それが希望になると願って
――まだか、まだ来ぬのか!?
命導天は呼羅が現れるその時を、じっと耐え忍び待っていた。
ふざけているとしか思えない格好の仮面変質者二人組相手に、ただ耐え続ける戦い。
それはありとあらゆる意味で屈辱的であった。
何故神たる我が、このような変質者を相手にせねばならないのか。
何故この変質者共にこちらが耐えるような戦いをせねばならないのか。
何故こんな変質者がこの世に存在するのか。
ふざけきった奇妙奇天烈な外見の癖に、ふざけているとしか思えない程に相手の力は強大である。
認めたくないが、格上と言っても良い。
それでも遅延戦術が通用しているのは、命導天がその手の戦略に強い適正を持つからに他ならなかった。
逆に言えば、得意な遅延がギリギリ通用するという状況だから、ただ耐えるしかないとも言えるが。
マイティとか名乗った一号は、まだ何とかなる。
こいつはとにかく身体能力が高い戦士タイプ。
圧倒的身体能力でその他をカバーするという、神に良くありがちな頭スカスカの力自慢。
とはいえ……その能力は神さえも凌ぐ程に高く、言い方は悪いが呼羅のほぼ完全上位互換と言える。
逆に言えば、それだけ。
搦め手がメインである命導天は、ただ力が強いだけの相手には滅法強かった。
問題となるのは、二号ことレオの方。
こいつはそこまで身体能力が高くなく、実力の底も既に見えている。
だが……その技術の底が見えない。
そんなことは、普通あり得ない。
戦法戦術、技術といったものは普通実力と比例する。
得意不得意という話ならわかるが、そうでないのに極端に偏るということはあり得ないことである。
だけど、二号はそうなっている。
大したことのない実力のはずなのに、技術の、そして技術の根本たる生き様の底が暗黒に包まれていた。
どうしてそうなのかわからない。
だが、わからないということが非常に不味い。
命導天という神さえも理解の届かぬ何かをそいつが持っているということになるからだ。
それが、たまらなく恐ろしかった。
だから、耐える。
今はただ耐えることしか出来ぬから耐えて、耐えて、耐えて……。
遊んでいるであろう呼羅に怒りを覚えながら待って、そして――。
「レオ、何を遊んでいる?」
マイティは冷たく、相方に一言呟く。
その瞬間、命導天ははっと我に返り、そして既に絶望的な状況に陥っていると気付いた。
策士、策に溺れるとはまさにこのこと。
何故、自分だけだと思ってしまのった。
時間が自分だけの味方であると……。
「貴様ら……仕掛けおったな!?」
確かに、考えてみればそうだ。
呼び出しに二時間も三時間も返事がないのはおかしい。
つまり、呼羅もまたこちら同様、絶望的な状況に追い込まれている。
そう思って間違いはないはずだ。
なんて勘違いを、命導天は悟っていた。
謀ったなというような表情で睨む命導天を横目に、マイティは小声で尋ねた。
「な、何か仕掛けたのか? 何か凄い確信もって睨まれてるけど……」
「な、なんも仕掛けてないんよ」
「じゃ、じゃあどうして手を抜いていたんだ?」
マイティはレオにそう尋ねる。
明らかにこの一時間ほど、レオは手を抜き戦っていた。
それを命導天は作戦と思ったが、そうじゃない。
そんな理性的なわけではなく……。
「何か、時間があれば何とかなるみたいな空気してたから待ってあげようかなって」
「……それだけ?」
「大切なことなんよ」
「どうしてだ?」
「本気の相手を正面から倒す。それこそヒーローだから」
「……確かにそうだ。とはいえ、これだけ待っても何もないなら……」
「そだね。残念だけど、そろそろ……終わらせようか」
レオは、静かに命導天を見据える。
既に、相手の戦略、遅延戦術の底は見えていた。
戦いが再開されると、先程までの拮抗が嘘のように、勝負は圧倒的なものとなった。
何も変わっていない。
実力はそのままで、動きもそう大差なくて、なのに、天秤は傾き切っていた。
いや、理由はわかっている。
二号ことレオの「右」「ひだり」「ストップ」というたった一言のアドバイス。
その端的かつ単純なアドバイス一つで、遅延戦術が潰される。
まるで未来が見えるようなタイミングの指揮ゆえに、まるで子供の遊びのように複雑な作戦が壊れていく。
命導天は単純な相手に滅法強い。
だがその反面作戦立案能力の高い相手には非常に弱い。
そして、レオはその命導天の苦手なタイプ……純指揮官型の能力持ちであった。
遅延が出来なくなれば、無限の武器というアドバンテージだけで勝負することも出来ず、後はただ追い詰められていくだけ。
その上最悪なことに……。
「ふふっ……ふふ。ふはははははははは」
命導天は笑い出す。
それは『敵ながら天晴!』とかそういうものではなく、もう笑うことしか出来なくなって破れかぶれで笑っているような、そんな印象だった。
唐突な笑いに驚き、つい攻勢の手を緩めるマイティとレオ。
ただ、これは別に相手を舐めているわけでも油断からでもない。
無理せずともトドメはいつでも刺せるし、逃げられることもない。
そのくらいにはもう、命導天は詰んでいた。
「見事、見事見事。ああ見事だとも。貴様らの作戦勝ちじゃ」
「……何の話だ?」
