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例え恩盗人とし罪を重ねようとも


 小さな祠の下には、地下迷宮が張り巡らされていた。

 ダンジョンのような乱雑かつ理解できないような迷路ではなく、何か理由があるような……そんな意図を感じさせる、計画的な迷路だった。


 ただ、それほど広いわけでもない上に()()があるから、迷うことはなかった。

 目印……つまり……。


「うおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 雄たけびを上げながら突撃してくるよくわからない男たち。

 叫ぶ言葉は皆異なるが、大体皆同じような意味合いである。

 そんな集団が同じ方角から襲ってくるのだから、どちらに行けば良いのか迷う要素など欠片もなかった。


 とはいえ……相手の立場で考えたら、その行動は仕方がないとも言える。

 彼らは体躯こそ恵まれているが、あまり戦いに慣れている様子はない。

 つまり、兵士でも戦士でもないのだ。

 そんな戦いというものの経験が少ない彼らが、唯一の出入り口から襲撃されたらどうなるか。


 そりゃあ、突撃するしかなくなる。

 ぶっちゃけ、破れかぶれだ。


 ついでに言えば、軍事的組織でもないということも理解できた。

 衝動的に襲ってくる敵に戦略の意図は一切なく、ただただ戦力の逐次投入を行っている状態。

 これでもし将がいたとするなら、『逆立ちしてラーメン食べたっていい』とさえクリスが考える程度には、相手は無策だった。


「尋問する?」

 あまりの弱さに、リュエルはそう尋ねた。

「ううん。本職の人に任せよう。時間がもったいない」

「……けっこう、ガチなんだね」

 コヨウはそんなことをぽつりと呟く。

 仮面で表情は見えないが、どこか怯えた気配が彼から漂っていた。

「どしたの?」

「血の臭いがね、上から……」

 嗅覚に優れる彼は、上に残したスローリ達の尋問内容に恐怖を覚えていた。

「だったら、なおさら私たちがする必要ないね。リュエルちゃん、どんどん進もう」

「おー」

 リュエルは腕を振り上げ、無表情のまま襲撃者を返り討ちにし、道を文字通り切り開く。


 そんな二人を見て、コヨウはドン引きだった。

 敵対しているとはいえ、同族が上で酷い目に遭っていても気にしない。

 やっぱり人間って怖い……。


 彼らとだけは敵対しないようにしようと、コヨウは改めて心に誓った。




 そうして、おそらく最奥であろう場所に辿り着いたとき……。

「クリス君……何、してるの?」

 リュエルはクリスの奇行を目の当たりにし、困った表情で尋ねる。


 確かに、クリスはいつも変なことをする。

 だけど、今回の『突然の逆立ち』はまたいつもと違う意味で変だった。


「ら、ラーメンがないから……せめて逆立ちしておこうかと……」

 呟くクリスの正面には、リュエルにより意識を刈り取られた男がいた。

 どうやらこいつはこの場のリーダー格であり、司令官でもあったらしい。


 つまり……こんなでも居たというこだ。

 将と呼ばれる立場の存在が。


「……よくわからないけど、危ないからやめよう」

「――うぃ。暇になったら後でちゃんと逆立ちしてラーメン食べるんよ」

「よくわからないけど、それをやりたいなら手伝うよ。それで……」

「うぃ。コヨウ君、ちょっとお願いしていいかな?」

 突然呼ばれ、コヨウはきょとんとした顔を見せた。

「ん? 何かな?」

「一応そこに倒れている人がこの場のお偉いさんらしいからさ、上の方に先に届けてくれない?」

「えぇ……ごうも……尋問してるとこ、あんまり行きたくないなぁ」

「そこをなんとか」

「うぅーん……子供がさ、大の大人を軽々と持ち上げる姿って怪しくない?」

「大丈夫。コヨウ君をただの子供だと思ってる人はいないから。それくらいやっても変に思われないよ」

「そっか。じゃあ、まあいいかな。りょーかいっと。ああ……別行動なら一個だけ言っておいていい?」

「うぃ。なになに?」

「隣の部屋から人の気配がするよ。それと、血の臭いも。少量だけど」

 クリスは飛び出すように、コヨウの指し示した部屋に突撃した。


 そこには、一人の男がいた。

 男の両腕には手錠があり、鎖で吊るされていた。


