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最終話的な状況を想像していた二人


「やれやれ……。老骨に堪えるのぅ……」

 老人は柔和な笑みを浮かべながら、腰をとんとんと叩く。

 まるで夕方に散歩でもしているような雰囲気だが、老人が設置している『門』からは、巨大な異形の化物が生み出されつつあった。


 その老人の名前は『命導天』。

 この世界に侵略してきた、最初の神である。


 命導天の住まうあちらの世界、『修羅天』と呼ばれる場所は遥か昔、こちら側の世界に存在していた。

 もっと具体的に言うならば、今クリスたちが住んでいる大陸『ノースガルド』の隣に存在する小さな島が、その原型となる。


 そう……彼ら修羅天にいる神々は、別の世界に住まう神などではなく、こちらの世界のれっきとした神々であった。

 侵略者という言葉さえ適さない。

 正しく言うならば、『帰還者』となるだろうか。


 修羅天の神々は争いに敗れてさえいないのに、この世界を追放された。

 争うことさえなく、相手にさえされず、大陸ごと隔離された。

 その過程は、創造神一派である今の神々に騙されたと言ってさえ決して過言ではないだろう。


 だから彼らは神としての本懐だけでなく、『帰りたい』という気持ちに『許さない』という恨みを持った『祟り神』となり果てていた。


「これでようやく七十六か。全然終わらんのぅ」

 ぼやくよう呟く命導天。

 彼らはこの国が、世界がもっと小さなものだと思い込んでいた。


 常識的に考えたら()鹿()()と思うだろうが、彼らは小さな島一つが全てという狭き世界の中でずっと暮らしていた。

 その大きさはフィライトの半分どころか、四分の一にも遥かに届かない。


 だから、世界もそう大きなものじゃないだろうと考えていた。


 調べたら良いだけの話だし、考えたらそんなわけないとわかるような話なのだが、彼らはそう思い込んでいた。

 そう思い込む程度には、修羅天での生活は長いものであった。


 とはいえ、悪いことばかりではない。

 世界が広いということは、それだけ多くの人間が存在し、信者にできるということ。

 それだけ多くの力を手にすることが叶うということなのだから。


 そんな未来への希望をバネに、今、命導天は必死にちまちま『門』を設置し続けていた。

 この『門』は空にある孔とは少々異なり、『正しい意味での同胞』を招くことは叶わない。

 期待しているのはそこではなく、戦力供給と同時に修羅天の空気をこちらに取り入れることを目的としている。

 閉じ込められた憎き世界であるとはいえ、彼らにとってそこが故郷であることに違いはなかった。


 修羅天に住まう『零落した神の魂』。

 存在が維持できず、肉体を失い、記憶さえも取りこぼした哀れな存在。

 それを門の力にて『再加工』したものが、熊やコウモリなどの化物の正体であった。


 空の孔から来る白蛇、『ホーヤウカムイ』だけは違う。

 あれは神であるとされているだけで、実際には信仰を必要ともせず、知性もそれほど高くない。

 神でも何でもない、ただの生物である。


 修羅天に人はいない。

 封じられた初期こそいたものの、神同士の内輪もめに巻き込まれて激減し、ただでさえ少なくなった人間は強引な信仰を強要され、そして気づけば滅亡した。

 だから修羅天における食物連鎖の頂点であるホーヤウカムイこそが、主点における人間の役割を果たしていると言えるだろう。


「うーむ……。時間がいくらあっても足りぬ。ないものねだりではあるものの、早く三人目が来てくれるんかのぅ」

 命導天はぼやくよう呟く。

 二人目として来た神、『鳴羅(ナーラ)』は命導天にとっては非常に都合の良い存在ではあるものの、戦略的な意味で言えば物足りないと言わざるを得なかった。


