけでは、自分がこれ以上強くなることはない。

 伸びしろはずっと昔に底を尽き、どれほど努力しようとも後はもう仲間達と差を広げることしかできない。


 そんな自分にもチャンスがある。

 彼女においていかれるだけなんて悲しい現実を受けなくても済む。

 それを聞いて、ユーリが渇望に至らないわけがなかった。


「まず話の前に『信仰システム』について。この中に無神論者はいないわよね? 信仰ってのは深くなるほどに、そして神から認知されるほどに影響を与える。そしてその影響の余波は身体にも影響を与える。はっきり言えば、神と繋がるほどに強くなるの。……ぶっちゃけ微々たる影響だけどね。そうでないと、宗教関係者が世界を牛耳ることになってしまうわ。と、ここまでは知ってるわよね? 知らないなら覚えておきなさい」

 その言葉の後、グレーはちょっと申し訳なさそうに、クリスの方に目を向けた。

「あと、これは単なる私の好奇心なんだけど、クリス。あなたはどれほど宗教によるバフの影響を受けていると実感できる?」

「うぃ?」

 クリスはきょとんと首を傾げた。

「神に近いほど信者はその影響を受け、肉体や技能、神に関する事柄に影響を受ける。であるなら、エナリスの信奉者でありお気に入りのあなたはどれほど変わったのか、単純に学者視点で好奇心が刺激されるの」

「残念だけど、私はちょっと例外的な立場だからほとんどバフの影響はないの。その代わり祈れば即座に強力なアーティファクトを貸してもらえたり、激難高難易度試練を与えてもらえたりしてる感じなの」

「……アーティファクトのレンタルはともかく、試練も恩恵に入れて良いの?」

「冒険者として、神様の依頼を受けるなんて最高の恩恵でしかないの」

「……凡人の私には理解できない境地ね。脱線して悪かったわ」

 グレーはクリスから再び全体に視線を戻した。


「簡単に強くなる方法一つ目。それは『信仰の引き上げ』よ。これは端的に説明できるし難しい部分もない。信仰してさえいれば誰だってできるわ。実際貴族のボンボンはこれで下駄履かせてる奴も……おっと失礼。それで内容だけど、『金を払う』。ただこれだけよ」

 他に説明しようもない。


 強くなる方法三つのうちの一つ目、信仰の利用。

 信仰が深くなるほどに、神に近づくほどに自分の能力が『若干』底上げされる。

 この若干というのは信仰に比例し高まり、そして青天井。

 微量であることは事実だが、同時に塵積でもあった。


 本来、宗教者でもない限り深い信仰なんてものは得られない。

 だが、一つだけ容易い手段が残されていた。

 それが《奉納》。

 本来なら神の好物を捧げるのだが、例外として金銭での奉納も許されている。

 つまり、わざわざ神が望む物を用意したり神にお伺いを立てたりせず、ただ金を差し出すだけで良い。


 効果は本当に微量だが、それでも積み重ねたら案外馬鹿にできない。

 特に、冥府神ならダンジョン、海洋神なら海上と神の恩恵を受ける場所での影響は相応に大きい。

 海洋神の場合は漁師などでも大成することができるだろう。


「というわけで、《奉納》は一つ目は誰でもすぐできて効果的な手段よ。壁がもう少しで越えられそうとか、伸び悩んでどうすれば良いかわからない時はとりあえずで試せば良いわ。ま、金が余っていたらという前提にはなるけどね」

 そう言って、話を打ち切った。


ありがとうございました。

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