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狼の狙い


 今回、クリスの推測はわりかし当たっていた。

 クレバーで臆病。

 黄金の狼が持つ性格をよく表している。


 同時に、クリスはまだ理解できていなかった。

 その神々しくも雄々しい、黄金の狼の本当の賢さ、そして真の実力を――。




 三人に相対する狼は、離れた場所で咆哮を轟かせ、世界を揺らす。

 閉じた空間であるが故に、その咆哮は幾度も反響し、まるで地震のようであった。


「エコーロケーション?」

 クリスはぽつりと呟く。


 その咆哮を利用した反響で、コウモリが周囲の状況を認識するようなエコーロケーションではないかと考える。

 だが、それはおかしい。

 道理に合わない。


 コウモリのように目が見えないわけでもない狼が、それをする必要はない。

 もしかしたら極端に暗視能力が低く、薄暗闇が見えないのかとも思ったが、それならこれまでの戦闘が成立しない。


 常に三人全員が目視でき、なおかつ一定の距離を保っている相手の視力が低いとは正直思えない。

 であれば、なぜそのようなことを――。


 そう思った瞬間、狼は腕を振り上げ、地面に叩きつけた。

 ダンッ! と、強い音の直後、視界に影が。

 それは岩だった。


 狼が反響で見ていたのは、暗く見えない天井など、地形そのものだった。


「リュエルちゃん! 上!」

 クリスの叫びと同時に、自分の真上から降ってくる大岩を、リュエルは切り伏せる。

 その直後、狼はリュエルに襲いかかった。


 大岩の落下から若干のラグを持った強襲。

 それは、大岩をリュエルが対処している瞬間を、完全に狙っていた。


「させない! 仲間を護るスカイガード!」

 わけのわからない叫びと共に、まるでテレポートしたかのようにリュエルの前に現れ、スカイマンは攻撃を肩代わりした。

 続いて反撃を試みるスカイマン。

 だが拳を握った時には、すでに狼は離れていた。


「ちっ! やりづらい……」

 若干イライラしているのか、スカイマンの正義の味方のガワが剥がれかけ、中の傲慢不遜なユピルが漏れつつあった。


 ユピルがあまり我慢のきく性質ではないことを、クリスは知っている。

 大人しく、人に寄り添っているのは、自分が堕天したから。

 彼の本性ではない。

 彼の本性を人として理解しているのは、その信徒であるシロくらいなものだろう。


 神という生物は、そもそもが傍若無人なものである。

 善い悪いではなく、それが当然の摂理。

 それが神に求められている素養でさえある。


 人の目線ができる神など、むしろいない方がマシなくらいでありユピルの苛立ちは正しい。

 とはいえ、人の世界に堕ちた以上、ある程度我慢してもらわねばどうしようもないが。


「うーん。どうしたものか……」

 ユピルの我慢の限界に加え、リュエルの体力、体調の管理。


 それを考えたら、さっさと倒すべきなのだが、それを今、クリスは選択できずにいた。


 今ここで、安易に決着をつけようとすると不味いことが起きる。

 それは特に理由も理屈もない、なんとなくの予感。

 だが、あながちその予感は外れていないという確信があった。


 相手は、何か罠を仕込んでいる。


 相手が人並みかそれ以上に知性を持つ魔法使いであると考えるならば、必ず『作戦目的』を持って行動している。

 単独の目的でも構わないし、小目的からの大目的の達成という方針でも良い。


 ただ、どのような状態にしろ行動を明確にするための作戦指標、方針の為の目的は必ず必要となる。


 その、肝心の相手の狙い……『目的』が、クリスには見えなかった。


 戦略系ゲームの得意なクリスは、相手の手の指し方や表情、間の取り方や呼吸で相手の考えを丸裸にする。

 それだけ、周りと比べ卓越した戦略能力を持っていると言っても良い。


 だが、この狼相手にはそれが出来なかった。

 何か狙いがある――それは間違いない。


 相手の動きは、何か企みを持ち行動するそれである。


 こちらを倒すなら、もっと攻撃が激しくなる。

 この拠点を護りたいのならば、もっと環境に優しい行動を取る。


 狼の動きは、そのどちらでもなかった。

 チェスのようにこちらを追い込み、動きを封じる動きもなければ、数的有利を削らんと誰かを集中攻撃する素振りもない。

 だけど、狙いも何もない乱雑な攻撃でもない。


 何がしたいのか、まるでわからない。

 明確な『行動目的』があるはずなのに、その肝心の内容が見えてこない。


 それはクリスにとって、あまり経験のないことだった。

 指し手として、今の自分と同格と思って良いかもしれない。

 そう考え、クリスは微笑んだ。




 戦闘が始まり、おおよそ三十分。

 互いに様子見であるが故の拮抗が続く。


 クリスは一つ、盛大な勘違いをしている。

 相手の狼が自分に通用する指揮能力や戦術能力の類を持っていると考えているが、別にそんなことはない。

 現在の『手加減スカイマン』より戦闘力は低く、クリスほどの戦術能力も持ち合わせず、リュエルのように直感や才能に長けているわけでもない。


 ではどうして拮抗状態になっているかと言えば……その理由は正直、相性と呼ぶほかにない。

 たった一点、三人の共通する苦手項目が、狼は得意であった。

 それ故に状況は拮抗……いや、狼に大きく天秤が偏っていた。


 狼の得意分野を正確な言葉で表すことは難しい。

 この戦闘は相当な皮肉的状況であり、直接三人に言えば嫌味を通り越し、純粋な悪口になるだろう。


 その言葉、この状況を左右している最大のファクター。

 それに最も近いものに当てはめるならば……『人間性』。

