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世界を憂う理由


 塔というカテゴリーで見れば、それは『小さい』に分類されるだろう。

 だが建物として見ればそこそこの規模があるものであり、一般的な家屋なら五階相当程は上層があるように見えた。


 塔内部や周辺から人気(ひとけ)は全く感じられない。

 人気(ひとけ)だけでなく、誰かの気配も、儀式や術式を行使したと思われる魔力なども。

 とてもここが儀式の中心であるとは思えない。

 だが、それが逆に怪しかった。


 本当に、何も感じられないのだ。

 魔力も、敵意も、何も。


 草原の中にどんと塔一つだけなんて明らかに周囲から浮きまくっているのに、何もないなんてことはあるのだろうか。

 そのあまりにも怪しくなさすぎて、逆に本命のようにクリスは感じていた。

 アルハンブラの情報で既に確信を得ているから、そう思えるのだろうが。


 レオナルドは何の脈絡も相談もなく、いきなり塔の入り口である木の扉に前蹴りを放った。

 様子を見るとか、潜入するとか、そんな計画は一瞬ですっ飛んだ。

 腰の入っていないへっぽこキックだったが、それ以上に扉がオンボロだったらしく、腐った木が折れたような音と共に扉は吹き飛んだ。

 何故かレオナルドは『ふんっ』と誇らしげであった。


 扉の先に見える塔の内部には、二つの道があった。

 一つは、塔の形状に合わせた登りの螺旋階段。

 そしてもう一つは、それと対を為す下りの螺旋階段。


 どちらに行くべきか、少し考えているその最中に……。

「地下が怪しいと俺の勘が言っている! さあお前ら、着いて来い!」

 叫びながら、レオナルドは我先にと塔に入り、地下階段に突撃していく。

 そんなレオナルドの一言の後に、全員の視線は登り階段の方に向いていた。


「すみません。お願いしても?」

 レオナルドの背を恨めしそうに見ながら、アルハンブラは申し訳なさそうに呟く。

 クリスはそっと頷いた。

 そうして、レオナルドチームであるスローリを含めた五人とアルハンブラは、しようがなくレオナルドを追いかけて地下へ潜っていった。


 彼らの後に、クリス、リュエル、コヨウは正解であるだろう登り階段の方に向かう。

 レオナルドが口にしただけで、その反対が正解だと確信出来る。

 その摩訶不思議な状況に、もう違和感を覚えなくなっていた。

 きっと、これを言葉にするなら『負の信頼』となるだろう。




 塔を登りながら、どうにも奇妙な違和感をクリスは覚え続けていた。

 塔の中に部屋はなく、ただただ階段を登るだけ。

 そのあいだ敵もいなければ、罠も見当たらない。


 相手はこちらが乗り込んだことなど既にわかっているだろうに、何のアクションも起こしてこない。

 その事実が少々不気味であった。


「……何か、見落としてるのかな?」

 ぽつりとクリスは呟く。


 アルハンブラの情報に間違いはないはず。

 まさかアルハンブラが敵に踊らされて嘘情報を掴まされたか?


 もしくは、レオナルドの方が本当は正解だった?

