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神争を終え(前編)


「こちらの勝ちなんよ!」

 空が色を取り戻しつつあるのを見て、クリスはびしっとこっぺぱんみたいな手をロイアに向けた。


 なお、その姿はもふもふの上からでもわかるほどボコボコのボロボロになって若干膝が笑ってた。


「いや、その姿で勝ち誇られたら正直何も言えなくなるんですが……」

「私達の勝ちなんよ!」

「え、あ、はい。おめでとうございます」

 困惑しつつ、ロイアはそう言葉にする。


 正直、ロイアとしては成功してもらわないと困るくらいであったのだが、それはそれとして勝ち誇られるのはどうにも釈然としない。

 しかもロイアの中でクリスと言えば二百年前、あの時のイメージが強い。

 傍若無人で、こちらの努力を一瞬で無為なものとする理不尽の極み。


 だから、この中も外も何か変にふわっとして、焼き立てロールパンみたいなのでは断じてなかった。


「それで、これからどうする感じよ?」

 心の底からめんどそうにヘルメスはそう言った。

 もうなにもかも感心がなくなりさっさと帰ってナンパに精を出したかった。


 とはいえ、それもしょうがないだろう。

 ロイアはその実力こそ高いが全く本気を出さず、ただクリスを痛めつけることのみに注力していた。

 ヘルメスやリュエルには極力、本当にギリギリまで攻撃せず回避だけに専念しながら。


 緊張感なんてなくて当然で、模擬戦の方がなんぼかマシというような腑抜けた戦闘。

 そんなことのために隣国から『走ってで来させられた』のだから、不満の一つも言いたくなるというものだ。


「あちら次第なんよ」

 クリスはそう言って、ロイアの方に目を向ける。


 ロイアは少しだけ、考え込む仕草をしてみせた。

「そうですねぇ……。私としても、正直十二分過ぎるくらい働いたと思うんですよ。この三人を足止めしたなら、恩義を果たしたって言っても良いと思いません?」

 ニコニコしながら、なぜかこちらに聞いて来るロイア。


 やる気のないヘルメスも「そだなー」と適当に相槌を打ち、クリスも「みんな頑張ったんよ」と運動会みたいなことを言い出す。

 空気がさらに和らぎ、戦闘の気配は欠片もなくなる。


 ぶっちゃけると、皆やる気がなかった。


 空は色を取り戻し、徐々に白蛇などは数を減らし、緩やかに日常が戻って来る気配が広がっている。

 カリーナが成功したとわかる状況で、彼らは安堵に包まれた。

 そんな状況では、もう戦う理由だってない。


 事件はこれで終わり――。


 そんな時だった。

 リュエルが、その声を聞いたのは。

『気を抜くな!』

 見知らぬ女の怒声が、頭の中に響く。


 一瞬幻聴かと思ったが、違う。

 幻聴にしてはあまりにも強すぎるし、なによりその感情までもが伝わってきている。


『そこの性悪腹黒似非神父は、そんな聞き分けの良い奴じゃない! 相手が一番油断するタイミングでさらに気を抜くなんてもう、仕掛ける前振りじゃん! 早く!』


 この声が誰なのか、そもそも何なのか、どこから聞こえているのか、そんなことはもうどうでも良い。

 リュエルは緩い空気の中、クリス目掛け突撃した。


 そして――鈍い金属音が一つ。

 いつ用意したのか剣を持ち、クリスに襲い掛かっているロイアの斬撃を、リュエルはその剣で受け止めていた。


 みしりと腕が悲鳴を上げ、膝に叩きつけられたような衝撃が走り、足首が折れたと錯覚するほど痛みが走る。

 叩きつけられた斬撃は、まるでビルが落ちて来たのかと思うほどに重たかった。


 それでも、リュエルはそこを引かなかった。

 庇うための剣を、高く掲げ続けた。


「させて……たまるかっ!」

 割れんばかりの勢いで歯を食いしばりながら、彼女は耐える。

 こいつのこの一撃は、たんなる嫌がらせに過ぎないのだろう。

 何となくわかっている。

 クリス君は、たぶんこの程度じゃ死なない。

 だからほっておいても何も問題はない。


 それでも、納得はまた違う話だ。


 クリス君は平気な顔で攻撃を受けている。

 殴られても蹴られても、腕をちぎられても嬉しそうだった。


 大したことじゃないのかもしれない。

 だけど……大好きな人が傷付けられて、平然としていられるほどリュエルは我慢強くない。

 いや、我慢なんてしてやるもんか。


「ど、どうして……」

 ロイアは目を見開き、呟く。

 完璧なタイミングで、完璧な攻撃。

 それを阻止された故の驚愕なのだろう。


「知らないよ、私も……。でも、なんかわかったから」

