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るなちーの憂鬱


 灰色の空に浮かぶ白い孔は、じわじわと広がりつつあった。

 最初は小さな点のようだったが、今では太陽や月に近い大きさとなっている。

 そして、拡張は留まるどころか更に速度を増していた。


 それは、世界が浸食されている証。

 それは、世界が神の手から離れつつあることの兆候。


 その有様は、まるで世界が滅亡に向かっているかのようだった。

 いや、実際に滅亡しかかっていると言っても差し支えない。


 この宗教都市国家フィライトにおいて、『世界』とは神が治める領域なのだから。


 多くの街が破壊され。

 多くの街が信仰を強制的に書き換えられ。

 そして多くの人が、敵の『神兵』へと変貌を遂げた。


 フィライトは今、異世界の神々によってじわじわと侵食されていた。

 ――とはいえ、仕方のない話でもあった。


 神に対抗できるのは神のみ。

 にもかかわらず、こちらの神はもはや直接降臨するどころか、助力すら叶わなくなっている。


 だから、この状況は必然だった。


 信仰的な意味で最も厄介なフィライトを真っ先に潰し、集めた信仰によってゲートを拡張し、残る国々をじっくりと侵略する。

 そして人々の信仰を完全に奪い尽くしたそのとき、神域に乗り込み、弱体化した神々を屠って、その座を奪い取る。


 ――それが、敵の神々とアンサーによる計画だった。

 計画そのものは、おおむね順調に進んでいると言っても良かった。

 ……ただし、想定よりも遥かに遅れてはいた。


 理由はいくつかある。

 想定以上に各地の抵抗が激しかったこと。

 異世界の神々が、こちらの世界では想定通りの力を発揮できていないこと。

 そして、思った以上にフィライトが広大だったこと。

 彼ら敵なる神々は、小さな世界知らなかった。


 だが――最大の想定外は、間違いなく『軍』の動きだった。


 フィライト国王、女教皇カリーナ直接指揮による王国軍の徹底抗戦。

 それは、神々とアンサーの計画した予想を遥かに超えるものであった。


 神々が降臨する前にゲートの一つを潰し、さらにその後もう一つ潰し、五つあったゲートは三つにまで減らされた。

 これにより、同時に呼べる神は最大三柱。

 しかも信仰の集まりが鈍いため、その三柱目すらまだ呼び出せていない。

 二柱ではフィライト全域を掌握するには手が足りず、各地での軍による組織的抵抗も相まって侵略は滞っていた。


 ――つまり、人類にはまだ、時間的な猶予が残されていた。


 だがそれは裏を返せば、カリーナが付いていながら『時間しか残されていない』ということでもあった。

 信仰が集まれば集まるほど、神々はより強大になり、活動範囲も広がる。


 時間は、間違いなく敵の味方であった。


 そんな苦しい日々が続く中――

 この街、ミューズタウンだけは、いまだ陥落せず守り抜いていた。


 芸術と信仰の街としての面影はすでになく、今では神々に対抗するレジスタンス的地区、あるいは避難所となり、周辺住民を多数収容している。

 それでも、この街はなお人々のためにあり、神々への信仰を失わずに生き続けていた。


 そんなミューズタウンに、男(?)が戻ってきた。

 それを男と呼ぶべきかは非常に微妙なところだが――。


 名はジーク・クリス。

 もふもふふわふわサモエド系ぬいぐるみさん。

