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久方ぶりの四天王勢ぞろい


 ロロウィ・アルハンブラは何でもそつなく熟す。

 そういう男である。


 別に特別優れている訳でもなければ特別な力を秘めているなんてこともない。

 良くも悪くも、そこそこ優秀なだけで、そして下り坂を感じずにはいられない、そんな中年である。


 だが、才能溢れる者達の中に居ても嫉妬に狂うことなく、苦しむこともなく、当然のように自分の役割を熟せる男でもある。

 達観しているというわけではなく、単純に、自分の才能と折り合いが付いているから。

 つまるところ、彼は他者に嫉妬する程、彼は若くはなかった。


 むしろ彼が他者に嫉妬する部分は、腰痛に苦しまないとか、好きな物を好きなだけ食べられるとか、そういう日常の方が多い。


 アルハンブラに輝かしい才能はない。

 そんなもの、とうの昔に理解している。

 割り切っている。


 代わりに、自分には積み重ねがある。

 苦渋に満ちた人生を歩み、誰でも出来る仕事をずっと続けて来た経験が武器となってくれている。


 そしてその真っ当に苦しみ生きて来たことこそが、アルハンブラがこの中で特別であることを示唆する。

 なにせここにいるのは、人生経験歪な化物ばかりなのだから。


 異常者の中でただ一人の普通は、まごう事なき長所である。


 期待の眼差しを向けられる中、アルハンブラはプロ顔負けのバーベキュー料理を彼等の前に披露してみせた。

 肉を焼くのも、わざわざ無駄に花の香りが付いた度数高いアルコールを、意識高い系っぽい感じにフランベして上品に焼く。

 塩をつまむのだって無駄に高い位置から行う。

 その作業は調理というよりも曲芸に近い。


 これは別にアルハンブラに変な拘りがあるわけではない。

 ここにいる大半が、ただそれを望んでいるとわかるからこそ、アルハンブラはそんな恰好つけたパフォーマンス調理を見せていた。


 とはいえあくまでそれっぽいだけで、アルハンブラの技量はプロと比べたら失礼というレベルの腕前でしかない。

 なにせこれは宴会芸として覚えた小技なのだから。

 ただ、宴会芸や小技というようなもののレパートリーの広さだけは、アルハンブラは誰にも負けないという自負があった。


 社会人時代のおべっかやゴマすり、上司の無茶ぶりに加え、命の恩人たる『馬鹿』が起こした無用なトラブルを解決してきた日々。

 それが、アルハンブラの手札をこれでもかと拡張していた。


 アルハンブラは焼いた肉を金属の串に打ち、野菜を挟み更に乗せ、あらびき胡椒を上からさっと一振り。

 そうして気取った格好でそれを見せ、ウィンクをすると、ぱちぱちと拍手が鳴り響いた。




 ハイドランド王国にて……独り、麗しき鳥人の女性がほくそ笑む。

 彼女の名前は、『アリエス・アートラリー』。


 ハイドランド王国、黄金の魔王に使える四天王序列二位であり、(自称)天才ゲームクリエイター。

 特殊な能力や魔法などを管轄する資料編纂や、高度な機械の開発、製造がハイドランド内における彼女の主な役割である。


「ふふ……。そう、私はこの雌伏の時を待っていた。この、我らが主がおらず、ヒルデが忙しくなって目が離れた今こそが……」

 彼女はほくそ笑み、その計画を発動させようとする。


 ハイドランドを裏切る、その計画を――。


「ヒルデ様、こちらです」

 そう言ってアリエスの秘密の隠れ家に、ヒルデを案内するのはアリエスお世話係のリーガ。


 彼に連れられ、ヒルデは無表情でその部屋に踏み入る。

 そしてそのまま、何の感慨もない表情で、アリエスを縛り上げだした。


「な、慣れてますね……」

 リーガは困惑した表情でつるし上げるヒルデの様子を見て呟く。

「ええ、今回は少々時間が空きましたが、良くあることですので」

 そう、それは良くあることだった。


 アリエスが馬鹿な裏切りをやって、そして即捕縛されるのは。


 一週間後――四天王全員とヒルデ、ついでにリーガが招集された。

 要件は――アリエスの裏切りの処置について……という建前。


