みんな頭がふわふわしてた
リュエルが己の殻を打ち破ることにより、白猫の無為な時間を必死に絞り出す作業はようやく終わりを遂げた。
トランプから料理勝負、短距離走に柔軟。
何をしているんだろうなんて自問自答を重ねながら、本当に様々なことを行って来た。
最後には、『白猫オリジナルTRPG』を二人で行っていたのだから完全に迷走している。
白猫とクリスが二人でTRPGを考えて、そしてテストプレイをするという、もう何が目的で何をしたかったのかわからない時間。
それはそれとして、テストプレイが完了した時には二人で謎の感動を覚えた。
「というわけで、良いニュースと悪いニュースがあるんだけど」
白猫は、とても申し訳なさそうな表情でそう呟いた。
「良いニュースってのは?」
「あっちが終わったみたいよ。そちらの勝ちで、こっちの用意した男は逃げたみたいね。……どうせなら殺してほしかったわ。何しでかすかわからないから」
「ま、リュエルちゃんだし勝つのは当然だね」
「その絶対の信頼は何よ」
「そういうものなんよ」
「あっそ」
「それで、悪いニュースは?」
「なんで微妙に嬉しそうなのよ」
「そんなことないんよ。いやー怖いなぁ」
「……はぁ。まあ良いわ。それで、ちょっと言いづらいんだけどさぁ……」
「うん」
「三十分以上前に終わってたみたい。あっち側の戦い」
「あー……そっかー。なるほどなるほど」
クリスはテーブルの上を見ながら、理解を示す。
三十分前と言えば、TRPGテストプレイがこれ以上ないほど盛り上がっていたクライマックスの時である。
だから、白猫は確認を怠っていたのだろう。
ついでに言えばブラッシュアップのための討論も無駄に白熱しまくって、二人の共同作業により生まれたTRPGはもはや市販に足るだけの完成度となってしまっていた。
白猫もクリスも別にTRPGを作ろうとしていたわけでもないのに、完全に本筋を見失いこんなことになってしまった。
「あのさ、せっかくだからこれ売りたいんだけど良い? もちろんあんたの名前も入れて共同制作って形にしてさ」
白猫はふとそんな提案をしてきた。
「ん? 別に私に遠慮せず単独でどうぞどうぞ」
「そんな恥ずかしいことできないわよ」
「でも共同制作だと色々面倒になるんよ? そもそもそんな利益出ないと思うし?」
「そう? こんなに面白いのに?」
「面白いものは売れるというナイーブな考えは捨てるんよ」
「あんた。それ漫画のセリフでしょ?」
「うぃ。でも実際そうなの。本を娯楽にできる知識層でかつ、幼稚とも言える遊戯を楽しめる人ってとても少ないの。その上でいくらでもコピーできるし」
「人間って面倒ね」
「だから売り方を考えないといけないの。本気ならいくつか伝手を紹介するよ?」
「マジで? と言いたいけど止めとくわ」
「どして?」
「あんたと私、敵同士だから」
「真面目だねー」
「いや、本当に真面目ならこんな場所で二人で遊んでないわよ」
「たしかに」
そう言って、クリスはケラケラと笑った。
「と、この流れで物凄く申し訳ないんだけど」
「うぃ。何かな?」
「悪いニュースがもう一個増えたわ」
「ほほー。何が起きたの?」
「えっと、何から言えば良いかなぁ。例えば、今私達が居るこの空間ってちょいとテクスチャを張り替えて現実世界から位相をずらしたものなの」
「ごめん。わからないからもっと具体的におせーて」
「能力関連だからあまり言えないのよ。簡単に言えば、今居る場所ってここであってここじゃないというか、現実というゴムに空気という虚数が入って生まれた風船というか」
「説明下手くそなのはわかったんよ」
「悪かったわね。もう過程を省いて結果だけ言うわ」
「うぃ」
「リュエルが逃げた」
「ごめん、悪いんだけどもう少し過程をお願いします」
ふたりとも、無表情に近い真顔となっていた。
白猫が各地に用意していた現実世界のセーフハウス。
時に山の中に、時に街の中に、それが世界中に。
そんな場所の位相をずらし、現実と虚数の狭間に合わせた特殊空間。
それが、白猫が今回クリスとリュエルを閉じ込めるのに使ったものである。
そこは確かに現実世界であるが、同時に現実から僅かにズレた場所でもある。
だからこの空間は、白猫が許可を出さない限り外から入ることはできず、中から出ることも叶わない。
そして物理的に区切った訳ではないため、どれだけ力があろうともこの空間を破壊することは叶わない。
全く破壊できない無敵の空間というわけではない。
