家族の再開(大嘘)
それは……唖然とするほかなかった。
これまで、クリスと同系統の種族は確認されていない。
最も近しいのは『マスコット』と呼ばれる存在――俗に言う魔法少女の相棒的なアレである。
それが、外見的には最も近いとされていた。
だが、今――更新された。
そのボスである狼の真の姿は、まさしくクリスの種族と同系統のそれ。
いや、それどころか……。
「ぱ、ぱぴー!」
クリスはうるうるした目で狼に向かって叫んだ。
ずっと行方不明であった父と再会したような、そんな空気を適当に漂わせて。
「会いたかったよ、マイサン!」
狼もそれに合わせ、二人はひしっ! と、熱い抱擁を――。
まあ、単なる悪ノリの冗談である。
親兄弟どころか知人でさえない。
だが、周囲はそれを冗談と思わなかった。
「こんな偶然が……」
リュエルがわなわなと震えながら呟く。
――クリスきゅんのお父様と会うなんて……心の準備が……。
なんて脳内は軽い混乱状態。
「なるほど。そういうこともあるのか」
腕を組み、うんうんと頷く変態マスク。
そう、彼らにその冗談は通じない。
その位、クリスと狼の外見は近しいものであった。
横並びになると顕著で、まるでぬいぐるみ(中)とぬいぐるみ(大)のセット販売である。
「いや、赤の他人だよ?」
クリスが腕を振りながら否定するも、二人はきょとんとした顔を見せる。
「うん。そもそも全然違うし」
狼はうんうんと頷きながらそう呟いた。
「いや、どこが違うんだ?」
ユピルが困ったように尋ねた。
見比べても、サイズ以外に違いが分からない。
「いや、一緒の部分の方が少ないよ。ねぇ」
狼の言葉に、クリスもうんうんと頷く。
「うぃ。そもそも私、モンスターじゃないし」
「そうそう。私も狼じゃないし」
「ねー」
「ねー」
仲睦まじく話す二人は、ユピルの目にはどう見ても親子か兄弟にしか見えなかった。
「まあ、そうだね。確かに違う」
リュエルがぽつりと呟く。
細かいディティールもそうだが、それ以前にリュエルの感性が同じ種族であることを否定している。
クリスを見た時、第一印象で激しい衝撃とときめきを感じた。
だがこの狼には、それがない。
強いて言えば『このぬいぐるみあったら欲しいな』と思う程度だ。
「あの……少し、発言よろしいでしょうか?」
おずおずと、シロが手を挙げた。
「うむ! 我が許す。好きに話すがよい」
「ありがとうございます。えっと、狼さん」
「はいはい、何です?」
「えっと、気のせいなら失礼なんですが、毛並みの色、少しくすんでません?」
「うん。私のキラキラは魔力と比例するからね。つまり、今はガス欠気味」
狼がそう言ってから、彼らも気づく。
最初に見た時、雄々しい姿で金色に輝いていた毛並みは、今はどちらかといえばブロンズ寄りになっていた。
「魔力光なんだー。私のは自前ー」
「もふもふしてるねー」
「そっちはさらっとしてるねー」
互いの毛に触れあい、きゃっきゃっとはしゃぐ二匹。
その様子をリュエルはじとーと、ねちっこく、ねばっこく、そして真剣な眼差しで見つめていた。
「あー……もしかしてこれ、我が上手くやらないと、話が進まない感じか?」
ユピルは、アルハンブラという『まとめ役』がいない時、自分が暴れ役となることが出来ないという事実に気付き、困った顔を見せた。
――そして、狼(仮)は自分の事情を説明しだした。
と言っても、難しい話はない。
『目立ちたくない』
ただ、それだけのことである。
元いたダンジョンから逃げたと狼は言ったが、正しくは崩壊したという方が正しい。
崩壊し、居場所を失った。
通常、ダンジョンが崩れれば中のモンスターも消えるはずだが、なぜか狼は生き延びていた。
別に古巣に未練もないし、自分が不幸とも思わない。
ただ、死にたくなかったし、狩られたくもなかった。
だからダンジョンを渡り歩いて、そうして人の来ないここに辿り着いた。
戦闘中については、狼は自身の『感情や情緒を読み解く知能』によって、『現在、配信中である』ことに気づく。
配信や視聴といった辺りの知識は全くないが、あの装置で外部と連絡を取り、情報を伝えているという部分は理解出来ていた。
モンスターである自分は、目立つわけにはいかない。
だから撮影機器を破壊してから、降参し、真の姿を見せた。
それが、これまでの狼の事情、そのすべてだった。
「あと言うことは……得意なのは擬態能力。ぶっちゃけ、『変身』かな」
だから、クリスも狼が真の姿ではないと見破れなかった。
狼の言葉に、リュエルがはっとしたような表情を見せる。
そのまま狼の周囲をぐるぐると回り、全身をじっくり観察しだした。
異なる顔立ち、大きめの尻尾、そして完全変化の変身能力。
そう……繋がった。
全てが、繋がったのだ。
つまり――。
「あなた、まさか……たぬき!?」
「きつねです」
狼(狐)はしょんぼりと呟いた。
犬っぽい狐である自覚はあるけれど、流石に狸扱いはショックが大きかった。
さすがに悪いと思ったのか、リュエルはぺこりと頭を下げ、謝罪の意を表した。
「じゃあさ、なんて呼べばいい感じ?」
クリスの問いに、狼(仮/狐)は困った顔を見せた。
独りであった彼に、名が必要な場面はなかった。
だが今となっては、自分を表す名前が必要になってくる。
狼でも狐でもなく、正体はモンスター。
種族名ではなく、個としての『名』。
だから、考えた末に――。
「じゃあ、名前を付けてくれる?」
生き延びるため、少しでも媚びるために、彼はそう提案した。