 彼らの名前の最後尾の文字は、その存在の格を表す。

 『天』は文字通り至高であり、正しい意味で神だと示す言葉である。


 その下に『羅天』があり、更にその下になると天が抜けて『羅』となり、最も低い地位を『修羅』と呼ぶ。

 二番目の神『鳴羅』は『命導天』から二段階格が落ちるため、その命令に逆らうことはない。


 だが同時に、神としての格も落ちる。

 一応あちらは武神のため戦闘力は天に匹敵するが、逆に言えば武神でも何でもない命導天に劣る程度の特技と言える。

 そして同時に単純な武人であるため策略の類はできず、細かい裏方仕事も任せられない。

 さらに言えば指揮能力も低いから、ホーヤウカムイや他の存在を率いることもできない。

 本当に単純な戦力としてしか役に立たない男であった。


 命導天自身もどちらかと言えば裏方寄りであり、派手な指揮や悍ましい策略などできない。

 それが侵略速度の低下を示しているとわかってはいるものの、それはないものねだりでしかなかった。


 もう少し空気が馴染めば、三人目が訪れる。

 そいつが多少格が落ちようとも、指揮や策略、もしくはそれに匹敵する何か能力持ちであれば、状況はだいぶ楽になる。

 そうでなくとも、二人と三人では効率は大きくことなるだろう。


 だからそれまでは、命導天は街を巡って信者を増やしながら、こうして門を設置し戦力増強に勤しみ続けていた。


 そんな時だった。

 何者かが、命導天の前に現れたのは。


 相手が普通の存在ではないと、命導天は理解している。

 なにせ命導天は今、空の上にいるからだ。


 翼も持たず、獣にも乗らず。

 ただの人がそのままの姿で二匹。

 彼らは、空を飛んでいた。


「さて……宝か、敵かと」

 例えこちらに歯向かってこようとも、実力ある存在は嫌いではない。

 信者となった時、信仰の影響が大きいからだ。

 だがこの国の場合、同時に絶対に信仰を変えないような頑固な信仰持ちも多い。

 その場合はもうどうすることもできない。

 ただ厄介なだけの敵である。


 多数で群れを成していれば後者の可能性が高いが、今回のような少数の場合は半々。

「鬼が出るか、蛇が出るか……」

 柔和な笑みのまま、金の雲に乗り命導天は彼らが近づいてくるのを待つ。


 そして――彼らが現れる。

 彼らは、全身を覆うタイツ姿で仮面を被っていた。


「さあ、この地を脅かす邪悪な神よ! 天に代わって我らが相手しようぞ!」

「人類の希望、ここで潰えさすわけにはいかぬ! 我らが正義、とくと見よ!」

 二人組は事前に決めたのか、独特のポージングを取りながら声を大にする。


 彼らを鬼や蛇と表すのことは、流石に失礼過ぎるだろう。

 鬼や蛇に。


「へ、変態が出おった……」

 命導天の顔から柔和な笑みが消え、わなわなと震え怯えるような表情で変質者にまっすぐな嫌悪感を向ける――。




 その男――仮面男は、慄く命導天を気にもせず、再びポージングを取る。

 今度はコンビのものではなく、単独のもので。


 そう……戦の作法である口上語り、つまるところの名乗り上げるための準備である。


「天が呼ぶ、地が呼ぶ、空が呼ぶ! 裁きを為せと我を呼ぶ! 我が名は青空仮面――スカイマン!」

 声高らかに、びしぃと決めポーズを取りながら、スカイマン一号は名乗り上げる。

 だが、ここで終わりではない。

 決め場であり、クライマックスのお約束を彼は理解していた。


 つまり――クライマックスフォーム。


 衣装の装飾は前以上に多く、肩や膝、背中部等にアーマーが付与されていた。

 それでもまだ全身タイツ姿だが。

 変化の中でも特に大きなものは、仮面と足だろう。

 仮面は前よりもごつく、鋭い装飾が増えた。

 ヒーローらしくなったとも言えるし、凶暴な様相になったようにも見える。


 そして足……正しく言うなら、靴。