 人でなく獣でありモンスターがそれを持ち圧倒しているのだから、皮肉と表現する他なかった。


 ユピルは元々人でなく、クリスは戦争マシーン兼ニート生活で、方向性は違えど揃って人間性は皆無。

 リュエルは二人よりはまだ人らしさはあるが、それでも『クリスきゅん以外どうでもいい』という完全なる人格破綻者である。


 というか、元奴隷で拷問を受けた経験があり、非信街に住んでいたシロが一番人間性が高いという辺りでもう、“酷い”以外の言葉が出てこない。


 その彼らが揃って絶望的な人間性を主体とし、狼は彼らの動きを予測し戦闘状態を維持しながら分析を進めていた。


 こちらの動きにどのくらい相手が反応するか。

 どういう思考を持って、どのような結論を出すのか。

 どこで相手が怒りを覚え、どの部分でストレスを感じるか。


 そういう感情や感覚、精神性を、狼は見続けていた。

 狼にとってこれは戦闘ではなく、心理テストのようなものだった。


 ユピルとクリスが超常の存在であること。

 リュエルはクリスの配下であること。

 彼らもまだ本気でこちらを倒そうとしていないこと。


 狼は、“人間性”という観点からの分析によって、内面的な情報を狼は多く得ていた。

 特に重要なのは、彼等が『物語のような綺麗な結末を求めている』と気づけた点だろう。

 ただ勝つだけでなく、特定状況をクリアしながらの勝利。

 だからこうして戦闘が成立している。

 狼はそこまで見えていた。


 クレバーというクリスの推測は近くて、遠い。

 彼の能力は知能的というよりも、読心に近かった。


 そして情報を得たからこそ、狼は己がこの戦いに勝つことはないと確信した。

 単純な実力差が、壁と呼ぶ程に隔たりがある。


 だけど、それで構わなかった。

 彼の『勝利条件』は、この戦いの勝利ではないのだから。


 彼の目的……その『勝利条件』は、既に目前であった。




 それは、一瞬のことだった。

 狼の咆哮、地響き、落石。

 更には、狼自身も強襲することにより、同時波状攻撃が成立する。


 攻撃としては、そこまで脅威ではない。

 防ぐのは容易いし、当たったところで軽傷を負う程度。

 だから、三人とも揃って動けない状況を作られたと気づけなかった。


 狼が、その一瞬の隙を縫って本命の攻撃を行うまでは。


 狼は、地面をとんっと軽く叩く。

 今まで違い優しく撫でるような、そんなソフトタッチ。


 その直後にビキビキと異音を立てながら、足元から土を固めた氷柱のような鋭い棘が『一本だけ』生み出される。

 それは三人狙いではなく、もっと遠く。

 土の棘はシロのすぐ付近にある石柱に生成され、貫き、完膚なきまでに破壊してしまった。

 上に置かれていたカメラも含めて。


 はっと、三人は我に返る。

 先程の攻撃は、非戦闘員のシロを狙えた、何時でも殺すことが出来るという合図であった。

 そう読み取り、緊張が走り次なる狼の行動を見定める。


 狼は悠々とした動きで、後ろ足で座るような姿勢を取り、前足布のついた旗を振りだす。

 その布の色は白。

 その行動の意味が理解出来ず、三人の間に緊張状態が維持される。

 それが白旗で、振る意味がわからず、ピリピリとして……そして、狼はぽろぽろ涙を流しだした。


 狼の分析は、非常に高い精度であった。

 そのカメラが撮影機器で、外部に発信していたと、三人の動きから把握できる程度には――。


 きょとんとするクリス達を前に、狼は必死に、白旗をぶんぶんと振っていた。

 結局、五分くらいは、狼は白旗を振り続けた。




「それで、降参というのはどういうこと? ダンジョンのボスが降参するなんて、聞いたことがないんだけど……」

 クリスは困惑した表情で尋ねた。


「あ、そもそも私、ボスじゃないんで」

 最初に発した声とは違い、妙に明るい口調だった。

 なぜか妙に渋いバリトンボイスだが。


「ボスじゃないということは、まだ地下があるということ?」

「それもあるけど、そもそも中ボスでもなんでもないよ私」

「え? つまり、ここで発生した突然変異型モンスターってこと?」

「ううん。私、違うダンジョン生まれ」

「えっと……つまり?」

「難民です。こっそり隠れてこのダンジョンで暮らしてた、無関係です。だから助けて、へるぷみー」


 助かりそうな気配を察したのか、ちょっと媚びた感じの明るい口調で、狼はぱたぱたと旗を振った。


「モンスターがダンジョンから逃げたって話も聞いたことがないんだけど……。それなら一個聞いていい?」

 クリスの質問に、尻尾をばたばたと振って狼は頷いた。

「どーぞどーぞ。なんでも正直に答えますよー!」

「じゃあ、元のダンジョンからこっちのダンジョンって、どうやって来たの? テレポート?」

「いえ、普通に階段通って、ここまで」

「……いや、どうやって?」


 上層部では配信者がいて、入り口には大勢の見張り。

 周囲にはスタンピードの前兆予報と、防波堤となるため軍まで派遣されている。


 そのダンジョンに、この巨体のモンスターが入ってくる――。

 それはクリスとしても、正直信じられなかった。


「えっと、これ、相手をビビらすための変身。本体はもう少し小さいよ。あ、戻っていい?」

「うぃ。どうぞなんよ」


 クリスの返事に従い、狼はぼふんと煙に包まれ、変身を解除する。

 その後に出てきた姿を見て、リュエルとユピルは絶句した。


 サイズは違う。

 毛色も、毛並みも、表情や雰囲気も、それそこ犬種さえも異なる。


 だが、その姿はまるでぬいぐるみのように愛くるしかった。

 つまり――クリスと、非常によく似ていた。


  

 

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