神への反逆者
「クリス、君は神と対峙したのでしょう? その上でこの部屋に入れるのなら、君の中に信仰はない。ならば、是非にも我が同志となってもらいたい!」
アンサーは両手を広げ、そう声を大にし叫ぶ。
妙に高揚し、自分の世界に没頭しているような高ぶり方をしていた。
「そう言われましても……これでも信仰心篤い信奉者なんよ。ただ、一つ聞いて良い?」
「ええ、何なりと。理想で言えば、同志となってくれること。それが至上ですが、そうでなくても良い。相互理解が進み、私の計画を傍観してくれるだけでも十分です」
まるで理解してもらえたら上手くいくと言わんばかりの、自分の正義を妄信しきった発言だった。
「どうしてさ、神様を紛い物って呼ぶの? 私の知る限り、神様は皆正しく神様だよ?」
「なるほど……良い質問です。では、どうしてそのようになるのかと言うと……あいつらは誰も神たる資格を自らの力で手にしたわけではないからだ。与えられたものを享受し、宿主が死んだ後もその場に恥ずかしげもなく居座り、己こそが最上であると声高々に神を名乗る。寄生虫という言葉さえも烏滸がましい」
「宿主? もしかして君が言っているのは……」
「そう。我が信仰とは異なるが、それでも真なる神であったことは認めましょう。あいつらの産みの親である創造神だけは、正しく……真なる神であった。だからこそ、その上であぐらを掻くあいつらを、おこぼれで神となった奴らを、私は認めない」
吐き捨てるように、アンサーは呟く。
納得できるわけがなかった。
人を導くわけでもなく、人の在り方を考えるわけでもなく、ただ信仰を強要し存在を維持するその在り方が。
創造神は世界の礎となり、死後存在が喪失して尚世界を慈しみ護っている。
だが、あいつらはどうだ。
好き放題するくせに、自らの手でそれを勝ち取ったわけではなく、卑怯な手段で維持しているだけで上位種気取り。
そんな存在が頭上にいるという事実。
虫唾が走らずにはいられない。
それが、アンサーの根本だった。
「君は、思ったよりも神について詳しいね」
クリスの言葉にアンサーは微笑を見せた。
「ええ、これでもそれなりに長く生きているんですよ。今の言葉を聞いて頭ごなしに否定しない辺り、そちらも神について詳しいようで」
「でも、肯定もしないんよ。一理あるかないか微妙なラインの、ぶっちゃけ屁理屈なんよ」
「……まあ、今はその認識で構いません。きっと、時間が解決してくれる問題ですから」
「悪いけど、そんな時間はないんよ。リュエルちゃん!」
合図と共に、リュエルは壁に向かって走った。
正しくは、壁の裏にいるユピルに向かって。
「コヨウ君! 殺さないで!」
クリスの言葉にコヨウはぴたりと動きを止める。
指示がなければ、間違いなくアンサーを殺しに動いていた。
「……どうして? こいつは今殺さないといけない奴でしょ」
「もう少し情報が欲しいんよ。それに……なんでか知らないけど、戦うつもりがないらしいから」
クリスはそう言って、アンサーの方に目を向ける。
アンサーは微笑を浮かべたまま、両手を挙げてポーズを取っていた。
抵抗しないというよりも、する必要がないというような余裕さえ見て取れた。
「……手のひらの上みたいで不気味だね。やっぱり殺しておかない?」
コヨウの言葉にクリスは首を横に振る。
「この場で殺すにはちょっと本人も背後関係も不気味すぎるんよ。あと、私の直感だけど、この手のタイプは殺した方が厄介なことになる。もしくはここじゃ殺せない」
「なるほど。情の問題じゃないなら従うよ」
そう言ってコヨウは攻撃の手を止めた。
その直後にリュエルが壁を破壊し、奥からユピルの姿が現れる。
当然のように、ユピルは絶叫を上げ続けていた。
自分たちが会話をしていた裏でもずっと、その拷問は続いていた。
いや、おそらく捕まってからずっと。
リュエルはちらっとクリスの方に目を向ける。
クリスが頷いたのを見てから、ユピルを拘束する鎖や杭など諸々を破壊した。
悲鳴は、静寂に変わる。
どさっというユピルが地面に倒れる音だけが、妙に印象的に残った。
相変わらず、アンサーは何もしようとしなかった。
憎きユピルを救われても気にもせず、妙に余裕を持った態度で両手を雑に上げたまま。
「クリス君。次はどうする?」
「天井を」
クリスが具体的な指示を出す前に、リュエルは天井の四分の一ほどを切り崩す。
