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寄り道の思惑


 騎士国ヴェーダの都市に到着した瞬間、馬車は何者かの集団に囲まれ、馬が足を止めた。

 周りからどこか不穏な……邪な気配をリュエルは察し、そのまま剣を抜こうとするリュエルをゴドウィンは静止する。

 それは、予定調和であった。


 ゴドウィンとリュエルが馬車を降りた瞬間、叫ぶような声の叱責が飛んできた。

「何をしていらっしゃるのですか王よ! この国難においてふらふらと……貴方は王というご自身の立場がどういうものかわかっていないのでしょうか!? 一体いつまで子供のままで居るのですか!? 少しは周りに目を向けて……」

 ヒステリックに叫ぶ老人と、笑いを抑えたような周りの空気。


 嫌な感じだ。


 そうリュエルが思うほどに、ゴドウィンの扱いというのは悪いものだった。

 よくよく見ると、くどくど叫ぶ老人にリュエルは見覚えがあった。

 リュエルがこの国にいた時、対話したのがあの老人だった。


「大変だね。いろいろ」

 同情めいたリュエルの言葉に、ゴドウィンは苦笑する。

 リュエルは戦時中は恐ろしく鋭いが、普段は世間知らずというくらい周りに興味がない。

 他者が悪意を持とうと劣情を持とうとさして気にせず、ただ嫌な感じがしたらふらふらーっと離れるだけ。


 そんなリュエルが他人であるゴドウィンに同情するほど、この状況と向けられた感情は酷いものであった。


「というわけでミス。空気が悪い中で申し訳ないのだが、一つ、頼みごとをしても良いかい?」

「それが私を連れて来た理由?」

「の、一つだね」

 リュエルは小さく頷く。


 その間も「若い女を連れてきて!」とか「ふらふら遊び惚ける度に我々が苦労を」だとか、老人はなんだかんだとずっと止まらず、ぐちぐちし続けていた。


「彼、マーグって言うんだけど、俺のことどう思っているかわかる?」

 それが、ゴドウィンがリュエルを連れて来た目的。

 その直感の鋭さを持って、部下のことを教えてほしいというものであった。

「……わざわざ言う必要あるの?」

 同情マシマシでリュエルは尋ねた。


 本当に叱りたいなら、こんな自分の気分だけが良くなるような叱り方はしない。

 大勢の前で、街中で、見世物のようなことはしない。

 そもそもそれ以前に、まず話を聞く。

 何故出かけたのか、何をしてきたのか、聞いた上で判断し叱るというのが普通の範疇だろう。

 まず、王を叱るという発想時点で普通でないかもしれないが。


 だけど、これはそれ以前の話。

 彼がゴドウィンに敬意を持っていないのは明らかであった。


「んー。まあそうなんだけど、一応ね」

「んじゃ一応答えるけど、とても馬鹿にしてる感じ。見ての通り」

「出来ない子供扱いとかじゃなくて?」

「いや、そんな可愛いものじゃない。ただただ見下して、悪意を持って侮辱し笑い物にしてる。愛嬌とかそんなもの一切ない」

「そっかぁ。一応聞くけど、国に対しての忠誠心とかわかる感じ? 俺が嫌いで国が好きとか」

「普通はわからないよ、そんなの」

「だよね。……ん? 普通って言うと?」

「今回は、私でさえわかるくらいに露骨。この人、目が濁り切ってる」

 ここまで露骨だと、たぶん直感が鋭くなる以前でもわかった。


 その目には、見覚えがある。

 人造生命体として生み出され、成功例となって、金のガチョウと判断された後自分を見る商人の目。

 自分達の素体を持って来た、性根も性質も歪み切った悪徳商人が、そういう目をしていた。


 自分が儲けることしか考えていない短絡的銭至上主義者。

 つまり……。


「愛国心も、王に対しても、何なら周りの部下にも何もない。彼は、自分のことしか視てないよ」

「……そうか」

 ゴドウィンは小さく呟き、ため息を吐いた。

 そうであるだろうとは思っていた。

 だから、これは正直単なる確認作業。

 リュエルの能力がどの程度か知るためのものでしかなかった。


