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ちっぽけな願い


 ヘルメスが本職相手に指輪を盗んだ仕掛け、トリック。

 それは単なる『ミスディレクション』であった。

 何か特別なことをしたとロイアは思っているが、全然そんなことはない。


 カリーナ相手に本を盗んだのと同じことをされ返されただけだった。


 ただ単純に、ロイアが常にクリスに意識を向け続けていた。

 知っていたからだ。

 この場で誰を最も注意しなければならないか、その正体がどんな化物であるかを。


 その心理を、利用された。


 更にもう一つ言うなら、ロイアの慢心も理由の一つだろう。

『スリの名人である自分がスられるわけがない』

『こいつらみたいな良い暮らししている奴らが指輪のことを知っているわけがない』


 その二つの慢心とミスディレクションによる視線誘導。

 それを――クリスがヘルメスを使って行ったのが、指輪強奪の真相だった。


 また同時に、これにはもう一つの意図もある。


『カリーナに意識が向かないようにすること』

 その為にわざわざロイアの得意なスリをしかけ驚かせてみた。


 要するに、二重のミスディレクション。

 スリという行為そのものが、カリーナから視線を外す為の策。


 この指輪を盗るということに、正直あまり意味はない。

 凄いとは言えば凄いことなのだが安物の指輪なんて予備があって当然だし、そもそもスリ自体ロイアの直接戦闘力にはあまり影響を与えない。


 カリーナを先に行かせること。

 ただそれだけが、クリスの考える現状の勝利達成までの過程条件であった。


 逆に言えば、クリスがそんな選択を取らないといけない程に、ロイアは強かった。

 五割ヘルメス、リュエル、自分、カリーナが揃ってでも尚勝てないとクリスが確信を持つ程に――。



 カリーナが去ってからもしばらくの戦闘が続き、ヘルメスは小さな疑問を抱く。

 相手がそこまで愚かであるとは思えないのだが、どう見ても馬鹿なことをしている。

 悩んだ結果、ヘルメスはクリスに尋ねた。


「なあ、ありゃ気づいてないわけじゃないだろ? どうしてこうなってんだ?」

 そう、カリーナがいないことに気付いていないわけがない。

 いなくなってから十分……いや十五分は経過している。


 だというのに、ロイアは慌てるそぶりも見せず、戦闘を継続させている。

 相変わらず、クリスだけをボコボコにしながら。


 そして、その理由は既にクリスは見当を付けていた。


「大人は狡いって話なんよ」

「あん? なんだそりゃ」

「気付いていないって(てい)にしてたら、追いかけずに済むから、ロイアは気付いてないふりしてるの。そしてこちらもそれを指摘しなければ、こちらにとっても都合の良い話になるんよ。ウィンウィンと言えば聞こえは良いけど、狡い大人的な考え方なんよ」

