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過去の未来、未来の過去


 元々、彼らの願いは純粋かつ崇高なものだった。

 自分の欲を満たそうという気持ちは一切なく、幸福と平和だけを願っていた。


『より良き世界のために』

 本当に、ただそれだけだった。


 初代の代表だけは少々違って何やら明確なビジョン……『こうしたい』という何か意思を持っていたらしいが、二代目である彼は、更に純粋な世界平和を願った。

 だけど、願うだけでは意味がなかった。

 想うだけでは世界は変わらず、そもそも彼では組織を維持することさえも困難だった。


 願いを果たせず亡くなった初代がどれほど偉大で、そしてどれほど組織に貢献していたかを知ったのは、自分が後を継いでから。

 死に顔さえも後悔と悔し涙しかなかった男が、何を思って亡くなったのかさえ、二代目は知らなかった。


 二代目は自分の性根が善良であると思っている。

 だから、自分が悪に染まらない限り組織の長となるに相応しいと考えた。

 不正などせず、真っ当に運営すれば初代のように代表として相応しくなれると、組織を良く出来ると思っていた。


 だがその考えは、甘すぎた。


 初代が自分と同じただ善良な男であった考えている時点で、もう間違えている。

 初代はそんな平和ボケなんてしてなくて、自分の人生全てを捧げ、血の一滴さえも払い我欲による目的を為そうとしていた。

 その我欲の結果が世界平和であったというだけ。


 受け継いだ組織は初代が血を注ぎ、人生を捧げ、狂気に染まりながら命を賭して作られたものであった。

 ゆえに、同様の覚悟がない限り後継者として成立しない。

 ただの善意しかない二代目にその資格はなく、組織の維持さえ出来ずにいた。


 それでも、二代目は出来ることを必死に探した。

 今出来ることを選び続け、組織を維持し、崇高なる目的を諦めずに前進し続けた。

 そしていつしか、『善良なる組織』は『悪の組織』へと変貌した。


 本筋は変わらない。

 そのモットーは、より良き世界のため。

 初代の願いのままだ。


 だが、そのための犠牲を許容してしまった。

 初代が避けていた不正に手を伸ばし、不正は悪行へと成長し、そして邪悪が組織に蔓延する。


 金銭を稼ぐために弱者を食い物とし、成果を出すため人体実験にも手を伸ばし。

 いつしか組織は完全に腐敗した。

 真っ当な人は日に日に減ってゆき、腐った屑ばかりがのびのびと増えていった。


 それでも、それでもと、二代目は抗った。

 初代の夢を叶えるため、組織の意思を残すため。

 後継者である自分が、結果を出すために。


 自分が死ねば、組織が完全に腐る。

 そう考え、二代目はあらゆる手段で延命をし、組織のトップに立ち続け、研究を続けた。


 世界を救う、その日を夢見て。

 そうすれば、もとの善良なる組織に戻ると信じていた。


 男は、自分が狂ったことにさえ気づいていなかった。

 最後に目的を果たせば、これまでの犠牲も悪も全て許される。

 ハッピーエンドなら他なんてどうでもいいだろう。


 そう信じ切っていた。

 自分自身で、そのハッピーエンドの条件を破っておいて。


 そんな初代の妄執と二代目の狂気が合わさった組織の集大成が、この部屋にある。


 二代目である男は、巨大なポッドの中にある『それ』を見る。


 そこに固形物は存在せず、培養液だけ。

 だけど、()()がそこにあった。


 液体に満ちたそこに見える、半透明の非物体。

 形はなく、触れることは出来ず、幽霊のように朧げな卵のような形状の何か。


 それこそが、願いを叶える願望機。

 世界を救う可能性を秘めた、まさしく『願いの卵』であった。




 ヒルデはフィアを伴い、研究所の奥へと進んでいった。

 幾重にも隠された道は、通常ならば部外者が決して辿り着けない。

 だが、目的の気配を察知できるヒルデにとって、その隠蔽はほとんど意味を成さなかった。


 黄金の魔王の残滓――それは特殊にして特別。

 その存在感を感じ取れる限り、見逃すことはあり得ない。


 そもそも、道の有無など彼女たちには大した問題ではない。

 道が見つからなければ、フィアに破壊させながら最短距離を突き進めば済む話なのだから。