 それでも……正直言えば、落胆を覚えざるを得なかった。

 有能であることに違いはないのだから。


「マーグ、少し黙れ」

「だ、黙れとは何様ですか!? 貴方はこの忠臣であり国の実質的宰相とも言える私を……」

「外務大臣にそんな権限渡した覚えはないけどなぁ。とりあえずさ、マーグ。お前、クビな」

「……はい?」

「ク・ビ。全権限をこれより取り上げる。荷物まとめて部屋で待機してろ」

「な、何の権限があってそんなことを……」

「俺、王様だけど?」

「仮初のようなものではないですか!? 誰も貴方を王などと――」

 老人の言葉が、詰まる。


 老人だけじゃない。

 周りの人全員が、言葉を失い震え出した。

 ただ少しだけ、ゴドウィンが威圧しただけで。


「その先を言うなら、騎士国の王として今この場で斬らないといけなくなる。街を汚したくない。だから、もう黙っていろ」

「で、ですが理由が……私は……これまで……この国に……尽くし……」

 話すことさえ出来ない程威圧したのに、それだけ自己保身出来るそのさまにはもはや感動さえ覚えられた。

 ゴドウィンは小さくため息を吐き、威圧を止める。


 次の瞬間、老人は水の中から出たようなぷはっと大きく息を吸い、周りはおろおろとした気配の喧噪が広がった。

 いつも馬鹿にしていても、こんなことにはならなかった。

 文官相手にゴドウィンは一度も剣を抜いたことがないからだ。

 だけど、今日に限っては何かあれば斬られると文官たちは理解出来ていた。


「あー。とりあえず理由だけどさ、後ろにいる彼女、ミス・リュエル。彼女に見覚えは?」

「そこの街娘なら、私が丁重にお帰り頂くよう頼んだはずですが。まさか王……あの場に娼婦を連れ込もうと……」

「それ以上言うと、彼女の無礼でお前、本当にクビが飛ぶことになるぞ? 彼女、勇者候補だ」

 ざわりと、嫌な空気が広がった。


 勇者候補というのは文字通り勇者の見習いのようなものであり、何の権限もない。

 だが、勇者候補というのは権限を持たないだけで、その志は高く、能力は秀でた証でもある。

 権限がないと言っても、実質的な権力に近いものを持っている。


 さらに言うなら、勇者候補の認定は非常に厳しいものであり、勇者候補の時点で一流冒険者の上澄みが確定する。

 人格秀でた一流冒険者で、国を超え、世界平和のために働く志を持つ者。

 それが『勇者候補』という肩書の価値だ。


 だからこの場合、こうなってしまうのだ。


「お前、外務大臣の立場で他国の勇者候補を、話も聞かずに追い出したんだぞ?」

「で、ですが彼女は自分がそうだと一言も……」

「言えないくらいにテンパってたんだよ。トラブルで。勇者候補が困難に巡り会い、助力を求めるのに追い返した? お前、ヴェーダを潰すつもりか?」

「そ、そんなつもりは毛頭……」

「つもりはなくてもそうなるだろうが。勇者を蔑ろにしたっていう風評が広がってみろ? うちは確実に詰むぞ?」

 ヴェーダはフィライトのように宗教に重きを置いていない。

 むしろフィライトのような熱心な信仰を否定する側である。


 神の手によって人は育つのではない。

 神に見守られる中、自らの意思を持って進むことを神は望む。


 そんなヴェーダにとって勇者というのは代価の信仰に匹敵する。

 騎士国において力を貴ぶため、勇者信仰と呼んでも良いほどにその価値は高い。

 少なくとも、騎士の上に勇者が位置し、それゆえにヴェーダでは勇者は国王よりも上の地位として扱われることとなる。

 そのヴェーダが勇者の雛に対し不当な行いをしたなんて噂が広がれば、国の骨組みそのものが崩れるだろう。


 つまり、ゴドウィンの言葉は、否定できない事実だけで飾られていた。


「で、ですが私は……これまで、ただ国のために奉仕を……それを、たった一度のミスで……」

「一度の失敗さえない俺から多くの権限を取り上げた貴様にそれを言う資格はない。それと言っておこう。近いうちにお前には監査が入る。身が綺麗じゃないなら、覚悟しておけ」

