ジョーカー
そうして、少しばかりの戦士の休息を終えて、偉大なる王となる男、レオナルドの冒険は再び幕を開けたのです。
捕まった情けない部下を助けてやるために、レオナルドはお供を連れて、いざ勇猛果敢に敵地に乗り込もうとしておりました。
とはいえ、彼の新しい配下はどうにもぱっとしません。
ぬいぐるみみたいな外見の獣が一匹。
獣人の子供が一人。
それと、胸のない女の子。
それでも、彼には絶大なカリスマと導く力があるので、きっといつものように何とかするでしょう。
何故なら彼は、偉大なる王となることが決まった男だからです。
――と、そんな脳内設定のレオナルドは腕を振り上げ叫んだ。
「さあ行くぞ、貴様ら! 俺について来い!」
「おー!」
嬉しそうに腕を高く上げるクリスとは裏腹に、リュエルとコヨウの目は、それはそれは冷ややかなものであった。
百歩譲って、こいつの目的である部下の救出に手を貸すのは妥協しよう。
作戦目的からすれば業腹だが最も効率的であると言えるし、何より他に情報がない。
アルハンブラがこいつの部下だという証拠も見つかり、裏切った理由も、こいつが人質になっていたからだと、ルナの(こいつの会話に耐えるという)尊い犠牲により把握できた。
裏にいる存在の情報は(こいつの会話が理解できないため)男であるということ以外は何もわからないが、それでも裏に蠢く誰かまでの導線が見つかったのは非常に大きい。
こいつの言い分がすべて正しいなら、アルハンブラを再度こちら側につけることもできるだろう。
こいつは要らないが、アルハンブラは居れば相当頼りになる。
また、こいつ曰く『俺の部下は皆ロロウィ同様、出来る奴ばかりだからな』ということなので、部下の救済は敵の手駒を減らすという意味でも有効なはずだ。
だから、こいつの馬鹿みたいな顔での命令を聞くのもまあ、受け入れてやってもいい。
だが、その救出にこいつを同行させるのは、まるで納得できない。
しかも、こいつが歩けるようになるまで一週間……孔が開いてから、一週間もクリスはミューズタウンで待った。
未だ負傷は治りきらずボロボロで、ただでさえ使えないのに、足を引っ張る予感しかしないこいつのために一週間。
そして今は、対して何も出来ない癖にリーダー面している。
リュエルもコヨウも、心底納得ができずにいた。
別に、リュエルは人にさほど興味がない。
過去にはずっと命令をされて、戦いに赴いていた。
だけど、そんなリュエルでさえ、こいつの部下になるのはどうしても受け入れがたいものであった。
「……クリス君。何を考えてるの?」
「ふぇ? 何って?」
きょとんとした顔で、まるでそこが定位置であるかのようにレオナルドの隣に。
リュエルはイライラした顔のまま、ちょいちょいとクリスを手元に呼んだ。
クリスがとことこと歩き、リュエルの傍に向かうと、リュエルはそっと抱きかかえ、耳元で呟いた。
「役立たずを連れて行って、何をしようとしてるの?」
「レオナルド様は今のリーダーだから」
「……まあ、クリス君が変な人を気に入るってのはわかってたけど……」
「リュエルちゃんも割と好きよ?」
「それはとても聞きたい言葉だったけど、このタイミングで言われたら心から喜べないかな」
「女心は難しいんよ」
「まあ、私の感情はこの際置いて良い。別にウザいだけで我慢してもいいんだけど……本気? 死ぬよ? あいつ」
それはリュエルにしては珍しい、特に何の考えもない純粋なレオナルドへの心配だった。
一週間で、ミューズタウンは何度も白蛇の襲撃に遭ってきた。
それが何とかできたのは、自分たち含め優秀な人材しか戦っていないからだ。
足手まといを庇えるほど、白蛇は弱くなかった。
戦力と環境の揃ったミューズタウンでもそうだったのだから、もし別の場所で白蛇に襲われたら――。
そうでなくとも、黒幕には相当の配下がいる。
見つかった瞬間殺されるであろうレオナルドを連れて行くというのは、彼にとってあまりにも危険で、それなら、ミューズタウンにしばらく寝かせておいた方がよかったのではないだろうか。
そう、リュエルには思えて仕方がなかった。
そんなリュエルを見て……クリスは、嬉しそうに微笑んだ。
