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混雑する舞台裏(前編)


 様々な思惑が重なり、フィライトは複雑怪奇な情勢となっていた。

 あまりにも多くの勢力が好き勝手動きすぎて、誰も現状が把握できない。


 そんな中で、アルハンブラは最も状況を把握している位置に立っていた。


 彼がそうである理由は三つ。

 一つ、神に下された使命を為すクリスの仲間であったこと。

 二つ、彼は長らくフィライトに立っており、その政治について多少の理解があること。


 そして三つ――

 彼は、黒幕の配下となっていた。

 それが彼の望みではないとしても――。


 アルハンブラは目の前の男……黒幕の配下に、今回得た『小さな宝石』を手渡す。

 もう一つの成果品は、既に彼らに預けていた。


 直後、アルハンブラは男から殴られた。


 頬に伝わる衝撃と鋭い痛みが走る。

 避けることは容易だった。

 だが、それができない程度には、アルハンブラの状況は詰んでいた。


「もっとスマートにできなかったのか、デクがっ!」

 吐き捨て、倒れるアルハンブラに唾を吐きかける。

 配信中に目立ったことが相当気に食わなかったらしい。

 ダンジョンの宝を強奪し、神を拉致するにはあのタイミングしかなかったが、そんなの相手の知ったことではなかった。


 侮蔑の目で睨んだ後、男はその場を後にした。

 アルハンブラは何も言わず、立ち上がる。

 唾を吐きかけられたことも、殴られたことも、何も痛くない。

 そんなことよりも、友を裏切ったことの方が、よほど痛く苦しかった。


 アルハンブラは誇りを重視する生き様を貫いてきた。


 老いることに対し非肉めいた苦笑をしても、決して嘆きはしない。

 自分が無用な苦労を背負っても腐らず、仕事は正しく正当に行う。

 己が友と決めたなら、決して裏切らない。

 人道に恥じるようなことをするくらいなら、死んだ方がマシだ。


 つまるところ、アルハンブラにとって誇りとは『立派な大人』であろうとすることだった。


 そこに裏はない。

 誰かを騙すような邪悪を持たず、欲望に負け仲間を売るような外道でもない。

 彼の志に、そのポリシーに、裏はなかった。


 要するに、優先順位の話だった。


 彼は、自分の誇りが大切だった。

 だけど、捨てざるを得なかった。

 彼は、仲間が、クリスが大切だった。

 だけど、裏切らざるを得なかった。


 彼には、命の恩人がいた。

 汚職の汚名を着せられ、誰にも信じてもらえず、社会的な死を迎える寸前であった時……何の理由も証拠もなく、信じ、掬ってくれた人。

 事件が発展し命の危機となり、致命的な状況に陥りかけてもなお、見捨てず助けてくれた。


 その名は『レオナルド・ラ・パルフェ十三世』。

 馬鹿を超えた馬鹿、大馬鹿も大馬鹿野郎である。

 その彼だけは、例え何があっても、ロロウィ・アルハンブラという男は裏切れない。


 だから――アルハンブラは黒幕に従った。

 レオナルドが人質に取られた以上、他に選択肢はなかった。


 アルハンブラだけではない。

 彼に従ってきた者たちは誰一人裏切ることなく、黒幕の命に従っている。

 彼を殺させないため、そして彼を助けるチャンスを逃さないために。

 百を超える部下全員が、同じ気持ちだった。


 兵士は恥であることを自覚しながら、黒幕の末端、使い捨てとなった。

 女性は己の体さえも使い、媚を売り情報を得ている。

 内政官は黒幕に貢ぐように金を渡しまくっている。

 神官さえも信仰を捨て、黒幕に跪いた。


 皆、既に自分は死んだものと思い動いている。

 ただ一つ、レオナルドという男を生かすためだけに。

 それ以外はもう、何も持たない。


 それでも、アルハンブラは苦しんだ。

 友を裏切ったこと、誇りを捨てたこと。

 いや、そうではない。


 辛いのは、楽しかったからだ。

「どうやら……私は馬鹿をやる人に魅力を感じる性質らしい」

 自分勝手で好き放題なリュエル。

 神様でありながらフレンドリーで、だけど自分勝手なユピル。

 自分勝手というよりも自由人で、そして何でも楽しそうなクリス。


 彼らと一緒にいることは、思ったよりも面白かったらしい。

 失ってから、辛いと気づく程度には――。




 アルハンブラと反対に、状況をまったく理解できていない男がいた。

