抗いビーム
簡単だからやってみよう。
そんなノリで提案された剣からビーム攻撃なのだが……当然、できるわけがない。
これでもリュエルは剣についてならそれなりに自信がある。
何なら白の魔力を扱うのにこれ以上適したものはないだろう白の権能なんて勇者らしすぎる力も持っている。
だけど、それとこれは話がちょっと違う。
違い過ぎる。
ゴドウィンがビームを放ったのを境に、戦いはさらなる発展を遂げる。
具体的に言えば、ゴドウィンがビームを連発し、呼羅は縦横無尽に空を駆け、ついでに斬撃を飛ばしビームを迎撃している。
高笑いをあげながらの二人の戦いは、剣士同士の決闘というよりもはや怪獣大決戦というような有様だ。
一応、頑張って戦いに参加する意欲をリュエルは持っているものの、『参加できている』とはあまり言えなくなってきた。
実力もそうなのだが、それ以上に相手が飛んでいることが大きい。
遠距離攻撃を持つことが、戦闘に参加する最低限の条件となってしまっている。
ゴドウィンも空を飛べないはずなのに、跳躍と二段ジャンプとビームで空中戦に適応している。
もう『どうやって二段ジャンプしてるんだよ』というツッコミをする気力さえ起きない。
こうして現実でその光景を見ていると、リュエルは自分の中にあった理想の剣士像が、ほんの少しだが崩れてきているように感じられた。
リュエルの考える理想の剣士というのは、クリスがそれにあたる。
最強の姿が想像出来る程に、クリスの素振りは常軌を逸していた。
身体全体で剣を振るというのは、もう当然。
クリスの場合はさらに、全身の筋繊維一本残らずすべてを制御し、身体を動かしている。
本来、無意識で動かす全身の機構を、すべて己の意思で完全にコントロールし、そのすべてを一振りに注いでいた。
理想は『毛の一本たりとも逃さずに動きを再現できること』――だそうだ。
そんなだからクリスは、たった一度の素振りで汗をかき、十度も振れば全力疾走したときのように全身びしょぬれとなっている。
その素振りを重ね、完璧とも言える状態に至った、所謂到達点こそが、リュエルの考える理想像。
クリスの修行、その行きつく先こそが最強の剣士である――そう、思っていた。
思っていたのだが……。
「剣士の理想って、最大火力の長距離攻撃で一方的になぎ倒すことなんじゃ……」
ぽつりとリュエルは呟く。
少なくとも、今目の前の光景を見ると、そうとしか思えない。
どれだけ素晴らしい斬撃を披露しても、届かなければ、何の意味もない。
ゴドウィンのビームは射程無限で、遠くに吹き飛ばされた呼羅さえスナイプするように連続して撃ち抜いている。
普通の人なら確実に死んでいるだろうが、呼羅は怪我した様子さえ見えなかった。
「いや、やっぱりおかしい。よくよく考えたらビーム剣簡単って言ってたけど、そんなわけない。だってあれ、剣士が魔法使いの領分に土足で踏み込んでる……。しかも詠唱要らずで」
十本指に例えられる、世界で十人しかいない魔王。
本物の一人を除けば、皆まがい物の魔王であると言われているけれど……。
それでも、世界の頂点であることに違いはないようだ。
リュエルは小さくため息を吐き、何とかしてあの中に混じる努力を考えた。
呼羅の放つ斬撃を迎撃しようとゴドウィンが構えた瞬間、背後からそれは飛んで来て、横を通過していく。
それは――斬撃だった。
鋭く、細い、美しい虚空の刃。
後方より放たれた斬撃は呼羅の斬撃に触れるも撃ち負け消滅する。
「やっぱり私じゃこの程度か」
ぽつりとした嘆きを、背後の女性が呟いた。
ゴドウィンは飛んできた斬撃を剣で切り払ってから、後ろを向いた。
「いや、大分弱体化してたし、悪くなかったと思うよ。それより、どうやったの? それ、あっち側が使ってるやつじゃん」
斬撃を放つということ自体は、そう珍しくない。
だが、呼羅が放つ斬撃ほど距離減衰がない斬撃は珍しい。