 ゴドウィンの言葉に、マーグは真っ青になっていた。


 思い当たる節でもあるのだろう。

 自分が優れていると思い込み、他人を無能と決めつけて、そんなマーグが着服を見つからないようにするなんて発想を持っているわけがなかった。


 周りの喧噪も、真っ青になった配下も無視し、ゴドウィンは再びリュエルの元に戻った。

「んで、本題はここからなんだけどさ……」

「ん」

「この中でさ」

「ん」

「俺の味方になりそうな奴……探してくれない?」

 リュエルは静かに、うんざりとした表情を見せた。


 この場にいるのは、そこで蹲っている老人に同調しゴドウィンを無意味に見下していた、五十歩百歩のどっこいどっこいな奴らばかり。

 そんな下らない性根の奴らをわざわざ視るというのは、リュエルとしても正直避けたいというのが本音であった。


「頼むよ。お礼にいろいろ用意するからさ」

「……………………わかった。助けてくれた恩義もあるし……」

 本当に嫌らしく、リュエルは不承不承さを隠そうともしない。

 それでも一応同意を見せてくれて、ゴドウィンは安堵の息を吐いた。




 一応奇跡的に、限りなくギリギリだが条件に見合う存在が見つけられた。

 だけど、残ったのは陰険眼鏡ただ一人であった。

「それで、私を残して何の御用でしょうか我が王よ。命令ならば書類を通して貰いたいものなのですが? ああ、まさか私と雑談しようなんて言うつもりはありませんよね? 我々はそのような仲良くする間柄であったとはとてもとても」

