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蝶の羽ばたきが招いた男


 この状況は非常に複雑な事象と状況が絡んでおり、説明しようとするなら聞き手がうんざりする程度には、相応の時間を要するだろう。


 国の情勢、国家首脳の思想、国家間の関係。

 そういった政治的背景から、自由を目指しての逃走など人間らしい背景まで含められる。


 だから、正しく状況を説明することは限りなく難しい。

 だが同時に、概略だけを説明するなら恐ろしく単純でもあった。


 キーパーソンは彼となる。

 若き騎士王ヤー・ゴドウィン。


 彼がこの状況を生んだ。

 本来、彼はここにいるはずがない男である。

 他国の王で、魔王である彼が、居て良いわけがなかった。


 それでも彼がここにいるのは、小さな蝶の羽ばたきがあったからに他ならない。

 コヨウという存在がおかしなバタフライ・エフェクトを引き起こした所為で、彼の運命が変わった。


 ただ、それは概略には関係ない話でもある。


 複雑に絡んだこの事象、その概要を端的かつ重要な部分を抜き出すならば、これ以外にない。


『騎士王がご乱心なされた』

 本当に、そうとしか言いようがない状況であった。




 少しさかのぼり、リュエルが白猫の拘束から逃げ出して騎士国ヴェーダに居た時の……。

 この時、リュエルは自分がフィライトの外に出ていることに気づいてさえいなかった。


 フィライトの美しい街並みと異なり、ヴェーダの街並みは質実剛健と感じるような特色の建造物が多い。

 完全に外国の様相であり、その街並みを間違えることなど本来ありえない。

 だが、街の外観に全く興味のないリュエルは、その差異に違和感さえ覚えなかった。


 そうしてそのまま『偉そうな人たちの集まる建物』を直感頼りに目指し、そこに偶然滞在していた『王直属の配下』に巡り会う。


 リュエルが出会ったその老人は自らを『王の腹心』と名乗り、そして『国家的重大事件の解決』のため自分たちは動いているとリュエルに伝えた。

 だからリュエルは『カリーナの部下』で『神様問題の解決』を目指していると勝手に勘違いする。

 実際は『ゴドウィンの配下』で『国宝盗難事件』となるため、その後の会話は一切噛み合うことはなかった。


 ちなみに国宝は白猫がアンサーのために盗んだものであり、当然、もう消費済みのため、見つかることはない。

 ここでもう少し詳しく話をしていたらそのことを知れただろうが、そこまで二人の会話がかみ合うことはなかった。


 お互い違うことを話しているのに、同じ話題を話していると思い込んでいる。

 だから、老人とリュエルの会話はどんどんズレが酷くなる。

 そちらの国の危機のため動いているのだから協力することは当たり前だろうというスタンスのリュエルと、いきなり小娘が王様に会わせろと我儘言いに来たと困惑する老人。

 もうお互いの希望を叶えるとかそういう次元の話ではなくなっていた。


 それは直感が鋭くなったことの弊害だろう。

 リュエルは自分が『勇者候補』であるという最大の信頼的長所を伝える努力を怠っていた。

 そうして、老人はリュエルをあしらい追い返すという最悪の選択肢を選んでしまった。


 王の使者団に追い返され、そこでようやくリュエルは状況に違和感を覚える。

 それなりの戦力を自負している自分を、王に連絡もせず追い出すというのはどういうことか。

 カリーナが黒幕だった?

