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黒い孔


 翌日朝……。

 コヨウに子供らしい服を買ってやり、クリス達は街のカフェで少し遅めの朝食を食べていた。


 優雅に時間を過ごすため……などでは当然なく、調べものをするために。

 クリスはテーブルに、街中で見つけた、昨日今日で発刊された情報雑誌全てを積み重ねる。


 雑誌が三冊、新聞が十二部。

 それらを彼らはカフェの中、食事のながらで確認していった。


 調べるのは当然、昨日……いや、時間的に言えば一昨日のあの騒動について。

 そして、それについて書かれた記事は、これだけあってたった一部の新聞だけだった。


 新聞の名は『パブリック・ジャーナリー・ダイアルズ』。

 五流に堕ちかけている三流ダブロイド紙である。


 記事内容も薄く、検証もろくにされず、情報資料としての価値はない。

 強いて言えば、記事に出したのは昨日で今日は全く触れていない辺りが参考資料となる。


 それは、フィライトというお上に怒られたからと推測出来た。


 真っ当な新聞には既に根回しをしており、根回ししきれないダブロイド紙が空気を読まずに発刊。

 そうして雷が落ちて大人しくなった。


 わかったことは、その程度。

 つまり、何もわからないということがわかった。


「思った以上にカリーナ様有能過ぎなんよ」

 クリスはからあげ片手にそう呟き、本をぱたんと閉じた。

「そうみたいだね。次はどうする?」

 リュエルは尋ねた。

「一応動きは考えてるよ。ところでコヨウ君。ちょっと聞いて良い?」

 スプーンを子供握りしてがつがつと食べるコヨウは食べるのを止め、首を傾げた。

「何だいクリス?」

「文字読める感じ?」

「読めない感じ。だからちょちょいと翻訳しながら頑張った」

 コヨウは仮面の向こう側にある己の目を指差しながら、そう答えた。

「君も思った以上に有能なんよ君。そっち方面まで便利なのね」

「不便な部分も多いけどね。もう良い?」

 クリスがどうぞと手で示すと、コヨウは再び仮面の隙間の下から器用に食べはじめた。


 ニコニコと微笑むながら、クリスも食事を楽しむ。


 その様子を、カウンター奥にいる店員がちらちらと見ていた。

 他の客の視線もちらほら集まり始め、気まずそうに会話の声をひそめる者もいた。


 そう……彼らは、まるで気づいていなかった。

 自分達が今、どれほど目立っているかを。


 もふもふ獣のクリスと、狐獣人少年コヨウ。

 二人だけで食べた空き皿が、隣のテーブルで山となっている。

 フードファイターも真っ青な食事量に、周りの観客はあっけに取られていた。




 食事を終え、クリスたちは目的の場所まで街を歩いていた。

 クリスとリュエルは他者の視線など気にしない。

 見られることなど、当たり前に過ぎないからだ。


 だが、コヨウは違う。

 人間は敵で、ここは敵地のど真ん中。

 外見に変化はなくとも、神経を研ぎ澄ませ、限りなく敏感な状態を維持している。


 だから、その視線の意味にも当然気づけた。

 それは……嫌悪であった。


 自分がモンスターだからではない。

 それなら、こんな見下すような嫌悪ではなく、恐怖と嫌悪が入り交じるはずだ。

 異物ではあるが同時に下等であるとも見る、その醜悪は視線。

 それは、『獣人』に対してのものであった。

 もっと言えば、獣人の特色が耳と尻尾で強く出ていることが、その視線の原因であった。


 ここフィライトでは、人から外れるほど神から遠いと考えられている。

 神に人は似ているから美しく、そうでない者は醜い。

 差別となるから直接口にはしないけれど、そういった亜人差別思想は相当に根強い。


 だから当然、腕が美しい翼であるシロも同様の目で見られている。

 シロの場合はそれ以上に酷い目にも遭っているため、この程度気にもしていないが。


 まったくもって、人というものは身勝手な生き物である。

 勝手に神を語り、勝手な思い込みで同種である人を貶めるのだから。


 しかも、最も人から外れたクリスに対しては、差別どころか限りない尊敬の目を向けている。

 それは彼が神に近しく直接お声を授かった信奉者であると知れ渡っているから。

 だがもしクリスの情報なしに彼を見れば、彼らは恐ろしいほど醜い存在となり果てるだろう。

 人という生き物は、群れると醜くなる。


 少なくとも、コヨウのこれまでの人生ではそうだった。


 シロは自然と、クリスの斜め後ろに立っている。

 それは本能五割処世術五割の行動。

 そこに居れば、市民達からの迫害を受けないと理解出来る程度には、彼女は不幸な人生であった。




 二時間の移動の後、彼らは教会に辿り着いた。

『ガンビナ大聖堂』

 他国と比べたら相当立派だが、この宗教都市国家の首都圏の中ではそれほど大きな教会ではない。

 だが、ここはクリスにとっては色々と条件がかみ合っている教会であった。


 一つは、クリスと同じくエナリス信仰を主体とした教会であること。

 そしてもう一つは、ダンジョン配信の視聴機材が置かれていること。

 ついでに、多宗派だが近場に三つほど配信可能な教会があること。


 話を聞くのに、これ以上の環境はなかった。


 だが、そのすべてが空振りであった。

 四か所すべてを回った結果わかったことは、彼らがあの配信を見ていたことと、すぐさま国から箝口令が敷かれたことだけ。


 ガンビナ大聖堂は熱心なクリスのファンであったため憤りも激しく、すぐさま聖戦を行う用意さえあったらしいのだが、それが迷惑になると冷静に説得され、今は待機しているらしい。

