おきぞくさま
ある一点において、彼らは良く似ていた。
性別さえも異なる正反対の二人に存在する、好ましくない共通点。
それは、自分の中で考えを勝手に纏め、そしてそれを外に出すのが苦手という部分だった。
口数が足りず、説明が苦手なのは当然説明しようとさえしない。
そもそも発想の根本から違うから説明が説明足りえていない。
要するに、彼らは勝手に自己完結してしまう悪癖を持っていた。
だから、アルハンブラは苦労した。
リュエルのそれは執着と恋心に近い感情であり、そして自分にとって初めて生まれた自我でもある。
その感情はクローンとして命令だけに従う児童兵士同然であった彼女が親でもある組織を裏切ってまで求めた程に強い。
要するに、『好きだから一緒に居たい』というだけ。
それだけの事を間接的にも伝えていれば、こんなにこじれなかった。
そもそも、別に正直に全部伝なくても良かったのだ。
一緒に冒険したいという気持ちを前に出し、建前でも適当に用意すれば済む話であった。
クリスの方はもっと酷い。
何もかもが勘違いで終結されている。
勝手に『大魔王と勇者が運命的な出会いをした』と勘違いして、リュエルは自覚なくとも『ジーク・クリスは大魔王である』と本能的に察知している……と勘違いをして、そして危機感を覚えているんだと勘違いをしている。
『例え死が二人を分かつとも』
これはリュエルの中にある粘っこい感情を表した言葉である。
恋なんて爽やかな物ではなく、青春なんて綺麗な物でもない。
執着的愛に加え肉欲まで含まれた執着型ストーカーの激情。
リュエルの世界において、彼だけが色を持った存在であると言い換えても良い。
もしも彼が死ねば、己は生きる希望を失うだろう。
そうとさえ思っている。
これもこれで酷いが、クリスの発想と勘違いはもっと酷い。
悲しい程にリュエルの気持ちはクリスには届いておらず、それどころかむしろ正反対の気持ちと受け止めている。
『いつか必ずお前を殺す。その時までお前の傍に立ってやる。心休まる時はないと思え』
例え死が……の意味はこうなんだと、いやそうであって欲しいとクリスは願っていた。
そして更に悲しい事に、クリスにとってはそんな殺害予告はどんなプロポーズよりも歓喜に満ちた言葉であった。
何時の日か、例え己が破滅しようともそんな日が来る事を願ってしまう程に……。
「とりあえず、パーティー設立おめでとう。積もる話もあるだろうが、冷める前にこちらをどうぞ。私からのお祝いだ」
そう言ってアルハンブラは、したり顔でテーブルの上にピザ、ポテト、フライドチキンとパーティー向けの食事を並べていった。
サラダやスープといった油っこくない物もバランスよく配置され、しかもリュエルに取りやすい位置にある当たりアルハンブラの気配りと細かさが表れていた。
「これは?」
クリスはきょとんとした顔で首を傾げた。
「私からのお祝いだよ。クリスには食堂で奢ると言ってしまったが、せっかくのパーティー設立記念だ。二人で話を弾ませながら食べて欲しい。いや、そうじゃないな。これから一緒にやっていく相棒となるんだ。それがどの位長くなるかはわからないが、最低でも三か月は一緒に居る事となるだろう。故に、君達はもっと互いを理解し合わないといけない。そんな訳で、他人事ながらお節介を焼かせて貰うよ、君達は少しばかり風変り過ぎるからね。理解にもっと時間をかけるべきだ。お互いにね」
そう言ってからアルハンブラは部屋を去ろうとして……。
「あれ、どっか行くの? 一緒に食べない?」
「言ったはずだよ我が友よ。パーティーで話し合うべきだと。不安だから傍に居てくれというのならいるが……それは冒険者として好ましい回答ではないな」
「いや、食事だけ用意させて自分達だけ食べるのはちょっと心苦しいなーと」
横でリュエルも首を縦に降り頷いた。
「それならば気にしなくても構わない。私はこう見えて友情に篤い男でね、それと、そういう自分に酔えるなんて悪癖も持ってしまっている。では、また会おう、我が友。そしてミスリュエル、我が友を頼むよ」
「……うん。ありがとうスピードワ〇ンはクールに去るんだね」
「……何の事かわからないが、その呼び方は止めて貰いたいかな」
アルハンブラはさっと手を振り、その部屋を後に。
そして絞められたドアのドアノブにはこの部屋の鍵と返すべき場所を記したメモが用意されていた。
「……かっこいい……何か、行動が全体的に渋いなぁ」
キラキラした目で呟くクリスを、リュエルはそっと見つめた。
