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ここに来て重要度の上がった彼


 シロの疲弊は想像以上に甚大なもので、結局地上に出るまでに一日以上もの時間を要した。


 地上に出てからは、クリス達は極力人目に付かないよう、隠れて移動を続けた。

 単純に、今見つかるとそれがたとえ相手から心配という善意であっても、面倒でしかないからだ。


 同情も、憐憫もいらない。

 有名人だからとちょっかいをかけてこられてもこまるし、新聞記者の突撃なんて有害でしかない。


 今は、一刻も早く情報が欲しい。

 行動方針は、その一点のみだった。


 そうしてペガサス馬車の待ち合わせ場所に向かうと、そこにフォニアはおらず、別の神官騎士が待機していた。


 クリスたちを見かけると、彼女は背筋を正し、クリスからの言葉を待った。


「フォニアちゃんは?」

 その言葉に、彼女はぎょっとした顔を見せる。


 フォニアの地位は、天空神神官騎士高速飛翔部の部隊長であり、これは軍で言えば限りなく頂点に近い。

 高速飛翔部そのものが教皇直属の独自勢力であり、同時に空戦における要でもある。


 わかりやすく言えば、フォニアは空軍司令長官の権限を持ったトップエースである。

 王直属ということもあり、空軍以外にも命令権を持ち、さらには護衛対象を守るSPと王宮メイドも兼任する。


 一応はペガサスライダーではあるものの、空対空戦闘を行うほどの実力はない彼女にとってみれば、雲の上の人。

 自分なんかとは違う、本物の天才であり、そして怖い怖い存在となる。

 そのフォニアを()()()付けするなど、彼女の常識から完全に逸脱していた。


「フ、フォニア様は現在、教皇猊下の勅命を受けたため、私があなた方をお運びする名誉を預かりました!」

 宗教者としての尊敬だけでなく、少し違った尊敬を向けながら、彼女は叫んだ。


「……ふむふむ。フォニアちゃん、いないのかー。ところでさ、何か聞いてる?」

「“何か”とは、どういう意味でしょうか?」


 彼女の表情に、焦りや不安は見えない。

 いや、それどころか――。


「ところで、とんちき……失礼。青空仮面スカイマン様はどこに? それと、そちらの子は……」

 そう言って、彼女はクリスの隣にいる少年に目を向けた。


 狐のお面をつけて顔を隠している、狐耳の獣人。

 それは、彼女が事前に聞いていた同行者とはまったく異なっていた。

 いや、タイツマスクの男と子供なら、間違いなく後者のほうが精神的負担は少ないが。


「この子はコヨウ君。ちょっと訳ありで、カリーナ様に預けようと思ってたんだけど……」

「申し訳ありません。現在、教皇猊下とは顔合わせをすることができないと……」


 クリスはリュエルと顔を見合わせる。

 どうやら、本当に彼女は何も知らないらしい。


 つまり、ダンジョン内での事件はそれほど地上に広まっておらず、騒動にもなっていないということを意味している。


 だが、その代わり――ここに来て、別の問題が浮かび上がった。


 フォニアがいない……つまりこのタイミングで、懐刀を急遽手元に戻したということ。

 そのうえで、カリーナ自身とも連絡が取れなくなっている。

 更に、地上であまり騒動になっていない。

 それはまるで、もみ消されたかのようであった。


 ここまで来れば、もうカリーナが怪しいと言わざるを得なかった。


 そう、クロスとリュエルが考えている最中――。


「こちら、教皇猊下から信奉者クリス様への御書簡にございます」

 深々と頭を下げ、彼女はクリスに蝋印入りの仰々しい手紙を渡した。


 クリスはそれを受け取り、乱雑に封を開けて中を見る。


『この手紙がクリス様のお手元に届いたということは、やはり事態は予見したとおりに進んでしまったのでしょう……』

 まるで遺言のような書き出しだった。


「ちょっと、遺言みたいだね」

 リュエルはぽつりと呟いた。


「それ、私も思った」

「だよね。……今さらだけど、私も読んでいいのかな?」

「いいんじゃない? ほら」


 そう言って、クリスは次の文章を指差す。


『ああ、問題はございませんよ、リュエル様。どうぞご一読くださいませ』


「……は?」

 リュエルは硬直した。

 まるで手紙と会話しているような錯覚に陥り、背筋にぞわりとした恐怖を覚える。

 クリスは、何となく、そういうことかと理解できた。




 この手紙がクリス様のお手元に届いたということは、やはり事態は予見したとおりに進んでしまったのでしょう……。


 ああ、問題はございませんよ、リュエル様。どうぞご一読くださいませ。


 ――と、このように、私は『予言』のような力を持っております。

 魔法による予知などではなく、紛れもない真の予言……のような力です。

 それが嘘か真かは、私自身の歩んできた歴史が何よりの証左となるはずです。


 ただし、クリス様とユピル様だけは、別です。

