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神という名の存在とその定義・存在理由


 最初、誰もがその行動に疑問と不信感を持った。

 唐突で、理解不能で、それでいて理不尽かつ過酷な命令。

 準備に関係するありとあらゆる人が、皆一律で苦しんだ。

 心を持つ人である以上、上司であるカリーナに不満を持たずにはいられなかった。


 多くのリソースを費やし、カリーナが用意した巨大な魔法陣。

 それは空の黒い孔を塞ぐために用意されたものである。

 だが、何故かそれが描かれた場所は黒い孔の下ではなく、そこからかなり離れた空に何もない場所だった。


 魔法陣は起動するのに千人を超える術士と七人の高位神官を要するという超大規模儀式魔導である。

 それを空撃ちするような状況。

 不安と不満が渦巻かないわけがなかった。


 だが――儀式の準備が終わってすぐのことだった。

 空の孔が五つに分裂し、そのうちの一つが、魔法陣の真上に重なるように現れた。


 それは、驚きよりむしろ恐怖が勝った瞬間だった。

 未来予知というよりはあまりにも的確すぎる。

 一体彼女には、世界はどう見えているというのだろうか。


 しかも、ここまで完璧な状態を作っておいても尚、彼女は誇らしそうにさえしない。

 いつものように、この結果が当たり前とばかりに、カリーナはただ平然といつもの微笑を浮かべる。


 恐ろしい。

 味方側についているというのに、我らが王はこの世界の誰よりも不気味で、悍ましい存在なのではないだろうか。

 ある意味、皆の心が一つになった瞬間でもあった。


 そんな状態だから当然、封印術式は成功する。

 黒い孔が再出現した直後という完璧なタイミングに、場所も用意した魔力もパーフェクト。

 ここまで状況がかみ合えば、失敗するわけがない。


 巨大な魔法陣と用意した無数の魔石が輝き、それらの消滅と同時に、空に浮かぶ黒い孔が一つ喪失する。


 確かに彼女は恐ろしい。

 けれど、彼女がいれば未来は何とかなる。

 この未知であり大いなる不安も対抗できる。

 そう思った瞬間だった。


 世界が――灰色に染まったのは。


 空の色が失われる。

 モノクロームのような、だけどそれほど美しくない。

 だからきっと、それはただ色を失っただけ。


 その後に、四つの黒い孔の中心点、元々黒い孔のあった場所に小さな穴が生じる。

 その孔は黒ではなく、白だった。


『白い孔』


 それが現れた瞬間、彼らは強い重圧を感じた。

 ずしんと重力が増したような、そんな感覚。


 そして、白い孔から何かが出てくる。


 これまで出てきたミミズのような化物でもなければ、巨大な腕でもない。

 現れたのは、自分達と大差ない背丈の、老年の男性。


 細身で、微笑を浮かべる老人が、金色の雲に乗って現れた。


 それが何なのかわからない。

 この重圧が一体何を意味するのか理解できない。


 そんな中で、カリーナだけが最悪な事実を理解する。

 カリーナの知る未来の知識の中に、あの老人の情報はない。

 カリーナの知識の欠損。

 それが意味するのは、黄金の魔王や神に匹敵する超常の存在だということだった。


「逃げてください! とにかく全力で! すぐにこの場を離れて!」

 例えどんな敵でも悠々としていた彼女の、懇願に近い悲鳴混じりの命令。

 この場にいる全員も遅れて、今の状況がまずいということを理解した。




「そか……アンサーの目的って、ほんとうにただそのままだったんだ」

 全部繋がっていた。

 ユピルが堕天したことから、己が命を捧げたことまで。


 あの孔はゲートでありながら、同時に転換装置でもあった。


「クリス君、状況がわかるなら説明して。それともすぐ動いたほうがいい?」

 緊迫した表情でリュエルは尋ねる。

 頭痛こそ消えたものの、全身が震えあがるような恐怖と威圧感に押しつぶされんとしていた。

「逃げる以外に動くのはあまりお勧めできないかな。できたら彼にも手を貸してほしいし」

 そう言って、クリスはユピルのほうにも目を向けた。

「これだけ弱ってる彼に手を借りないといけないくらいの状況ってこと?」

「というよりも、彼が神であることが重要になるんよ。あと、神って人と生態が違うから意識さえ戻ってくれたら何とでもなると思うよ」

「そう。じゃあ、まずは逃げる感じ?」

「いや、様子見しながらここでちょっと簡単な事情説明するんよ。……どうもこっちを補足してないみたいだし」

 クリスの目に映るはるか上空に存在する、雲に乗った老人。


 彼は蓄えた髭をさすりながら、きょろきょろと周囲を見回していた。


「まずね……神って、何だと思う?」

「すごく偉い存在」

「ごめん。言い方が悪かったね。人と神の違いって何だと思う?」

「……力?」

「どうして?」

「そう言われても……強いから強いとしか……」

「人類に力を分け与え、時に天災を引き起こす。人よりも遥か高みにいる存在。だけど、彼らは私たちの前に現れることはない。正しく言えば、現れることは()()()()。スケールが違いすぎるから」