理、法則、もしくは仕組み。
何かはわらないが、既存技術の理からは逸脱していることに違いはない。
そして、その逸脱した技術を何故かリュエルは使っていた。
「えと、真似したら、なんかできた」
「なんかできた!?」
「うん。あんまり難しくなかった。というか、ビームの方がキモい」
「キモい!?」
「うん。だって、あっちのは普通の剣技だったし」
リュエルの言葉にゴドウィンは泣きそうな顔をし、呼羅は自分の技が真似されたのがよほどうれしかったのか、「がっはっはっはっは!」と愉快に笑った。
「私、自分のこと不真面目な奴だと思ってたけど……あなたたちには負けると思う」
ぽつりと、リュエルはそう呟いた。
「ん? 不真面目って?」
ゴドウィンはリュエルの問いを聞き、首を傾げた。
「だって、あなたたち二人とも真面目にやってないじゃない」
「いや、全力全開、本気で戦ってるけど?」
「だから、自分の役目とか、やるべきこととか、誰かを助けるためとかじゃなくて……二人ともただ、自分が戦いたいから戦ってるだけじゃない」
ゴドウィンには王としての役割が、呼羅には神としての役割がある。
そのために戦うことは間違いではないが、今の二人にとってそれは建前程度に過ぎない。
彼らはただ、戦いたいから戦っていた。
言われてから、二人も確かにと納得する。
そうでもなければ、大国の王なのに家出して、何のメリットもないまま他国の戦闘に参加し、命を賭けるなんて奇行に出るわけがない。
対して――呼羅の方も戦いたいから戦っているというバトルジャンキーだが、悲しいことにゴドウィンよりもほんの少しだけまともであった。
リュエルの一言でようやく……呼羅は、命導天に呼び出されていることに気がついてしまった。
気付かずにいられたら、もう一、二時間くらいはこうして楽しい時間を過ごせたというのに。
「……ちっ。残念ながら、時間切れだ」
呼羅の言葉に、ゴドウィンは眉をひそめた。
「逃げるのか?」
「いいや。お前らを速攻でぶっ殺すんだよ。小娘。死にたくないなら離れてろ。ただしそのときは、終わった後俺の女として連れて行くがな」
リュエルが何かを言う前に、ゴドウィンが吼えた。
「させるわけないだろうが、ボケ」
「だったら抗ってみせろ。これまでと同じだと思うなよ!」
叫び、構えを取る呼羅。
その直後、みしり、みしりと音を立て、彼の頭部に二本の角が生える。
数十センチの細い、枝分かれしたその角は鹿のよう。
それを表に出してから、呼羅の神聖さのようなものが跳ね上がったように感じられた。
「こうなったら加減はできん。死にたくないなら、全力を超えてみせろ! 万が一にでも生き延びたら認めてやる!」
空に飛び、呼羅は剣を振り上げる。
その迫力のせいか、まるで剣が大きくなったように感じ……。
「いや、違う。大きくなってる!」
リュエルは叫ぶ。
精神的なものだと思ったのは、ほんの一瞬。
精神的なもので二倍にも三倍にも見えるわけがない。
十倍を超え、二十倍を超え……気づけば剣は見上げる程の巨大な建造物のようになっていた。
あれなら、斬撃を飛ばす必要などなく、空に飛びながら地上に叩きつけることが叶うだろう。
「いやはや、とんでもねぇな。まったく神様ってのは理不尽なもんだ」
ゴドウィンは呟く。
苦笑いしながらでも、楽しそうという感情が隠しきれていなかった。
「それで、何か手はあるの?」
「まあ、俺も一応切り札はあるけど……リュエルちゃんってさ、亜人とかどう思う?」
「どうって?」
「気持ち悪いとか、そういう気持ちあるかい?」
「ない。人だろうと亜人だろうとどうでもいいし、興味がない。だから、あなたが擬態してようと本性が醜悪だろうと、私の気持ちは変わらない」
「ありがとう。素敵な言葉だ。じゃ、ちょっと本気出すけど……怖かったらごめんね」
どうして謝ったのか、リュエルは尋ねようとした。