 彼の靴は翼が付与されたかのように派手な装飾がされ、ぱちぱちと静電気のような電気が常に足にまとわりついていた。


「これまでの我と侮るなよ!」

「いや、これまでと言われても初対面なんだが?」

「此度は最終決戦仕様。……『マイティ・ケラウノスフォーム』である!」

「知らんし、どうでもええ」

「言うなれば、『スカイマン・マイティケラウノス』! 我を恐れぬなら、かかってこい!」

「割と恐れとるよ? 意味不明という意味でじゃけどの。しかも、そんなんが二人もおるんか……世界は広いのぅ」


 このタイミングだ! と、二人のマスクマンは前後を交代し、再び名乗り口上を。

 もう一人のマスクマンは、随分と金色要素が強く、またその顔も獣のような様相だった。


「我が同志、スカイマン・マイティケラウノスに導かれ、二号ここに君臨!」

「どんな同志なんじゃ? 変態仲間かの」

「大自然を護るために、そして人の夢を護るために、金色の獅子は現れる……」

「一号に導かれた設定はどうした? というかお主ら、もしかして適当に言ってないかの? びっくりするほど心に響かんのじゃが?」

「金色の獅子……レオゴールド。さあ、我が名を叫べ。我が名はレオゴールド! 金色の獅子、スカイマン・レオゴールド!」

 びしっと決めポーズを取ると、なぜかスカイマン・レオは金色に発光しだした。


「海月とか烏賊の親戚かお主は?」

「強いて言うなら……ジャングルの親戚!」

「ジャングルにライオンはおらんわ」

「……なあ『マイティ』」

「どうした『レオ』?」

「なんだかご老人、お気に召さないみたいだぞ?」

「む? 確かに……。ふむ。すまぬがご老人よ! リテイクを要求する。安心してくれ。登場シーンは後五パターンは考えてある!」

「頼む。それだけは止めてくれ。いますぐ戦うから、頼む」

 命導天は心の底から、懇願した。


 世の中には死よりも恐ろしいものがあると、命導天は身をもって知らしめられた。


 ずいっと、スカイマン・マイティは一歩前に出た。

「一応尋ねよう。戦わないという選択はあるか?」

「ふむ? つまり、こちらに世界を譲ってくれるということかの?」

「話し合う余地はあるのか?」

「ないな。貴様らではどうにもならぬ。ここにいる神全員の首があって、初めて私らとの会話が成り立つと思っておくれ」

「そうか。ならば戦おう。世界を護るため、侵略者と」

「最初からそうしておれば良いんじゃ。変なことせんでな」

 命導天は溜息を吐き、そして待ち構えた。


 ふざけたなりをしているが、舐めて良いとは思わない。

 彼らからは強い神の気を感じる。

 おそらくは、高位の神官……それも限りなく神と密接な関係にある存在だろう。


 ――つまり、あの姿は神の趣味である可能性があるのか。……一刻も早く打ち滅ぼさねば。

 命導天は改めて、神の根絶を心に誓った。


「……どうした? せめて来んのか?」

 命導天が尋ねると、二人はどこか肩を落とし、落ち込んだような雰囲気でこちらを見てきた。

「そちらの前口上がまだなんだが?」

「……お主ら、ここに何をしに来たんじゃ」

「でも、戦いの前に名乗り合うのは作法では?」

「普通の相手ならそうじゃが、お主らにそれをするとごっこ遊びに乗ったようで、なんかすごく嫌なんだが」

 二人はなかよく「えー」と非難の声をあげる。


 その後にぶーぶーとブーイングを繰り返し、命導天はものすごくしぶしぶ、口を開いた。

「修羅天が神の一柱、『命導天』。今からお主らを殺す真なる神の名じゃよ。愚か人間(?)共よ」

 ぱちぱちと嬉しそうに拍手をする変態タイツマスクマンズ。

 ちょっと、本当にちょっとだけ、命導天は人類を滅ぼすべきか真剣に考えた。



ありがとうございました。

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