 いや、そんなわけがない。

 だったら……。


 そこまで考えた時、リュエルは背後からの気配を感じて振り向く。

 そこに居たのは、リュエルの知らない若い男。

 男は微笑みながらリュエルに近づき、声をかけてきた。


「君、強いね」

「貴方もね。それで、どちら様?」

「俺のこと知らない?」

「知らないし、興味もない」

 男は一瞬驚いた後、なぜか嬉しそうな表情を見せる。

 その後、男はリュエルとの最低限の問答の末、なぜかリュエルのためにペガサスにも劣らない速度の軍用馬車を用意し、フィライトまで送り届けた。

 自分も搭乗して。


 さっきまでは全く話が通じずわけがわからなかったが、今回は話が通じ過ぎてわけがわからない。

 見ず知らずの人がしてくれる親切にしては、あまりにも大きすぎる。

 端的に言えば、気持ち悪い。

 悪意がないからこそ、逆に気持ち悪さに拍車がかかっている。


 人間のことがまるでわからないリュエルでさえ、そう思うくらいには、男の施しは歪だった。


 直感で、嘘ではないとわかる。

 男が本気で自分を助けようとしており、更に何故か本気で命をかけ戦おうとしている。

 男にとってリュエルは赤の他人で、フィライトにいたっては単なる外国でしかないのに。

 わけがわからない。


 あまりにも不気味だったから、移動中の馬車の中でリュエルは尋ねた。


「どうしてここまで私を信じて、私のために色々してくれるの? 正直怖いを通りこしてキモい」

 単刀直入でざっくばらんな罵倒。

 それでも男は、嬉しそうににこりと微笑んでいた。

「色々あるけど、一番は君が気に入ったからかな」

「気に入った?」

「そう。割と本気で。俺と結婚しないかい? 不自由はさせな――」

「無理。好きな人いるから」

「なるほど。それなら諦めよう」

「……素直に引くんだね」

「俺が嫌いとかなら多少は強引に行くつもりだったよ。だけど好きな人がいるってなら話は別だ。気に入った相手の幸せを願えずして、何が男かという話さ」

「そうなんだ」

「そうなんだよ。だからまあ、頑張って幸せになってくれ。そしてもし心変わりをして、そいつのことが好きでもなくなったら、俺のことを思い出してくれたら嬉しい。俺は君のためなら王の地位だって用意してみせるよ」