「もしも彼が死んだなら、私の見る目がなかったということになるだけなんよ。でも、私は彼がこの程度で死なないと信じてるんよ」
「あいつのどこにそんな信じられる要素があるの?」
「その無能さに。口で説明できるほど私もよくわかってないから、とりあえず御覧あれという感じで」
「……クリス君がそこまで言うなら」
そう言ってから、リュエルは不満そうな顔で抱きかかえていたクリスをそっと降ろす。
クリスはうんうんと、楽しそうに頷く。
これまでずっと全肯定でしかないリュエルが、こうやって方針違いで不満を言いに来る。
それはクリスにとってとても嬉しいことで、今、クリスの中でリュエルの好感度がグングンと上がりつつあった。
ミューズタウンを出てから、おおよそ三時間ほどだろうか。
それだけかけて、まだ一キロも進んでいなかった。
徒歩であることに加え、レオナルドは未だ包帯だらけの重症患者であるから……というのは全く関係ない。
もはや、それ以前の問題であった。
ある時、レオナルドは道端で突然ビターンと地面に倒れ込んだ。
「ぐあーっ! これは……俺を妨害するための組織の罠か!」
そんなことを叫び、足に目を向ける。
鳥用の虎ばさみ型トラップがその足に付いていた。
鳥用だから人が傷つくような代物じゃないし、そもそも引っかかっても別に転ばない。
それなのに、故障か何かでレオナルドの足に絡みついていた。
だけど同時に、森の中でも何でもない道端に何故鳥用の罠なんてものがあるという不思議な話でもあった。
ある時、唐突に盗賊たちが現れナイフを差し向けてきた。
「キキッ。実力の差もわからぬ蛮族風情が」
そんな言葉を口にして、何のためらいもなく盗賊に攻撃を仕掛けるレオナルド。
最初は盗賊も『こいつ……ヤバい奴か!?』と強敵感むんむんだったが、レオナルドは小突いて倒れた。
ナイフさえ使われていない。
ちょっと威圧の為に軽く押したら倒れて亀みたいになった。
あまりの弱さに『こいつ……ヤバい!?』とヤバいの意味が逆転していた。
ちなみに盗賊はリュエルが倒し、レオナルドは何故かドヤ顔で盗賊たちに自慢していた。
盗賊たちは完全に困惑し、リュエルに助けを求めるような瞳を向け続けた。
ある時、急に鳥に襲撃された。
特に何の前触れも理由もない。
複数種類の鳥の群れがレオナルドを襲い、その髪をついばみ傷つけ去っていった。
縮れた髪で、何故かドヤ顔をしていた。
そして数分すれば、髪は元通りになっていた。
他にはイノシシに襲われたり、ジャイアントラットに襲われたり、散歩中の犬にじゃれられ、猫に返り討ちに遭ったり。
それ以外にも、何故か逆走してミューズタウンに帰ったり、いきなりレオナルドの身体が発火して半裸になったりと、あらゆる意味でわけのわからない妨害を食らいまくって、これまで全く進めなかった。
そのたびにリュエルはうんざりした表情を見せ、クリスはゲラゲラと楽しそうに笑った。
そうしてそんな騒動がずっと続いて夜――。
レオナルドは、誰よりも早く寝た。
疲れとか怪我とか関係なく、見張りは配下の仕事だろうとそんな理由で。
「クリス君。本当にさ、これ何?」
呆れ顔マックスでリュエルは尋ねる。
もう誰とさえ呼べない。
結局昼前に出発したのに、未だ海風香るミューズタウン近辺。
ちょっと頑張って走ったら、一時間以内にミューズタウンに帰れるんじゃないだろうか。
その程度の距離しか進めないほど、トラブルに見舞われた。
そしてその原因は間違いなく、レオナルドだった。
無数の事件に襲われたこれが偶然だなんて思うわけがない。
鳥の糞を頭に落とされる程度じゃない。
鳥が群れをなし、襲撃してくるのだ。
しかも、今日だけで三回も。
この辺りは最近盗賊狩りが終わったばかりで、盗賊なんているわけがない。
なのに、個人の盗賊も含めたら五回は遭遇した。
街道でイノシシにひき逃げされるなんて事件は、一体何年に何度くらいある話なのだろうか。
もう、訳がわからない。
「私もまさかここまでとは……」
そう口にするクリスは、呆れではなくむしろ評価を上方修正させている感じでさえあった。
「これ、いつまで経っても辿り着かないよ? 私たちだけでアルハンブラを助けに行こ?」
お願いというよりも、懇願。