 必死に抵抗しても、全然剣が引かない。

 これだけしても、これだけ頑張っても、リュエルは耐えるのが精々であった。


 それでも負けてなるものかと、気合と根性だけで頑張っていると、ふっと剣から圧が抜けていった。

「なるほど。()()()()()()ですか。……わかりました。貴女に免じて、今回は素直に引きましょう」

 ロイアは呟き、剣を鞘に納める。


 そしてその場を立ち去ろうとして……リュエルはその首根っこを掴んだ。

「いや、行かせないよ。そういう思わせぶりなこと言って。事情を説明して」

「ちょっ! 空気読んでくださいよ!」

「空気は吸うもの。というかその空気さえ利用して攻撃してきたの、そちらじゃない? どの面下げてそんなこと言えるの?」

「この面下げてですが?」

「私、貴方のこと嫌い」

 そう言ってからリュエルはロイアを転ばせようと腕にぐっと力を入れるが、するっと腕から重みが抜ける。

 掴んでいるのは、上着だけだった。


「あっ。ちょっ」

 リュエルが止める間もなく、ロイアはそそくさーとその場から逃げ去った。

 リュエルの手に、上着だけを残して。


「……これ、どうしよう」

 心底困った表情で、リュエルは手に持つ上着を二人に見せる。

 何となく、他の男というだけでちょっとばっちい気がしてきて、正直すぐに捨てたかった。


「あー。要らないなら俺が貰ってあげよか? 転売するけど」

 ヘルメスの言葉にリュエルは頷き、捨てるように上着をヘルメスに預け、その後、掴んでいた指を自分のハンカチで丁寧に拭いた。




 カリーナが儀式を行ってから、一時間ほどで白の孔が塞がり、黒い孔も一つもなくなり、空が戻ってきた。

 それからさらに一時間……。


 その現場は、死屍累々という言葉が似合うような惨状となっていた。


「お見事です」

 その惨状の中、ただ一人立つ女神、央照天は微笑みながらそう呟く。

 その身体はすでに向こう側が透けており、今にも消えそうになっていた。


「ふ、ふはははは! どうだ、これが俺の力だ! ひれ伏すが良い!」

 なぜかこの状況でも馬鹿王ことレオナルドはドヤ顔マックスで叫んでいた。


 顔面はアンパンみたいに膨れ上がって原形が残っておらず、腕とか足とか関節が増えて地面でじたばたと死にかけの黒くてテカテカしたアレみたいな動きをして。

 どこをどうとっても元気でいるわけがないのに、地面とお友達のままその尊大さを維持していた。


 央照天はレオナルドに何も言わず、微笑を向ける。

 それは彼女にしては珍しい、非常に複雑な心境が籠っていた。


 まず、信じられないという気持ち。

 途中から本気でうざくなって、割と全力で殺すつもりだったのに、この男はリスや雀と同等程度の戦闘力の分際で生き残りやがった。


 神である自分が、ただの人を単独で狙い、全力を出したにもかかわらずだ。

 避けたわけでもなければ防いだわけでもなく、直撃し続けたというのにこの結果は、はっきり言ってあり得ない。

 それは長い歴史を刻んできた央照天にとって、未知そのものだった。


 続いて、単純にうざいと感じる気持ち。

 自尊心が高く口だけの男というのは、央照天は案外嫌いではない。

 偉そうな人というのは人にとってはムカつく対象だが、神にとっては微笑ましく見守る対象となる。

 背伸びした赤子のようなものだ。


 だが、そんな央照天からしても、レオナルドのうざさは想像を絶する程。

 神である己を苛立たせるということもまた、限りない未知に等しかった。


 他にも、「流石弟のお気に入り」という気持ちや、「なんでこんなんがお気に入りなの」という気持ち。

 妙に気になるけれどなんか腹立つみたいな、恋心に限りなく近いけれど最も遠い気持ち。


 自分の気持ちであっても、あまりに複雑すぎて昇華することはできない。

 好意的に見ているが、とにかくうざい。

 嫌いというわけではないが、好きとは絶対に言いたくない。

 自分が身体を委ねるに値しないけれど、褒め称えたいという気持ちはある。


「うーん……言葉にするなら、“ウザ良い”となるのでしょうか……不思議です」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何も。えー、もうあまり時間もありませんね。こほん」

 央照天は一つ咳払いをし、そして朗々かつ高らかな声で、宣言した。


「よくぞ我が試練を成し遂げました。見事です。胸を張り、誇りとしながら、貴方たちはこの央照天に立ち向かい、生き延びた戦士なのですから。そして、これからも正しく生きなさい。人々らしく、幸せに、平穏を目指して。……おめでとう」