この空間以上の体積か情報密度を用いて内側から爆ぜさせるとか、次元さえも切り裂くような高次元の領域の攻撃、もしくは術式を読み取り丁寧に解体するか。
そういった一芸を極めた存在ならば、突破することは叶うだろう。
リュエルはそうではなかった。
優れた剣の才能を持ち、神に愛されし祝福を持ち、類まれなる直感を持ち。
だが、それだけ。
こじんまりとして完成し、その上力を求めていない。
常識的な範囲での天才。
その程度であった。
昨日までは。
「詳しいことはこれも言えないわ。プライバシーだもの。ただまあ、あの子、一回りも二回りも成長したのよ」
白猫はぼやかしながら、リュエルのことを話す。
白猫もプライバシーに配慮してあまり見ないようにしていた上に、後半はTRPGに夢中になりすぎてよくわかっていないが、それでもそうだと言い切れた。
今までのリュエルでは、絶対に壊すことはできない空間であったからだ。
「流石リュエルちゃん」
「嬉しそうね」
「そりゃ、強くなってくれたら嬉しいんよ」
「あんたの望み通りになるか知らないけどね」
「どゆこと?」
「内緒。んで話戻すけど、どうやってかはわからないけど空間破壊して脱出したわ」
「三十分放置されたからしょうがないね」
「うん。私も正直反省してる。それで、慌てて連絡取ろうとしたんだけど……」
「だけど?」
「一瞬で姿をくらませた」
「白猫ちゃんってさ、消えたり出たりできたよね」
「そうね」
「それなのに?」
「何でか知らんけど私の出現位置を予測して動いて、私の認識範囲から一瞬で外れて見失ったんだけど。一応聞くけど、そんなことできなかったよね?」
「うぃ。つまり、転移能力者相手に対抗できるくらい直感を伸ばして、位相をずらした空間を破壊するだけの能力を、この短期間で身に着けたと」
「そういうことになるわね」
「おおう。想像の遥か上。これだから人間は大好きなんよ」
「どこぞの大魔王みたいなセリフね」
「大魔王なんよ」
「そうだったわ。というわけで、逃げられてしまったわ」
「うぃ。把握したんよ」
「……約束したのに合流させてあげられなくて、本当にごめんなさい」
「別に気にしなくても良いんよ。ただ、どの辺りかは教えてくれる? それともそれも駄目?」
「いや、それは構わないわ。地図で言えばここよ」
地図を出し、そのポイントを指差す。
ただし、それは大陸が描かれた世界地図であった。
白猫の指差したポイントは、フィライトではなく騎士国ヴェーダ。
その首都付近であった。
「……これは……ちょっと合流が難しいんよ」
「申し訳ないわ。本当に。だからある程度融通を利かせてあげる。何して欲しい?」
「良いの? そんなこっち有利なことして」
「別に良いわよ。この騒動が解決されようとされまいと。正直フィライトでもう何かする予定もないし」
つまりそれは、『白猫陣営は既に次の行動の準備をしている』と暗に言っているようなものだった。
「白猫ちゃん。もしかしてわざと?」
「何が?」
「ううん。何でもないんよ。そういうことなら、こき使わせてもらうの」
「きゃー。どんなことさせるつもりなのー。けだものー」
語尾にハートマークが付きそうな、媚びた声で白猫はクリスを見つめる。
だが当然、そんな色仕掛けがクリスに通用するはずもなく……。
「え? 山ほど転移させるだけの予定だけど?」
すん……と、白猫は態度を変え、死んだ魚のようなジト目でクリスを見つめた。
男の腕を切り落とし、逃げられてから……。
しばらく待っても出られる気配がなく、リュエルは脱出の方法を探っていった。
その最中、ここが作られた空間であることを把握する。
そして作りが甘い部分をその勘で見つけ、刃を通し空間を破壊した。
自分が他人と違うと受け入れたこと。
仲間と繋がったこと。
自分の醜さを直視し、その上でそんな自分を愛したこと。
そして、自分の気持ちを知ったこと。
今までふわふわしていたのは、自分がわからず、そして興味もなかったから。
それが変わったからだろう。
リュエルの直感は、超能力や超感覚と呼ぶほどまで鋭く研ぎ澄まされていた。
そして直感を頼りに白猫の目を外れ、事態解決に最も役立ちそうな人の元に進む。
ただ、一つ重大な問題があった。
リュエルはこの場所が、騎士国というフィライトに隣接する国であるとまだ知らない。
とりあえず強い人に接触すれば騒動に関われるだろう。
そんなふわっとした行動方針で、リュエルは王城に突撃した。
ありがとうございました。