 男の顔は何度も殴られたのか、青や赤で彩られている。

 地面に見える血痕はすでに黒く変色しており、この状態が長時間にわたっていたことがうかがえた。


 顔は酷く腫れあがっており、誰なのか判別が難しい。

 だけど、彼らは男が誰なのかすぐにわかった。

 その服装と、そしてその態度で。


 男は完全に意識を失っていた。

 だけど、うわ言のように何度も呟いていた。


「すまない……すまない……すまない……」

 誰に対する謝罪なのかわからない。

 だが、行いに対してあまりにも誠実なその態度は、まさしくアルハンブラのそれであった。


 キィンと金属音を立て、アルハンブラの拘束が解かれ、クリスが下で受け止める。

 まあ、成人男性を受け止める身体能力のないクリスは、べしゃっと下敷きというかクッションになるしかなかった。


「ここで鎖じゃなくて手枷そのものを斬るんだから、さすがリュエルちゃんだね」

「ん、ありがと。それよりアルハンブラの様子は……」

「大丈夫。意識がないだけで……」

 そう思った直後、アルハンブラは立ち上がり、よろよろと数歩歩いてから、そのまま床に嘔吐した。

 胃液と血だらけの痛々しい吐しゃ物を撒き散らした後、少し離れた場所で再び倒れ、気を失った。


「クリス君!?」

 リュエルは明らかに慌てていた。

 体調不良の状態から突然の嘔吐と気絶。

 その様子に、アルハンブラの命の灯が消えかけているように感じられた。


 だが、クリスは違った。

「ううん。これ……わざとだね……」

「わざと……って、何が?」

「吐いたの。吐く必要はなかったし、吐く状況でもなかった。まるで自分の身体を無理やり魔法で操作したみたい。つまり、何か意味があるってこと……」

 クリスはためらうことなく、アルハンブラの吐しゃ物の傍へと寄る。

 そこで『何か』を見つけ、ハンカチ越しに丁寧に拾い、ふき取ってから、それを見た。


 それは、何らかの容器(カプセル)だった。

 小さな、薬のような形状のそれを開くと、中から紙が出てきた。


「……流石としか言いようがないんよ」

 そのクリスの言葉は、言葉のわりに尊敬や敬意は微塵も含まれていない。

 むしろ、そこにある感情は呆れだけだった。


 捕まって、殴られ、嬲られていたのは見てわかる。

 アルハンブラのことだから裏切りが発覚したわけではなく、元から裏切りそうとマークされ、用済みとなったためストレス発散の玩具にされたのだろう。

 そんな状態であったにもかかわらず、無茶を重ねてまで情報を残すことを優先した。


 まったくもって馬鹿な男である。


 クリスはその馬鹿な男が命を懸けて残したであろう情報を得るため、リュエルを傍に呼び、紙を広げた。




 深夜――クリスは一人でぼーっと夜空を眺めていた。

 本来ならすぐに動きたいところだが、アルハンブラの体調が心配で、一日ここで休むことになった。

 というか、レオナルドがそう決め、命じた。


 少しだけ、本当に少しだけだが、別行動を取り自分達だけ先に進むべきか悩んだ。

 アルハンブラの情報のおかげで、次に向かうべき場所もわかったから。

 だが、一日ならとクリスもそれに合わせて休むことにした。

 むしろ、情報が正しいなら、ここで休むべきですらある。


 そのくらい、アルハンブラの持ち出した情報はクリティカルなものだった。


 あの紙に書かれていた内容は二つ。

 一つは、黒幕である男の居場所。


 同時に、尋問の成果により黒幕の情報は多少得られた。

 男は仲間たちから『アンサー』と呼ばれている。

 彼らは仲間を『同志』と呼び、同じ目的のために行動している。


『この世界は間違えてしまった』


 それが、彼らの謳い文句。

 だから、世界を正さなければならない。

 それが、彼らの主張。


 なのだが――どうにもその内容がうまく掴めない。


 ある男は「自分のような才能ある人間が捨てられない世界」と口にした。

 だが、別の男は「不幸な人が誰もいない世界」だと言った。

 また別の男は「女などという下等な生物を好きにして良い世界」と言い、さらに別の男は「愛無き者に生きる価値なし」と言った。


 要するに、バラバラなのだ。

 何が間違いで、何が正しいのか、皆それぞれ好きなことを言っているだけ。