 お二人のことは、いかなる予言によっても視ることができず、私の予言はお二人を前にすれば容易く()()てしまいます。

 ゆえに、クリス様がお見えになった際、私は言い知れぬ恐怖を覚えました。


 けれども、同時に期待もしていたのです。

 もしかしたら、クリス様ならば――私が予知してしまった()()を、回避してくださるのではないかと。


 しかしながら、どうやらそう都合良くはいって下さらなかったようです。


 誤解なさらないでください。

 私は決して、クリス様がたを責めているわけではございません。

 むしろ、我が国の不始末にお手を煩わせてしまったこと、深く恥じ入っております。


 詳細について、私自身も明確には把握しておりません。

 というのも、私の“予言”とは、種も仕掛けもある手品のようなものであり――

 未来の出来事を直接見る類の力ではないのです。

 私に分かるのは、あくまで『いかに行動すべきか』という一点に過ぎません。


 ゆえに、誠に申し訳ないのですが、必要最低限の情報をお伝えした後は、私自身の判断にて独自に行動させていただきます。

 クリス様を信頼していないわけでは決してございません。

 ただ、私たちと貴方様では、向いている方向がやや異なるように思えるのです。


 敵対する意志など毛頭ございません。

 けれど、全面的に手を取り合える関係にも、現時点ではなり得ないと考えております。


 何よりも――

 万が一、私どもが失敗した際にはクリス様方が。

 そして貴方様方が不測の事態に見舞われた際には、私どもが。

 そうした『相互の備え』となる体制こそが、今は必要であると考えております。


 どうか、ご理解いただけますことを願います。


 それでは、情報についてお伝えいたします。


 今この瞬間より、三日後――何かが起こります。

 恐らく、それこそがクリス様がエナリス神より授かった『神託』にて告げられた事象であると推察しております。


 そして、その『何か』は、時を経て国に災いを為す『厄災』へと変貌してしまいます。


 すでに動き出した以上、みだりに情報が拡散されて民が混乱することのないよう、当面の間、私が主導して情報部を通じた統制を図る所存です。

 そのうえで、『厄災』と化す前の『何か』を、芽吹く前に摘み取ることが、私の担うべき使命であると心得ております。


 ――以上が、現時点でお話しできる方針となります。

 少ないのは、ご容赦下さい。

 私も実は何もわかっておらず、暗闇の中を手探りで進んでいる状態となっています。


 しばらくは立て込んでおり、誠に申し訳ございませんが、直接お会いすることすら叶わぬ状況でございます。

 優秀な者たちは皆、今や馬車馬のごとく働かせており、フォニアを含めて人手を割く余裕がないこと、どうかご理解ください。


 そちらへ送らせていただいた部隊員も、多少自己肯定感が低い点を除けば極めて優秀な者ですので、多く仕事を割り振っています。

 ご不便をおかけいたしますが、輸送に関しても、一日二度までという制限を設けざるを得ませんでしたことをご容赦下さい。


 信奉者・クリス様。

 勇者候補・リュエル様。

 そして、直属の信者・シロ様。


 この度は、私の勝手な采配により多くのご負担をおかけしてしまい、心よりお詫び申し上げます。

 謝罪と、それに見合う形での償いの機会は、必ずご用意いたします。


 その折には――どうか、皆さまと共に、ささやかなお茶会のひとときを過ごせたらと願っております。


 そうできる未来を信じて。

 私も、なすべき務めに全力を尽くす所存でございます。


 敬具




 手紙を読み終えたであろう空気を読み、彼女は声をかけた。

「それでは、どこに向かいたいか教えていただけないでしょうか? それと……何か、ありましたか?」

 クリスとリュエル、二人揃って不思議な表情をしていることが気になり、彼女はそう尋ねる。


 その表情は困惑に近いが、困っているわけではなく、もやっとしているが嫌というわけでもないという、そんなニュアンス。

 目の前で鯉が滝を登ったのを見たとか、そんなちょっとした不思議に出会ったような表情で、彼ら二人は狐の少年を見ていた。


「ううん。何でもないんよ。とりあえずカリーナ様のお城の方にお願いしていい?」

「会えませんよ? もしかしたら入ることも……」

「一応ダメ元で、シロちゃんの保護をお願いできないかなって。さすがに彼女をこれ以上連れ回すのは……」

 シロは目に見えて疲弊しており、ふらふらとどこか虚ろになっているような有様だった。


「それに、情報も欲しいんよ。やっぱりお城付近が一番情報入るかなって」

「わかりました。では乗ってください。少々狭いですが」

「問題ない。狭くてもなんとでもなる」

 リュエルがきりっとした顔で馬車の中に入る。

 そして当たり前のようにクリスを膝の上に乗せた。


 その光景に彼女はあえて何も言わず、そのまま馬車を飛ばした。


 