 ぶっちゃけこれが裏切るとか正直どうでも良いことで、あって今回は単なる建前としてアリエスは縛り上げられていた。


「あのさ……俺の立場なくなるから止めてくれない? 本気(マジ)で」

 心底困った顔でそう告げる、どこかチャラい男の名前はヘルメス。


 四天王序列四位。

 彼は誰かを裏切らずにはいられないという(サガ)があり、それ故に黄金の魔王直々に裏切ることを許されるなんて特殊な状況にある存在である。

 だが、悲しいことに『裏切りのヘルメス』なんて名前を持つ彼の何倍も、アリエスはハイドランドを裏切っていた。


「今回で、何度目です?」

 尋ねるのは、四天王序列三位のウィード。

 普段は『王立冒険者養成学園フィラルド』の学園長をしており、多忙で王城に来ることはない。

 実際今回の招集も四天王全員参加が義務付けられない限り、来ることは叶わなかった。

 アリエスを招集の理由付けに使ったのは、多忙で条件が合わない限り仕事を休めないウィードと一位の参加を促す為でもあった。


「八年ぶりで、二百四十三回目の裏切りですね」

 ヒルデはウィードの質問にそう答えた。

「それで、今回の理由は?」

「――予算を、ちょっと五十倍にして着服しようかと……」

 アリエスはそう呟いた。


 そう、ちょっとゲーム製作の為の予算が欲しかったからで、そんな悪いことはしていない。

 そんな、拗ねた態度だった。


 ウィードは何も言えず、小さく、溜息を吐いた。

「それで、アリエスをどうするの?」

 尋ねる美女の名は。ハイドランド王国四天王序列一位『リー・シィ』通称『リシィ』ちゃんである。


 女性的魅力にあふれた豊満なスタイル。

 あどけないながらも妖艶な顔立ち。

 そして露出面積の多い服装。


 夜に歩けばそういう店の女性であると勘違いさせるような容姿をしている。

 もし夜の蝶であるのなら、間違いなく最高級であるだろう。


 彼女の美貌はもはや人のそれを外れている。

 世が世なら傾国の美女と呼ばれてもおかしくない。


 そんな容姿にそぐわず、彼女は仕事以外では誰かを誘惑することはなく、勤勉かつ非常に真面目な性格をしている。

 このハイドランドでヒルデに次いで仕事量を多く受け持っている。


 ヘルメスのように仕事をサボりガチだったりせず、アリエスのように自己中心的でもない。


 他者を慈しみ、民を愛し、誰かの涙を拭う為多くの要らぬ苦労を背負う。

 更にその実力四天王随一で、ヒルデに次いで黄金の魔王の従者をしている。

 そうでありながら、恵まれすぎた容姿をしている。


 そう聞くと完璧超人のように思えるだろう。

 いや、むしろ男性の妄想の具現化の方が近い。


 外見はどこか妖艶なのに誰にでも愛想良く、中身は真面目で完璧超人。


 だけど、別に彼女は完璧でもなく、むしろ四天王で最もアクが強い。

 というのも彼女は……。


「それで、リー・シィ様。本日もそちらの恰好なのですね」

 ヒルデの言葉にリシィは笑いながら頷いた。

「ええ! だって可愛いでしょ?」

 リシィは自信満々に、そう言葉にした。

 普段の、男の恰好ではない今の自分に対して。


 そう――リシィは男である。

 いや、男であったという方が正しいかもしれない。

 今の彼(彼女)は性別という枠を超えている。


 それは女装や女体化というより、もう一つの自分を作り出したという方が正しい。

 自分の理想を具現化する、狂気染みた妄執。

 魔法、魔術、オリジン……。

 ありとあらゆる手段を講じ、彼は己の中に彼女を生み出した。


 つまるところ、究極のナルシストなのが、リシィの本性である。


 いつも真面目なのは、そんな自分の方が可愛く魅力的だから。

 容姿を磨きに磨いたのは、そんな自分がとっても素敵だから。

 男ではなく女になったのも、ただ可愛いから。


 ちなみに男としても男性アイドル的可愛さを研究している。


 そう、その美の追及も、あらゆることへの勤勉さも――全ては自分の為に。


 そう言う訳だから、四天王で最も癖が強いけれど同時に、四天王で最も真面目な存在。

 それが、序列一位のリシィちゃんであった。


 