 クリスの言葉を補足するよう、ロイアはクリスとヘルメスの会話に『聞こえませんねぇ』みたいな態度を取っていた。


 そう――厳密に言えば、ロイアはこの騒動において敵陣営というわけではない。

 心情的に言うならばむしろこの騒動では反対側だと言っても良いくらいだ。

 それが出来ない立場にいるというだけで。


 だからまあ……やりたくもない神への反逆よりも、ムカつく黄金の魔王への嫌がらせの方が、ロイアとしてはなんぼかやりがいのあることだった。


 そして今回もまた、クリスが殴られ吹き飛ばされる。

「く、クリスくーん!?」

 リュエルの叫びの中、空に飛ばされるクリス。


 一応は真剣に戦っているつもりではあるのだが……。

 クリスしか狙わないロイア。

 死なないことから緊張感のないクリス。

 カリーナが行ってから露骨にサボりがちになったヘルメス……と、どうにも戦闘の空気が緩くなっている。


 ただ一人、リュエルだけがクリスを心配し真面目に戦っているのだが、いかんせん実力が及ばなくて……結局、コメディのようなくだらない戦闘がだらだらと続けられた。




 走った。

 この状況を、この流れを――カリーナは知っている。


 走った。

 ただ一人となり、世界を救うため、進み続けること。


 走った。

 それは預言書に、すでに記されていた。

 自分の最期はこうなる、と。


 正しく言えば、予言の締めくくりはこうだ。

『貴女が独りなら、世界を救い、この世界より静かに消えていくでしょう。けれども、その時隣に誰かがいたのなら、きっと望み通りの()()()を得られるでしょう』


 その瞬間が今だ、と確信していた。


 長い時を経て、この予言書は受け継がれてきた。

 ほとんどの場合、それはカリーナの家系の手にあった。


 カリーナの一族は、力ゆえの責任を抱えて生きてきた。

 カリーナのように大国の王となった者こそいなかったが、それなりの地位は得てきた。

 はるか昔には、魔王であった者さえいる。


 望んでなったわけではない。

 それは責務だった。


 ――この本を子孫へ残すこと。

 ――受け継ぐこと。

 ――全うさせること。


 それが一族の願いであり、初代の祈りだった。


『世界を救う』


 そのために、一族は己の身を本に捧げてきた。

 とはいえ、ただ犠牲になったわけではない。


 多くの場合、その本に従うことは本人にも利益をもたらし、損得でいえばわずかに()になることがほとんどだった。

 だから、一族は決して無償の奉仕者ではなかった。


 初代も子孫達が無償の奉仕者(それ)となることを望んでいなかった。

 一族がそこそこ幸せに暮らし、ついでに世界を一度でも救えたら十二分。

 そんな理由で、この本は生まれた。


『願いと祈り』


 それが今の題名。

 かつては『央照天の書』と呼ばれていたが、その名を知る者は今やほとんどいない。

 元の持ち主さえ忘れてしまったほど、遠い昔の話である。


 だからこれは初代の願いであり、一族代々の願いでもあった。


『それなりに良い思いもしてきたし、しょうがないから世界を救おうか』

 そんな、どこか軽い一族の願い。

 正直、カリーナにとっては貧乏くじ以外の何ものでもない。


 かつての先祖たちは皆、願いを叶え、平穏に暮らしていた。

 母でさえそうだった。

 魔王十指で、女教皇で、世界三大国家の元首――そんな奇妙な役目を背負ったのは、自分だけだ。

 その上自分が、その終着点。


 それでも、楽しかった。

 終わりと思うと、少しだけ惜しいと思う程度には。

 だから――後悔はない。


 目的地に、着いてしまった。

 たった独りで。


「……しょうがないことですね」


 小さく呟き、寂しげに笑う。

 そう、しょうがないことだ。

 これは、定められた結末なのだから。




 空に浮かぶ巨大な白い孔。

 既に相当大きなものとなっており、しばらくすれば別の何か――それこそ神だってこの世界に来てしまうだろう。

 そう思わせるだけの巨大な孔だった。


 それを塞ぐには当然、相当のパワーが必要になる。

 それこそ、神に匹敵するかそれ以上の。

 そんなもの、この世界にそうそうないのだが……丁度そんなパワーのある代物をカリーナはその手に持っていた。


 すなわち――『願いと祈り』という名の、神より授かった予言書を。


 代々受け継ぎ、予言書の力を高め続けたのはひとえにただこの時のため。

 予言書という形で魔力を集め、力を集め、信仰を集め、願いを集め。

 そうしてきたのは、ここで儀式の触媒となるために。


 そんなシンプルな理由だった。