 そうして彼女たちは、最短の軌跡を描きながら深奥へと辿り着いた。

 自軍もだが敵もほとんどおらず、静寂となった深奥に。


 その部屋で一番目立つのは、部屋中央の巨大なガラス製のポッドだろう。

 半透明の金色の球体が視える巨大ポッドは否が応でも目に映る。


 そしてそのポッドの前に、車椅子の老人が居てこちらを見ていた。


 いや、彼を老人と呼んでいいのだろうか。

 そもそもそれ以前に、彼を人と呼んで良いのかさえ怪しい。


 車椅子に座る彼の下半身は存在せず、代わりにあるのは無数のチューブだけ。

 チューブは部屋の四方に繋がっていた。

 あれでは部屋から出られないだろうに。


 胴体に円形のガラスが埋め込まれ、透けて見えるその先も銀色の機械。

 眼にあたる位置にはゴーグルが埋め込まれ、頭頂部には無数の小さなポッドが植え付けられている。


 ()()が何なのか、ヒルデには理解出来ない。

 老人の在り方は、ヒルデの知識的常識からことごとく逸脱している。

 ただ、死を超越しようとしたであろうことと、黒幕であることだけは理解出来た。


「ようやく来おったか」

 老人の声は、随分と若い声だった。

 若々しいとかではなく少年のそれ。

 いや……その声は少年ではなくむしろ……。


「どうして、女の声なの?」

 フィアはそう呟く。

 尋ねたというよりそれは、つい聞いてしまっていたという方が近しい。


「丁度良い()()()がなくての。聞き苦しさは気にせんでくれると助かる」

 老人はそう答える。

 それだけで、もう大体理解出来た。

 こいつは、王国にとって害であると。


「それでご老人。先の『ようやく』というのはどういう意味で、そしてどちらに言った言葉なのかお聞かせ願えますか?」

 老人はヒルデの言葉にしたり顔を見せる。

「ほっほ。あいかわらず恐ろしく、そして堂々としておるものよ。流石は黄金の血族よ」

「……随分と懐かしい呼び名です。ですが、その呼び方は不名誉ですのでおやめください」

「おや? どこに問題が?」

「あの方に血族はおりません。私はただの従者です」

「そして私は奴隷です!」

 フィアがここぞとばかりに手を上げ叫び、場のちょっと緊張感あった空気をたたっ壊した。


 沈黙が続く中、ヒルデはこほんと咳払い一つ。

「ですので、血族はお止めください。貴方が相当古い歴史を知る方なのはわかりましたから」

「う、うむ。そしてもちろん、私は貴女を待っていたのですよ。ハイドランドの守護者、器用万能のヒルデ様。貴女こそが受け継ぐに値する。ま、貴女でなく貴女に類似する、もしくは黄金本人でも構いませんでしたけどね」

 老人はそう言って、何とか空気をシリアスに戻した。


 何となく、自分が邪魔なんだという空気に気付いてフィアは部屋の隅に移動し、三角座りをして事態の動向を見守ることにした。


「あの方でも構わない? 待って下さい。貴方は……あの方を残滓を利用しようとしているのではないのですか?」

「――む? 残滓とか一体どういうことじゃ?」

 その言葉に、ヒルデはぴくりと眉を動かした。


 老人がここで暴れず話しているのは、既に自分の運命が死であると受け入れているからだ。

 目的はほぼ完遂しているから、自分の命に執着もない。

 ただもう少しだけ、言葉が交わせたらそれだけで。


 そんな状況で無駄に誤魔化すなんてことをするわけがない。

 つまり、黄金の残滓を知らないという言葉に、嘘はないということだ。


 だけど、ポッドから感じる気配はまごうことなき黄金のそれである。

 だとしたら――。


「まさか……まさかっ!?」

 ヒルデは叫び、ポッドの中を凝視した。


「おや、これが何なのかわかったのかね? これがどれ程偉大で、そして素晴らしいものかを。であるのなら嬉しいが……」

「わかりません。ですが……。確認します、貴方は黄金の魔王の遺伝子や魔力を利用してないのですよね?」

「ふむ? ああ、無論だとも。かの黄金を貶す意図はないが、これはそのようなちっぽけなものではない。これは我々が零から作り上げたもの。黄金さえもなしえぬ奇跡の卵。そこに黄金の、かの方の魔力の一片も使っておらんよ。強いて言えば、私の先代の魔力と血肉が材料として混じってはいるくらいかね」