 中には完全に対立する意見さえあった。


 一体何を軸として彼らは組織を成しているのか、さっぱりわからない。

 とはいえ、納得できる部分もあった。


 そりゃあ、それだけふわっふわな状態だったから、あんな烏合の衆になっていたのだろう。

 だからまあ、アンサーについてあまり詳しい情報はわからなかった。


 カリスマがあることに違いはないだろう。

 有象無象とは言え、主義主張が全く違う人間をこれでもかと集め同じ方角に向かわせたのだから。

 逆に言えば、今のところそれくらいしか特徴が見えないが。


 そうして黒幕の居場所もアルハンブラの情報より判明したのだが……正直、これは今のところどうでもいい情報に分類される。

 黒幕の居場所なんかよりも、より重要な情報がアルハンブラのメモには記されていたからだ。

 それは……。


「すまない……謝罪して済むとは思っていない。だが、それでも謝らせてほしい」

 背後より声が聞こえた。

「おや? アルハンブラ、もう大丈夫なの?」

「ああ、見た目ほど酷い傷ではない。……本当、恥でしかないな。裏切っておいて、何とか我が王を助けようとして、結果君達に助けられ、私まで救われるとは……」

「気にしなくてもいいの」

「まだある。我が恥は、悲しいながらこれに留まらない。……むしろ私が元凶であるとも言えるな」

 その言葉に、クリスは否定しない。


 この騒動を引き起こした原因――最低でもその一つは、アルハンブラ自身である。

 あの空に浮かぶ孔――あれは……。


「あれは、捉えられたユピル様を利用して生み出されている」

 天から堕ちたとはいえ神は神。

 その力を強引に利用し、アンサーは空に孔を開けた。


 だから、ユピルを誘拐したアルハンブラは責任を感じなければならない。

 いや、責任だけではない。

 自体を早期に解決する義務があった。


 不安定な今でさえこれだけの影響である。

 本格的に孔が開けばどうなるか……想像もつかない。


 だから、そうなる前に何とかしてほしい。

 その願いと共に、ユピルが囚われている場所が記されていたのが、アルハンブラメモの『もう一つの情報』だった。


「確かに……後から考えたら色々納得できる感じなんよ」

 それは、神を知るクリスだからこその気づきと言えるだろう。

 あの孔と、巨大な腕。

 それは確かに、神に通じるものであった。


「明日、早朝よりユピル様救出の作戦が決行される。恥を忍んで頼む。手を貸してほしい」

「もちろんなんよ」

 にっこり微笑み、クリスは答える。

 そんなの最初からわかっていると言わんばかりに。


 謝罪と、懇願。

 それがアルハンブラがここに来た理由。

 だけど……もう一つ、アルハンブラには理由があった。

 クリスと二人っきりで会わなければならない理由が。


「……本当に、すまない。自分がどれほど醜いことをしているのか……もう、君の前に顔を出すことさえ出来ないだろう。これが恥の上塗りでしかないのはわかっている。これが終われば、私はいかようになっても文句は言わない。だから……」

「私の友達、アルハンブラ。一つ聞いていい?」

「……そう呼ばれるのは心が痛いね。それで、何かな?」

「どうして、私の背に刃物を当ててるの?」

 淡々とした口調で、一歩も動かず座ったまま、クリスは尋ねる。

 小さなナイフを持ち、背に立ち続けるアルハンブラに。


「――かつて、君を友と思ったことに嘘はない。裏切ったことに対し、心苦しいという気持ちも。そして、どれほど今恥知らずなことをしているかもわかっている。それでも……」

「別にいいんよ。そういうことはいいから、理由と要件をちゃんと話してほしいんよ。でないと敵対も協力も選べないんよ」

 ぷんすこと、ちょっと怒った感じでクリスは言う。

 心臓が痛いほどに脈動し、罪悪感と屈辱に顔を顰め、緊張で手が震えているアルハンブラと違って、クリスにとってこれはあくまで友達との日常でしかなかった。


「……気に入るようなこともあるだろうとは思っていた。君とあの方は波長が合うように。だけど……君が信順するのはおかしい。あまりにも……我らが主を君は敬い過ぎている! 君の見る道と、あの方の我道は異なる。……なぜ、君は我が主の命を聞く? いや……言い直そう。君は、我が主をどう利用しようとしている?」