皆が顔を見合わせ、こぞって意見を出し合い始めた。
「クロ!」
ユピルが叫ぶ。
「黒くもないし猫でもないんですけど……」
「ぱぴー!」
クリスが叫ぶ。
「子犬でもないし、それ君が言うとみんな違う意味で取る気がするよ……」
「もふたろう」
リュエルはぽつりと神妙な面持ちで呟いた。
「君はまともだと少しは信じたかったよ……」
呟く狼は、酷く悲しそうな顔をしていた。
三人の『さあ、どれを選ぶ?』という圧から目をそらし、狼は縋るようにシロを見る。
シロは少し考える。
奴隷、迫害、棄民と自分の人生経験は相当に歪んでいる。
常識を知らず、非常識ばかりを覚えてきた。
だからこういう場では役に立たない。
そう考えて――黙っていようとしたが……。
「良い。許す。存分にやれ」
ユピルが、遠慮しようとするシロを叱責した。
「え?」
「我が配下であるのなら、まずは己を主張しろ。譲っていたら、相手も譲ってくれるなど甘いことを考えるな。たわけめ」
「ですが私は……」
「自信がないなどは理由にならん。ネタでもボケでも何でも良い。やってみせよ。動かぬならば、道化にも劣るわ」
それでもシロは黙ったままだった。困った顔のまま、視線を逸らす。
「駄目でも構わん。上手くいけば、褒美をやる。やってみろ」
「褒めていただけると……?」
「――成果を出した部下を蔑ろにするほど、我の度量は狭くない」
「……わかりました。少々、お時間をください」
そう言って、シロは真剣に考え込み始めた。
ユピルはふっと笑い、腕を組んで待つ。
クリスたちも、静かにその瞬間を見守る。
――だが、彼らは舐めていた。
具体的には、シロの信仰の深さと集中力を。
失った声、失った翼、失った自由。
全てを与えてくれた神のためならば、己を投げ出すことすら厭わない。
そんな彼女が真面目に考え込んだ結果――。
「まだか?」
ユピルが問いかけるも、シロは反応しない。
指を顎に当て、うつむいたまま、ただひたすらに思考を続けていた。
ユピルが何度も声をかけ、顔の前で手を振っても、まったく動かない。
完全に集中状態へと突入していた。
あまりに待たされたクリスたちは、クリスが何故か持っていたカードゲームを取り出し、時間つぶしとして四人で遊び始める。
それでも中々その時は来ず……。
結局、シロが口を開いたのは、悩み始めてから二時間程経過してだった。
翌々日――クリスたちは再びダンジョンの五十階を目指して潜っていた。
前回と異なるのは、アルハンブラが合流し、クリス、リュエル、ユピル、シロ、アルハンブラの五人態勢となっている点。
それと、今回は撮影を行わずに潜っているという点だった。
一気に潜り、撮影は地下五十一階層から行いたいと既に管理者たちには説明してある。
つまり……クリスたちは、今回でダンジョンを完全に攻略するつもりだった。
見せ場など考えず、クリス、リュエル、ユピルの三人が無双し、アルハンブラがサポート、シロがこっそりと後をついていく。
そんな道のりを経て、前回の半分以下の時間で五十階へ到達した。
その広場には、相変わらず彼がいた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
誰よりも低い声色で、しかしどこか気さくな調子で、彼――『コヨウ』は一行を出迎える。
『コヨウ』。
悩みに悩んだシロは、彼にそう名付けた。
由来は、イヌとキツネの間と言われる犬種『コヨーテ』と、『狐妖』と呼ばれるモンスターのダブルミーニング。
悪くはない……というより、他の候補が酷すぎたため、自動的にこの名前に決まった。
配下の功績は自分のものという神様スタイルなユピルは偉そうにふんぞり返り、クリスとリュエルにドヤ顔を見せる。
その後、褒美としてシロに『頭を撫でさせてほしい』とお願いし、困惑させていたこともあった。
「一昨日ぶりー。じゃ、約束通り場所借りるねー」
「はいはーい。どうぞどうぞー」
コヨウの返事を聞いてから、アルハンブラはテントの設置を始める。
ここはダンジョン内だが、一切他のモンスターが出現しない。
それは、コヨウが外来とはいえボスクラスのモンスターであり、他のモンスターの出現を望んでいないからだ。
つまり、ここはセーフエリアとして非常に優れた場所ということになる。
この五十階層までの戦闘そのものは大したことはなかった。
だが、それでも五十階層という長期のダンジョンアタックである。
疲労は避けられず、また時間的にも仮眠ではなく、しっかりとした睡眠が必要な状況だった。
「ところでそのー……もう一つのお願いとかー、どんな感じかなー?」
ちらちらと媚びるような仕草で、コヨウはクリスたちに期待の眼差しを向ける。
リュエルは小さく頷き、そしてそれを見せた。
――野菜と肉の入った袋を。
『料理を食べてみたい』。
そんなコヨウの願いに応え、クリスたちは食材と調理道具を用意していた。
……実際に用意したのはアルハンブラだし、調理を担当するのもアルハンブラだが。
「キャンプのお時間なんよ!」
クリスの言葉に、コヨウは「わーい!」と両手を挙げ、リュエルはぱちぱちと手を叩いた。
「……お前も、苦労するな」
一人でテントの用意をするアルハンブラに対し、ユピルはそっと声をかける。
だがアルハンブラはその声に気付く素振りも見せず、真剣な表情でテントを組み立て続けていた。
らしくないその態度に、ユピルは眉をひそめたが――気にしないことにした。
それだけ、彼もまた真剣なのだろうと。
ありがとうございました。