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第二段階


 スローリを含む五人の配下。

 彼らの加入には、非常に大きな意味があった。


 彼ら自身が有能なことに違いはない。


 いつも大げさに偉ぶる口だけのレオナルドだが、部下が優秀ということだけは大げさでも何でもない。

 部下の質だけなら、本当に他の王に負けていないだろう。

 それはすこぶる有能でなければ、あの馬鹿の部下なんて務まることはないという逆説的な意味合いだが、それでも有能なことに違いはなかった。


 とはいえ、ここにおける『大きな意味』は、その有能さはさほど関係はない。

 アルハンブラのような極まった能力があるわけではなく、スローリと四人は良くも悪くも質の高い兵士群でしかない。


 ここにおける重要な要素というのは、彼らの練度の方にある。

 ここでの練度は戦闘や訓練の経験ではなく……彼らの職業経験値。

 つまるところの……レオナルドの対処能力。

 彼らは、クリス達が想像出来ない程に、レオナルドのあしらい方が上手かった。


 それは馬鹿が寝ている間、馬鹿の愚痴に花を咲かせていた時のこと……。

 馬鹿が馬鹿ばかりやって時間ばかりかかるとリュエルがぼやいた時、彼らは言った。

『寝ている時に移動すればだいぶ楽ですよ』


 リュエルの目から、鱗が落ちた。


 そういうわけで、無駄に長い馬鹿の睡眠時間の一部を移動時間とし、馬鹿を彼らに運んでもらった結果、移動速度は百倍以上も早くなった。

 馬鹿が静かというだけで、これほどまでに楽なのかとリュエルは涙を流しそうになった程だった。


 さらに言えば、彼らは文字通りのプロフェッショナルであった。

 どんなトラブルが起きても決して馬鹿を落とすことはなく、輸送中一度たりとも馬鹿を起こさなかった。

 どれほど道なりが過酷であろうとも、ゆりかごの如く心地よい安眠を提供し、例えどのような敵に襲われようとも、その戦闘は白鳥の如く優雅なまま。


 彼らもまた必死であった。

 馬鹿が起きたら面倒事の頻度が倍以上になる上に、なにより死ぬほどウザくムカつく。

 彼らの忠誠心は本物ではある。

 己が命を賭すことなど前提であり、それ以上に何を捧げるかを日々考えるくらいには、彼らはレオナルドに心酔している。

 だがそれはそれとしてウザくないかと言われれば、それはまた別の話であった。


 そうして、レオナルドが軟禁されていたと思われる屋敷を目指し進んでいる最中――それは起こる。

 始まりは、リュエルのいつもの頭痛であった。


 日に何度か訪れる黒い孔の再出現。

 その際、なぜかリュエルだけはそれを頭痛という形で察知することができた。

 未だその理由はわからない。

 もしかしたら黒い孔とリュエルが持つ『白の力』に何か関連性があるのかも……。

 そう、考えていた。

 この時までは。


 突如、リュエルはその場に蹲る。

 いつもの比ではない激しい痛みに、歩くことさえできなくなっていた。


 心配し、クリスが声をかけようとするそのタイミングで、他の人も頭を抑えだした。

 感知できるのはリュエルだけではなかった。

 ただ、リュエルが人より過敏に反応していただけで。


 音叉を鳴らすような耳鳴りが脳に直接叩き込まれ、頭痛に眼の裏が刺激される。

 当然のように、不安や恐怖も増長されていく。


 何か、世界の明度が一段階落ちたような不安定感を、彼らは感じていた。


 ただ、クリスとレオナルドの二人だけは、他の人と異なり頭痛を誘発されていなかった。

 他者と不安も痛みも恐怖も共有しない。


 レオナルドは周りの苦しむ人達を『軟弱な』なんて言って笑うが、クリスは逆に不安になっていた。

 反応しないということは、気づけないということでもあるからだ。


「――来る。何かが……来る!」

 リュエルがそんな超能力者みたいな意味深な言葉を告げた瞬間、それは現れた。


 黒い孔から出てくる、巨大な肌色の物体。

 それは――『手』だった。


 形状自体は、人のそれと何ら変わりはない。

 違うのは、そのスケール感。


 空に浮かぶその手が、ごつごつ具合から男性とわかるほどにははっきりと目視できる。

 それほどまでに、巨大であった。

 比べる対象が存在しないほどに。


 まるで夜空に浮かぶ月のようだった。

 拳だけでなく、徐々に腕も孔から出現した。

 まるで生えているかのように、腕が伸びていく。


 どんどんと巨大な姿が顕わになっていくも、肘関節を超えたあたりで腕の出現はぴたりとストップする。

 その段階で、空に浮かぶ孔からまっすぐ巨大な一本に。

 つまり……地面に――到達していた。


 まるで藻掻くように、腕が動く。