「スケール? 大きさってこと? ……あっ」

 リュエルは以前見た巨大な腕のことを思い出した。

「ううん。あれも転換されて、縮小した後。縮小が足りなかったって感じ。神様って本当はね、もっと大きいんだ」

「どのくらい?」

「私たちが住む惑星。これは、創造神そのものなんよ」

 それこそが、クリスとアンサーだけが互いに知っていると認識していた、この世界で知る者がほとんどいない世界の真実であった。


 そもそもが逆なのだ。

 神が惑星ほど大きいのではない。

 神とは惑星そのものである。


 己の身を削り人に尽くした創造神というのは、本当に言葉通りの意味。

 神としての死を迎えた今でさえ、人々の住まうこの世界となるほどに、彼女は世界を愛した。


 そして創造神ほどの力は持つ神はおらずとも、そのスケールは皆ほとんど同一。

 神とは、惑星規模の情報密度を持つ生命体のことを意味していた。


 そしてそれゆえに、『神』という言葉は今生きる七柱だけを意味するのではなく、それこそ星の数ほど存在する。


 今生きるこの七柱というのは、あくまで人類を守護する神というだけ。

 もっと言えば、神域(極大情報密度を持つ者のみが参加できるネットワーク)にて数多の神と争い、勝ち残った者が今の七柱である。


 とは言え……ことはそう単純ばかりではない。


 今の神が勝ち残ったのは正々堂々正面から敵を打ち倒していったばかりではなく、その中には謀のようなことを使い蹴落としたものも少なくない。

 特に、神域戦争後期には、他の神が挑戦できないような環境を作ることを優先した。

 それが、神が変わった記録を人類が持たない理由。

 今の文明が安定した時には既に、神の座が奪われないようなシステムが構築されていた。


 ただでさえ、七柱は創造神生まれであるためシステム的に相当有利な立場であった。

 そのうえで卑劣な手段まで使い、己の座を誇示するその様は浅ましきと呼ばざるを得ない。

 故に、アンサーは神を憎んだ。

 卑怯な手を使い天に立ち、人類にエゴを押し付けるその極大質量の化物たちを。

 つまり――。


「アンサーはね、異教徒だったみたいなんよ。歴史から消された神を信仰する……。だから、この世界に神を降ろした。人と同じ大きさにして」

 彼が信仰する神が、今そこにいる『雲に乗った老人』なのかを知る術はない。

 だが、それに連なる系譜の誰かであることは間違いないだろう。


「……私には見えないけど、空にいるのは、ユピル(これ)と同じ神様ってこと?」

 天高くかつ人のサイズを見るほど、リュエルの目は良くなかった。

「神様と呼ばれる存在なのは共通。だけど、いろいろな意味で一緒にはできないね。ユピルは創造神生まれのこの世界と共にある神。あっちの神は……たぶん、違う理を持つ。アンサーは正しき神と言ったけど、侵略者の側面もあるんよ」

「なるほど。ちょっとだけわかりやすくなった。侵略者のシンパが親玉を内に入れたのが、今回の騒動ってことだね」

「まあ、今の信仰的にはそうなるかな。それともう一つ、ユピルの空の神には決定的に違うことがあるんよ」

「それは?」

「ともに人の大きさに変換されたのは一緒。だけどユピルは情報質量を削って削って、スッカスカにすることでサイズを下げたのに対し、あれは転換圧縮してサイズを変更した」

「つまり?」

「ユピルは超弱体化してるけど、あっちは弱体化なし。実力も神のまま」

「……勝てるの?」

「勝てないとは言いたくないんよ」

 クリスらしからぬ後ろ向きな言葉。

 だが、それさえも精一杯ポジティブな見方をしてのものであった。

 実力だけで見れば、勝つとか負けるとかそれ以前の話。

 空に戦いを挑むように、海に決闘を申し込むように、その行為そのものが成立しない。

 戦う選択そのものが盛大な自殺とイコールとさえも言えた。


「何とかする方法はあるの?」

「手がないことはないんよ。ただ、そうなると現役の神様がいてくれたほうがいろいろ助かるって感じ」

「だからこいつが起きるまでって言ってたんだね」

「うぃ。そういうことなの。幸い時間はありそうだから……」

 気づけば、空の老人はどこかに消えていた。

 確実とは言えない。

 だが、あれが神である以上次の行動は何択か程度まで絞り推測することは可能であった。


「クリス、私からも一つ、聞きたいことがあるんだけどいい?」

 コヨウの質問に、クリスは頷いた。

「うぃ。どうぞなんよ」

「あいつ一匹で終わりと思う?」

「おおう……正直あまり聞かれたくない質問なんよ」

「で、どう思う? わからない?」

「えとね……まあ、最低あと三柱はいるだろうねぇ」

 白い孔を生み出している、四つの黒い孔。

 その黒い孔の一つは今、黄金色に輝き、塗料を水に垂らしたように周囲にじわじわと広がっていた。

 灰色となった色なき空に輝く黄金。

 それこそが、あの神が侵略者である何よりの証であった。




 彼らの会話を、アンサーは聞いていた。

 とはいえ、何かができるわけではない。

 既に彼は己が命を儀式のために捧げきっているため、文字通りそこにいるのはただの死人でしかない。


 今意識があるのは、事前にそのようにプログラムしたから。

 ただ、この世界に真なる神が降臨するその勇姿を見るために。

 ゆえに、身体は動かず意識は今にも途切れそうな状態であっても、アンサーの心は晴れ晴れとした誇らしげなものであった。

 最悪、誰も来れずにゲートが自然消滅する可能性もあったのだから。 


 ――老人、と言ったなら、最初にお越しくださったのは『命導天(めいどうてん)』様か。有難い。理想の展開だ。

 どの神も皆神々しく、偉大で、力強い。

 この世界の紛い物共とは違って。


 ただそれでも、『門』の権能を持つ命導天は当たりと言わざるを得ないだろう。

 あちらから手勢を招けば、状況は一気に楽となるはずだ。


 ――見届けられない不義理を、お許しください。あなた方の栄光を信じ、私は……。

 そうして、アンサーの意識は二度と戻ることのない深い闇の中に落ちて消えた。


ありがとうございました。

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