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後始末の旅


 その旅を一言で表すなら――『後始末の旅』だった。


 原因は、レオナルドの度を越した不幸。

 彼の周囲では、常に予測不能なトラブルが発生し続ける。

 野外を歩けば通りすがりのイノシシに轢き逃げされ、街中ではマッチョな食い逃げ犯に体当たりされて、ついでに濡れ衣まで着せられて。

 しかも、そんな人生で一度経験するかしないかという珍現象が一度や二度で済まないのが、レオナルドという男の厄介さであった。


 更に、厄介なのは、巻き起こされる災害が不幸からだけではないことにある。

 彼が引き起こすトラブルは、大きく分けて三つにカテゴライズできた。


 一つ目は、不運による巻き込まれ災害。

 先述の通り、あらゆる不幸が周囲を巻き込みながら彼に降りかかる。


 二つ目は、性格が招く人災。

 常に上から目線で無意味に尊大で人の神経を逆なでするタイプのマンボウの癖に、街に着くなり我先にと道行く人々に声をかけてまわる。

 当然、そのたびにトラブル大量発生。

 訪れた街のほぼ全てで、クリスたちは肩身の狭い思いをする羽目になった。


 三つ目は、能力不足による事故。

 自分を有能だとレオナルドが信じ込んでいるゆえのすれ違い。

 盗賊に襲われれば真っ先に飛び出して返り討ちに遭うのがもはや定番。

 戦闘に限らず、何かを役割を担えばほぼ確実に失敗する。

 仮に、こちらがレオナルドの失敗を想定して動いたとしても、その下か斜め下の行動を取って全てを台無しにしやがる。


 つまり、この旅の本質は、レオナルドが起こすトラブルをいかに上手に後始末出来るかという旅だった。


 物語的には進展のない日々だったが――。

 リュエルにとってはある意味、最も成長出来た旅でもあった。


 それまで他人に関心のなかったリュエルが、レオナルドに仕事をさせないために、進んで他人と会話し、積極的に意思疎通を図るようになった。

 馬鹿の尻拭いのたびに頭を下げ、ついにはあの不愛想の化身たるリュエルが『()()()()』まで習得した。


 普通の人が積むような苦労を、初めて経験していった。

 イライラを抑え、怒りを飲み込みながらも、他人と向き合ってきた。


 結果、『他人に無関心』という最大の欠点が、少しずつだがマシになっていった。

 とはいえ、そのきっかけがレオナルドで(『馬鹿』)ある以上、感謝するつもりは一切ないが。


 ちなみに、コヨウもちょっと成長していた。

 子供のように振る舞って相手の溜飲を下げる、という手法を何度も繰り返した結果、演技力が飛躍的に向上していた。




 そうして、旅を始めておおよそ一月――。


 野外の夜中――馬鹿が爆睡中……やっぱり盗賊に襲われた。

「良かった。今日は楽な方だ」

 リュエルはぽつりと呟き、安堵の息を吐く。


 馬鹿が寝ているか起きているかで、面倒さのレベルは倍以上違う。

 この寝つきの良さだけが、数少ないレオナルドの取柄と言えるだろう。


 盗賊の数は五人程度。

 立ち振る舞いや装備の質から見ても、これまでのなんちゃって盗賊とは違い、騎士崩れや元軍人といった、戦闘を生業としていた者たちの雰囲気がある。


 ――とはいえ、それだけ。

 相手が戦闘慣れしていること程度、レオナルドが起きている時に比べればなんてことはない。

 百倍以上は楽である。


「引き返せ……まだ間に合う。これ以上進むな……」

 マスク越しでくぐもった声。さらに何らかの手法で変声しているらしく、違和感のある響きだった。


 こちらの資源、金銭やリュエルを狙うのではなく、むしろ戦いを避け、遠ざけようとする姿勢。

 何かを守るようなその態度から察するに、どうやら本当に元騎士か何かだったらしい。


 ――そんな時だった。

 それが突然起きたのは。


「リュエル、Aシフト! 気をつけて!」


 コヨウの叫びに、リュエルの体が一瞬で緊張に包まれる。

 Aシフト――それは、最も厄介な状況への対処が必要となった合図。

 つまり――レオナルドの、覚醒である。


 いきなり何の前触れもなく、がばっとレオナルドが目を覚ました。


 状況が一気に最悪へと転がり落ちる。

 ただ戦闘慣れした集団と戦うだけなら問題なかった。

 だが、ここからはレオナルドの不運に巻き込まれつつ、強敵と戦わねばならない。


 周囲への警戒を何倍にしても、まだ足りなかった。


「クリス君。周囲の状況解説お願い」

 ピリピリとした声でリュエルが呟くと、クリスはびしっと敬礼し、元気よく返した。

「うぃ! だけどリュエルちゃん、なんかちょっとおかしい感じがするよ?」

「おかしいって?」

「だって、彼――」


 そう言って、コッペパンみたいな手をレオナルドに向ける。

 レオナルドは大きなあくびを一つした後、全身黒ずくめで顔を完全に隠した盗賊たちに目を向け、声をかけた。