「ここまでお膳立てされた訳だし、色々話そう。食べながら」
クリスの言葉にリュエルはこくりと頷く。
「わかった。でも、私はそういう自分を出すのがあまり得意じゃない。質問してくれた方が助かる」
「うぃ。じゃあ、趣味とか教えてくれる? ちなみに私はゲームに読書。漫画が多いけど割と何でも読むよ」
「……そう、覚えとくわ。そしてごめんなさい。趣味とかそういうのはないの。ついでに言えばゲームがどういう趣味なのかもわからないわ」
「そうなの?」
「うん。私は……空っぽだったから」
「そか。じゃあもしかして、冒険者としてやりたい事も……」
「……ええ、ない……と、思う。だから全部クリス君に合わせる。それ位だから。私のやりたい事」
「それもそれで素敵だね」
嬉しそうに、クリスは笑った。
「どうして?」
「だって、やりたい事を探す冒険だよ? 青春じゃん。一緒に探そうね、やりたい事」
「……ありがとう。そうね、私もそうあれたら良いと思うわ」
「後はまあ、嫌じゃなかったら一緒に遊んだりしよ? そっちで趣味が見つかるかもしれないし」
「是非。それはとても楽しみ。えと、クリス君がとかじゃなくて、誰かと一緒に何かするなんて機会なかったから……いやクリス君とそういうのが嫌とかじゃなくて嬉しいけど……えっと」
もじもじと少し困った顔をするリュエルを見て、クリスは微笑を浮かべた。
「うん。大丈夫。私もあんまり誰かと遊んだ事はないから、一緒一緒」
微笑みクリスと異なり、リュエルは相変わらず無表情だった。
ただ、それは表情を出すのが苦手というだけで雰囲気そのものはさっきよりも大分緩んでいた。
「後……趣味とか違うけど、一応好きな物はあるわ」
「そうなの? 教えてくれる?」
「子供っぽいかもしれないけど、ぬいぐるみが好き」
いかにも軽い趣味みたいに言っているが、組織に飼われていた時代でさえ週五で箱買いしていた異常者である。
そしてクリスを見つけてもその趣味に変化はなく、これからも週四で買いあさる気満々であった。
「良いじゃん。好きな物に大人も子供もないよ。ああ、だから私と一緒に居たいんだね。あはは、そんな訳ないね」
「あはは」
そう言って笑うふりをするが、リュエルの目は笑っておらず、それどころか獲物を狙う鋭い鷹の様になっている。
その目にクリスが気づいていないのは、幸い……と言って良いのかはなはだ微妙なラインであった。
「あ、これ美味しい」
ポテトを一つもしゃりと食べてクリスはぽつりと呟いた。
「そうなの?」
「うん。ほら」
そう言ってフォークを差し出したのを見てリュエルは一瞬驚いた後、ぱくりと一口。
「ね?」
そう言って笑うクリスの顔とそうした行為だけで、リュエルのお腹は一杯になりそうだった。
「……意外と食べるんだね」
食事も終わり、会話も一区切りと部屋に鍵をかけ、鍵を受付で返した後リュエルは隣に歩くクリスにそう言葉をかける。
成人男性の平均……いや、それより多い量をクリスはぺろりと平らげていた。
「そう? 逆にリュエルはあんま食べなかったね」
「食、細い方だから」
「そか」
「でも、もう少し食べる量増やしてみる。冒険者は体が資本だから」
「だねだね。私ももう少し大きくなれたら良いんだけど、難しいだろうなぁ」
「クリス君はそのままで良いよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
話しながら、ゆっくりと歩いていく。
正直に言えば、あの部屋での食事しながらの会話はあまり弾まなかった。
弾む程の共通の話題がなかったとも言える。
そりゃあそうだ。
彼らには話すべき『これまで』がないのだから。
だから……これからを話し合った。
どんな冒険者になってどうするかというこれからを……。
『リーダーは任せる。私は向いていない』
『うぃ。任せて。私も未経験だけど、やる気だけはある』
『頼もしい。方針とかも好きに決めて』
『色々やって、上を目指す。成長重視で』
『向上心の塊』
『というわけで食べたらすぐに動きましょう』
『了解』
『でも良いの? 後で返すけど今は……』
『大丈夫。返す必要もないよ。パーティーの為だし、そもそも私お金に困った事はないし』
『だったら、今回は借りにしておくね。……借りばっかり溜まっていくなぁ。皆良い人で』
そんな会話をして後に、今はあの部屋を片付け鍵を返したところである。
理想を言えばこのままパーティー結成の書類を出してしまいたかったのだが、アルハンブラ曰く入学してしばらくは駄目らしい。