「アリエス様の処遇については、彼の意見を聞くべきだと私は進言します」

 ヒルデはそう言って、無理やりこの場に連れて来たリーガに発言を促した。


 アリエスのお世話係であり、今回の裏切りを一早く察知し通報した男。

 もはやアリエスの問題全てを彼に任せても良いとさえ、ヒルデは考えていた。


「そんなに優れた子なの?」

 リシィはそう尋ねた。

「いえ、能力で言えば中の上。彼より優れた存在は幾らでも居ます」

「じゃあ、どうして?」

「それは、彼が来て、彼がアリエス様のお世話をするようになって、アリエス様の仕事の効率が格段に上がったからです」

「へー。どのくらい?」

「既に今年の仕事量は前年の五倍を軽く超えておりますね」

「わぁお。あれだけ頑張っても真面目にやらかなかったアリエスちゃんがねぇ。良いじゃない。で、リーガ君だっけ? 何か意見ある?」

 四天王とヒルデに囲まれ、リーガはただただ委縮する。


 自分が優れている自覚はあるが、国のトップ勢ぞろいの中対等であると思い上がる程ではなかった。


 ちらっと、アリエスの方に目を向けた。

「さあ、無罪と予算五十倍を主張するんだ!」

 アリエスはそんな、まるで反省していない様子を披露する。

 リーガは更に顔が険しくなった。


 ぶっちゃけていうと、どれだけ罰則をかけようと意味はない。

 なにせアリエスに反省する程の殊勝さがないからだ。


 かと言って完全な無罪を主張するとなると、それはまた違う話となる。

 彼等はどうもこの裏切りを大した問題とは思っていないようだが、それでも罰しないというのは筋が通らない。


 つまり……リーガに期待されているのは、罰則になるけどあまり大きな問題にならず、尚且つアリエスが受け入れるような、そんな微妙な匙加減の内容であった。


 眉間を険しくしながら、リーガは必死に考える。

 アリエスの説得は何とでもなる。

 今重要なのは、皆が納得出来るラインを見極めることだ。


 今回裏切ったとはいえ、四天王の仲は悪くない。

 あまり言葉を交わすことはないが、確かな絆がそこにある。


 であるならば、痛い目を見せるというよりも、アリエスが罰を受け入れたという事実の方が重要だろう。

 その上で、唯一気を付けないといけないのはヒルデの感情だ。


 信賞必罰であり、またアリエスと親しくないヒルデを納得させるだけの罰。

 となると……。


「――そう、ですね。ヒルデ様の仕事の中でアリエス様に向いているものを、代わりに行うというのはどうでしょうか?」

 つまるところ、労働刑である。


「ふむ……何故か尋ねても?」

「合理的だからです。だって絶対に反省しないじゃないですか」

 全員が、同時に頷いた。

 当事者さえも頷いていた。


「なので、精神的反省を促すのではなく、責任追及の為の合理的な罰を与えるべきかと。それに、迷惑分責任を取らせるような賠償行為にした方がお互いに都合が良くありませんか? ヒルデ様、最近お忙しいでしょう?」

「なるほど――。悪くないですね、ですが……刑罰ということでしたら少々の仕事量では納得出来ませんよ?」

「二、いえ三か月分でどうです?」

「それなら十分ですが、納得させられます?」

 ヒルデはちらっとアリエスの方に目を向ける。


 しかめっ面で、口が『えー』の形になっている。

 完全に駄々っ子モードだ。

 こうなるととてもではないが、手が付けられない。


「それは大丈夫です。アリエス様」

「何よ」

「他の罰だと数日、下手すれば数週間は拘束されますよ?」

「……で?」

「その間一切ゲーム製作出来ませんよ」

「は!? それは困る! 私からゲーム製作を取り上げたら何が残るというのだね!?」


 有能な部分だけが残る……という言葉を、リーガはそっと飲み込んだ。


「ですが、この罰則ならそれほど時間的拘束はありません。普段よりちょっと仕事を真面目にやれば、睡眠時間にもおやつタイムにも……当然、ゲーム製作時間に影響はないでしょう」