 それが、アルハンブラがかつて友であった男に……一度裏切ったがゆえに、二度と逆らうことが許されない相手に、再び刃を向けた理由だった。




 目覚め、話を聞き、そしてアルハンブラは理解する。

 クリスは、レオナルドを利用しようとしていると――。

 どういう方針かはわからない。

 あの無能を利用することなど想像もつかない。

 だが、クリスが明確な野心を持って、レオナルドと接しているのに間違いはなかった。


 彼は本物に、本当に無能である。

 わがままで傲慢で、努力をせずに自慢ばかり。

 人に嫌われる要素なら無限にあるが、好まれる要素は少ない。


 何か特別な力を持つわけでもなければ、特別優れた道具なども所有していない。

 血筋は多少良いけれど、わざわざクリスが狙う程良いものでもない。

 それなのに、クリスはレオナルドに特別を見た。

 レオナルドに、我が主に『何か』をさせようとしている。


 それが――アルハンブラには恐ろしかった。


 裏切った相手に再度刃を向けるという行為は、あまりにも醜い。

 正直恥ずかし過ぎてこの刃を己が首に押し当てたいという衝動にさえ駆られている。


 誇り高く、道理を弁え、誠実な生き様以外出来ない。

 そんな男が、二度裏切るなどという汚い決断を見せた。

 プライドも何もかもがボロボロになるとわかっていても、躊躇わない。

 その程度には、ロロウィ・アルハンブラという男は王の忠臣であった。


「なるほど……。つまりこれはレオナルド様を護るため……ってことで良い感じ?」

「まあ、そうだね。さらに言えば、君の狙いが気になる。君は道化として我が主を見ていない。一体、我が主の何を見ている?」

「ふむふむ……。そうだね……まあ、別に言うのは良いんよ。どうせ私の目的が達成される頃には、君は生きていないんだから」

 アルハンブラは、びくりと体を震わせる。


 まさかクリスに、間接的にだが殺すというようなことを言われるとは思っていなかった。


「……確かに、私はこれが終われば君に殺されることも覚悟している。自害せよと言うのならそれも受けよう。だが、それは我が主への反意がないとわかった時だ。そうでないなら……私は殺されるわけには……」

「いや、そうじゃなくって寿命って意味」

「――は?」

「百年二百年じゃないからね。私の考えって。とっても長い時間の、その先の先の、とっても気の長い話なんよ」

「クリス。君は一体……何の話を……」

「努力や才能を覆せるものって、何だと思う?」

「……その二つともを、かい?」

「うぃ」

「あいにく私には思い浮かばない。努力に敵わぬ才能があることも知っている。才能があろうとも努力を怠れば敗れることもわかっている。だがこの二つより優れた資質があるかと問われたら……。家柄、血筋、特異な道具、神の寵愛……いや、どれもピンと来ないな」

「答えは『時間』。どんな努力家も長寿には敵わないし、どんな才能も寿命の前には霞むの」

「一体、何の話を……」

「魔族ってのはね、意思の力と寿命に相互関係があると言われているの。まあ、そうでなくとも寿命を延ばすこと自体は、そう難しいことじゃないけどね」

 そう……生きるという意思が消えず、希少な道具を買い続けるという財力さえあれば、いくらでも他者の寿命を延ばすことができる。

 普段はそういったものを使うことは好まないが、それができるだけの権力と財力をクリスは持っている。


 レオナルドのような極端に強い思想の場合、それを貫くことが叶うのなら、あくまで莫大な金銭を投与して、という前提ではあるがその寿命は無限だと言っても良い。


 そもそも、彼程の意思なら自力で不死となる可能性さえある。

 変わらぬ意思というものは、それだけで強い力であるからだ。


「確かに、今は無能なのかもしれないの。だけど、それは時間が解決するの。人より百倍成長が遅くても、千倍生きれば良いだけなんよ」

 クリスは嬉しそうに、企みを語っている。


 だけど、アルハンブラはその内容が一ミリたりとも理解できない。

 ただ、今のクリスが気持ち悪いことだけは理解できた。

 あまりにも、目線が違いすぎる。


「長い時間をかけて、我が主を無能でなくする。その意図は、意味は!? 別に我が主のように無能な者でなく、優秀な者を使えば良いだけでは!?」

「レオナルド様は、私にも見通せない《力》があるんよ。今は無能ゆえにプラマイでギリマイナス状態だけど、もしマイナスがなくなれば……どうなるかなぁ」

「信じられないが、仮に、百歩譲って我が主が無限の寿命を与えられ、無能から解放され、その力とやらが発揮されたとしよう。それでも、我が主は変わらない。君の言う通りに動くようなことは、決してないと断言できるよ」