 男の名前は『レオナルド・ラ・パルフェ十三世』。

 無能の大馬鹿野郎である彼は、今何が起きているのかをまったく知らないし、知ろうともしない。


 黒幕が何をしようとしているのか、今フィライトで何が起きているのか――そんな話ですらない。

 なにせこの男は、自分が捕まっているということすら気づいていないのだから。


 レオナルドの目線での近況は、ある自分に心酔した男(黒幕)が、自分を招いてもてなしている。

 本当に、それだけだった。


 この馬鹿な判断の九割は男の無能さに起因するが、一割ほどは黒幕にも非があるだろう。

 黒幕は意図的に情報を制限しているが、それだけでなく、レオナルドを本当の意味で歓迎し、贅の限りを尽くしてもてなしている。

 部屋から出なければ、文字通り望むものは何でも与えられた。

 外から見ても、軟禁されているとは判断されないだろう。


 ただでさえ傲慢な馬鹿なのに、これだけ良くされたら疑いようがない。

 レオナルドは、誰も彼もが不幸の渦中にある中で、世の絶頂とも言える幸福を享受していた。

 そんなレオナルドにも、たったひとつだけ不満があった。

 それは、部下と会えていないということ。


 自分を称える声はあるものの、それは黒幕の配下ばかりで、自分の部下はなぜか部屋に来ない。

 我が威光によってこれだけの物が与えられた。

 普段自分を見下すあの馬鹿どもに、この事実を見せつけてやりたいものだ。


 そう思っている最中のことであった。

 彼女が、現れたのは。


 それは誰にとっても想定外の出来事だった。

 黒幕と呼ばれる男は、この部屋に厳重な警備を施していた。

 レオナルドの部下たちが助けに来ると分かっているからだ。


 外には最も実力の高い見張りが立ち、周囲は警報機と罠だらけ。

 部屋の中は魔力的隔離区域であり、外からは魔力を感じることも、中に魔力を送ることもできない。

 あらゆる魔法的攻撃を妨げると同時に、あらゆる盗聴、盗撮、転移を無効化する。


 それでも、彼女はそこに転移してきた。

 悲しいことに、ここにいるのが馬鹿だけであるがゆえに、その事実には誰も気づかない。

 それが絶対にあり得ない、不可能事象であるということに。


 黒幕がこの建物を手にし、改築するよりもずっと前に、多重の魔力感知を躱せる転移マーカーを設置していた――その意味に到達する者は、まだいない。


 彼女の名前はカリーナ。

 カリーナ・デ・リア=フィライト。

 この国の女王であり、そして国家簒奪を目論むレオナルドにとっては、目の上のたんこぶにして不倶戴天の怨敵。

 人の名前を覚えようとしないレオナルドにとって、彼女は数少ない、名前を覚えている『偉い人』であった。


「貴様!? なぜここに! いや、まあ良い。ここで会ったが百年目。今日こそ貴様に――」

「しーっ! 静かに! 騒ぐと見つかります」

 必死に、カリーナは小さな声で叫ぶ。

 まさか自分が監禁されていることに気づいていないほど馬鹿だとは、カリーナも想像していなかった。


「キキッ! 俺が叫ぶことで貴様が困るのなら、いくらだって叫んでやろう。日頃の恨みを思い知れ」

「私……わりと貴方を助けてきたと思うのですが……」

 カリーナが目こぼししなければ、三桁回はギロチンにかけられていたはずだ。

 美を司り慈愛を重んじる宗教国家であっても、王に対しての狼藉三昧は許されるものではない。

 しかもレオナルド自身、何の信仰も持っていないのだから尚更だ。

 だがそんな程度のことが理解できる頭を持っていないからこそ、レオナルドなのである。


「何を言ってるかわからんが……そうか、貴様、侵入者か!? 馬鹿なことをしたもんだ。これで貴様は失脚する。次の王は俺だ!」

 どうして自分が二番手だと思い込めるのか。

 そこだけは、カリーナは彼に素直に感心した。

 だがそれはそれとして、これ以上騒がれるとまずいので、カリーナは彼を黙らせる一言を放った。


「このままだと死にますよ。貴方の大切な部下の方々が」

 ぴたりと黙り込み、レオナルドは静かにカリーナを睨んだ。

 いつもの騒がしい態度や怒りとは違うその視線に、『そんな顔もできたのか』と少しだけカリーナは驚いた。


「……人質のつもりか、貴様」

「勘違いしないでください。私は助けに来たのです。……他はともかく、貴方の部下だけは私は買っています。そこだけは、本心で貴方が羨ましいですわ」