 それか、レオナルドがデコイの役割を果たし、敵が全部そっちに行ったとか。


 いや、それにしてもあまりにも平穏すぎる。

 一体なぜ……。

 だが、その答えが見つかるよりも早く、目的の最上階に到着してしまっていた。


 正面に見えるは木製の扉。

 入口のようなボロい物ではなく、しっかりとした作りとなっている。

 あとは見えるのは、塔の頂上を示す天井くらい。

 罠どころか横道も、他の部屋も、結局見つかることはなかった。


「……開けるね?」

 リュエルは扉に手をかけ、クリス、コヨウに確認を取る。

 そして、二人が頷いたのを見て、その扉を開き――。


「があああああああああああああああああああああああああ!」

 それは、悲鳴と呼ぶにはあまりにも力強かった。

 そこに嘆きも怒りもない。

 そこにあるのは、ただ痛みを表す叫びだけ。

 あまりの苦痛に叫ばずにはいられず、漏れ出ただけの声。


 だから、それは『絶叫』と呼ぶ以外に適した言葉はなかった。


 その叫び声に、聞き覚えがあった。

 かすれ、しゃがれ、濁声のようになっているが、それでも声の主が誰かはわかった。

 ユピル。


 それは、神のものであった。


「リュエルちゃん」

 クリスに名を呼ばれ、リュエルは()()と我に返る。

 あまりの衝撃に、扉を数ミリ開いただけで彼女は硬直していた。


「ど、どうしよう……」

 おろおろと、彼女はまるで普通の女の子のように怯えていた。

 らしくない……ともまた違う。

 今までが異常だっただけで、こちらが彼女にとっての当たり前。

 リュエルは能力こそスペシャルであっても、中身は普通の女の子であった。


 一人ぼっちで、ただ上から言われたまま生きてきた異常な過去。

 それが終わり、知り合いや友達が増えて、好きな人もできた。

 だったら、普通に近づかないわけがなかった。


「……開けて助けたら良いんじゃない?」

 コヨウはどうでも良さそうにそう呟く。

 実際、彼としては割とどうでも良いことでしかなかった。

「そだね。行こう、リュエルちゃん」

 クリスに微笑みかけられ、リュエルはゆっくりと息を吸う。

 そしてたっぷりと吐き出した後、クリスの頭をわちゃわちゃと撫でてから気持ちを回復させ、乱暴に扉を開き、中に押し入った。




 クリスが持った最初の感想は、『随分と機械染みているな』だった。


 その部屋は、普通の人が暮らす部屋の倍くらいの広さがあった。

 ただ、銀色やら光り輝く機械やらでゴテゴテとしているため、そこまでの広さは感じない。

 そんな部屋の奥に、ユピルは居た。


 壁に両手を広げ縛り付けられ、手のひらや足には杭で打ち付けられていた。

 まるで、十字架に縛られた咎人のように。


 絶叫は、ずっと聞こえ続けている。

 神であるユピルが、ただ叫ぶだけとなるほどの痛み。

 どれほどのものなのか、想像さえできなかった。


 それと……もう一人。

 部屋の中にはもう一人、別の男が居た。


 誰なのかはよくわからないが、どういう立ち位置なのかは想像がつく。

 こんな場所で、この研究室のような機械まみれの部屋には相応しくないふっかふかのソファに優雅に腰をかけ、ティーカップ片手に微笑む男のスタンスがわからないわけがない。


 男はこちらの方に目を向け、ティーカップをテーブルに置いてニコニコとしながら話しかけてくる。

 だが、その声はすべて絶叫に上書きされていた。


 男はきょとんとした表情の後、ぽんと手を打つ。

 まるで、絶叫があったことを今思い出したかのように。


 考えてみれば、恐ろしい話である。

 耳をつんざく大声量、それも苦痛に耐えきれずの絶叫を間近に聞き続けて、こんな『日向を散歩しているかのような穏やかな表情』をしているのだから。


 男が指を弾くと、ユピルを隔離するようガラスの板が降りてくる。

 そしてガラスは壁と同色になり、ユピルの姿は隠れ、声と共に部屋から完全に消えた。


「聞き苦しいものを聞かせてしまったね。申し訳ない」

 柔和な笑みを浮かべながら、男はゆっくりとソファから立ち上がった。


 なんとなく……本当になんとなくだが、クリスは彼のことを知っているような気がした。

 遠い昔、どこかで会ったような……。

 ただ、実際に会っていれば忘れていないはずだ。

 これだけ大それたことをする知り合いで、生きている人は身内以外にもういないのだから。


「君が、アンサーと呼ばれている人で良いのかな?」

「そうだね。同志たちにはそう呼んでもらっているよ。自己紹介の必要はなさそうかな?」

「ううん。何もわからないから教えてほしいんよ。できたらなるべく早くね。彼を助けたいから」

 アンサーはふっと乾いた笑いの後、微笑を浮かべた。


「了解。では、頑張って説得しようか。まず、私のことを語るならその目的を語るべきだろう。さて――一つ、問おう。君たちは、神とは何だと思う? ああ、できたら君からお願いしようか。狐耳の少年。この国で生きるのは、君は相当過酷なことだったであろう」