だけど、尋ねられない。
何故か、声が出なかった。
超巨大な剣を構える神の圧だけじゃない。
隣にいる男からも、同等の圧が感じられたからだ。
いや、傍にいるぶん、こちらの方が強く感じる。
全身が重く、まるで重力が何十倍にもなったようだった。
バキン、バキンと、何か重たいものが割れる音が響く。
それは地面だった。
地面に罅が走り、どんどん範囲が広がっていく。
自分の周りだけ地面に変化がないから、リュエルは守られていると理解した。
威圧が最大となったところで、ゴドウィンの身体に変化が生じた。
最初に変わったのは、腕だった。
さっきまでなかった両腕に、赤いガントレットが付けられている。
ただ、フルプレートメイルが装着するような綺麗なものではなく、そのガントレットは蛇腹状で、非常に刺々しく、凶悪なデザインをしていた。
メタリックレッドに輝く、蛇腹状の巨大なガントレット。
リュエルは、それが腕そのものであると気づいた。
ずしん、と何かが地面に落ちる音が響く。
それは尻尾だった。
ガントレットと同様に赤く、だがガントレットと違って生体らしさを残した赤い鱗の尻尾。
そんな尻尾が、ゴドウィンから生えていた。
さっきまでは若い騎士王という有様だった。
だが、今はそのようななよっとした印象はない。
『竜の魔王』
その有様は、まごうことなきドラゴンであった。
「ごめんね。怖いよね」
「別に。顔はそのままなんだね。角とか鱗とか生えないの?」
リュエルは、それだけケロッと返す。
変身中はプレッシャーがガリガリと来たが、終わってみればそうでもない。
もともと興味もないし、誰かに怯えるようなこともないから、リュエルにとって外見の変化など本当に些細なことに過ぎなかった。
強いて言うならば、大きく巨大な尻尾は第三の足といえるほどに丈夫で安定感がありそうで、少しだけ羨ましいなと思った程度。
本当に、その程度のことだった。
「強いね、君は」
「強いのはあなたでしょ」
ゴドウィンは苦笑を見せる。
真の姿を見て怯えなかった女性は、生まれて初めてのことだった。
「それよりも、どうすればいい?」
「ん? 俺の後ろで隠れてて……っていうタイプでもなさそうだね。できることをしておくれ」
困った顔で笑いながら、ゴドウィンはリュエルに伝える。
騎士的に言えば、女の子を護る誉れが欲しいところだが、横にいるのは“女の子”というにはあまりにも勇気があり過ぎる少女であった。
「本当に微力だけど、手伝う」
「ありがとう」
そう言って、二人は空を見上げる。
こちらの準備を待っていてくれたのか、視線が合ってから――呼羅は剣を振り下ろした。
隕石が降ってきたら、こんな感じなんだろうな。
巨大な剣を見ながら、リュエルはそんなことを考える。
そう感じるほどに、神の一撃は強大だった。
リュエルは、呼羅コピーの斬撃飛ばしを連発し、刃を降り注ぐ剣にぶつけていく。
体積的にも能力的にも、焼け石に水なのは分かっている。
それでも、他にできることは何もなかった。
――欲しいな。
思わず、願ってしまう。
努力なしの力など価値はなく、他人の努力を妬むなど恥でしかない。
クリスがどれだけ努力を重ね、どれだけ苦労して成長してきたかを知っている。
クリスがどれだけまっすぐに強くなろうとしているかを、リュエルは知っている。
それでも、強大な力に立ち向かえる力が――リュエルには羨ましかった。
まるで隕石と思えるような巨大な斬撃。
それでも、なんとなくだが……リュエルは、大丈夫だと思えた。
単なる直感に過ぎないが、リュエルは、自分の直感に自信があった。
いや、直感だけじゃない。
隣にいる男が頼もしいから、きっとそう思えた。
ゴドウィンが剣を構えると、再び刀身が煌めく。
ただし、今度は白ではなく……赤。
身体変化した箇所と同じく、刀身が真っ赤な光に包まれていた。
――赤神の信者だったのかな?