 一つだけ問題を挙げるとするならば――予言書だけではパワーが足りないから、もう少しだけ犠牲を増やさなければならないこと。

 具体的に言えば、魔王十指となるまでに育った、カリーナという個体を。


 そう、それは最初からわかっていたことだった。

 こうなるとわかって、その上でカリーナは教皇となる道を選んだ。

 そしてそれに後悔するつもりもない。


 たとえ自分の人生に自分の意思が一ミリもなく、そして小さな頃から持っていたちっぽけな願いさえも叶えられない終わりとなっても。

 それでも、後悔だけはしないと決めていた。


 力を本に注ぐと、本から魔法陣が展開され、儀式が開かれる。

 魔法陣を描く必要さえない。

 予言書は、そのための道具なのだから。


 本が光を発し、魔法陣が地面に定着し、そしてどんどん巨大化していく。

 そんな時だった。


 カリーナは、ぱしっとその腕を掴まれた。

「何か、私に出来ることは!?」

 そう叫ぶ男の声に、カリーナは聞き覚えがある。 

 それは、アルハンブラのものだった。


 馬鹿王の部下の一人で、優秀な外交官であった男。

 定年退職の後に馬鹿王に言われ冒険者というセカンドライフをしていたと思ったらやっぱり連れて来られて色々台無しになった男。

 間が悪く、貧乏くじをいつも引いて、その上で勝手に苦労を背負い込む、責任感のある男性。

 カリーナは、彼のことを良く知っていた。

 何度もスカウトし、断れた彼のことを。


「アルハンブラ様!? 一体どうしてこちらに!?」

 彼らは央照天と戦っていた。

 とてもではないが逃げることは出来ず、それどころか決死の時間稼ぎでしかなかった。


 それなのに彼がここに居る理由。

 それが恐ろしかったのだが……。


「救援が来てくれたのです! 頼もしい救援が!」

「それはどなたで?」

「貴女の配下の方々ですよ! 無数のペガサスと共に」


 命令はなかった。

 だけど、彼女たちは勝手に動いた。

 自分たちも何かしないとという気持ちと、教皇猊下を支えたいという気持ちから。

 そうしてフィライトの決戦部隊全てが央照天に向かい、遅延戦闘に少し余裕が出たところで、アルハンブラは考えた。

 彼女たちが全員居るのなら、カリーナの方は戦力が足りないのではないかと。

 いくらここを持ち堪えたところで本命が達成できなければ意味がない。

 

 そうして向かってみると、我らが猊下はたった独りとなり、しかも顔が真っ青になっている。

 だからいても立ってもいられず、アルハンブラは助力を申し出ていた。


「ですので、力不足ではありますが私は猊下の救援に参りました」

「本当に助かります。ですが、お引きください」

「何故!?」

「この術式の代価は魔力と、命です。なので、気持ちだけで――」

「ならばなおさら私の命をお使いください。命の価値は平等ではないのですから。それに、私にはその責任があります。私が事態を大きくした。私がこの国を乱した。ならば、責任を取るなら私が――」

 カリーナは、くすりと微笑んだ。

 本当に、昔から何も変わっていない。

 外交官時代の時から、何も――。

「――そういうと思って、二人分の命で儀式を再構築しております。これならまあ、たぶん、お互い生き残れるんじゃないですかね。多少寿命は縮みますし、しばらく魔法は一切使えなくなりますが」

 そう言って、カリーナはにっこりと微笑む。


 いつもの意味深な笑みではなく、その笑い方は、まるで普通の女の子のもののようだった。


「むしろ猊下こそ、私に託しお逃げください」

「おや? もしかしてアルハンブラ様は私の代価と成れるほど、魔王十指に匹敵する程の魔力をお持ちで? それは知りませんでしたわ」

「……失礼しました」

「くすっ。すいません。冗談です。本当に怒っていないですよ。だって、きっとあなたのおかげで私は生き残れるから。まあそれでも、猊下の座はお返しにならないといけませんけどね」

 空に浮かんでいく、一冊の本。


 これまでずっと導いてくれた人生の指南書であり、ずっと苦難を与えてきた試練の書。

 本当の意味で、これまで国を支えてくれた教皇猊下、フィライト国王。

 それは自分の半身に等しく、失うことに酷く不安を覚える。


 それでも、なんとかなると思えた。

 だって自分は、独りじゃないから。


「責任、とってくださいね」

 にっこりと微笑み、カリーナはそう言い残す。

 その言葉の意味はアルハンブラにはわからない。

 だけどそれが命を賭けることであると思って、強く頷いてしまった。



ありがとうございました。

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