「むむっ!」

「考えて下さい。ゲーム製作が許される罰則と、ゲーム製作さえ許されない刑罰。どちらを選ぶのが真のクリエイターですか?」

「良いだろう。リーガ、君に全て任せよう。いつものようにスケジューリングを頼むよ」

 アリエスはふんぞり返り、そう言い放った。


「――お見事」

 ヒルデは呟き、音のない拍手をする。

 それはヒルデの、掛け値なしの本音であった。


 あのアリエスに追加の仕事をさせる。

 それは新しい兵器を発明するより、よほど難しいことであった。


「えと、他の四天王の方は、どうでしょうか? これで構いません?」

 リーガの言葉に意を唱えるものはいない。


 なにせ前回の裏切りの時は、駄々っ子モード全開で手足をじたばたさせて、結局ヒルデが折れて罰則なしとなったのだから。

 それと比べたら、この状況は奇跡に近いくらいだった。


「では、アリエス様についてはこれで終わりとします」

 そう言ってから、ヒルデはアリエスを縛っていた縄を解き放った。


「続いて――我らが主である黄金の魔王、今はクリス様についての近況報告を始めましょう」

 空気が、一瞬で変わった。


 アリエスは、あくまで建前。

 この黄金の魔王について話し合う為の議題こそが本命であると、リーガも理解出来た。

「あ、じゃあ僕はこれで失礼しますね」

 そう言って帰ろうとするのだが……。

「いえ、どうぞこのままご参加下さい。事情を知っている、我が主の友でもあられるリーガ様」

 そう言って、ヒルデはにっこり作り笑い。


 それは暗に……いや直に『逃げるな』と言っていた。

 リーガは両手をあげ、アリエスに用意されたアリエスの隣の席にそっと座った。




 そうして、クリスについての情報が共有されていく。

 フィライトで何があったのか、何をしているのか。

 そして配信で暴れていることからユピルの堕天まで、情報は広く共有される。


 色々極秘情報も流れリーガの顔が真っ青になっていたことを除けば、特に大きな問題はなかった。


 そうして会合も終わりを迎える。

 情報共有こそしたものの、何かをするということはない。

 クリスがクリスという名前で活動する限り、その干渉は最低限に。

 それはハイドランドとしての、黄金の魔王に使える従者としての方針であった。


 まあ極力干渉しないと言っても……ヒルデは割としょっちゅうその場に適したコスプレしてクリスに会いに行っている。

 だがそれは休みの日を使った趣味なのでノーカンである……とヒルデは主張している。


 そしてそろそろ閉めようかというタイミングで……。

「あ、あのさ、一個ちょいとした疑問が湧いたんだけど良い?」

 ヘルメスがそんなことを口にした。


「はい。何でしょうか?」

 真っ当かつ真面目な態度で、ヒルデは尋ねる。

 相手がどれだけ軟派で、どれだけ適当でも、会議中は対等に扱う。

 それがヒルデのルールであった。


「我らが主……つーか、クリスかな。クリスのオリジン三つ目についてなんだけど」

「内容をどうぞ」

「いや、他二つと比べて弱すぎない? アレどうなってんの?」

 ヘルメスはそう言い放った。


 一つ目、全知の浄眼。

 ありとあらゆる物を見抜き、未来さえも見通すと言われた黄金の魔王最大の武器の一つ。 

 それが封印され、弱体化したものではあるが、その脅威は未だ健在。


 二つ目、黄金の毛皮。

 黄金の魔王、成人男性としての姿を基本として封印されたため封印し忘れた毛皮。

 あらゆる攻撃に対し、高い耐性を持つ。

 自身の攻撃まで無効化するというデメリットもあったが、最近はそれを上手く調整し扱えるようになっている。


 そして三つ目が、召喚術。

 今はランダムに三種類の赤ちゃんみたいな奴を召喚するだけ。


 あまりにも格が違い過ぎる。