だから次点として、彼らは今日出来る事をしようと考えた。
依頼を受けたり学内ダンジョンだったり、そういう普通な場所にはまだ行かない。
リュエルの白の権能を封じた上でないと無双してしまい冒険する意味が何もないからだ。
だから今日出来る事は、有料の特別講義を行う教師の部屋を探す事。
そして、今手元にお金のないクリスの分も含めてリュエルはそのお金を支払うと宣言した。
クリスも良い所を見せたかったというだけの理由なのだが……不思議とクリスのお金を自分が代わりに支払う事を考えると、何故かわからない得も言われぬ快感を覚えられた。
次があればまた自分が支払おうと思う程度には。
そうして、色々な特別講義用の個室を練り歩いているのだがどこもかしも先客が入っていた。
上級生は当然、Dクラスの同級生も中にはいた。
不真面目な見た目とは裏腹に教師の言う事を従う良い生徒であった様だ。
探して探して既に建造物三か所目、個室の数で言えば八十を超えた。
そろそろ諦めようか。
そう思いながら別の建造物に移る為外を歩いている時だった。
「ようやく見つけたぞ。待ちたまえ!」
背後から声が聞こえ、クリスとリュエルは後ろを振り向く。
そこに居たのはこれまた典型的なお貴族様的外見をした若い男性だった。
外見で言えば十代後半位で、金髪ブロンドの髪に整った顔立ちと容姿端麗と言っても十二分な姿をしている。
ただ、少しばかり鼻に付く自慢げなドヤ顔と四人ばかりの取り巻きの所為で『イケメン貴族』というよりは『金持ちのぼんぼん』みたいな雰囲気になってしまっているが。
いや、立ち振る舞いで見ればその感想もあながち間違いではないだろう。
「我が名はラウッセル・ド・リディア! 偉大なるリディア家の嫡男である! リュエル・スターク! 君に我がパーティーに入る名誉を与えよう!」
そう言いながら彼はどこからともなく薔薇を取り出し、リュエルに差し出して来た。
貴族らしき美形の男性に情熱的に声をかけられる。
女性的に言えば悪くないシチュエーションかもしれない。
だけど、はっきり言えば、リュエルにとって彼という存在は路傍の石程度にどうでも良い物だった。
むしろ今の状況をデートと内心で思っているリュエルにとって邪魔で憎しみさえ覚えている。
どうしたもんかと考えクリスの方に目を向ける。
これでクリスが悲しそうだったり嫌そうだったりしたら、とりあえず目の前の屑を斬ろうなんて考えて。
そうして……リュエルはクリスがキラキラした目で彼の方を見ている事に気付いた。
「……もしかして、薔薇が好きなの?」
クリスは首を横に振った。
「ううん。ああいうタイプが好きなの」
「そう……薔薇じゃなくて馬鹿が好きなんだね」
口下手な自分にしては珍しく上手い事が言えたななんて思いながら、どうでも良さそうにリュエルは薔薇事その手をぱしっと叩く様に払った。
その男、ラウッセルは茫然とした表情を見せた。
「悪いけど、貴方が誰かも知らないし興味もない。それと私は彼とパーティーを組むから」
リュエルはこれを絶好の機会とラウッセルに見せつける様、クリスをそっと抱きかかえた。
間男みたいなポジションになっている事に若干喜びを覚えながら、クリスはニコニコとラウッセルに微笑みかけた。
「……何の冗談だリュエル・スターク。それは君のペットか何かか? ペットにしてももう少し賢げなものを飼うと良い。それは少しばかり、馬鹿そうに見え過ぎる」
「――彼への侮辱は許さない。謝罪して」
一瞬彼をペットにするのもそれはそれで素敵と思ったけど、その言葉をリュエルはそっと飲み込んだ。
「何に対し謝罪をする必要があるのかわからないね! そんな愚図の事などよりも、君の事だ。君の様な魔力ある優秀な存在は我々の様な優れる魔法使いと共にいるべきである。それこそが正しき在り方であろう!」
うんざりする表情のリュエルとは対照的に、クリスの表情はうきうきな物となっていた。
この手のシチュエーションを経験したいが故に冒険者学園を選んだと言っても良い。
「……クリス。どうしよう。めんどくさい」
基本表情が変わらないのに、リュエルのそれは本当に嫌そうな物となっていた。
「あ、私からも良い?」
「良いよ。でも移籍してってのは絶対に嫌だからね」
「そんな事言わないよ。あーあー。私の名前はジーク・クリス。ラウッセル・ド・リディア。卿に私のパーティーに参加する事をお願いする!」
きりっとした顔で、抱かれるナマモノの一言。
その一言にリュエル。ラウッセル、その取り巻き、全員が絶句を示した。
ありがとうございました。