リュエルの人間らしさは特定事象を除き限りなく薄い。
それでも、友人が心配にならないという訳ではない。
特にアルハンブラは、クリスきゅんと結婚した際には二人の架け橋となったことでスピーチを頼む予定なのだから。
だが、クリスは頷かなかった。
「ううん。レオナルド様は連れていくよ」
「どうしてそこまでするの? あんな無能のために」
人を能力で見たことがないリュエルでさえ、無能と呼ぶ。
レオナルドは、それほどのものであった。
レオナルドの態度と事件の発生率から。他者に興味が薄いリュエルでさえイライラで視野が狭くなっていた。
だが、コヨウは違った。
人ではない彼はある種部外者であり、その異常性を正しく認識できていた。
「……ねぇ。どうして死んでないの、あいつ」
コヨウの言葉の意味が、最初リュエルにはわからなかった。
「死んでないって……さすがに殺したいとまでは……」
「いや、そういうことじゃなくてさ。おかしいでしょ、事件発生の割合。あれってさ、運が悪いってやつだよね?」
コヨウの言葉にクリスは頷く。
そう……これまでのことは、ただ単にとても運が悪いというだけ。
偶然起きそうな事件が全て、その不運にて招かれレオナルドの傍で発生した。
まあ、レオナルドの場合は運も悪いという方が適切だが。
「とびきりの不運だねー。んでそれがどうしたの?」
「あの不運と、あの能力。考えたらさ、普通、すぐ死ぬでしょ?」
「いや、運が悪いからってすぐ死ぬわけが……」
リュエルがそう言葉にしようとするが、コヨウは即座に遮り否定した。
「死ぬよ。運が悪いだけで、命は失われる。そもそも、運不運で考えるんじゃなくて、事象で考えて。自分より強い敵対者と遭遇を繰り返す。これで生きていられる人っていると思う?」
コヨウの言葉に、リュエルは押し黙る。
馬鹿馬鹿しい襲撃ばかりなことに加え、無駄に偉そうで同情できないから色眼鏡で見ていたが、言われてみたらその通りだ。
イノシシの突撃だって、普通の人なら十分死ねる。
普通以下のレオナルドなら、なおさらだ。
コヨウに言われるまで気づけなかったが、それは確かにおかしい。
レオナルドの戦闘力……いや、戦っていたのかさえわからないが、あの貧弱な上に臆病さもない立ち振る舞いで、誰かに襲われて生きていられるわけがない。
攻撃を食らっていないというわけではない。
実際、イノシシにひき逃げされた時は十メートルオーバーの長距離記録を残している。
だが、当たりどころが奇跡的に悪くなく、軽傷。
盗賊の時もそうだ。
ナイフを持っているのに、殴られたり小突かれたり、危なくなったらさっさと気絶したり。
冒険者というのは運が良い生物で、紙一重で生を拾うなんて話はありきたりと言える程に出そろっている。
だが、毎回かつ常に紙一重でとなると、少し話は変わって来る。
そんな状態で生きているというのは、流石少しばかり異常過ぎる。
そんな怪しむ二人の会話を、クリスはうんうんと嬉しそうに頷いて聞いていた。
「クリス君。どういうこと? こいつに何か特殊な力があるの?」
「私には見えないんかな。どこから見ても、誰でも理解できるくらいに恥ずかしくない無能なんよ」
「それは恥ずかしいのでは?」
「本人が恥ずかしがってないから」
「そうだね。気づいてもいないもんね。それで……どうして、彼は生きていられるの?」
「その答えはね――わからないの!」
元気いっぱいで、そして嬉しそうだった。
「わからないのに、なんでそんなに嬉しそうなの?」
「わからないから嬉しいの。リュエルちゃん。私の目って結構すごいよね?」
「結構というか、既存能力で世界三位に入るくらいにはすごいと思ってるけど?」
純粋な目の性能強化から見えないものを見る力、さらには相手の能力や才能まで読み取るのだから、『結構』なんてもので済ませていい代物ではない。
突出した力こそないものの、文字通り何にでも応用できる。
器用万能の極みとも言えるようなものだと、今のリュエルなら思えた。
たとえ封印状態での漏れ出し程度でも、そう評価されるくらいにはその瞳はおかしかった。
「うぃうぃ。そんな私の目から見ても、レオナルド様の才能は欠片も見えないの。能力もなく、不運で、陸を歩くマンボウなの」