 嘲笑するように、男はゴドウィンは立てつく。


 ゴドウィンは青筋を立てながら、男を指差した。

「リュエル、本当にこれがそうなの?」

「うぃ。彼は、他の人と違った」

「こいつ、俺の敵対派閥の長なんだけど?」

「それでも、お金にも女にも権力にも目が眩んでなくて、国に対して忠誠心もあった。ついでに貴方のこと見下してはいない」

「……まじか。……まじかぁ」

 ゴドウィンは信じられないものを見るような目で、男に目を向ける。


 ゴドウィンに対し最も敵対的な派閥『騎士王排除派閥』の長であり、一日一度は嫌味を言ってくる陰険眼鏡。

 仕事は出来るけれど同時にゴドウィンの権限を最も強く奪う存在で、最もゴドウィンがいなくなって欲しいと願っている存在。


 だから一番『味方になりそう』から遠い存在と思ったのだが……。


「ごめん。もいっかい確認する。本当にこいつ? 間違いない?」

「うぃ。間違いないし、それに貴方への敬意も持ってるよ彼」

「嘘ぉ……!?」

 ゴドウィンは男の顔を見ながら驚愕した。


「……王よ。御令嬢を前に叫ぶのははしたないですよ。いくら親しい関係と言えども他国の重鎮であるのでしょう?」

「あ、ああ、まあ、そうだな。……ん。呼んだのは俺だ。信じよう。あー……こほん」


 わざとらしく咳払いをして、ゴドウィンは男の前に立つ。

 そして……。

「サー・ランディール。貴卿を外交長官を任命する」

 その言葉に男、ランディールは目を丸くする。

 外交長官と言っても、先程その責任者である外務大臣がいなくなったばかり。

 つまり、必然的に大臣権を掌握したことになり、外交関係の総責任者ということになる。


「……王よ。正気ですか?」

 ランディールは怪訝を通り越してまるで心配しているような表情を見せる。

 とはいえ、しょうがないことだろう。

 いきなり政敵が最上位クラスの権力をぶん投げてきたのだ。

 戸惑わないわけがない。


 ゴドウィンは彼、ランディールに権力が集中しないために、自分にとって気に食わない、不快な相手も使い権力を分散してきた。

 それは決して間違いではない。

 ランディールも、これまでそのつもりでゴドウィンを相手にしてきた。

 自分達は不倶戴天の関係柄であり、殺気を向け合いながら政争をするのが日常であると。


 そこで、この態度の転換である。

 驚きもあるし、戸惑いもある。

 だけど何より、ただ純粋に、気持ち悪かった。


「言いたい気持ちはわかるし、俺も正直気持ち悪い。それでもまあ……人手不足でなぁ……」

「それでも、私を使うより絶対マシな人がいるでしょう。今なら聞かなかったこにとしてあげます。もう少し時間をかけて、考え直しましょう?」

「いや、そうもいかない事情もあってな。ついでにお前の言ってた案の『官僚統合化計画』も全部認めてやろう。これでお前はガチの宰相だな。おめでとう」

「考え直しません?」

 おろおろする政敵を見て、ゴドウィンは「ふむ」と呟く。

 何か、思ったより何とかなりそうだと感じられた。


 それもそのはず、リュエルは空気を呼んで言わなかったが、ランディールからゴドウィンに対し、強い敬意と親愛が向けられていた。

 国ではない。

 世界でもない。

 若き騎士王ヤー・ゴドウィンに対し、ランディールは忠義を捧げている。


 誰よりもゴドウィンに対し嫌がらせをし、常に王の座を排除しようとしているが、消えて欲しいというわけでもない。

 自分程度の障害など跳ねのけてくれるだろうという信頼があっての行動であった。


 つまり……彼は極度にめんどくさいタイプの『ツンデレ』であった。





 ランディールが『止めましょう』『撤回しません?』『貴方を追い出し王になりますよ?』と繰り返すひと悶着が終わり、ゴドウィンは再びリュエルの元に。

 ランディールはとぼとぼと煤けた背中でその場を後にしていた。


「お待たせ。それじゃ、約束通り剣を用意しようか。この街なら……うん、武器庫がある。そっちの方に行くからついてきて」

「良いの? 勝手なことして」

「良いさ。それに、俺が手伝えるのはここまでだからな」

「……一つ、聞いても良い?」

「何?」

「王を止めるつもりなの?」

「どうして?」

「任せられる人に、権力投げてるから。それも慌てて。まるで、いなくなるみたいに……」

 ゴドウィンはふっと軽く笑い、首を横に振った。


「いいや。面倒な仕事の押し付け先を用意したいだけ。俺は自由に動きたいんだ。ほら、軍の隊長だって後ろにふんぞり返る奴ばかりじゃなくて一緒に先陣切る奴もいるだろ?」

「隊長と王を一緒にするのはどうかと思う」

「ははっ。正論だね。何も言えないや」

「まあ、やりたいことはわかった」

「ん。というわけで、武器庫です」

 ゴドウィンは見張りの門番に挨拶し、中に入っていく。

 ただ……。


「これ、本当に武器庫? 宝物庫じゃない?」

 リュエルは尋ねる。


 厳重な警備にピリピリした気配。

 そして同時に、武具が一つ一つ丁寧に飾られている。

 反面、量産品や砥石、火薬などは全く置かれていない。

 それは武器庫と呼ぶにはあまりにも適していない様相であった。