そうして、クリスは空を見た。
正しくは、空に浮かぶ黒い孔を。
その孔は正しく姿を現しているが、今までと違う様相を示していた。
明滅している様子で、同時にノイズのようになっているようでもある。
マーブル模様のようにぐるぐるしているようにさえなっている。
どうにも不安定な様子ではある。
だが、それが消えつつある状態なのかと言われたら、正直よくわからなかった。
「リュエルちゃん。感覚的にはどう?」
「怖さは減ってるけど……凄く不安。なんだか、心がざらついてる」
私的な表現だが、リュエルとしてはこれ以上ないほどに的確な表現でもあった。
「ふむ……。どうしようか。思ったよりも抵抗してくれなかったから……」
クリスはちらりとアンサーを見る。
神を救出され、力の源を奪われて、それでもなおアンサーに焦りは見えず、全く動く気配がなかった。
「そもそもだけどさ、クリス君」
「うん」
「いまいちあの孔とこいつの言う神様うんぬんが結びつかないんだけど」
「私も。ついでに言えば、この状況で動かないってことが不気味でしょうがな……ああ、いや。そんなまさか……」
自分で口に出してから、クリスはある『可能性』に思い至った。
不気味な程に相手が動かないその可能性に。
追い詰められた悪役が全く動じない理由。
それを、クリスは創作物より学んでいた。
つまり……。
「あのさ……もしかして……いや、この場合は是非、そのセリフを言って欲しいんよ。君の言葉で」
「ふむ? 君が何を期待しているのかわからないが、もったいぶるようなことではないから、私が慌てない理由を説明しましょうか?」
「是非、恰好良くお願いするんよ」
「なかなかに難しいことを……。とは言え、出来るだけご希望には答えたいところではある」
もったいぶった言い方の後、こほんと一つ咳払い。
そして、その理由を、端的に口にした。
「残念だが、君達は遅すぎた。私は既に、全ての準備は完了している。故に、君たちの抵抗は無意味だ……と、悪役らしく言ってみたが、これで良いかね?」
「べりーぐーなんよ。出来たら何分前に終えていると具体的な時間を言ってくれたらもっと絶望感が出たの」
「なるほど。次の機会は参考にさせてもらいましょう。まあ、私に次の機会などないでしょうが」
「……もしかしてさ、もう一個の方も当たってたかな?」
「そのもう一つとは?」
「アンサー。君は死をトリガーに何かトラップを仕掛けている? 違う?」
アンサーは「ほぅ」と感心したような声を漏らした。
「貴方は見た目以上に奇抜で自由な発想をするようですね。学もある。そしてその上鋭い。是非ともその生い立ちを聞いてみたいところです」
「お褒めにあずかりなんとやらなんよ。それで、違ったかな?」
「当たらずとも遠からずという感じですかね」
「つまり?」
アンサーが空を指差した瞬間――黒い孔が消滅した。
姿を消したわけではなく、本当の意味で、そこから消えてなくなった。
だというのに、リュエルを襲う嫌な予感と頭痛は消えていなかった。
「……何? 何が起きてるの?」
身を震わせながら、リュエルは尋ねる。
アンサーは、微笑を浮かべ両手を広げた。
「もっと広く、世界を見ませんか?」
「広く? もしかして……」
リュエルは残った天井もすべて斬り壊し、空を広げる。
確かに、この塔の真上にあった黒い孔は消滅した。
だがそれはユピルが救出されて消えたわけではなく、むしろその逆。
たんぽぽの綿毛が風に乗ってさすらうように、命を次に残したというだけ。
黒い孔が消失した場所、つまりこの塔の真上を中心に『五つの黒い孔』が五角形を結ぶように生み出されていた。
結局のところ……到着した段階で全て手遅れだったのだ。
クリスたちが辿り着くよりも何日も前に、準備は終わっていた。
儀式に必要な魔力は既に確保し終えており、何時でも儀式を完了させることは可能であった。
じゃあどうしてそうしなかったのかと言えば、それこそ『単なる嫌がらせ』に過ぎない。
一応は計画の成功率を上げるため余剰魔力を確保するとか、安定度を増すためギリギリまで準備をしたとか、そういう理由もあるにはあるが、正直建前に過ぎない。
計画を発動させなかった理由は、ユピルを苦しめるため。
彼、アンサーは世界を正すという目的を持ち、創造神より生み出された神々を恨み、生きてきた。