一瞬そう思ったが、そうじゃない。
そもそも、たぶん信仰さえしていない。
そしてゴドウィンは空を見上げ、降り注ぐ剣に向けて剣を振った。
「はぁっ!」
短く気合の入った一閃に合わせて、赤い光が直進する。
相変わらず、何故か剣を振るとビームが出ている。
そして巨大剣と赤い光が触れ合った瞬間、光の奔流が始まった。
簡単に言えば、光が爆発しいてる。
ただ赤いだけじゃない。
それは、白いビームとは完全に別物の何かだった。
別物だからだろう。
なんとなく、リュエルはその技のほうが親しみが持てていた。
爆発する光と、降り注ぐ巨大剣。
互いに拮抗し、押し合っている。
まるで空と大地がせめぎ合っているようでさえあった。
「思ったよりも、不味いか、これ……」
頬に汗を伝わせながら、ゴドウィンは呟く。
せめぎ合っているということは、拮抗しているということ。
つまり、我慢比べだ。
そうなると、人に勝ち目は薄い。
体力や身体能力は、どうあがいても神に勝ることはない。
「ゴドウィン。一つ、お願いしていい?」
リュエルの言葉に、ゴドウィンはぴくりと耳を動かした。
「もちろん。何でも聞きたいってところだけど、手短にな。そして、できたら逃げてくれない? 時間だけは稼ぐから。一時間でも二時間でも」
「それ、借りていい?」
「ん? それって、何? 剣? 剣なら手放せないよ!?」
「技の方。借りていい?」
「はい? いや、できるなら是非“どうぞ”。だけどこれは……」
「ん。ありがと」
リュエルは呟き、剣を構えた。
小さく、息を吐く。
なんとなくだけど、声が聞こえたような気がした。
誰の声か知らないけど、すごく自信たっぷりで堂々としていて。
そんな人が『貴女ならできるよ!』と言ってくれたような、そんな声が。
「せーの……光れー!」
破れかぶれ半分、祈り半分。
そんな気持ちのリュエルの一撃から、赤い一条の光が走った。
「うそぉ!?」
「やれるもんだね。ちょっとびっくり」
自分のことながら、驚くリュエル。
さすがに光の太さはゴドウィンの十分の一程度で、随分細い。
それでも謎の遠距離ビーム攻撃が何故かリュエルは使えていた。
ふと……圧が減り、急に身体が軽くなるのをリュエルは感じる。
理由は、空を見ればすぐ理解できた。
空の巨大な剣が、徐々に砕けつつあった。
「これは……」
「リュエルちゃんのおかげだね」
「いや、私そんなことは……」
「謙遜しなくても良いよ。拮抗していたところに傾ける程度の力はあった。そういうこと。だけどまだだ。油断せずこのまま行くよ」
「ん。だけど、一つだけいい?」
「何?」
「呼び捨てでいい」
「少しは距離が縮んだ?」
「私の好きな人と同じ呼び方されたら、不快だから」
「――りょーかい」
ゴドウィンはちょっとだけしょんぼり悲しい気持ちを覚えるもすぐに気持ちを切り替え、剣に集中する。
太い光と、細い光。
二つの赤い光は奔流を起こしながら混ざり合い、一つとなり、空に浮かぶ巨大な神を飲み込でいく。
何か……『見事』か何か叫んだような気がしたが、たぶんそれは気のせい。
そう、リュエルは思うことにした。
そうでないと、やってられない。
二人に遥かに劣る実力不足の自分が勝敗を分けたとは、正直思いたくないし、それで褒められるのだけは本当に嫌だった。
ありがとうございました。