「いらない」

「だろうね。だから君を迎えたかったんだ」

「……一つだけ、わかった。貴方、相当偉い地位なんだね」

「まあね」

「その上で、地位を嫌がってる」

「それも正解」

「さっきの王の地位も口説き文句ではなく、いらないから押し付けたかっただけ」

 男はぱちぱちと拍手をした。


「なるほど。貴方のことがわかった。貴方、王様だったんだね」

 ここでようやく、リュエルは自分が外国に入ると気付いた。

 だから、男が速度の出る馬車を用意したのだとも。

「まあね。とはいえ、今は王としてじゃなく、国を憂い戦うただの騎士として動いているつもりだよ。だから王様ってことは内緒で」

「……呆れた。それ、家出みたいなものじゃない」

 家出という言葉を聞いて、男は驚いた後微笑んだ。

「本当、君話が早いね。まるで心の中を覗かれているみたいだ」

「気持ち悪い?」

「いや、最高だ。結婚できないことが本当に悔やまれる」

「……変な人。私はリュエル。今は……ただのリュエルで良い」

「よろしく、恋する少女リュエルちゃん」

「次言ったら貴方の剣をみじん切りにする」

「ごめんなさい」

「よろしい」

「んじゃ改めてよろしくリュエルちゃん。俺はゴドウィン。今だけは、たんなるゴドウィンだ」

 そう言って、男は再び微笑む。

 リュエルはしょうがなさそうに笑みを浮かべた後、男と親愛の握手を交わした。




 そうして馬車がフィライトに入って、神との戦闘が始まった。

 ただ、正直に言うならば、三人とも今この状況をあまり把握できていなかった。


 リュエルは自分がどうしてヴェーダにいたのか。

 そしてどうしてそこの王様がついて来ているのか。

 さらに言えば、なぜ一緒に戦ってくれるのか……というか、一緒に戦うことになってしまっているのか。


 ゴドウィンはフィライトに何が起こっているのか全くわかっていなかった。

 来た理由だって『勘』以外のなにものでもない。

 どうもきな臭い雰囲気が漂い、そして濃厚な強者の気配も感じた。


 だから来た。

 ゴドウィンはヴェーダの王ではあるが、正直認められているとは言いづらい。

 王としては皆認めているだろう。

 だが、若く、家柄も良くないという理由から、頭を垂れるに足る存在とは思われていなかった。


 力しか取り柄のない田舎騎士。

 それがゴドウィンの現時点の評価であった。


 政治を身につけようにも実権はほとんど取り上げられ、教育してくれる人もおらず、王様なのに部下に顎で使われる日々。

 はっきり言ってストレスが溜まる。

 努力でどうにかなる問題ならともかく、相手が舐め腐っているからもうどうにもならない。


 だからまあ、限りなくぶっちゃければ、リュエルが不思議に思ってきたこれら奇行は『ストレス発散のための家出』によるものであった。

 何も考えず、王という地位にも縛られず、自分の行動を自分で選択し、自由に暴れ回る。

 その過程に、困っている可愛い女の子を助けられたならなお良し。

 それが、ゴドウィンの今の願いであった。


 そして敵対する神、呼羅(ナーラ)についてだが……ある意味、彼の動機はこの場の誰よりも単純なものだった。

『強大な魔力を持つ者が現れたから戦いに来た』

 本当にただそれだけであり、背後に何の理由も理屈もなく、何も知ろうともしていない。


 強大な魔力を持つ者。

 それだけなら、実力が並ぶカリーナも当てはまるが、カリーナはゴドウィンと異なり己の魔力を隠している。

 強さを見抜かれることなど百害あって一利なしと考えるからだ。


 対しゴドウィンはそのまま。

 隠さないし、隠せない。

 そもそも隠すつもりもない。


 正しく為政者であるカリーナと異なり、ゴドウィンの性根は武人のそれ。

 だからだろう。


 人に試練を与えんと戦いを望む神と、強者との戦いを望む騎士。

 この戦いが起きることは、もはや必然でしかなかった。


 呼羅はその巨大な腕を叩きつけるように、ゴドウィンに殴りかかる。

 乱暴な喧嘩のような、そんな戦い方。

 その拳を、ゴドウィンは剣ではなく、自分も拳で受けようとする。


 それが無謀であることはわかっている。

 力では決して叶わない。

 このままだと、潰される。

 それでも、ゴドウィンは引かない。

 引くわけがない。

 神に挑むことができる機会なんてのは、きっともう二度と来ない。


 ゴドウィンは、最初から力で勝るなんて思っちゃいなかった。

 古来より人が神に挑むための武器は、知恵と勇気であると相場で決まっているのだから。


 神だってそれを望んでいる。

 だからこそ、初回攻撃に敢えて剣を使わず、力任せのわざとらしい大振りのテレフォンパンチを叩きこんだ。

 我の前に立つのなら、このくらいはできてくれよと願いながら。


 そう……神はいつだって、楽しみに飢えていた。


 大振りの拳に対し、ゴドウィンは身体をねじりながら避ける。

 だが当然、避けるだけにはとどまらない。

 せっかく相手が試してくれたのに、ただ避けるだけでは片手落ちも甚だしい。

 がっかりさせてしまうかもしれん。


 だからゴドウィンは、あえてエンターテインメント性を重視して――呼羅の腕を掴み、拳の勢いそのままに、地面に叩きつけた。

 ぐるんと身体が回り、呼羅が叩きつけられると同時に激しい音が鳴り、地面にクレーターのような穴が生まれる。


 横から見たら相当面白い光景だっただろう。

 それは投げたというより、地面に吸い込まれたという方が近かった。


 仰向けに空を見ながら、目をぱちくりとする呼羅。

 そして……。


「ふっ……ふふ……ふははははははははは! そうこなくては! 良いぞ! 剣を抜け! 貴様を俺の敵と認めてやる!」

 立ち上がりながら嬉しそうにそう告げ、呼羅は剣と盾を構える。


 それに呼応し、ゴドウィンも大剣を鞘から解き放ち構えた。

 ゴドウィンの心が震える。

 格上相手で、命の危機が強い戦闘。

 それは魔王となってから一度もなかったことで、久方ぶりに『生きている』と強く感じられた。


 リュエルは彼らを横目に見て、楽しそうに殺し合いをする馬鹿に付いていくことはできないとばかりにため息一つ。

 そして、しょうがなさそうに剣を抜き、そのまま空気も読まず斬りかかる。


 こうして、神へ挑む険しき試練が始められた。



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