 いや、それは藻掻くというよりも……。


「出ようとしている?」

 リュエルはぽつりと呟く。

 だが、確かにそういう動きだった。

 狭い場所から無理やり出ようとする。

 もしくは、小さな孔を無理やり押し通ろうとする。

 それは、そういう動きであった。


 しばらくしてから、諦めたのか腕が孔に戻っていった。

 まるで逆再生みたいな光景の後に、腕は完全に黒い孔に収納されて、そして――黒い孔も姿を消した。


 痛みも消え、何事もなかったかのように元のまま。

 静寂と、沈黙に支配される。


 あまりの非現実さから、先ほどの光景が夢だったのではないかと思えた。

 だけど――夢ではない。

 夢だとするには、あまりにも現実への影響がでかすぎた。


 例えるならば、砂場の山にわしづかみした跡。

 山が抉れ、指の形が残って、子供が楽しむ。


 そんな状態になっていた。

 彼らのところからも見える、()()()()が。


 そしてその山が恵みの山である以上、麓、並びに山中には人の住処があったはずで――。

 ほんの一分ちょいという時間であったはずなのに……残された傷跡は、想像以上に大きかった。




 急ぎ、彼らは屋敷に向かった。

 あれは不味い。

 何かさっぱりわからないが、放置したらこの国どころか世界が滅ぶ。

 そう思わせるだけの威圧感が、あの巨大な腕からはあった。


 腕だけであの大きさなら……。

 そう考え、リュエルはぞわっとした恐怖を覚える。

 だが、それだけじゃない。

 ただ大きいだけじゃない()()が、あれから感じられた。


「クリス君?」

 移動しながら、リュエルはクリスの隣に立ち尋ねる。

「ん? 何?」

「クリス君って過去の強い人とか詳しいよね? 冒険者とか、モンスターとか」

「んー……まあそれなりに。フリーク的な意味なら多少は詳しいんよ。冒険者とか勇者とか」

「それでさ、過去にあれくらい大きな化物って、いたことある?」

「あるよ」

「その時はどうしたの?」

「倒せるならその国が。倒せないなら、()()()()()が倒してたよ」

 クリスらしくない、曖昧な言い回し。

 いや――そうじゃない。

 曖昧なんかではなく、感情的であった。

 それは、憎しみにさえ等しい。


 だからリュエルは、そこに踏み込むのを止めた。

 いつものように、そこを超えたら一緒にいられないような気がしたから。


「じゃあ、あれくらいはそこまで脅威じゃないってこと?」

「うぃ。そうね。大きさだけならそこまでかな。……あの大きさが正しかったらね」

「……どういう意味?」

「リュエルちゃんの感覚はきっととても正しいって意味。あれは見た目よりずっとヤバいような感じがする」

「そんなに?」

「リュエルちゃんが感じた通りだよ。エナリス様が言う『この国崩壊の危機』っていうのは、控えめな表現だったんだね。あれは世界の危機レベル」

「そこまで強い……ううん。そうじゃない。強弱の次元を超えた何か。戦うことそのものが間違い。それは……」


 一瞬、リュエルはふと、変なことを考えてしまった。

 この頭痛と恐怖に苛まれる感覚が、あの孔から感じる不安定感を覚える感覚が、クリスにいつも感じる安心感に似ていると――。

 自分でもどうしてそう思ったのかわからないが、そう、思ってしまった。


 そんな時に――。


「今、俺の脳裏に天啓が宿った! 神などではない! 我が知略における天啓だ!」

 いきなり、レオナルドは叫びだした。

 とはいえ、驚きはない。


 唐突に思いつきで馬鹿をやるなんてのは、ここ最近の日常でしかなかった。


「はいはい、何ですか」

 お世話係のスローリは、いつものようにしょうがなさ全開でやる気なく聞き返した。

「うむ! 今から目的の場所を変更するぞ!」

「はいはい、どうしてですか?」

「あっちだ! あっちの方にロロウィがいる!」

 びしっとレオナルドは指を差した。


「なるほど。そうなんですね」

 そしてスローリはいつものように聞き流した。


 ただ、今回はいつもより、レオナルドは強情であった。

「だから早くこっちに来い!」

 叫ぶレオナルドを見て、スローリは顔を顰める。


「何か根拠があって?」

「俺の言葉以上に信頼できる根拠はないだろうが!」

 全くもってその通りだ。

 レオナルドの言葉ほど信用できるものはない。

 信用してはいけないという意味でだが。


 呆れ果て、足を止めどう説得しようか、いざとなったら(物理的に)お休みになってもらわないといけないか。

 そんなことをスローリが考えている時、そっと、クリスが手を上げた。


「そういう感覚は案外馬鹿にできないものと思うんよ」