 つらつらと能書きを語る老人を前に、ヒルデは唇は震わせた。

「……ずっと、ずっと探してました。――これが、それなのですね……」

「先程から、一体何を言っているのですかねヒルデ様?」

 その言葉に返事はない。

 ヒルデの耳に、老人の言葉はもうほとんど入っていなかった。


 その可能性は、ずっと頭の片隅にあった。

 だからこそ、どれほど些末な事案であっても、黄金の魔王の力を利用する勢力にはヒルデ自身が必ず対処してきた。

 いつか――『偽物』ではなく『本物』と巡り会うかもしれないと。


 半信半疑のまま今日まで来たが……まさか、本当に相まみえる日が来るとは。

 黄金の魔王の残滓を使わず、なのに確かに黄金の魔王と同質の力を感じる。

 クローンでもコピーでもない。

 むしろその逆――。


 黄金の魔王を生み出した大本、言わば母なる存在。

 今ここにあるものは、黄金の魔王を形作った原点そのものだった。




 黄金の魔王がどう生まれ、どこから来たのか。

 ずっとヒルデは疑問に思い、その答えを考え続けて来た。


 ある日突然歴史に現われ、そして君臨し続けた大いなる存在『黄金の魔王』。

 だけど、その過去を知る者はいない。

 長く生き過ぎたからか、本人さえもかつての自分を覚えていなかった。


 だけど、誰も知らないなんてことは、あり得ないことだった。

 黄金の魔法程力ある存在が、突然何の前触れもなく歴史の表舞台に現れる?

 そんなわけがない。

 これだけ異常な存在、普通は痕跡が必ずどこかに残る。

 生まれた瞬間や、幼少期のやらかしなど。

 特異な存在が普通の人として生きられる程、世界は優しくない。


 それ以前に、その独自過ぎる魔力波長を成熟するまで隠しきることなんてこと、出来る訳がない。

 今のような温い時代ならともかく、昔の時代では猶更に。


 そうして幾つかの可能性を考察し、ヒルデはある答えに行きついた。


『黄金の魔王は過去に生まれたのではなく、未来で生まれ過去に遡った』


 それは突拍子もない、あり得ない考え。

 だけど、それしか思い当たらない。


 だからずっと、探していたのだ。

 その答えが妄想かどうか確認するための真実を、黄金の魔王に繋がるその未来を。


 そしてついに、今日それを見つけた。

 不思議と今はその確証があった。


 これが、愛する主の過去であると――。


 はやる気持ちを抑え、ヒルデはゆっくり息を吐いた。

 愛おしそうにポッドを撫でてから、老人の方に目を向ける。


「それで、これは一体何なのでしょうか?」

「それは――」

()()()()、だよね」

 答えたのは、第三者であるフィアだった。


 ヒルデも、老人も目を丸くし部屋の隅に座るフィアに目を向ける。

 ヒルデは二人の様子がわからず、首を傾げた。

「え? いやなにこの空気。どしたんですか一体?」

「フィア……。貴女はどうしてそう思ったのですか?」

「どうしてって言われても……見たらわかりません? ……あれ? 何で、私見たらわかるんだろ? いや、そもそも……」

 フィアは突如として立ち上がり、部屋の周囲をうろうろとしだした。


「これは制御基板。これは……魔力供給? あ、おじいさんの生命維持装置か。んでこっちは……うげっ。人を魔力に変換してる。グロ……。うん、なんかわかる感じ」

 フィアはくるっと振り向き、困った笑みで尋ねた。


「あのーどうして私、この部屋にある物全部わかるの?」

「知らんよそんなこと!? ヒルデ様といい貴女といいっ……話の大筋に関係ない新しい謎を次々に用意するの止めて貰えませんか!?」

 老人の空しい叫びが響く。


 ぐだぐだな空気のまま、無駄に話が空転し伝えるべき重要なことが伝えられないまま、老人の寿命が刻一刻と削れていく。

 後一言くらいで伝えるべきことは終わり、強引な延命も終わらせられるのに、その一言に通じる流れが完全に途切れていた。



ありがとうございました。

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