「大丈夫大丈夫。というわけで好きな奴……と言いたいところだけど、持ち出し禁止も多いから、良さげなの見つけたら一応確認に見せておくれ」

「……やっぱり宝物庫なんじゃ」

「武器庫です」

「……そか」

 何とももやっとした気持ちはあるものの、武器が必要なのは事実。

 リュエルは諦め、良さげな剣がないかを物色しだした。


 相当数武具はあるものの、槍や弓、盾や鎧と非常に多くの種類がある。

 また剣であってもリュエルの体躯に合わせた両手持ち剣となるとその数も限られるから、迷うことはなさそうだった。


 そんな時、ふと、リュエルはその剣に目が留まる。

 それはリュエルが持つには適さない巨大な剣。

 だけど、他の剣と一線を画しているのが一目でわかり、目が、離せなかった。


「ねえ、これ……」

「ああ……。それは止めた方が良いよ。というか、たぶん持てない」

「持てないって?」

「その剣は強すぎてな、誰も持てないんだ」

「強すぎるから持てない? 意思があるの?」

「いいや」

「重たすぎるの?」

「いいや」

「じゃあ、どうして?」

「わからない。わからないけど、持てないんだよ。剣が拒むように。それでも無理して持ったなら……」

「持ったなら?」

「全身が焼け落ちて死ぬ」

「…………」

 リュエルは静かに、その剣の持ち手に手を触れようとする。

 だが、すぐに止めた。


 直感とか関係なく、自分では駄目だというのが何故か理解できた。


「……この剣の名前は?」

「――《バルムンク》。かつて黄金の魔王が使ったとされる、伝説の剣だ」

 それは願い。

 いつかこれを扱える者が現れ、自分の前に立ってくれるだろうという希望。

 だがその願いはついぞ叶うことはなく、こうしてこの地に眠り続ける。


 黄金の魔王にとっても、剣にとっても、そしてそれを管理する国にとっても、不幸な話である。

 皆、担い手が現れることを望んでいるというのに……。


「やっぱり宝物庫なんじゃん……」

 ゴドウィンはそっと顔を反らした。




 そこそこの剣を見繕い、神との繋がりが深くなるという宗教的なアイテムを手渡し、馬車に乗るリュエルをゴドウィンは見送った。

 本音を言えばついて行きたい。

 あの感じだともう一戦くらいありそうだし、今度はもっと激戦になりそう。

 激戦でかっこよく立ち回って、リュエルあたりを庇って、そして良い感じに騎士ムーブが出来たらもう文句はない。


 そのついでに、現地でのご婦人とのアバンチュールでもあればもう、騎士道精神を満たす完璧な一日と言えるだろう。


 とはいえ、時間切れ。

 ストレス発散はあそこまでとし、再び面倒なお仕事の時間に、ゴドウィンは戻らねばならなかった。


「失礼します」

 馬車を見つめるゴドウィンに、背後からランディールが声をかけてきた。

「どうした?」

「いつもの小言です」

「……どうぞ」

「宝物庫にて王が議会承認なく贈与が叶うのはCランクまでです。あちらの宝物庫は最上のAランク。そこにある武具でCの物はありませんが?」

「事後承認で頼むよ」

 そう言ってゴドウィンはウィンクをしてみせた。

「っ! ふ、ふざけないでください! そもそも、国宝を他国の要人に譲るとは、一体何を考えて――」

「まあ、悪いけど今回は無理を通させてもらうよ。彼女には、色々恩を売っておかないとまずいんだ」

 怒りが再び沸き上がり、激昂しそうになるランディール。

 だが、ゴドウィンの表情が想像以上に真面目であった。

 伊達や酔狂で政敵であったわけではないランディールは、何か特別な事情があると察した。

「……駄目、ではなくまずいですか」

「ああ」

「理由をお聞かせ願えます?」

「彼女、『R案件』の関係者だから」

「R? え、それは…黄金の……」

「そ。その関係者。だから多少強引にでも縁を結んでおいて、関係を良くしておいて、ご機嫌伺いしておきたかったんだ」

「……失礼しました。それなら、私は何も聞かなかったことにします」

 魔王でない者に、語る権利はない。

 そうと言わんばかりに、ランディールは口を噤んだ。


「ま、これからは多少は仲良くしていこうや。とりあえず、今晩一緒に酒でもどう?」

 空気を入れ替える意味と、本当に友好を結ぶため、ゴドウィンは明るくランディールを誘う。

 だがランディールは非常に冷たい目を、ゴドウィンに向けていた。


「……我が王よ。どこぞの誰かさんが私に役職を、もうこれでもかと割り振ったので、しばらく私は誰かと夕飯を共にすることも、ましてや晩酌などする時間はございません」

「えっと、その……怒ってる?」

「まさか。敬愛すべき我が王に怒りなど、向けるはずがないでしょう! では、失礼します!」

 怒鳴るように声を荒げ、ランディールはその場を去っていく。

 ゴドウィンは悪いことをしたかなーと思いながら、頬を掻いた。


 後日……貢物と称してランディールよりえらく高いワインが贈られてきたが、ゴドウィンはその意図が全くわからず困惑することしか出来なかった。



ありがとうございました。

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