「とぼけずとも良いわ。そのような奇怪な姿に騙されてしまって……。それさえもきっと相手の思慮を奪う演技であったのか。ああ、なんと情けない」
「いや、本当に何の話だ?」
「考えてみれば、貴様らの方が数が多い。それを利用するのは当たり前じゃったな」
「だから、さっきから何の話だ!?」
「何の話と言われても……ついに呼羅との、もう一人との神との接続が切れた。呼羅が消えおった。貴様らがやったんじゃろ?」
ドヤ顔で、確信を持って命導天はそう口にする。
その後に数秒ほどの沈黙の後に……二人は、仲良く首を振った。
「いや、別に」
「……分断工作じゃったんじゃろ?」
二人は再び首を横に。
「……貴様らが最大戦力で、呼羅に救援を行かせないようにしつつ、呼羅を葬ったんじゃろ?」
「そもそも、人間サイドじゃないぞ俺達。強いて言えばだ人を護る正義のヒーローだ。自主的な感じの」
「自主的?」
「ああ。わかりやすく言えば独自勢力。総勢二人」
「……呼羅の方は……」
「知らん。ああ、レオ、もしかしてお前何かしたか?」
「いや、知らない。人間達ではないだろうか」
「とのことだ」
「……お主ら、この世界の神の味方じゃないのか?」
「んー……ニュアンス的には正しいが、微妙に違うかな」
「……つまり……作戦でも何でもないし、人間達の味方ではあるが仲間でもなく、攻めて来たのも思いつきと……」
今度は、二人は首を縦に振った。
「お主ら……一体何がしたいんじゃよ本当に……」
「正義の味方!」
決めポーズと共にどーんと背後に爆発が。
こんな流れで自分が消えゆくということ。
それが本当に、命導天は悔しかった。
こんな馬鹿に負けて、馬鹿の空気に塗りつぶされながら消えることが。
キラキラと光になりながら、命導天は徐々に身体が透けてきていた。
この後どうなるか、それは命導天も知らない。
死ぬのか、消えるのか、生まれ変わるのか、それとも再びあの地獄に戻ることになるのか。
それを決めるのは、この世界の神なのだから。
ただ、せめて少しばかりの嫌がらせくらいはしておきたかった。
それは神としての矜持や、仲間のためではない。
ただ単純に、こいつらが憎たらしいから。
そのくらい、馬鹿な恰好をする二人に命導天はむかついていた。
「……お主らはこれからどうするつもりじゃ?」
「人のことは人が決めるべきだ。だから、後のことは人がやれば良い。あんたはやり過ぎたんだよ」
「つまり、お主らはもう《手を貸すつもりはないと?》」
「ああ。そのつもりだ」
答えた直後、マイティは身体に何か違和感を覚えた。
「くっくはっ! まあこの程度じゃが、嫌がらせには十分じゃろうて! くかかかかかかっ! ジジイの最後っ屁を喰らうと良いわい!」
先程までと違い、命導天はまるで命を消耗しているかのように一気に身体が消えていく。
マイティが何をしたのか慌てて尋ねようとしたときには、残ったのは中指を立てた右手のみ。
そしてその右手も、すぐに消滅した。
レオ……いや、クリスは呟いた。
「あー。やられたねーこれ」
「……何が……一体……」
「契約。それはユピルの方が良く知ってるでしょ」
「……やられた。一体何が契約になった?」
「手を貸さないよね? に『ああ』で答えたから、これ以上手を貸すことが出来なくなった」
「何故だ一体」
「彼、マイティの正体が神だって気づいたみたい。だからこれ以上介入させないようにと考えたんだね」
「つまり、どういうことだ?」
事情が呑み込めないユピルにクリスは順序立てて、説明を始める。
命導天はマイティとレオという二人が神であると考えた。
だから、独自勢力であっても直接の勢力ではないと推測する。
嫌いな神の邪魔をしつつ、後続の援護をしたい。
だから『見守る』という言葉を引き出させた。
その言葉に、自分の全生命を注ぎこみ、最も重たい《神同士の契約》へと変えた。
「という感じ。たぶんだけど、三人目の神様が来る気配とか感じたんだと思う」
「……ふむ。つまり、俺はこれ以上介入することが叶わないと」
「うぃ」
「……なあ、あの時『お主ら』であったから、お前もそうなのではないのか?」
「うぃ。そうなるね。『レオゴールド』は、今回の計画に関わることは出来そうにないの」
「いや、こういう契約は例え仮初の姿であっても本体との強制契約が働くなら、姿を変えただけじゃ……ああ、そうか」
「うぃ。黄金の魔王に強制契約仕掛けられる程の人が居れば、是非とも会ってみたいの。というわけで、私達はここまでだね」
「そうだな。スカイマンコンビは、方向性の違いで解散だ」
「うぃ。音楽性の違いで殴り合いなんよ」
「なんだそれは。ま、後は神らしく、偉そうにふんぞり返りながら見守っておこう。……では、後は任せるぞ、冒険者クリス」
そう言って、二人は別々の方向に飛んでいく。
スーツを脱ぐために、クリスは最短で地上を目指す。
その途中に、クリスはあることを思い出し、それを回収した。
その戦いの映像を流していた、『撮影機器』を。
地上での撮影は難しく、聖遺物を持ってしてでもダンジョン撮影のよううまくいかず、ノイズは多く、声は届かない。
それでも、多くの人がそれをきっと見ていたはずだ。
その、神の打ち倒される瞬間を――。
ありがとうございました。