「――個性的な例えだね」
「お気に入りなの。つまり、どういうことだと思う?」
「わからないよ」
「私の目でも見えない領域の力を持っているってこと」
「例えば?」
「神……いや、更にその上」
つい、リュエルは吹き出して笑ってしまった。
「ははっ。そんなまさか……えっ。本気?」
「うぃ。一から十まで本気なんよ。才能でもない、固有の力でもない。スキルでもオリジンでも遺伝でも、何でもない。けれど、人が持つことの叶わぬ巨大な力。それを、レオナルド様は持っているの」
あらゆるマイナスとの帳尻合わせとなる力。
それを持っているからこそ、レオナルドは生存できている。
いや、逆だ。
不運ゆえに、すべての攻撃がレオナルドに集中する。
今回の騒動でも攻撃や被害はすべてレオナルドに向かい、リュエルやコヨウは一度たりとも攻撃を受けていない。
それほどまでに被害に遭いつつも生存していること。
それこそが、レオナルドが見えない力を持つ証明となっていた。
「――確認することは、できないの?」
半信半疑……いや、九十九パーセント疑いながら、リュエルは尋ねる。
クリスは微笑みながら、一本のナイフを見せた。
さきほどまで食事に用いていた、銀色に輝く鋭いナイフ。
それを、クリスは上空に投擲した。
高く跳び上がったナイフはそのまま重力に従い落下を開始する。
真っすぐ刃を下に向け自由落下する先は、ちょうどレオナルドの心臓の位置であった。
「ちょっ――」
あまりのことにリュエルが驚き手を伸ばす。
無駄だとわかっていても、そうせざるを得なかった。
だが――。
キィン……と、小気味よい音が響き、ナイフはレオナルドに当たる前に、からんと転がった。
「……え?」
「コヨウ君、一応聞くけど、何かした?」
クリスの言葉にコヨウはふるふると首を振る。
「してないよ」
「何があったか見えた?」
「うん。偶然風に巻き上げられた小石が三つ、偶然ナイフに当たってナイフを弾き飛ばした」
「そんな偶然あるわけが――」
そこまで言って、リュエルははっとした。
あるわけない偶然が起きる。
それこそが、証明であった。
「クリス、もしも彼のこの不可思議な力を言葉にするなら、どうなるの?」
「そうだね。……私もよくわからないけど、起きたことだけを挙げて――『不死』となるかな」
「不死か……私のような存在からしたら心底羨ましい話だね」
モンスターであるコヨウにとって、それは渇望に等しいほどに焦がれる。
彼を食ってその力が得られるのなら、クリスを裏切ってそうしても良いと思うほどに。
そしてそれ故に、彼がどうしてレオナルドを連れていこうとしているのか理解もできた。
運命を超越し、理から外れ、世界から外れたもの。
神にも等しき――いや、神をも超える力を持つのだから、そのマイナスを補って余りあるメリットがあるのだろう。
彼こそが、この事件のジョーカーである――。
「それでクリス。どうやってレオナルド様を利用するんだ?」
「えっ?」
「えっ?」
「……利用って……何?」
「利用しようとして……連れて来たんじゃないの?」
「ううん。むしろ、どうやって利用するの? 訳もわからない力を」
「いや、そりゃ死なないなら……肉壁とか……」
「パーティーの盾役って、一番技量のいるポジションよ?」
「じゃ、じゃあ囮として放置して……」
「自らが囮になっているという状況判断もできない人を囮にしたら、どうなるかわからないんよ」
「…………」
「そもそも、神をも超えるプラスがないと生きていけないほどのマイナスを持って生まれたのがレオナルド様なんよ。プラスは帳消しのため。本体はあくまで、マイナスの方」
「じゃあどうやって使うんだよこれを!?」
「少なくとも、今は使うことを考えるだけ損なんよ」
「なんで連れてきたんだよ!?」
「来たいって言うから。えへへ」
やはり、なぜか無駄にクリスは嬉しそうだった。
この事件のジョーカーは、どうやらババ抜きのジョーカーらしい。
持っていたら負けという意味で――。
「そこ、うるさいぞ! 俺の安眠の邪魔をするな!」
叫び、クッションを投げてくるレオナルドに、コヨウは静かに殺意を覚えた。
ありがとうございました。