「スローリ? お前、こんな場所で何してるんだ?」

 きょとんとした顔とは裏腹に、盗賊たち――いや、彼らの雰囲気には明らかに動揺が走る。

 そして、その中の一人、スローリに呼ばれた男が、隠していた顔を晒した。

「ば……いえ、あ……こほん。レオナルド様!? どうしてここに!?」

 スローリと呼ばれた彼が何を言おうとして止めたのか、リュエルには痛いほど理解できた。


「ふん。ふがいない貴様らを助けてやろうとな。感謝するがよい!」

 ――お前のせいで捕まったんだけど……とは、誰も言わない。

 彼らは、この馬鹿がもたらす迷惑に一々反応などしない。

 馬鹿が馬鹿をやるのは、もう日常なのだから。


「それはまた……彼らに謝罪をしないと……」

 大体の事情を察し、スローリは我が馬鹿王ではなくクリスたちの方に近づいてきた。


「あれが失礼しました。きっと大変な……いえ、壮絶な苦労をされたでしょう。心中お察しします……」

 心底申し訳なさそうな顔でスローリは頭を下げる。

 そんなことないという遠慮さえできず、リュエルとコヨウはただ真顔になることしかできなかった。


「大丈夫だったんよ。それより、レオナルド様と共に君たちを助けに来たんよ!」

 クリスの言葉にスローリは目を丸くし、微笑んだ。

「ありがとうございます。様付けなんて、あれに相当苦労させられたことで……本当に申し訳ありません、信奉者様」

「そんなことないんよ」

 ニコニコとする二人。


 ただ……二人の間に空気にはどこか棘があるようだった。

 クリスからというより、スローリから。

「……ピリピリしてる?」

 コヨウにしか聞こえないよう、小声でリュエルは呟いた。

「たぶん、『あいつの魅力をわかっているのは俺だけ』的な感じ?」

「――嫉妬?」

「たぶんね」

 リュエルはレオナルドの方に目を向ける。

 やはり、上から下までただの馬鹿で、そんな嫉妬されるような魅力的な王にはとても見えない。


「意味がわからない」

 そう呟き、リュエルは小さくため息を吐いた。


「そんなことはどうでもいい! 俺が来てやったんだ! お前らは早く俺の元に戻れ!」

 五人は背筋を伸ばし、レオナルドの背後に立ち並んだ。

 自分たちこそが、王の配下であると示すように。


 それに良い気分になり、レオナルドはいつもの二割増しでムカつくドヤ顔を披露した。

「キキッ! やはり俺は持っている。こうして部下の救出も俺の力で成し遂げたのだからな! キキキキキッ!」

「ところで()……我が王。本当にどうしてこんな場所に?」

「俺がこの辺りの屋敷に囚えられていたからな。そこに戻り、救出するというのが我が作戦よ」

作戦というより行き当たりばったりなだけだが、それに突っ込む者は誰もいない。

というか、レオナルドの作戦にも、その説明にも最初から全く期待していなかった。


「はぁ……ですが、この辺りに屋敷なんてありませんよ?」

「そんなわけがない! 豪勢でどでかい屋敷が……」

「王よ。それはどんな感じで、あとその周りに何があって……」

 五人は王を囲み、地図とメモを取り出して王の言葉を一言一句記していく。


 それは偉大なる王の言葉を逃さないため――などではない。

 馬鹿王と会話によるコミュニケーションを取ることは、彼らのような長年の配下でも不可能である。

 馬鹿の言葉をちゃんと把握するには、ひと手間かける必要があった。


 具体的にいえば、まず一旦全部アウトプットさせてから、真偽の取捨選択を繰り返すこと。

 つまり、馬鹿話を全部聞いた上で、一個一個の言葉の真偽や要不要を選りすぐっていく。

 そこまでやって密度と精度を上げてようやく、馬鹿の言葉でを情報として取り入れることが叶う。


 そうして、大体十分くらいだろうか。

 情報の精査を完了し、五人はレオナルドの傍を離れた。


「とりあえず、状況は理解しました」

 そう呟くスローリの表情は、どこか頭が痛い人のようなそれだった。

「馬鹿がやらかした感じ?」

 リュエルの言葉に、スローリは何も反応しない。

 その沈黙は、遠回しな肯定であった。


「えっと、流れや状況を説明すると少々ややこしくなりますので、簡潔に答えだけ。馬鹿が道を間違えました」

 スローリの言葉に、全員の視線がレオナルドに集中した。

「はっ! どこの馬鹿だ。まったく、仕方がない奴だ。キキッ!」

 ご機嫌な感じで王は笑う。

 そっと手鏡を取り出そうとするリュエルを見て、五人は噴き出しそうになるのを堪えた。


 なんてことはない。

 レオナルドがここに到着したのは、一から十まで全て単なる偶然。

 本来レオナルドが向かおうとした場所とここは、まったくの無関係であった。



ありがとうございました。

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