 全身をキラキラと輝く毛皮に包まれ、その抱き心地は上質な毛布すら凌駕する。

 そんな彼は、戦場のただ中とは思えぬ笑顔でミューズタウンに現れ――

 ルナに、思い切りぶん殴られていた。


「遅いのよ馬鹿! あんたどこで何してたの!?」

 ツンデレ要素ゼロの、本気のマジギレ。

 それは『こいつが危険だったわけがない。こいつ絶対どっかで寄り道してたろ』という、『負の信頼』によるものである。

 ちなみに、その推測はだいたい当たっており来ようと思えばもう数日程早く来ることは可能であった。


「おおう。猫かぶりはもう良いの?」

 人々のいる場でのその態度に驚きながらクリスは尋ねる。

「そんな余裕はないっちゅーの! 私の肩書き今どうなってると思うの!?」

「歌姫でしょ? 綺麗なお声で素敵なの」

「あらありがとう。でもね、今の私は『フィライト緊急保護特区の総責任者』なんてものを押し付けられてんのよ! 誰かさんの所為で!」

「なんと。そんなひどい奴がいるんだねぇ」

 ――ルナは、もう一度ぶん殴った。


 ふわっとした、まるでタオルの山を殴ったかのような手応え。

 クリスにもルナの拳にも、一切ダメージはなかった。


「いや、マジで私関係なくない?」

()()()()()()()()()()()ってことで責任者にされて、そこから全部押し付けられたのよ! わかる? そのお偉いさん?」

 ぷんすこ怒るルナ。

 ルナが頑張りだしたきっかけそのものは『クリスの帰る場所を残さないと』という善意だったが、恥ずかしいのでルナはそれを口にしなかった。


「そりゃ悪かったんよ。……で、それはそれとして、情報交換しよ?」

「……ったく。って言っても、私の方は書類書類でそんなに情報はないわよ。後で実際戦った人達に聞いて。そっちは?」

「まあそれなりにかなー」

「……調べてたのね。だったらまあ、寄り道は許してあげるわ」

「ありがたき幸せ~」

「で……リュエルはどこ?」

 言いにくそうに、ルナが問う。

 彼らが離れるなど、想像もできない。

 最悪の可能性が頭をよぎる――が、クリスの返答はルナの予想とは異なっていた。


「はぐれたの……」

「無事……なの?」

「うぃ。そのはずなの。ただ、この騒動が終わるまでは合流できないっぽい。むしろ私達より安全」

 ルナはきょとんと目を丸くした。


 つまりクリスは、この宗教戦争を『騒動』程度に捉え、なおかつ短期間で解決できると見ているということ。

 それは数日間、絶望と隣り合わせで過ごしてきたルナには、まったく実感できない感覚だった。


「……そ。ま、あんたがそう言うならそれでいいわ。……あー、あとさ、情報交換以外でもう一つ、お願いがあるんだけど」

「ん? なになに?」

「それは――げっ」

 ルナがクリスの背後を見て顔を顰めた。


 クリスは首をかしげて振り返り、ぱぁっと笑顔になる。

 そこにいたのは、クリスの本来の目的――()()()()()


 クリスは彼の動向を探るために数日を費やし、そして彼がここにいると知ってミューズタウンを訪れた。

 本人に言ったら確実にマジギレされるが、ルナを助けに来たのは単なるおまけ。

 本命は、彼の方だった。


「そこにいたかルナァ! 俺に探させるとはなんと愚かな部下であろうかルナァ! キキッ! だが許してやろう! 今日もまた、俺が良い作戦を考えてきたぞ! 心して聞くが良いルゥナァ・フゥイオルゥエェ!」