 乗り心地は、お世辞にも良いとは言えなかった。

 これは彼女の腕が悪いのではなく、単純にフォニアの実力が高かったからだろう。

 ガタガタと揺れることで得をしたのなんて、もふもふを堪能できるリュエルくらいなものだった。


 そうしてフィライト首都の王城に向かうも、彼女の言葉通り立ち入ることさえできなかった。

 別にこれはクリスだけではなく、今城内は一部の関係者以外立ち入り禁止で、一部の城内勤務の人たちも締め出されていたくらいだった。


 当然シロを預けることなど叶うわけがなく、クリスたちはとりあえず宿を男女に分け、二部屋取った。


 そうしてシロを休ませてから、三人は集まって作戦会議を開く。

 題材は当然……。


「カリーナ様の予言とやら、外れてたね」

 クリスの言葉に、リュエルは頷く。


 カリーナは三人でいることを予言した。

 だが、あの場には四人目であるコヨウもいた。


「これが、手紙に書かれていたクリス君の特異性ってやつ?」

「たぶんね。そして、私はこういう予言とのズレはどんどん活用していきたいと思うの」

「どうして?」

「カリーナ様サイドは予言に忠実に行動してるから。バックアップであるのなら、こちらは違うアプローチで攻めたいの」

「なるほど。道理だね」

「後は単純に、カリーナ様にとって予想できない動きをしたいってのもある」

「まだ疑ってるの?」

「ううん。むしろ、敵でないから不味いの」

「どういうこと?」

「この国のために犠牲になってもらいましょうムーブとかされたら辛い」

「ああ……方向性の違いって、そういうことか」

「うぃ。向こうは正しい為政者なの。私みたいなポンコツとは考え方も違うの。というわけで、こちらは少数精鋭で」

「良いと思う。私もあんまり多人数での行動は得意じゃないし」

「と、いうわけで問題は……」


 クリスとリュエルは、小さな子供と化けているコヨウの方に目を向ける。

 彼は仮面をつけたまま、こちらにじっと顔を向けていた。


 流れでここまでついてきてもらったが、彼は決して味方ではない。

 彼は分類上はモンスターであり、この人の住む世界は彼にとって敵地でしかなかった。


 今現在、行動のヒントとなるのは予言だけで、それに逆らおうと思うのならコヨウを引き連れたい。

 そうでなくとも、彼は十二分に戦力となる存在である。

 出来ることなら頼りにした。


「というわけで、どういう条件で手伝ってくれる?」

「んー。贅沢言っていい?」

「むしろウェルカムなんよ。叶えられるかは別にして。ちなみに私との交渉の後に、他の人ともっと良い条件で交渉するのも可よ」

「なんとまあ。大盤振る舞いだねぇ」

「それで、何が欲しいの?」

「まず、平穏な場所。絶対私が襲われない場所とかある?」

「うち来る? 私の街。私に似ている外見だからめっちゃ歓迎されるよ」

「なんと。でも賑やかなのはなー」

「芳しくないかー。他の条件は?」

「食べ物に一生困らないとか。お金なくても生きていたい」

「食べ物を用意することも、お金を用意することも余裕なんよ。味とかは?」

「食べておいしいなら何でも可」

「じゃあ余裕。他にない? もっと厳しい条件」

「んー。……すごい我儘言っていい?」

「どうぞなんよ」

「山が欲しい。私だけで、私以外誰も立ち入らないような山」

「ふむふむ……。おっけー。じゃあ、山買っちゃおう」

「そんな気軽でいいの」

「そのくらいは何とでもなるんよ。他には?」

「んー。条件としちゃこんな感じ。後見つかった時庇って助けてくれるって『契約』もしてくれるなら、喜んで手伝うよ」

「うぃうぃ。意外とあっさりで良かったんよ」

 やんややんやとはしゃぐもふもふと少年。


 リュエルはうんうんと納得したような、したり顔で頷いていた。

「ところでコヨウ……君でいいかな」

「ん? 何?」

「どうして子供の姿をしてるの?」

「この姿なら絶対にバレないでしょ? それに子供なら目立たないし」

「いやぁ……大分目立ってたよ?」

「え!? どうして!?」

「まあ、狐のお面はともかく、その服装は……」

 そう言って、リュエルはコヨウの服を指摘する。


 着るというよりも羽織るや巻きつけるという方が適切な、そんな不思議な着方をする服装。

 それは先史文明の服装であり、この現代では限りなく珍しいと言われるような恰好だった。

 どこか遠い地方なら、祭りの時に着ることはあるだろうが、少なくともこの現代において日常的にそれを身に着けている人はいない。


「……お願いに、衣服の用意も追加していい?」

 申し訳なさそうに、コヨウは呟いた。


ありがとうございました。

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