 その性格は破綻し、傲慢で、恩義があろうということを聞くようなタマじゃない。

 だから利用するような考えを止めるようアルハンブラは願うが……。

「だから良いんよ。()()()()()()()()()()()。それこそが私の願いだから」

「我が主の望みなんて……王に……。君は、我が主をフィライトの王にしようとしているのか? 何故?」

「ううん。違うんよ。レオナルド様には一国の王なんて狭すぎるんよ」

「は?」

「世界の王になってほしいんよ」

 まるで純真無垢な子供のような、そんな声色だった。

 アルハンブラの背筋にゾワリとした恐怖が広がった。


 見ている世界が違う。

 強さや才能が違う。

 住んでいる場所が違う。

 いや、そういうものじゃあない。

 生物としてではなく、もっと根本的に何かが違う。

 クリスという存在は、対話はできるが根本的に分かり合うことはできない。

 そう、なぜかアルハンブラは思ってしまった。


「……クリス、君は……君は一体何を……何を我が主にさせようとしているのだ!?」

「レオナルド様の望みを叶えてほしいだけなんよ。世界で一番強く正しい王になって、それで――悪い大魔王を、殺してほしいの」

 明るく楽しそうな先ほどとは異なり、氷のように冷たい声だった。


「……悪い……大魔王? それは……黄金の魔王のことで……」

「うぃ。合ってるよ」

「……そうか。君は……黄金の魔王が……」

「嫌いなんよ。きっと世界で一番」

 黄金の魔王を嫌う者が一定数いることをアルハンブラは知っている。

 世界を支配し、世界で最も恐るべき魔王であるからだ。


 だが同時に、彼は世界で最も平和に貢献した魔王でもある。

 その実力も含め、尊敬する者の方が圧倒的に多い。


 だけど、一番多いのは尊敬でも嫌悪でもない。

 なにせ普通の人は、ほとんど世間に露見しない黄金の魔王にそれほど感心を持たない。

 好きでも嫌いでもないというのがこの世界の大半の意思である。

 

 だから、黄金の魔王を嫌う人は希少と言える。

 少なくとも、殺したいほど憎んでいる人を、アルハンブラが見るのは初めてのことだった。


「なぜ、そこまで……」

「生きていることが間違いだから、なんよ」

 その一言で、否が応でも気付かされる。

 この内容に関しては、会話することさえ無駄でしかない。

 理解することなど不可能。

 憎しみというのは、そういうものである。


「つまり、我が王にそうなるよう期待していると?」

「うぃ。とはいえ、候補ってだけだし、意図的にそう仕向けるようなこともないから安心してほしいの。ただ私は、自然のまま、あのままレオナルド様が成長することを願っているだけで。そうなると、必ず最後の壁は悪の大魔王になるから」

「……もしかして……君がリュエルと共にいるのは……」

「同じ理由なんよ。パーティーに入れることを渋っていたのもね」

「? 確かに君は当初、リュエルがパーティーに入ることを相当渋っていた」

「うぃ。今では私と、リュエルちゃんとアルハンブラ三人の想い出なんよ!」

 嬉しそうに、クリスはそう言った。


「だ、だけどそれに何の関係が? リュエルがパーティーに入ることで一体君の野心に何の影響が――いや、そうじゃない。逆? 彼女が傍にいると、君の願いとして困るというは……そうか……そういうことか!? 君は、いや貴方様は……」

 クリスはくるりと振り向いた。


 向けられた刃など恐れない。

 恐るる必要さえもない。

 アルハンブラの行動に一々怒ることさえも。

 むしろ――殺せるものなら、やってみてほしいくらいであった。


「私はね、勇者を待っているの。レオナルド様が世界を統一し、勇者であり王となっても、リュエルちゃんが真の勇者になっても、それ以外でも誰でも良いの。ただ……それだけなの」

 呟くクリスの口調は、とても寂しそうなものだった。




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