 それが、ヘルメスの意見だったのだが……四天王残り三人とヒルデは、そうは思わないらしく、しらーっと、気まずい空気が、流れた。


「……あり? 俺、変なこと言った?」

「いいえ。良く良く忘れてしまいますが、貴方はこの中で最も若いんですよね……」

「そっちの子を除けばそうなるねぇ」


 ここにいるのは、リーガを除いて全員が寿命を超越している。 

 長命種というより超越種と呼ぶ方が近いだろう。


 だから、彼等は時間の外見が人と異なっていた。


「そうですね……五十年前でしたら、記憶に新しくないですか?」

「五十年前ってーと?」

「我らが主が直々に討伐に向かった時です」

「あー。あったねそんなこと。それがどうしたの?」

「その時、我が主は討伐出来なかったんですよ」

「へ?」

「いえ、敗北したとかではなく、消滅させることが出来なかったんです。不死の特性ですかね」

「へー。まあ、偶にいるよねそういうの」

「はい。不死であり、尚悪意を持ち世界を滅ぼそうとしていました。放置すれば国さえも飲み込むような……そんな、スライムでした」

「それ、我が主はどうしたの?」

「詳しい原理はわかりませんが、己が身に取り込みました。封印みたいなものらしいです」

「へー。……ん? 封印? スライム?」

「はい。実は、我が主は倒せない相手だけでなく、殺したくない相手がいた時は取り込むようにしているそうです」


 例えば、悪気があったわけではないけれど生きているだけで人を大勢殺してしまう植物。

 例えば、自然の一匹でしかないけれどあまりにも強すぎて土地の生態系を完全に破壊する獣。


 そういう悪意なき災害に対し、黄金の魔王はただ処分するではなく、自らの内に取り込む。

 もっとはっきり言うなら、『殺したくないお気に入り』は殺さず済むよう自分の中に大切に保管していた。


「……スライム、植物……、獣……」

 順番に、リーガは呟く。


 聞き覚えがあった。

 歴史に残る『七代厄災』。


 最も新しきものが、邪教徒の呼び出した『異形の肉塊』。

 それは土地を飲み込み、大陸を変形させたと言われている。


 次なる厄災は、『幸福を呼ぶ天女』。

 それを見た者は一生の幸せが約束されるという、絶世の美女。

 だがその正体は美女に擬態をした植物であり、その花粉を吸うと幸せな気持ちで一杯になりそのまま死ぬ。

 その粉には何の中毒性も依存性もない。


 ただ、幸福になり過ぎて全てを忘れるだけ。

 辛い想い出も、苦しい現実も、大好きな家族も、呼吸をすることさえも……。


 その次は、全てを喰らう『暴食滅鏖の獣』。

 彼自身は、ただの獣である。

 腹が空けば襲い、肉を食い、眠り、生きる。

 大自然の摂理の中にいる、森の一員に過ぎなかった。

 ただし、その力と食欲が桁外れであった。


 自然の一員である彼以上に、自然を壊した存在はいない。

 数百年経った今尚、その影響が残る程に。


「おや、貴方の方が先に気付きましたね」

 真っ青なリーガを見て、ヒルデは微笑みそう口にした。

「もしかして……召喚術ではなく……」

「はい、正しくは『封印術』ですね。自分の中に封じた存在を外に出しているだけです。今は弱体化の影響で呼び出しても『あの程度』ですが、もし封印が弱まるようなことがあれば……」

「厄災がそのまま外に……。それも、最大で七体まで……」

「違いますね」

「え?」

「我が主が封じたのは、私が覚えている限りで十三体ですから」

「……そんなの、世界なんて簡単に終わってしまうじゃないか」

「何を今更。黄金の魔王というのは、単体でも世界よりもずっと強い。そんなの誰もが知っていることじゃないですか」

 恐れ、震えるリーガを相手に、ヒルデは満足そうな笑みを浮かべ言い放った。


ありがとうございました。

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