 ただし、いつでも戦えるよう、武装の準備は整えながら……。

 ついでに言えば、クリスがもし立ち上がってほしいと願うのなら、たとえ国がどう言おうと、後に処刑されようとも、その覚悟もあるとのこと。

 クリスは丁寧に断り、お気持ちだけ頂くことにした。

 戦いが嫌いではないクリスであっても、そういう聖戦のような宗教的信仰だけを理由にした戦いを、クリスは楽しいとは思えなかった。




 教会の後、再び王城周辺に向かい聞き込みをしてみたものの、結局約束の時間まで情報らしい情報は得られなかった。

 そうして、夕方の四時……ペガサスライダーである彼女との待ち合わせの時間、彼らはそこに集まる。


 首都付近での情報は期待できない。

 ただでさえ怪しいというのに、カリーナの箝口令が完全に行き渡っている。

 であるなら、カリーナの目が届かないような場所、それこそ非信街のどこかにでも行けば……。

 そんなことを相談している最中であった。


 空に、《孔》が開いたのは。

 何の前触れも、音もなかった。

 唐突に、ぽっかりと、それは出現した。


「……あれは……一体……」

 シロが呟く。

 暗くなりだしたが、まだまだ青い空に浮かぶ、黒い渦。

 それは酷く不気味な様相であった。


 クリスはそれが『ブラックホール』に似ていると気付く。

 だが、その例えできっと理解してくれる人はこの場にいないだろう。

 それが分かるのは宇宙を認知している人か、よほどマニアックな漫画やゲームをやっている人くらいだった。


 ただ、ブラックホールとは似ているようでまるで異なる。

 あれは何かを吸い込んでいるわけではない。

 どちらかと言えば……。


「何あれ……怖い……」

 突如、リュエルは真っ青な顔で囁いた。

 己の体を抱きかかえ、震えながら。


 なぜかわからない。

 わからないが、リュエルにはアレがとても怖い物に思えた。


「……何か感じる?」

 コヨウの質問に、クリスは首を横に振る。


 リュエルが震えるその孔を見ても、クリスは特別何かを感じない。

 一体何に恐れているのか、まるで分からなかった。


 だけど同時に、クリスはリュエルの恐れが正しいものであると推測もしている。

 この瞳は多くを見抜くが、すべてを見抜くわけではない。

 この目で見えないものもたくさんあり、その見えない部分の本質を、リュエルは受け止めている。


「どう怖いの?」

「わからない……。だけど、何かこう……押し潰されそう。……悪意とか、敵意とかじゃなくて……もっと違う……」

 そうリュエルが言った瞬間、その孔に変化が生じる。


 その穴の中から、何かが飛び出していた。

 ここからそれは、小さなコバエのように見える。


 青空に消え入りそうなほど小さく、淡い色の蟲。


 だけど……目が良いクリスには、それの姿が正しく認識できていた。


「虫?」

 リュエルの質問に、クリスは首を横に振る。

 それは見たことがない姿の生物。

 だが、類似する生体を持つ生物を知っていた。

 それは――。


「ドラゴン……だね。たぶん」

 限りなく白に近いけれど、淀んだ色の表皮はテカリとぬめりが見える。

 顔がなくつるっとして、大きな翼と翼膜を持ち、うねうねと蠢きながら空を舞っている。


 それを例えるならドラゴン以外にないが、ドラゴンというにはあまりにも醜い容姿をしていた。


 そのドラゴンもどきが五十か百か、大量に吐き出されたところで、その黒い孔はザザッとノイズのようなものを走らせ、喪失した。


「……消えた?」

 クリスの言葉に、リュエルは首を振る。

「ううん。まだある。……まだ、怖い。あれはただ見えなくなっただけ」

「……位相のズレ。ふむ……転移関連で、それで……。ならあの先は、『封印されし地』かな」

「それは、一体何?」

「私もあんまり詳しくないけど、この世界から追い出したり、この世界から世界そのものを区切ったりして仕分けするとかしないとか?」

 実際クリスも封印についてはあまり詳しくはない。


 黄金の魔王であった時、何かトラブルが起きてもわざわざ難しいことをするより滅ぼした方が幾分も楽であった。

 そうでない場合でも、自分の中に納め閉じ込めるという一種の封印が行えたため、その封印されし地についてはあまり詳しくなかった。


「つまり、遥か昔に封印されていたドラゴンが現れたということですか!?」

 ペガサスライダーの彼女は()()()した顔で尋ねてきた。

「たぶんそんな感じかもしれないし違うかもしれない。……どうする?」

 クリスは、彼女に尋ねる。


 フィライトの軍の一員として、どのような判断をするのか。

 彼女は少し考え、逆にクリスに尋ねてきた。


「あなた方の安全が最優先です。どこに向かいますか?」

 緊急時、仕事の優先順位は要人警護を第一とする。

 そう、彼女は直接教皇猊下に命じられていた。



ありがとうございました。

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