「おお! いいこと言うじゃないか、もふもふよ! そう、俺の感覚は正しい! 何故なら俺様だからだ! キキキキキッ!」

 スローリは溜息を吐いた後、クリスに近寄り屈んで耳元で呟いた。


「困りますよ。アレを調子づかせるようなことおっしゃられたら」

「うぃ? でも、悪くない考えなんよ。今更屋敷に行くのも、たぶん無意味だし」

 敵だって馬鹿じゃない。

 レオナルドが屋敷の場所をリークすること程度、想定していないわけがなかった。


 まあ、屋敷の場所を忘れていた挙句に自ら突撃するという馬鹿に馬鹿を重ねた行動に出ていることまでは想定しているわけもないと思うが。


「アレの直感など全く当てになりませんよ? 長らくの付き合いをしてきた私達が保証しましょう」

 スローリはレオナルドのことを見下しているわけでも馬鹿にしているわけでもなく、経験より確信をもってそう言えた。

「うぃ。それはわかった上で、ちょっと信じてほしいんよ。レオナルド様と、あと私を」

「信奉者様を信じるのは構いませんが……言う通りにするのですか?」

「うぃ。レオナルド様の言う通りにしてほしいんよ。――ただし、反対で」

「へ?」

 クリスはこっそりと、道を指差した。

 レオナルドが向けた先の方角の、正反対を。


「レオナルド様に気付かれないよう、こっそりと反対の行動すること、できる?」

「――そういうことならお任せを。アレを操ることには慣れておりますので」

 そう言ってスローリは微笑んだ。


 正直言えば、クリスの言葉を彼は全く信用していない。

 ただ、レオナルドの直感よりは、まだ価値がある行動であると思えたから、クリスの言に従うことに決めた。

 違ったとしても、それはそれでクリスに対し負い目を作れるなんて打算的な考えで。




「嘘だろ……」

 ぽろりと、スローリの口から驚きの声が零れる。


 クリスに言われた通り、レオナルドの思いつきに合わせて、何度か指示とは逆方向に進んでみたところ、見事に迷い込んだ。

 見たこともない陰鬱とした森の中へ入り、どうやって出ればいいのかと悩んでいた矢先、小さな祠が姿を現す。


 そしてその祠から数名の男たちが現れ――何の前触れもなく、襲いかかってきた。

 しかも、彼らの表情は怒りや憎しみではなく、驚愕の色に染まっていた。


 ここがどこで、一体何があるのかはわからない。

 だが、一つだけ確かなことがあった。


 ここが正解の一つ…….。

 数ある『敵拠点』の一つであるということ。


 これまでどれだけ探っても全く情報の出てこなかった拠点が、本当に何の理由も道理もなく発見されたことに、スローリはただただ驚いていた。


 そして襲いかかってきた男たちは、スローリが驚いているその最中……リュエルが瞬きをするよりも短い時間で叩き伏せていた。


「殺したのですか?」

 スローリの問いに、リュエルは首を振る。

 

「ううん。みんな生きてる。……たぶん。それとも、トドメを刺した方がいい?」

「いえ、助かります。後で話を聞きたいので……いや、後にする必要もないですね。こちらで無理やり起こして尋問します。恐らく、この先に進むに我々は足手まといになるでしょうから」

 スローリは冷静に戦力を分析し、そう結論づけた。


 自分たちは決して弱くはない。

 だが、リュエル、クリス、コヨウの三人と比べると、明らかに相手が悪すぎる。

 おそらく戦闘になれば、自分たちが足を引っ張ることになるだろう。


 いや、それ以上に――馬鹿がとんでもなく足を引っ張る。


 だから、自分たちが行える最大の援護は、あの馬鹿をここで足止めしておくことだと、スローリは判断した。


「その、()()というのは……」

「無論、我らが馬鹿()も一緒です」

「……ありがたい。最高の援護だね。何よりも嬉しい」

 リュエルは心から嬉しそうに微笑んだ。


「キキッ、何の話だ?」

「いえ、我らはここに残り、こいつらから話を。信奉者様方――えっと、クリス様たちは中に入って偵察を」

「なるほど。理解したぞ。では、特化戦力たる俺も中の方だな。任せろ!」

「いえ、我々は外の警護です。どうか、我らに力をお貸しください。偉大なる我らが王よ」

「キキキキッ! そんな当然のことなど言わんでもよいぞ、スローリ。貴様らが俺に手を借りようとする限り、俺はいつだってお前らに力を貸してやろう。王としてな!」


 それはそれは見事なまでに、ドヤ顔全開であった。


 スローリはリュエルに対し、後は任せて先に行け、とアイコンタクトを送る。

 リュエルはそっと頷き、心からの感謝を目で伝え、クリスとコヨウを連れて祠の奥へと足を踏み入れた。

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