 コヨウに向かい、アンサーは尋ねる。

 この国において人から外れる獣人は非差別者に該当する。

 仮面で顔を隠しているのもきっとそれが理由だろう……と、アンサーは考えていた。


「知らないし、興味もない。どうでもいいよ」

 そんなコヨウの返事にアンサーはどこか嬉しそうに微笑んだ。

「さて、次は君だ。勇者候補リュエル。君は神についてどう思う? 君が信仰する冥府神クトゥーを、君に力を与える白神ホワイトアイを」

「――どうと言われても……ありがとう?」

 首を傾げながら、リュエルは呟く。

 正直、そこまで深く考えたことはなかった。

 力を貸してくれて助けてくれてありがとう。

 本当にそれだけ。

 だからと言って崇拝することもないし、別に力を取り上げられてもしょうがないと素直に諦められる。


「ふふっ。宗教者が嫉妬を覚えるほど神に愛されてそれというのは、不義理になると思わないのかい?」

「別に?」

 その答えもまたアンサーは気に入ったらしく、非常に満足げであった。


「さて、最後だ。エナリスの寵愛を受けたとさえ言われる時の人。海洋神エナリスの信者にして神託を授かりし信奉者クリス。君は……神についてどう思う?」

「神様は神様、他の何ものでもないからどうも言えないの」

「だが、君はエナリスを信仰しているだろう?」

「うぃ。そうなってるの。ついでに言えば直接ミッションも受けているの」

 ふんすと自慢げにそうクリスは言う。


 その様子を見て、アンサーは突然笑い出した。

「ふふっ。ふ、ふははははは! 良いね! 素晴らしい嘘吐きだ。良かったよ、ここに来たのが君たちで。まあ、君たち以外なら『彼以外』来れなかったと思うけどね」

「彼?」

「レオナルドさ。彼と、君たちだけさ。この部屋に入れるのは。この部屋は、神への信仰を持つ者を拒む。そのようになっているからね」

 ニコニコと上機嫌にアンサーはそう口にする。


 それは彼にとって非常に嬉しいニュースであった。

 不倶戴天の仇かつ最悪の敵と思っていたが実はそうではなく、もしかしたら同志となりうるかもしれないのだから。


「私の下地について理解してもらったところで、自己紹介とさせていただこう。私は『アンサー』。この世界に寄生する偽りの神を排除し、世界を正しい形とすること。それが、我が望みだ」

 男はそう、高らかに宣言した。




 救出すべき神を見つけ、黒幕である相手と遭遇し、状況はクライマックスを迎えつつある。

 そんな中で彼、コヨウはこの状況において完全なる傍観者であった。


 彼にとって、神とはどうでも良い存在である。

 なにせ彼の本質はモンスターであり、神が救済すべき人に当てはまらない。

 むしろ潜在的脅威である人の守護者である神の敵対者であるのなら、アンサー陣営の方が信条としては近い。


 だが、アンサーの味方になるつもりは全くない。

 彼の所業を知って味方になりたいという奴がいたら、完全に異常者だ。

 むしろ、コヨウは自分の平穏のためにアンサーを殺さねばならないとまで既に覚悟してしまっている。


 彼には、あの神を捉えている装置、並びにその働きについてが見えていた。


 コヨウに機械知識はない。

 だが、あれがダンジョンに関する知識――理で作られた機械であるため、コヨウはそれを二割程度だが把握出来ていた。

 そしてその結果、『醜い』という感想を持つに至る。


 目的のために無駄をそぎ落とした機械を美しいとするなら、あの機械は間違いなく醜かった。

 あれは、目的と手段が混雑している。


 構造自体は、対象の魔力を吸いとるというものだが、その過程がおかしい。

 わざわざ『対象に魔力に比例する痛みを与える』ような仕組みとなっている。

 これははっきり言って無駄でしかない。

 別に苦しめた分魔力が増えるわけではなく、むしろ余計なギミックを足した分魔力吸収にロスは出るし、対象の体調悪化により奪う魔力も減少する。


 じゃあ、どうしてそんな仕組みとなっているかと言えば……苦しめたいからだ。

『神を憎んでいる』

 それだけは、アンサーの間違いない事実なのだろう。


 だが、憎むべき敵だからと言って意味なき拷問を行い、その悲鳴をコンサートのように楽しみ、ティーブレイクするような奴が正しいわけがない。

 主義主張が正しかろうとどうであろうと、もはや些事だ。

 これだけの非道を当然のように行うこいつは、単なる異常者でしかない。


 だから、殺す。

 ただ己が安泰のため、平穏のため、あとクリスとリュエルに対しちょっとしたご機嫌取りのために……。

 明日を気楽に生きること。


 獣であるコヨウにとって、それこそが最大の願いであり、そして理想であった。


ありがとうございました。

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