そんな彼の前に零落した神が現れたのなら、多少の計画を変更するくらい遊びたくなるのは当然と言えるだろう。
特に……彼は自分が『神が落ちぶれるその様を見届けることができない』と知っている。
だからこそ、残された最後の時間を、彼は神を苦しめるだけの嫌がらせに費やした。
その悲鳴をコンサートとして耳で味わい、優雅な時間とし、ここ数日をこの塔で過ごしてきた。
それ程までに狂気に染まる程、彼は強い憎しみを抱いていた。
この世界を牛耳る、神々に。
アンサーは、自分のシャツを引き破り、胸元を露見させる。
いきなり何をと思ったが……それを見て、全員が言葉を失った。
アンサーの胸部には、本来あるべきものが何もなかった。
肌も、肉も、骨も、心臓も。
そこに見えるのは非生命的な機械と、無数の宝玉。
その中に一つ、心臓の位置に置換される一際大きな宝玉に見覚えがあった。
それは、クリスがダンジョンを崩壊させた時に手にした物、あの時、アルハンブラに盗られた物だった。
残りの植え付けられた宝玉は五つ。
それは、空に見える黒い孔と同じ配置をしていた。
機械に詳しくなくとも、誰でも理解出来た。
彼は己の命を既に使い潰していると。
「随分と気合入ってるんよ。もっと暗躍して周りを動かして安全圏で『人がゴミのようだ』とか言いそうな黒幕系と思ったけど……」
「はは。目的のために身体を張るからこそ、皆私に着いてきてくれたんだと思いますよ。と言っても、私の目的に本当の意味で賛同してくれた人はあまりいなかったですがね。今からでも遅くはありません。どうか私の同志になってくれないでしょうか? ジーク・クリス。貴方ならきっと、全てを託せる」
「まっぴらごめんなんよ。それに私は今の神様たちのこと、嫌いじゃないんよ」
「そうですか……。本当に残念だ」
「なるほど。少しだけ、合点がいったよ。アンサー」
先ほどまで黙り込んでいたコヨウが、いきなり口を開いた。
「ん? 何がですか?」
「君が同志を求めている理由。君は、自分の死後、計画をサポートしてくれる人を探していたんだね」
少しだけアンサーは驚いた表情をした後、微笑み、頷いた。
「ええ、その通りです。出来ることは全てしたつもりですが、やはり不安は多いですからね。本当にうまくいくのかと今でも悩んでいる。だからこそ、クリス。君のような人が仲間になってくれたら話は早かったが……語る時間も残ってなさそうだ」
「時間がない?」
「ああ。これをしたのは君たちの仲間だろう?」
そう言ってアンサーは自らの身体にある宝玉を一つ指差す。
宝玉が、割れていた。
それと同時に、空に浮かぶ黒い孔も五つではなく四つに減っていた。
空の孔が一つ潰され、アンサーの計画に支障が出た。
おそらくカリーナ辺りの行動だろう。
だがまだ潰えたわけではないから、アンサーの次なる行動は、『強硬策』。
強引に計画を完遂させようとする。
そこまで、クリスは即座に状況が理解出来た。
「コヨウ君!」
コヨウはクリスの呼び声に従い、魔力を高め攻撃準備を整える。
だが、指示されたことは逆であった。
「アンサーを死なせないで!」
一瞬言葉の意味が理解できなかったコヨウだが、すぐにはっとなる。
アンサーは自らの死をトリガーとして儀式を完了させる。
つまり、アンサーを死なせないことこそがこの状況で一番の時間稼ぎとなるのだが……。
「残念。遅いよ」
呟き、アンサーは心臓部に置換した宝玉を自らの手で引っこ抜いた。
ぶちぶちと無数のコードが千切れ、その空洞から血液らしき赤い液体と、随分とケミカルチックな青と緑の液体が流れ出す。
「……見てますか。我が主。黄金の君……。ようやく私は、したいことを成し遂げられまし……」
「はっ? ちょ、ちょっと待って!? アンサー! 黄金の君って、君は……」
クリスが慌ててアンサーに駆け寄り、尋ねる。
クリスはアンサーのことを覚えていない。
だが、その呼び方は古い知り合いの可能性が高い。
だからせめて最後に、命潰える前、遺言でも何でも良いから話を聞きたいと願ったのだが……全て、手遅れであった。
クリスが駆け寄った時には既に、アンサーの命は潰えていた。
そして、クリスが彼について思いをはせるような猶予ある時間はない。
黒い孔とか、中から出るとか、もうそんな次元の話ではなくなっている。
気付けば、空から色が失われていた。
ありがとうございました。