「キキッ。人望の差という奴だ」

 カリーナは小さく溜息を吐いた。


 本当に、どうしてこんな奴に、心から信頼し裏切ることのない部下ができるというのか。

 それも、ほぼ全員がそうなのだから、羨むとかそういう次元を超えている。

 もしも彼が有能だったら、本当に次期王の座は彼に譲ることになっていただろう。

 いや、彼が無能の馬鹿だからこそ、きっと彼には信頼できる部下ができたのだ。


 なんてことはない。

 信頼できる部下がいないのは、有能であることに胡坐をかいた結果である。

 そしておそらく、為政者のほぼ全てがその病にかかっている。

 三大国はもちろん、ヒルデも、そしてその最たる例がきっと黄金の魔王なのだ。


「――まあ、無能の王について考えるのは後で良いでしょう」

「何だ? 自己紹介か? 無能の王カリーナよ」

「……真面目な話をしますので、少し黙って聞いてもらえませんか?」

「キキッ! なぜ貴様の命令を俺が聞かなければならん」

「貴方の部下たちを助けるためです」

 再びレオナルドはぴたりと黙る。

 このわかりやすさが、カリーナは大好きで、そして大嫌いだった。




 今回、カリーナには二つの目的があった。

 一つは、この馬鹿に自分のおかれた状況を理解させること。

 ちょっとした会話だけで既に頭が痛くなっていたが、それでもこれは絶対条件だった。


 そしてもう一つは、彼を操作するのではなく、彼自身の意思で行動を選択させること。


 ここで口八丁手八丁にてレオナルドを騙くらかすのは、さほど難しいことではない。

 だが、それでは意味がなかった。

 理由はカリーナ自身にもはっきりとはわからない。

 だが、『レオナルドの意思』が重要であることに加え、誰にも気づかれぬように暗躍しなければならない。

 ――そう、カリーナは知っていた。


 というわけで、まず第一の目標は彼に状況を理解させることなのだが……。


「おい、まだか? 話は」

 レオナルドは、たかだか数十秒の沈黙にも苛立ちを露わにしていた。


 この馬鹿が理解できるように説明する。

 それは、他国との首脳会談に匹敵するほどの難易度を誇っていた。


 子供……いや、幼児に話すのと同じくらいに噛み砕くのが最低条件。

 その上で、こいつが理解できるとは到底思えない。

 だから最低限、本当に最低限の事実を、たとえ嘘を交えてでも伝えなければならなかった。

 であるなら……。


「あー、えっと。まず、この建物の主は君の部下をすごく欲しがった」

 実際には多少事情が異なるが、そう説明した方が早いと判断し、カリーナはそう伝えた。

「まあ、俺の配下はどいつもこいつも超一流揃いだからな。俺に恥じないようにな!」

「……まあ、うん。それで、どうにかして自分のものにしようとした」

「ま、そんなこと不可能だがな。あいつらが俺を裏切るわけがないだろう?」

 その配下を無条件に信じられるということ。

 それだけは本当に羨ましかった。


 そんな純粋な気持ちなんて、カリーナにはもう二度と持てない。

 部下を信じるには、この両手はあまりにも血で汚れすぎていた。


「そう。彼らは君を裏切らない。だから、考えたんだ。どうすれば命令させることができるか」

「だから無理だって言ってるだろ。馬鹿だなお前」

 溜息を吐き、やれやれと両手を広げるレオナルド。

 ここまで伝えて、ここまでわかりやすく導線を作って、それでもこれ――本当に信じられなかった。

 イライラしながら、カリーナはさらに言葉を足していく。


「いや、一つだけあるじゃないですか。どれだけ使い潰そうとも裏切らず、君の配下を手に入れる方法が。この屋敷に招かれてから、あなたの部下に会いましたか?」

「まさか――俺の代わりにお礼をしているのか、我が部下たちは。なんと忠義深いことで――」

「あんたが人質として捕まってるからだよ馬鹿」

 あまりの理解力に、カリーナの忍耐は限界を超えた。


「……まさか、俺は部下を奪われたのか!?」

「そうだよ馬鹿太郎」

「なんということだ……貴様の差し金だな、カリーナ! 卑怯だぞ!」

「もう嫌だこの馬鹿……」

 カリーナは泣き出し、レオナルドは勝者の如く両腕を掲げた。



ありがとうございました。

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