 レオナルドは、いつも通りの馬鹿面で笑いながらルナに声をかけた。


「助けて……ほんとに……」

 ルナは心底辛そうに、泣きそうな顔でクリスに助けを求めた。




 ルナがクリスに相談しようとしていた困りごと。

 それは、後ろにいるレオナルド(こいつ)のことである。


 何かと言えば、こいつは特に意味もなく自分を部下扱いし、こき使おうとし、傍に寄せようとしてくる。

 それに困っていた。

 おそらく、自分の身体目当てだろう。

 そういう輩をルナはごまんと見て来て、そして受け流す術を覚えてはいるが、何かこいつには通用しなかった。

 謙遜も拒絶も泣き真似も何もかもが通用しない。

 強いて言えばおべっかはやたら通用するが、うざさが倍増するため余計しんどいことになる。


 クリスに出会っていなかった状況なら、レオナルドに身体を委ねることもアリと言えばアリだろう。

 こいつは一応は貴族であり、多くの部下もいる。

 立場や身分だけで考えたら、十二分に()()に入る。


 ……ただし、この破滅的な性格とウザさを考慮に入れなかったという枕詞は付くが。


 もう一つ、レオナルドに関して面倒な事情があった。

 実の事を言えば、ルナは別に高い地位を望んでいるわけではない。

 ルナの理想は悠々自適な不労所得でる。

 だから、責任が強く仕事の多い自分の立場をレオナルドに渡すこと、それ自体にためらいはなかった。


 だが、彼の部下たち全員がルナに――『主に地位を与えないでください』と懇願していた。


 理由は、馬鹿だから。

 何をしでかすかわからないから、たとえ主が何を言おうとも、全部の要求を突っぱねてほしい。

 そうルナは頼まれた。

 全くもって正しい。

 一ミリも否定できない程の正論である。

 ついでに言えば、その頼みごとを断りづらい程度に、彼らはレオナルドと異なりちゃんと仕事をこなしていた。


 レオナルドはしょっちゅうちょっかいをかけてきて、勝手に部下扱いし、この街を乗っ取ろうとしてくる。

 その部下たちは働きながら、レオナルドを無視するよう懇願しつつ、レオナルド本人は好き放題している。


 無視することは叶わず、捨てることも出来ない。

 ――ルナにとって、究極の迷惑的存在であった。


 だからクリスにどうにかしてと頼もうとしていたのだが――今、天啓が降りた。

 ぴこーんと閃きが走り、しなやかに体をくねらせ、弱々しくクリスにしがみつく。


 ……クリス(こいつ)に任せてもダメだ。

 こいつは出来る奴かもしれないが、同時にやらかす奴でもある。

 だからこいつに頼り、任せるのではなく、利用しないと。


「私、このお方にお仕えしているんです! その、心も……。だ、だから、ごめんなさい。あなたの希望を聞くことは、できません!」

 潤んだ瞳で、いかにもクリスを愛おしそうに抱きしめ、切なげに呟く。


『私はこいつの妾なんだよ、だから諦めろ』


 それは、普通の人が聞けば、そういう意味合いだと絶対にわかる内容であるだろう。

 だけど、馬鹿は『普通』の枠に入らない。

 ルナの策略なことどころか、クリスとねんごろという意味にさえ受け取れていなかった。


 そもそも、レオナルドがルナの身体目当てで近づいたということそのものが、ルナの完全なる誤解である。

 安易に女体に溺れるような類だったら部下達ももっと楽であった。

 というかおそらく、そこまで情緒が育っていない。


 馬鹿には情緒的な間接表現は通じず、そもそも最初から相手の考えが異なるという前提を理解できていない。

 つまり、ルナは完璧に――選択を間違えていた。


「ふむ? ルナ、貴様はクリスの部下だったのか。ならば丁度よい。そいつも俺の部下だからな。部下の部下も俺の部下。やはり貴様は俺の部下ではないか。キキキキキッ!」

 満足そうに笑うレオナルドを、絶望した目で見つめるルナ。


 そして『嘘だよね?』と、ルナはクリスに縋るような目を向け……。


「ただいま戻りました、レオナルド様!」

 びしっ、と元気よく手を上げた。


 多少なり付き合いがあるからこそわかる。

 クリスのそれは、本気の言葉であり、しかも腹立たしいことに、なんかご機嫌なときの声色だった。


 ルナは絶望した。

 馬鹿が、増えただけという、現実に今更に気が付いて。


「うむ! よく俺のもとに戻った! あとは任せろ! キキキキキッ!」

「お土産も用意したんよ! はい、お菓子!」

 クリスは駄菓子の詰め合わせをレオナルドに手渡した。


「うむ! 貢物ご苦労! ロロウィたちと共に食ってやる」

「ありがとうなんよ! それはそれとして、非常食とか医療品とか衣服とかも用意したから受け取ってほしいんよ」

「うむ。ロロウィに回しておこう。ご苦労だったな。さすが俺の部下」

「こーえーの極みなんよ」

 そう言って笑い合う二人を見てから、ルナは――。


責任者()に渡しなさいよ!!」

 空気が震えるほど盛大な声で、ツッコミを叫んだ。


ありがとうございました。


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