 優しく、子供を見る母親のような表情を浮かべ、央照天の姿は消える。


 繋がりが消えた以上、この世界に存在を維持することは叶わなかった。


 この後、自分がどうなるか、彼女にはわからない。

 このまま消えるのか、どこかで復活するのか、こちらの神々に捕まるのか……それとも、元の世界に戻されるのか。

 だけど、例えどのような末路になろうと、央照天は受け入れるつもりでいた。

 試練を超えし彼らに恥じぬ神であるために――。


「ふははははは! 今日この時、俺はついに神を超えた! そう、今日より俺は神を超えし神、魔神王レオナルドである! ふははははは!」

 ……やっぱりちょっとだけムカつきの方が強くて、最後の力を振り絞って、央照天はレオナルドの頭の上にハンマーを叩き落とし、気絶させた。




 神の騒動が終わってから一月が経過する。

 ようやくフィライトに平穏が戻った……ということはなくて、あの騒動時以上にフィライトは大変なことになっていた。


 理由は単純。

 フィライトの国王である『カリーナ・デ・リア=フィライト』が姿を消したからだ。


 しかもただ姿を消しただけではなく、彼女は事前に国王の座を退いていた。

 正式書類にて自らの地位をすべて返上し、そして表舞台にもう二度と戻ってくることはないという書置きも。


 それは――()()だった。


 フィライトは間違いなく、彼女ワンマンの国だった。

 敵は多かった。

 不満も強かった。

 だけどそれ以上に彼女には実績があり、そして彼女は多くの者に慕われていた。


 特に、女性の軍部隊を設立し女性の自立と実力を証明した彼女は、多くの女性にとって救世主であり憧れであった。

 彼女が王でないのなら軍を辞めるという声が、女性全体の二割に匹敵するくらいに。


 ただでさえ状況の後始末で混乱しているというのに司令塔の喪失という状況。

 フィライトは神の襲撃時以上の混乱を極めていた。


 一つだけ良かったのは、この機会に他国が侵略をしてこないこと。

 小競り合いの多かった騎士国ヴェーダは、フィライトに侵略どころか純粋な物資支援だけを行っている。

 戦争中であったサウスドーンに至っては正式に休戦を表明し、このまま停戦に応じる準備もあるとさえ告げてきた。

 理由はわからないが、彼らはフィライトを良い意味で放置しつつ手を差し伸べてくれていた。


 外国の問題に頭を悩まされることはない。

 それだけが、フィライトにとって唯一の救いであった。


 そう、救いはそれだけ。

 後はもう問題ばかり。

 そして……もう一つ、特大の問題が残されていた。

 フィライトが混乱を極める、最悪の状況となった、その理由が……。

 要するに――。


 それは、一言で表すなら『最悪』。

 誰もが頭を抱え、誰もが未来に嘆く。

 それでも、その最悪な現実こそが選ばれた現実で、そして最もマシな選択であった。


 つまり――。


「キキッ! これこそが絶対の法則だったのだ。世界を、そう! 世界を統べることこそが、俺の使命だったのだ! キキキキキッ!」

 叫ぶ男の名前はレオナルド。


 正式なる名は『レオナルド・ラ・パルフェ十三世』。

 いや、少し変わって今は『レオナルド・ラ・パルフェ=デ・フィライト』となっている。


 つまるところの……まあ……フィライトの今の、国王様である。


 とてもご機嫌な様子であった。

 そりゃあそうだろう。


 彼はずっと自分こそがフィライトの王にふさわしいと思っていて、そして今、名実ともにその座についているのだから。

 喜ばないわけがなかった。


 ちなみに馬鹿が治ったとか、自嘲を覚えたとか、そんなこともない。

 馬鹿は馬鹿でかつ無能のまま、王になってしまった。


 なにせ馬鹿が最初にやったのは、この玉座の間に飾る巨大な絵画として自分の絵を芸術家に描かせるなんて、実務と全く関係ないこと。

 そして今のところ王として直接の仕事はこれだけだった。


 ちなみに、盛りに盛って盛りまくったから、誰が見てもその絵がレオナルドの肖像だって判断できない。


 肌は限りなく黒に近いで褐色で身長は五メートルオーバー。

 ボディビルダーも真っ青な逆三角形で、肩なんて比喩なしで馬がそのまま背負えそうなほど張っており、しかも半裸でボディビルの『リラックスポーズ』を取っている。

 背中には巨大な十二枚の翼が生え、頭はスキンヘッドで左目に傷。

 そしてその手には一メートル超えのカブトムシ。


 どこからどう見ても意味のわからない化物の絵だ。

 だけど、レオナルドはそれを『良く出来ている』と満足げに受け入れ、そして次はどんな絵を描かせようかなんて考えていた。



ありがとうございました。

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